とりあえずアスナが戻るまではと、茶でも飲んで待つことに。「リオ。茶でも飲むか?」「あ、は、はい!ありがとうございます!頂きます!」「?」飲むことに同意したのに動こうとしないリオに、俺は首を傾げた。もう一度言わねばならないのか?「リオ、茶だ」「?は、はい。頂きます?」……ああ、この部屋の茶葉などの場所が分からないのか。「茶葉はそこの棚の上の段にある。私は今日はダージリンのセカンドフラッシュだ。お前は好きなものを選ぶといい。ポットはコンロの上の棚だ」アスナは初めて来た時にも俺の許可を取ることなく、勝手にあちこちの棚を開けて茶を淹れ出したのだが。さすがにリオはそこまで勝手はできないようだ。それに気づいて指示を与えてやると、目をぱちくりさせてようやく動き出した。「……あ、ああ、ボクが!あはは!そうですよねえ、うん!ボクが淹れるんですよね!はい、直ぐにお淹れ致しますね。ボク、ティーバックでしか淹れたことがないので、上手くできなかったらお許しください」ああ、茶葉で淹れたことがなく戸惑っていたのか。平民の時にはティーバック、養子に入ってからは使用人がしていたのだろう。俺の配慮が足りなかった。「多めに湯を沸かし、先にポットとカップに湯を注いで温めておけ。カップを温めている間に湯を沸かし直し、沸騰したらポットの湯を捨てる。ティースプーンで人数分、プラス一杯の茶葉をポットに入れ、再沸騰させた湯を回し入れろ。蓋をして蒸らして……そこに砂時計があるだろう?その砂が落ちたらカップの湯を捨て、ポットから紅茶を注ぐ。理解したか?」分かりやすく茶葉での茶の入れ方を説明してやれば、慌てたように胸元から手帳を取り出しメモしはじめた。メモを取るのは良いことだ。見込みがある。「あの……アスカ様、お伺いしても?」「許す。なんだ?」「どの茶葉でも方法や蒸らす時間は同じなのですか?」「厳密には同じではない。今教えたのはあくまでも『一般的な淹れ方』に過ぎない。それぞれの茶葉の特性にもよるし、その日の湿度、温度によっても変わる。同じ種類の茶葉であっても、仕入先、収穫年度によっても変わるものなのだ。だがそれは口で教えることはできない。茶を淹れるのが上手いものもいれば、どうしてもできないものもいる。感覚、と言えばいいか?アスナは言わずとも完璧
ほとんどのエリオットの話はゲームで知っているものだったが……まさか最初から侯爵を裏切るつもりだったとは。しかも、俺と同じクラスに入り俺に近づくために必死で学んできたというのか?てっきりゲームで俺を推していたファン心理の延長上の好意なのかと思っていたのだが……。エリオットの最大の目的は俺ではない。侯爵への復讐か。大切な母や家族を守るため、この男はひとりで戦ってきたのだ。見た目に反して、反骨精神のあるヤツだ。俺はエリオットを見直した。恋だの愛だのいうよりもよほどいい。つまり俺とエリオットは、俺が一方的にエリオットを利用するだけの間柄、というよりお互いに利用し利用される間柄、というわけか。「分かった。公爵家がお前の母と実家の後ろ盾になろう。潰す、ということは、なにか商売でもやっているのか?」俺の端的な言葉にエリオットの顔が一気に明るくなった。「ありがとうございます!はい、小さな商会を経営しております。織物を中心に扱うオルシス商会という商会なのですが……」「ああ。知っている。小さいが良い品を扱うと聞く」ここで俺は遮音を解き、部屋の窓を開け放った。あえてハキハキと声を張る。「……………アスナ。私は卒業に備え商売を始めようと思っているのだが……」「はいはい。分かってる。『出資先を探しているのですのですか?私のおススメはオルシス商会という商会ですね。小さいながらも、扱う品が非常に素晴らしい。最初の出資先といたしましてはちょうどよいのでは?』」「では、そのように取り計らえ。この私、アスカ・ゴールドウィンがオルシス商会の後ろ盾となることにしよう。出資について話をしたい。
場所をテーブルに移し、リオに話を聞く。要点を記録すべくアスナにメモを取らせることにした。「よし、いいぞ。始めろ」では、とリオが話し出す。「まず……驚かれるかもしれませんが……、ボクはクレイン侯爵の実子ではありますが、正妻の子ではありません。実は、侯爵が使用人に手を付けて生まれた庶子なのです。母は侯爵家から追い出されるようにして実家に戻され、ボクは庶民として、母と共に母の実家で育ちました」そのあたりはゲームで知っていたので特に驚きはない。だがわざわざ言う必要もないことなので、ただ「うむ、そうか」と言うに留めた。そんな俺にエリオットが不思議そうな顔で目をぱちくりさせる。「え?ボクが庶子だったと知っても驚かないのですか?」「こういってはなんだが……良くあることだ。だろう?」俺の言葉にアスナも頷く。「まあな。使用人を孕ませて捨てる。胸糞悪いが、よくあることでもある」アスナの言葉にエリオットが苦々しい表情で唇をゆがめた。「……良くあること、か。貴族は平民になら何をしてもいと思っているんです。ホント胸糞悪いったら……!」低い声で吐き捨て、ハッとしたように俺を見る。「あ!アスカ様は別ですよ?アスカ様は……尊大な態度をさてておりますが……それは全て実力に裏打ちされたものです。一見偉そうにも見えるけれど、実際は身分なんて関係ない。相手が高位貴族だろうと、平民だろうと同じように扱われる。ある意味とても平等ですよね?それに、降りかかる火の粉を払うことはされても、関係のない人を貶めることはなさらない。むしろさりげなく助けているふしもある。現にボクが庶民だったと分かっても変わらない。だからボクはアスカさまが好きなのです」「ふん。庶子として育ったからなんなのだ?お前の資質にはなんら関係はないだろう?むしろ、あの侯爵家で育てられるよりよほど幸せだったと思うぞ?良かったな、追い出されて」俺の言葉にエリオットは一瞬呆気にとられたような表情になった。そして大声で笑い出した。「あはははは!もう、アスカ様ったら!庶子として育って良かったな、なんて!追い出されて良かった、なんて!普通はそんなこと言いませんよ?ボクを軽蔑するか、同情するところなんじゃないですか?」笑っているというのにどこか皮肉気で試すような響き。だが俺はそれを切って捨てた。
こうして俺のペットが増えたわけなのだが……「アスカ様あ!聞いてくださいよお。アスナのやつ……い、いえ、アスナ様がボクのことをいじめるんですっ」気付いて言い直したな。まあいいだろう。まだまだだが、順調に育っている。「アスナ、何があった?」「こいつまだここがゲームの世界だと思い込んでて俺につっかるんだよ。アスカにべたべたしすぎだの『アスカ様はレオンハルト殿下とハッピーエンドになるんだから邪魔をするな』だのウルセエんだ」じろり、とエリオットを見れば、困ったように片方の眉を下げてうな垂れる。「だって、アスカ様は殿下の婚約者ですよ?なのにアスナ様がべたべたしていたら、断罪されちゃうかもしれないでしょう?ボク、おかしなこと言っていますか?」こいつなりに俺を想っての行動のようだ。「リオ、私は確かにレオンハルト殿下の婚約者だ。今はまだ、な。だが、もとよりレオンと婚約するつもりはなかったし、いつでも破棄してくれていいと思っているのだぞ?いや、むしろそれを狙っているといってもいい。だからお前のそのつもりでいてくれ。ゲームの世界ではお前とレオンが婚約するのだろう?そうなってくれてもいいと思っているぞ?断罪はされるつもりはないがな」最後の言葉をからかい混じりに付け加えれば、エリオットは分かりやすくむくれた。ぷう、と唇と尖らせる仕草は、さすが主人公。誰が見ても可愛らしいと思うだろう。「えええ?レオンハルト殿下ですよ?地位も名誉もありますし、容姿も素晴らしい上に文武両道、人格者でいらっしゃいますよね?ボクがいうのもなんですが、完璧なお相手ではありませんか!アスカ様が完璧なのは存じておりますが、そのアスカ様の横に立てるのはレオンハルト殿下くらいなのでは?何がご不満なのです?」だろうな。ゲームの知識などなければ俺も仲良くできていたかもしれない。だけど、アスナなのかと最初に疑ってしまったから……。そして今はアスナがいる。アスナとレオン。どうしたって比べてしまうのだ。いい悪い、ではない。どちらが先か、なんだよエリオット。「てゆーか、お前さあ、さっさと帰れよ。ここは俺とアスカの部屋だぞ?お前の部屋は下の階だろうが!」「ええ?ボクだってアスカ様にお仕えしているんですよ?アスナ様だけズルいじゃないですかあ!ボクにもここにいる権利はありますう!」「俺は公爵家に
どこか自慢げにすら聞こえる声音で、身を乗り出すようにしてエリオットが主張する。本性を隠すのをやめた彼からは、自分こそが主役だという驕りがみえみえだった。残念だ。もう少し健気なタイプならよかったのに。俺は冷ややかな目でエリオットをねめつけた。「“君が私を“救う、だと?つまり、君は私が誰かの救いを必要とするような弱い人間だと、そう言っているのか?何様だ?…………残念だよ、エリオット。もう少し賢いかと思っていた」声に乗せた威圧に、エリオットの顔からみるみるうちに色が消える。「あ………」無意識なのか、ふらふらと数歩よろめく。「ち、違うんですっアスカ様……っ!そんなつもりは……っ!ぼ、ボクはアスカ様にずっと憧れていたんですっ!だからこそ、アスカ様のお役に立ちたいと……」「どう役に立つ?そもそも私はこう言ったのだ。『アスナがおかしいという根拠を示せ』と。だがそれに対して君が語った内容はこう。『アスカは悪役』『ボクだけがアスカを救える』。私の問いには答えないどころか私を貶める発言をするとは……笑わせてくれる」俺は一歩エリオットに向かって歩を進めた。気圧されて更にあとじさるエリオットの足がついに後ろの壁に触れる。ジ・エンドだ。悪いな、エリオット。これから君の自我を潰す。俺に絶対服従して貰うために。「さて、確認しよう。アスナについてはどう説明する?君の言う『物語』ではアスナのことが説明がつかない、だろう?では何の根拠もなしに王家と公爵家双方を侮辱した、ということで間違いはないか?ああ、そこに私に対する侮辱も付け加えよう」「こ、根拠は、根拠はアスナ様が物語に登場していないことなんです!ボクはこの世界のことを知っているんです!信じて下さい!コイツはイレギュラーなんです!本来居てはいけない人間なんだっ!こんな奴を信じないでくださいっ!」震えながらもまだ反論する力があるのか。思わずすうっと目を細めてしまった。「ほう。存在しないことこそが根拠だというのか。では私はこう言おう。そこに存在しないと証明できない限り、そこに存在したことも否定できないはずだ。だろう?君が物語にアスナが存在しないと言っているだけで、実際には存在していて君がそれを認識していなかっただけかもしれない。間違っているか?」俺の言葉にアスナが肩を竦めてクイっと片
「エリオット、君は何を知っている?アスナのことをおかしいという根拠はなんだ?黒髪は確かに我が家の直系のみに現れる特性だ。しかしそれだけでそこまでアスカを敵視する理由にはなるまい。いいか、君は知らないのかもしれぬが、アスナはレオンの母方の遠縁にあたり、レオンが婚約者である私の身を案じて私の従者にしたのだ。我が家でも従者としての教育を受け、父上に認められ『ゴールドウィン』を名乗ることも許されている。何より私自身が彼を認め、側に置くと決めたのだ。それでも君はアスナがおかしいというのか?王家、公爵家の認めたアスナを?それはクレイン侯爵家の総意と取るがよいか?」ここまで言われて初めて彼は自分のしでかしてしまったことに気付いたようだ。ハッと目を見開き、唇を震わせる。そう、彼がアスナの存在を否定すれば、それすなわちアスナを認めたレオンと俺、つまり王家と公爵家を否定したのと同意。単なる好き嫌いでは済まされないのだ。エリオットがそれを理解したのを確認し、再度問う。「ではもう一度聞く。アスカのことをおかしいと思う根拠はなんだ?納得のいくものであれば、ここは水に流そう。言ってみるがいい」彼は唇を開きかけ……そのまましばらく逡巡する。そして意を決したかのようにどこか挑戦的にすら思える物言いでこう言った。「……言っても信じないと思いますよ?」「ふん!信じるか信じないかは俺が決める。お前が決めることではない」「………………では。ボクがおかしくなったと思わないでくださいね?」「それは分からん。聞いてから判断する」「あはは!アスカ様らしいな!……でも、言わなきゃボクは排除される。そういうことですよね?………分かりました。では………。信じられないでしょうが、僕には前世の記憶があります。その記憶によると、この世界はゲーム……ああ、この方が分かりやすいかな。えっと、あっちの世界で読んだ物語のままの世界なんです。そのお話には、レオンハルト殿下も、アスカ様も、ボクも出てきます。教授や学園にも、ボクの知る限りでは全く同じなんです。あ、でも全く全部同じってわけじゃありません。物語のボクはあんまり勉強ができなかったからCクラスだったんですけど。ボクはどうしてもアスカ様と同じクラスになりたかったので、頑張って勉強したんです。そのおかげでこうしてAクラスに入ることができ