ほとんどのエリオットの話はゲームで知っているものだったが……
まさか最初から侯爵を裏切るつもりだったとは。
しかも、俺と同じクラスに入り俺に近づくために必死で学んできたというのか?
てっきりゲームで俺を推していたファン心理の延長上の好意なのかと思っていたのだが……。
エリオットの最大の目的は俺ではない。侯爵への復讐か。
大切な母や家族を守るため、この男はひとりで戦ってきたのだ。
見た目に反して、反骨精神のあるヤツだ。
俺はエリオットを見直した。恋だの愛だのいうよりもよほどいい。
つまり俺とエリオットは、俺が一方的にエリオットを利用するだけの間柄、というよりお互いに利用し利用される間柄、というわけか。
「分かった。公爵家がお前の母と実家の後ろ盾になろう。
潰す、ということは、なにか商売でもやっているのか?」
俺の端的な言葉にエリオットの顔が一気に明るくなった。
「ありがとうございます!
はい、小さな商会を経営しております。織物を中心に扱うオルシス商会という商会なのですが……」
「ああ。知っている。小さいが良い品を扱うと聞く」
ここで俺は遮音を解き、部屋の窓を開け放った。
あえてハキハキと声を張る。
「……………アスナ。私は卒業に備え商売を始めようと思っているのだが……」
「はいはい。分かってる。
『出資先を探しているのですのですか?私のおススメはオルシス商会という商会ですね。
小さいながらも、扱う品が非常に素晴らしい。最初の出資先といたしましてはちょうどよいのでは?』」
「では、そのように取り計らえ。
この私、アスカ・ゴールドウィンがオルシス商会の後ろ盾となることにしよう。
出資について話をしたい。
俺たちは王家の馬車で侯爵家の正面に乗り付けた。王家の家紋がついているので、もちろん門はフリーパスだ。門番は大慌てで屋敷に連絡に走っていく。「一応ボクがクラスメートを招待した、という形がスムーズだと思いますので……」エリオットが自ら先陣を切る。まあ、これから裏切るとはいえ、一応今はまだ自分が住む邸。それが妥当だろう。父上とレオンは不服そうだったが「私と母上の肖像画や私物は回収します。その時間稼ぎは必要では?」というと黙った。邸と共に始末してもいいのだが、俺のものはともかく、大半は母上の肖像画だぞ?豚が描かせたものとはいえ、画に罪はない。母上が描かれているのならば猶更。家族である俺たちが保護せずして誰がするというのだ。執事が出てくるのを待たず、勝手知ったるとばかりにさっさと扉を開けるエリオット。問答無用で俺たちも後に続く。玄関ホールでエリオットが俺とアスナにだけ聞こえるように囁いた。「右手奥に階段があります。そこを上がって右の突き当り。扉には鍵がかかっていますが、アスナ様なら開けられますよね?」「無論。じゃあ俺はここで別れる。俺のことは気にするな。どうとでもなる」走り去ろうとするアスナの襟首をグイっと捕まえた。「褒美の先渡しだ」口渡しで魔力を吹き込んでやれば、「ああっ!」とエリオットから小さな悲鳴が。「婚約者の前ですよ?!何をされているんですかっ?」「言っただろ。褒美だ」「ええ?レオンハルト様、よろしいのですか?」アスナの正体を知っているレオンは、苦り切った表情で、でも黙って頷いた。「……良くはないが仕方は無いと理解している」その言葉に呆れたように口を開けたエリオット。「ええ?まさかの、婚約者公認?!なら、ボクにも!ボクにも後でご褒美をくださいっ!アスカ様だけなんてズルいですっ!」「このクソチワワが図々しい。俺は特別なんだよ。アスカ、さんきゅ!じゃあ、また後で!」ウインクを一つ残し、嬉々としながらアスナが去った。さすが動きにキレが出ている。無事に全て回収しろよ?そのための先渡しなのだからな?父上が憐憫の眼差しを浮かべレオンの肩を叩いた。「私はアスナでも良いと思っているのだ。全てはアスカ次第。覚悟しておくように」「レオンには塩対応の父上が珍しい」と思ったら、慰めるどころか傷口に塩を刷り込んだ。さすが父上
ちょうどいいタイミングでレオンが到着したようだ。コンコン。「失礼致します。レオンハルト殿下がご到着されました。こちらに案内しても?」「ああ。話は済んだ。私たちが出よう。バード、少し留守にする。忙しくなる。どのような事態にも対処できるよう備えておけ」「御意」「さあ、行くぞ」怒りを漲らせた父上が、部屋を出るよう促してきた。「アスナ、エリオット、お前たちも……」「あ、あの……。す、すみません……足が……」情けない声に視線をやれば、何とか立とうとするのだが、足が震えてしまってまた床に座り込むエリオット。防御したのだが、初対面であれはさすがに厳しかったようだ。「俺は問題ない。いつでも動けるぞ?こいつはどうする?」「担いで付いてこい」「了解!」アスナがひょいっとまるで俵でも担ぐかのようにエリオットを肩に担いだ。完全に荷物としての扱いだが、まあいいだろう。素早く廊下を移動しながらエリオットに確認しておく。「エリオット、確認だ。同じクラスの者として、教授から俺がお前の世話を任された。そこでお前は『今後世話になるのだから、交流を深めたい』と俺を屋敷に招待。常ならば断わるのだがお前が元平民と聞いて興味を持った俺は、侯爵家への招待を受け、お前に同行した。理解したか?」「はい。そういうことにしろ、ということですよね。もうアスカ様のやり方は理解いたしました。ところで、あの…アスナ様、もう少し丁寧に運んでくれませんかあ?ボク、君みたいに頑丈じゃないんですけど……」「姫様抱っこされたいのか?」「アスカ様にならともかく、アスナ様にされてもね……。いいですよ、これで。でもあんまり揺らされると出ますからねっ!」「……絶対に出すなよ?出したら捨ててくぞ?」「そうならないようにしてよね、ってことです!」「……すっかり仲良くなったようで何よりだ」「「仲良くねえ(ありません)が?」」息ぴったりじゃないか。下僕コンビを連れてホールに戻れば、既に父上が何やら伝えていたようで、顔色の悪いレオンが救いを求めるような表情で俺たちを迎えた。「あ、ああ。アスカ、遅くなってすまなかった。これでも大急ぎで来たのだぞ?婚約者の精神的貞操の危機と聞いたのだが……ゴールドウィン公は何故このように悋気を……?」「よし、揃ったな。詳しくは馬車で。さあ、一刻の猶予もならん。
アスナにも手伝わせて二重三重に結界を張り終えれば、そのタイミングで父上が現れた。「火急の話を聞いたが、何があった?!マーゴットには内密にということだが、ティーナに関して何かあったのか?」既に魔力が駄々洩れだ。初めて父上と対面したエリオットが「ひえ…!」と小さく叫び、身を震わせている。仕方ない。さりげなくエリオットを背に庇い、父上の圧を遮断してやった。「アスカ。後ろに隠したのはなんだ?そ奴が何か関わっているのか?」ブワッ!明確な殺気がエリオットに向かって放たれた。庇ってやったのに、無駄だったようだ。エリオットはもはや声すら出ず、蛇に睨まれた子ネズミのようにブルブルと震えている。「父上!射殺しそうな視線を向けるのはやめて下さい。彼はこの件の協力者です。ひとまずその魔力を押さえてください。私やアスナはいいが、彼は慣れておりません。倒れられては話ができません」「そうか。すまなかった」どの部分が父の心に響いたのか、シュっと圧が消滅した。「さあ、さっさと話せ」……父に響いたのは「倒れられて話ができない」という部分だったようだ。まあいい。俺もさっさと済ませたい。「こちらはエリオット・クレイン。クレイン侯爵が外で作った三男です」父上がフンと鼻を鳴らした。「あの俗物か。見たところ、君はヤツとは似ていないようだ。良かったな、アレに似ずにすんで。中身も似ていないことを祈ろう」「幸い豚とは別物です。彼は良い母と祖父に恵まれましたからね。彼はその良心に従い、私にある話を聞かせてくれたのです」「ふむ。話と言うのはクレインに関わることか。あ奴が関わり、マーゴットを離さねばできぬ話……嫌な予感しかせぬ」「結論から申し上げます。クレインを潰します」「ほう」父上の眉が「面白い」と言わんばかりにクイっとあがった。「完膚なきまでに叩きのめし、二度と立ち上がろうなどという気にならぬようその足をもいでおきましょう。それだけのことを奴はしでかしました」「…………ほう………」二度目の「ほう」には隠しきれぬ殺気と冷気が。既にあちこちでピシっピシッと部屋の悲鳴が聞こえだした。「それを前提の上で、落ち着いて聞いていただきたい」アスナがさっとエリオットと自分に結界を張った。良い判断だ。「奴は母上を諦めておりませんでした。むしろまるで女神のように崇
平日だというのにいきなり客を連れて戻った俺に、家人は大騒ぎだった。「アスカ様?どうされたのですか?何かございましたか?」「バート、彼はエリオット。クレイン伯爵の息子で私のクラスに遅れて入学してきた。彼がある恐ろしい情報を私に与えてくれた。父上に報告する必要がある。すぐに父上を呼んでくれ。あと……母上の気をそらせ。どこかに連れ出して欲しい」最後の言葉は小声で伝える。バートは俺の様子でただ事ではないと察したようだ。素早く使用人に指示を出す。「マーゴット様にはアスカ様が戻られたことは内密に。温室に新種の花が咲いたことをお伝えし、そこでのティータイムをお勧めするのだ」「かしこまりました」「ご主人様に、アスカ様が重要な話があるとお伝えしろ。そして第二ダイニングに。」ここで改めてバートはエリオットに向き合った。「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。ようこそお越しくださいました。私はこの屋敷で執事をしております、バートと申します。」「ボクこそ突然失礼いたしました。エリオット・クレインです。エリオットと」「では、エリオット様。客間へご案内させて頂きます。主人が参りますまでしばしお待ちくださいませ」バートが先導しようとするのを片手をあげて止めた。「ああ、いい。私が案内するから。バートは父上の所に頼む。その方が早い」執務中の父上は、バートでないと動かないだろう。「ありがとうございます。ではそのように」素早く、しかし美しい礼を残してバートが去ると、エリオットがガクリとその場に崩れ落ちた。「は
「リオ、お前は馬車を拾って校門前で待て。俺は学園長に休みの報告をしてくる。……3日あれば足りる、か?アスナ、お前はレオンに公爵邸に来いと伝令を頼む。巻き込むぞ。あいつが居れば後の処理が格段に楽になる。面倒ごとは押し付けてやろう。よし、行け!」「ええー?3日ですか?!ボク、入学した初日なんですけど……っ」エリオットが何やらわめいているが、知るか!こっちは今この時にも、豚が俺や母上の写真に何かしらしているかもしれないのだぞ?どちらが優先かなど語るまでもあるまい。「後でどうとでもしてやる。さっさと行け!」「あのさ、今授業中じゃね?レオンのクラスに殴り込めって?」「婚約者の精神的貞操の危機なのだ。仕方あるまい。『アスカの命令だ。学園長の許可は得ている』と言えばいい」「はあ?精神的貞操の危機……まあ間違いでは……ない……か?俺の戻りが遅かったら先に行け。後で追いかける」「分かった。頼んだぞ!」後は振り返りもせず学園長室に殴り込……乗り込んだ。ノックと同時にドアを蹴り飛ばす。「失礼する!学園長はいらっしゃるか?」「うわあ!な、な、なんだっ?!」「アスカ・ゴールドウィンだ。私と、私の従者アスナ・ゴールドウィン、本日A‐2に入ったエリオット・クレイン。そして王太子レオン・オルブライト。私の精神的貞操の危機に対処すべく、本日より3日間の休学を申請する。場合により延長する可能性もあるためご承知おきを。以上、可及的速やかな対処を望む。急いでおりますゆえ、異論は認めぬ。では、失礼する!」返事も待たずに飛び出した俺を、学園長は茫然として見送ったのだった。廊下を滑るように疾走すれば、授業終了のチャイムが。教室から次々と生徒たちが廊下に溢れ出てきた。「え?!あ、アスカ様?!」チッ!邪魔だな。「道を開けろ!」前方に向かって威圧を放てば、面白いほどさあっと左右に人が別れた。俺に近い数人は腰を抜かしてしまったようだ。申し訳ないが、緊急事態なのだ。許せよ。「……どうされたのでしょう?」「何かあったのかしら?」ざわつく生徒たちを残し、生徒の間を一瞬のうちに通り抜ける。「感謝するぞ!」学園長室に向かってからここまで5分。戻るころには馬車も準備できているだろう。はたして、校門前にはエリオットと馬車がスタンバイしていた。「あ!ア
単に権力欲におぼれた豚だと思っていたが、想像よりも酷い内容に頭が痛くなりそうだ。そんな俺に、エリオットが申し訳なさそうにおずおずと切り出す。「……あの……非常に申し上げにくいのですが……続きが……」「「まだあるのか?!」」思わずアスナと俺の声が被ってしまった。権力を手にするため、という分かりやすい筋書きが、初恋拗らせ逆恨みストーカーだったというゾッとする事実が分かったのだぞ?母上の私物を集めているだけでゾッとするのに、それよりも言いにくそうに言うこととはなんだ?!「……非常に聞きたくない。少し落ち着かせてくれ」大きく深呼吸をする。この上更に酷い内容だったら、俺は確実に奴を殺る。いっそその方が早いし気持ちがいい。一切の憂いを絶てるし、世の中からゴミも減る。いいことづくめだ。いや、もういいんじゃないか?焼き払えば罪なき者にも被害が出るかもしれないが、直接殺る分には問題ないだろう!と、椅子に座ったままの俺にアスナが後ろから椅子ごと抱き締めてきた。抱き締める、と書くと愛情表現のようにもとれるが、ギリギリギリ、と音のしそうなこれは……「おい!何故俺を拘束する?」「話を聞き前にアスカの身柄を確保しておく方がいい気がする」チッ。勘のいい奴め。無理に解くのは簡単なのだが、俺も話の途中で飛び出さない自信がないのでとりあえずこのまま話を聞こう。「……アスナ様、絶対にアスカ様を放さないでくださいね?あと、アスカ様、これはあくまでも侯爵の行動からボクが推察した話であり、確定ではありませんから。そこだけはご了承ください。それと、ボクはこの件に一切関係ありませんので!!いいですか?ボクは無関係!」必死か!そんなに不味い内容だということか。「いいだろう。お前は無関係だ。では話せ」「あの……その秘密の部屋には、妖精姫様のものが沢山集められていたわけなのですが……」「それは先ほど聞いた」「………その中にアスカ様のコーナーが……」ガタン!!「クソ!アスナ、放せ!というか、お前も来い!焼き払うぞ!放さないのならば、遠隔で……メギ…」「ああああ!!ダメだって!やめろっ!それ隕石落とすヤツだろうが!被害甚大すぎっ!!」渾身の力で口をふさがれた。簡単な魔法ならば無詠唱でいけるのだが、さすがに伝説クラスのメギナとなればそうはいかない。しかし、