佳織の渡し
大学を卒業したら結婚しようと約束していた幼馴染は、私の卒業式の日、偽物のお嬢様・江原志乃(えはら しの)にプロポーズした。
一方、世間から「東都の仏子」と呼ばれる九条蓮斗(くじょう れんと)は、幼馴染のプロポーズが成功したその日に、堂々と私に愛を告げてきた。
結婚してからの五年間、彼は私に限りない優しさを注ぎ、甘やかしてくれた。
けれど、ある日偶然、彼と友人の会話を耳にしてしまった。
「蓮斗、志乃はもう有名になったんだし、これ以上江原佳織(えはら かおり)との芝居を続ける必要ある?」
「どうせ志乃とは結婚できないんだ。どうでもいいさ。それに、俺がいれば佳織は志乃の幸せを邪魔できないだろ?」
彼が大切にしていた経文の一つ一つには、すべて志乃の名前が記されていた。
【志乃の執念が解けますように。心安らかに過ごせますように】
【志乃の願いが叶いますように。愛するものが穏やかでありますように】
……
【志乃、俺たちは今世では縁がなかった。どうか来世では、君の手を取って寄り添いたい】
五年間の夢から、私は突然目を覚ました。
偽の身分を手配し、溺死を装う計画を立てた。
これで、私たちは生まれ変わっても、二度と会うことはない。