愛は遠ざかる
これは私――伊藤奈緒(いとうなお)の3度目の採卵手術だった。しかし、夫の中村智也(なかむらともや)はまたも残業で、病院に付き添ってはくれなかった。
真夜中、激しい痛みで私は目が覚めた。手足はパンパンに腫れ、お腹には大量の腹水が溜まり、まるで妊娠八ヶ月のような大きさだった。
息が詰まり、うまく呼吸ができなかった。私は慌ててスマホを取り、智也に電話をかけた。
一分ほど呼び出し音が鳴り続け、ようやくつながった。
だが、受話器の向こうから聞こえてきたのは、智也の声ではなく、見知らぬ女の声だった。
「もしもし?」それはとても若々しく、艶やかな声だった。
「どちら様?智也、私は息が苦しいの!」
「まだ服を着てるの?やばいわねぇ......」
パチッ!鞭のような音が聞こえた。
その甘ったるい女の声が聞こえた直後、電話が切られた。