落ちてはいけない恋があったなんて

落ちてはいけない恋があったなんて

last updateLast Updated : 2025-06-27
By:  専業プウタUpdated just now
Language: Japanese
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アメリア・デイビスはグレース・マーティン公爵夫人の葬儀で、年齢不相応の振る舞いをする子カレブと出会う。彼女はカレブを侮辱する言葉を吐く彼の父、ルーベン・マーティン公爵を衝動的に引っ叩いてしまった。ルーベンはアメリアに興味を持ち、彼女を脅して結婚する。アメリアの生真面目な不器用さを愛おしく思うルーベンと、献身的に真っ直ぐ自分に向き合ってくれる彼女に惹かれてしまうカレブ。恋に疎いアメリアは執着とも言える2つの愛に翻弄されていく。

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Chapter 1

1.禁断の出会い

 恋は落ちるもの。

 アメリア・デイビス男爵令嬢は恋も愛も知らなかった。

 現在18歳のライラック色の腰までのウェーブ髪に透き通るアクアマリンのような空色の瞳をした彼女は人目を引く美しい令嬢だ。

 彼女には前世の記憶があった。

 前世で彼女は臨床心理士だった。

 彼女は仕事で多くの障がい児に関わってきた。

 「障がいのある子ども」がいる事で仲違いする夫婦も見てきた。

 彼女は子供を持つことを恐れた。

 自分が結婚しても子供を持ちたくないとお見合い結婚したパートナーには伝えた。

 納得してもらったはずの条件は5年経つと離婚原因となった。

 1人になった彼女は、生き辛さを抱えた子たちと関わることに生涯を捧げた。

♢♢♢

 春の木漏れ日が注ぐ午後。

 天気も良く、まるで何もかも問題ないような1日。

 グレース・マーティン公爵夫人の葬儀が行われていた。

 「まだ、カレブ公子様も幼いのに奥様を亡くされたなんてルーベン・マーティン公爵殿下もお気の毒ですわね」

 人の不幸は蜜の味というのか、葬儀だというのに弾んだような声で話す貴族令嬢がいる。

 赤髪に深海のような深い藍色をした瞳を持つフローレンス・ハリス侯爵令嬢だ。彼女はルーベンをスナイパーのような目で見つめていた。

 現在32歳のルーベン・マーティン公爵。

 漆黒の艶やかな髪に憂いを帯びたルビー色の瞳を持つ彼は社交界でその美しい容姿と卓越した能力で注目を集めていた。

 彼は淡白で、アルバート・ガルシア国王の言われるがままに隣国の王女グレース・リンドと結婚した。しかし、カレブという息子に恵まれながらも、グレースはその子が13歳になるのを待たずに亡くなった。

 葬儀の場でカレブは母親の死を理解していないのか、沢山の人が集まっている状況を愉快に思っているかのようにはしゃいでいた。

 歳の割には随分と体が小さく、6歳くらいに見えるカレブ。

 色が透き通るように白く病弱なようにも見える。

 彼が6歳くらいまでは、亡くなったグレース公爵夫人に連れられているのを周囲から目撃されていた。

 しかし、ここ7年近くはグレース公爵夫人は病に伏したと言うことで表舞台からは姿を消し、同時にカレブの姿も見ることはなくなった。

 周りの人間に記憶されているカレブの姿と、長い時を経たはずの彼の姿に変化はない。

 カレブの父親であるルーベンと似た美しい容姿とは裏腹に、彼の貴族の令息にしては躾のなっていない自由な行動は嘲笑の的となった。

 カレブに対する冷ややかな気持ちを胸に秘めつつも、次期公爵夫人を狙う女たちがルーベンに近寄ろうとした時だった。

 土にしゃがみ込んで道の小石を集めては並べているカレブにアメリアが近寄る。

「カレブ公子様、とても上手に石を並べられましたね。1、2、3、4、5、6、7。では、この石を次は積み上げてみましょうか?」

 晴れ渡る空に響き渡る澄んだ声。

 アメリアは喪服のスカートに土がつくのも厭わず、カレブの前に跪き目線を合わせて語り掛けていた。その様子をフローレンスたち貴族令嬢は汚いものを見るような侮蔑の目で見つめていた。

「ふん、ふん」

 カレブはアメリアの言葉を理解しているのか謎の声を発しながら、並んでいた石を今度は積み上げる。平面を利用し上手くずらしながら積み上げたところで、1番上の石がころりと地面に落ちた。

「あら、1つ落ちてしまった石がありますよ。寂しいよー。僕も仲間に入れてよー。石が大騒ぎしだしました」

 彼女の言葉にカレブは大口を開けて、ひっくり返りそうにながら笑い転げた。その場違いな笑い声に周囲の注目が集まる。

「アメリア・デイビス⋯⋯カレブを連れて屋敷の中に入っていて頂けないだろうか?」

 アメリアの耳元で低い声でルーベンが囁く。

 彼女は彼の言葉にそっと頷くと、カレブを葬儀の場から連れ出した。

♢♢♢

 アメリアはカレブを連れて、マーティン公爵邸の温室で過ごしていた。

 カレブは温室には初めて来るのか、昔来たのを懐かしんでいるのか周囲を食い入るように見渡していた。

 温室には春の花が咲き誇っていた。庭師が丁寧に日々世話をしている事が分かる。毎日でも午後のティータイムを過ごしたくなる場所なのに、ガーデンテーブルも置かれてなく普段屋敷の主が訪れている痕跡はない。

 咲き誇る花々の上品で優しい香りに包まれていると、ふとカレブがアメリアの手を強く握ってきた。

 アメリアは心が温かくなり、彼の手をそっと握り返す。

「フリージア、ヒヤシンス、ムラサキハナナ、ムスカリ⋯⋯沢山の春の花が咲いてますのね。公子様がお好きな花はどちらですか?」

「ナナ!」

 アメリアが優しく語りかける言葉に、カレブが揚々と答えた。

 明らかに彼は4枚の花びらが慎ましく寄り添うような「ムラサキハナナ」を指しながら答えている。

 カレブは一見足りなそうな振る舞いをしているが、アメリアには彼がとても物知りな人間に見えた。アメリアは前世でムラサキハナナが諸葛孔明が広めた花として『あふれる知恵』といった花言葉を持っていたことを思い出す。

 彼女はカレブが言葉を発せなくても、自分に何かを伝えようとしているのではないかと思った。

 アメリアとカレブが幼少期の親子が過ごすような理想的な優しい時を過ごしていると、静寂を破る怒鳴り声がした。

「アメリア・デイビス! こんなところにいたのか。カレブ早く中に入りなさい」

 喪服に身を包んだルーベンは少し焦ったような顔をしていた。

 彼は妻の葬式の中、1度も悲しみを見せなかった。

 実際、彼は妻を見送った事に少しホッとしていた。

 高位貴族らしく感情を隠す術を持っていたルーベンだが、その安堵を敏感なアメリアは見抜き寂しく思っていた。

「マーティン公爵殿下、奥様のことお悔やみ申し上げます」

「そんなことはどうでも良い。カレブをあまり連れ回さないでくれ」

 ルーベンは乱暴にカレブの手を引き自分の元に引き寄せた。

 カレブはあからさまにアメリアから離れるのを嫌がっていて、彼女の方に手を必死に伸ばしている。

 アメリアはカレブに近づき彼の手を、両手で宝物のように包み込んだ。

「カリブ公子様はまだこちらにいたいようです。公子様が満足いくまで、お過ごしになられたら屋敷の方に連れて行きます」

「頭の悪い、理解力のない女だな。カレブはこの通り言葉も話せない状態なんだ。人目に極力触れさせたくないのが分からないのか?」

 アメリアは前世から人様の家庭の事情には極力口を挟まない主義だった。トラブルの元になるのは分かっていたし、表からは分からない家庭の悩みが存在することを知っていたからだ。しかし、彼女はカレブが苦しそうに顔を顰めるのを見て黙っていられなかった。

「マーティン公爵殿下、言動にはお気をつけください。カレブ子様は貴方様の言動を全て理解していますわ。公子様は以前はお話されていたのではないですか? 何があったのかお話ください。私はできる限り公子様のお力になりたいと考えております」

 アメリアには前世の経験から確信があった。

 カレブは生まれながらに言葉が出ない子とは明らかに違う。

 耳も問題なく聞こえていて、知能的にも問題がないのが分かる。

「何を言ってるんだ。そんなに役に立ちたいのなら、俺と結婚してまともな後継者を産んでくれ。こちらは妻がこのような出来損ないを残して死んで困っているんだ。俺の要求に従ってくれれば、君の借金まみれの実家に援助して⋯⋯」

 ルーベンが言い終わらない内に、アメリアは手を振り上げ彼を平手打ちした。たかだか、男爵令嬢が公爵である自分の頬を打った事実にルーベンは驚きを隠せなかった。

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1.禁断の出会い
 恋は落ちるもの。 アメリア・デイビス男爵令嬢は恋も愛も知らなかった。 現在18歳のライラック色の腰までのウェーブ髪に透き通るアクアマリンのような空色の瞳をした彼女は人目を引く美しい令嬢だ。 彼女には前世の記憶があった。 前世で彼女は臨床心理士だった。  彼女は仕事で多くの障がい児に関わってきた。 「障がいのある子ども」がいる事で仲違いする夫婦も見てきた。 彼女は子供を持つことを恐れた。 自分が結婚しても子供を持ちたくないとお見合い結婚したパートナーには伝えた。 納得してもらったはずの条件は5年経つと離婚原因となった。 1人になった彼女は、生き辛さを抱えた子たちと関わることに生涯を捧げた。♢♢♢ 春の木漏れ日が注ぐ午後。 天気も良く、まるで何もかも問題ないような1日。 グレース・マーティン公爵夫人の葬儀が行われていた。 「まだ、カレブ公子様も幼いのに奥様を亡くされたなんてルーベン・マーティン公爵殿下もお気の毒ですわね」 人の不幸は蜜の味というのか、葬儀だというのに弾んだような声で話す貴族令嬢がいる。 赤髪に深海のような深い藍色をした瞳を持つフローレンス・ハリス侯爵令嬢だ。彼女はルーベンをスナイパーのような目で見つめていた。  現在32歳のルーベン・マーティン公爵。 漆黒の艶やかな髪に憂いを帯びたルビー色の瞳を持つ彼は社交界でその美しい容姿と卓越した能力で注目を集めていた。 彼は淡白で、アルバート・ガルシア国王の言われるがままに隣国の王女グレース・リンドと結婚した。しかし、カレブという息子に恵まれながらも、グレースはその子が13歳になるのを待たずに亡くなった。 葬儀の場でカレブは母親の死を理解していないのか、沢山の人が集まっている状況を愉快に思っているかのようにはしゃいでいた。 歳の割には随分と体が小さく、6歳くらいに見えるカレブ。 色が透き通るように白く病弱なようにも見える。 彼が6歳くらいまでは、亡くなったグレース公爵夫人に連れられているのを周囲から目撃されていた。 しかし、ここ7年近くはグレース公爵夫人は病に伏したと言うことで表舞台からは姿を消し、同時にカレブの姿も見ることはなくなった。 周りの人間に記憶されているカレブの姿と、長い時を経たはずの彼の姿に変化はない。  カレブの父親であるルーベンと似た
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2.突然のプロポーズ
「失礼致しました。マーティン公爵殿下の頬にアブラムシが付いていたもので⋯⋯」 アメリアは気まずそうに俯いたが、その顔を無理やりルーベンは上げさせ目を合わせさせた。ルーベンは明らかに不敵な笑みを浮かべていて、彼女は困惑した。「借金まみれの貧しい男爵家の令嬢風情がやってくれるじゃないか。決めたぞ! アメリア嬢、俺と結婚しろ。そうすれば今回の暴行の件は不問にしてやる」 冷たく言い放つルーベンに、彼女は思わず彼が自分の頬に添えている手を払った。「私はカレブ公子様の助けにはなりたいと思いますが、マーティン公爵殿下と結婚はしたくありません」「断れば、君の家を潰す。家族を路頭に迷わせたくないだろう」 アメリアはルーベンの横暴な態度に目を見開いた。彼女は彼とは殆ど接点はなかったが、品の良い優秀な男だという噂は耳にしていた。目の前の人を見下し、妻の葬儀の日に婚姻を強引に迫る男は健やかな評判の人物とは別人に見える。「私を所望しなくても、マーティン公爵殿下とご一緒になりたい令嬢は大勢いると思いますわ」「俺は君が良いんだ」 彼女は彼が嫌がる自分を妻にすることを楽しむような悪趣味な人間だと呆れた。アメリアは気がつくとカレブが自分にピッタリとくっついて不安そうに服の裾を掴んでいるのに気がつく。「マーティン公爵殿下、私と結婚するならカレブ公子様に後継者教育をさせると約束してください。それから、私は公爵殿下と子作りをするつもりはございません。カレブ公子様に兄弟を作ってあげたいのでしたら、他の令嬢を当たってください」 意を決して言ったアメリアの言葉にルーベンは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。その時の表情がアメリアにとっては忘れられない不快なものとなった。 それから3ヶ月後、喪が明けぬままルーベン・マーティンとアメリアは結婚をした。 ルーベンがアメリアの実家に自分たちの結婚話を持ちかけると、アメリアの実家は彼の財産に目が眩み娘をすぐにでも差し出したいと申し出たのだ。 アメリアは実家の財状を慮ると何も言えなくなった。  そうして、アメリアのマーティン公爵邸での生活が始まった。 豪華絢爛とした公爵邸になれぬまま、与えられた部屋でアメリアはカレブが言葉を発せなくても意思を示せるようなカードを作っていた。 扉をノックする音と共に返事も待たずに、扉が開く。  薄手の寝巻
last updateLast Updated : 2025-06-10
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9.頼れる夫
 アメリアとルーベンのファーストダンスが始まった。 彼女は靴擦れで足が痛いのを必死に耐えていた。 いつもとは違って周りの視線を感じて彼女はとても緊張していた。 その事に気がついたルーベンは、そっとアメリアを抱き寄せ耳元で囁く。「アメリア、俺に体を預けろ。このダンスが終わったら、今日はもう帰ろう。あと少しの辛抱だ」 彼女はルーベンの気遣いに心が温かくなり、彼に甘えるように体を預けた。 いつもとは違う彼女の様子にルーベンの心臓が跳ねた。「ルーベン、気を遣わせてしまいましたね。それにしても、貴方は本当にダンスがお上手なんですね」「小さい頃から踊り子にでもなるのかというくらい練習させられたからな」 ルーベンが珍しくイタズラっぽく笑い、アメリアも微笑み返す。 周囲から見ても仲睦まじい夫婦の光景だった。 オーケストラの荘厳な演奏が終わり、ルーベンがアメリアの手を通り帰路に着こうとした時だった。「マーティン公爵殿下、アルバート・ガルシア国王陛下がお呼びです」 アルバート国王の侍従がルーベンに耳打ちする。「分かった。君も一緒に来るか? アメリア」「いえ、あちらの端の方で待っています」 アメリアは明らかに切迫したような表情をした侍従を見て、自分は行かない方が良いと判断した。「すぐ戻るから、他の男にダンスを誘われても断るのだぞ」「もう、踊れませんよ。ルーベン」 正直ルーベンが抜群にダンスが上手かったから、足が痛くても体を預けることでも踊れたとアメリア自身も分かっていた。「そうじゃないだろう。愛する夫以外とは踊りたくありませんと断るんだ」「ふふっ、何を言ってるんですか」 ルーベンの言葉にアメリアは肩をすくめて笑った。「あの⋯⋯マーティン公爵殿下、本当にそろそろ⋯⋯」 明らかに急いでる侍従を夫婦の戯れにより待たせてしまったようで、ルーベンもアメリアも顔を見合わせ照れ笑いを浮かべた。 アメリアが壁に辿り着き軽くもたれかかると直ぐに、赤髪を揺らしながらフ
last updateLast Updated : 2025-06-10
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3.永遠に続くカードゲーム
 カレブが部屋でいつも1人で食事をしていると聞き、アメリアは彼を連れ出した。 ダイニングルームに行くと、既に着席しているルーベンがアメリアと手を繋いで入って来るカレブを睨みつける。 その冷ややかな視線からカレブを守ように、アメリアは自分の隣にカレブの席を用意した。「おはようございます。ルーベン。今日は日差しが強そうですね」 少し眩しそうにしたアメリアを見て、ルーベンはメイドにカーテンを閉めるように伝えた。 彼女が微笑みで彼に礼を言うと、彼は気まずそうに目を逸らす。 前菜としてパテとサラダの付け合わせが運ばれてくると、ナイフとフォークを使いカレブは上手にパテを切り分けて口に運んだ。 「カレブ様は、テーブルマナーが完璧ですね」「アメリア、カレブのことは呼び捨てにしろ。カレブの母親になりたいんじゃないのか? 自分の子供に対して敬語も不自然だ」 アメリアはルーベンの言葉に笑顔で返すと、彼は思わず頬を染めた。「癖のあるグリーンオリーブや、酸っぱいパプリカのピクルスも食べられるの? 私がカレブくらいの歳の頃は苦手だったわ。あなたはとても良い子ね。カレブは好き嫌いはないのかしら?」 アメリアはカレブの前に2枚のカードを出す。カードには、『はい』『いいえ』と書いてある。 カレブは和かに微笑みながら『はい』のカードをアメリアに渡した。「カレブ、それは素晴らしい事だわ。このお皿が私たちの手元に届くまでは、沢山の人の手が加わっているの。その人たちの思いをカレブは感じ取ることができるのね」「ふん、ふん」 アメリアはカレブの未発達な体と言葉が発せないことの不自然さを彼を見る度に感じていた。 障がいのある子は、食材の食感や味に敏感で好き嫌いの多い子が多い。そして、手先も不器用な場合が多いのに、カレブのカトラリー使いは見惚れる程に優雅だ。 そして、彼は意味のある言葉を発せないのに、多くの事を理解しているように見える。 カレブの言葉の発し方は喃語のように聞こえた。通常発達だとカリブの現在の言語能力は生後8ヶ月相当。喃語は舌や声帯、横隔膜の発達が
last updateLast Updated : 2025-06-11
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4.彼の仕掛けた罠
 ルーベンはすぐにアメリアを部屋に連れて行き、ベッドに横たわらせ医者を呼んだ。医者の診断によると熱中症とのことだった。「できるだけ水分を摂り、安静にして様子を見てください」「分かった。もう下がって良い」ルーベンは医師を下がらせ、アメリアと部屋に2人きりになった。「き、気持ち悪い⋯⋯」 アメリアは苦しそうに目を瞑りながら、そう言い残すと意識を失った。 ルーベンはアメリアの部屋の机の上に、沢山の手作りカードが置いてあることに気がついた。単語や絵を駆使して作ったカードからは溢れる愛情が伝わってくる。彼女が昨晩睡眠を削ってカレブの為に過ごした膨大な時間を感じる。「明らかに寝不足だろ⋯⋯結婚式の晩にすることか?」 彼は目を閉じぐったりしているアメリアに話しかけ、彼女の唇をなぞった。 そして、徐にサイドテーブルに置いてあったグラスの水を口に含み、アメリアに口移しで飲まそうとした。「ゴホッ、ゴホッ!」 アメリアが咳き込みながら、上半身が自分に覆い被さっているルーベンを押し返した。「な、何を考えているのですか? 意識のない横たわっている人間に水を飲ませて水が気管に詰まったら大変なことになりますよ。カレブには絶対にこのような事はしないでください。緊急時の措置として間違っていますから」 口移しで水を飲ますシュチュエーションに、らしくもなくロマンチシズムに浸っていたルーベンは一気に現実に引き戻された。「このような事は君にしかしないさ、アメリア」「私にもやめてください。死にます! それにしても、私倒れてしまったのですね。ご迷惑をお掛けしました。カレブはどうしていますか?」「自分の部屋で過ごしている。君のことを心配しているようだったぞ」  ルーベンは倒れたアメリアに付き添いたがって、自分の足元にしがみついてきたカレブを思い出した。ルーベンは彼が7年前に呪いにかかってから、カレブが意味のある言語を発さなくなったので彼が感情を無くしたように勘違いしていた。でも、アメリアに対するカレブはやっと自分の理解者が来たとばかりに感情を思いっきり出して行動し
last updateLast Updated : 2025-06-12
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5.並べられたカード
「アメリア、ありがとう。今、やっと俺を理解してくれようとする女性に出会えた気がする」 ルーベンがうっとりとした顔でアメリアに口付けを求めたその時、彼女は平然と彼の唇を掌で覆った。 彼自身女性慣れしている訳ではないが、自分のルックスに女性が虜になるのを見てきた。女性が喜ぶような仕草や言動も何となく理解していたつもりだった。「きっと、私はルーベンの事を1割も理解できていません。1人苦しみに立ち向かってきた貴方を簡単に理解できるなどと思っていませんから」 柔らかく微笑みルーベンを受け入れるようで拒絶しているアメリアは、まるで聖母の見た目をした小悪魔だ。 ルーベンは自分はアメリアの前では酷く簡単になると思っていた。 アメリアを手に入れたくて、彼女を惚れさせる事に気を揉んでいる自分は今までの自分とは別人のようだ。 彼は自分はもっと情欲や色恋に惑わされない理性的な人間だと思っていた。 でも、今の彼は息子のカレブに嫉妬するくらいにアメリアにのめり込み始めている。初めて自分の思い通りの無いものを前にしておかしくなっているのかもしれない。「俺の事を理解しようとは思っていてくれるのだな」「もちろんです。私たちはカレブの両親なのですから。明日はカレブの13歳の誕生日ですね。彼はメロンが好きなようなので、メロンをふんだんに使ったケーキを作ろうと思うのですがどう思いますか?」 恐る恐る尋ねてくるアメリアに、静かにルーベンは頷いた。 「アメリアはケーキが作れるのか?」「作ったことは何度かあります。カレブはメロンが1番好きで2番目が桃だと言ってました。私はメロンと桃のタルトを作ってみようと考えていますわ。明日は家族だけで誕生日会をしようと思うのですが、ルーベンも参加してくれますか?」 自分に伺うような視線を向けてくるアメリアにルーベンは喜びを感じて思わず頷いた。材料を伝えてパティシエに作らせれれば良いのに、自分が作るという選択はアメリアらしい。ルーベンはアメリアが作るものを食べてみたいと思った。同時にアメリアが常にカレブの事を考えている事実に苛立つ自分を見つけた。
last updateLast Updated : 2025-06-13
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6.頼もしい夫
 アメリアの元には今までなかった招待状が届くようになっていた。彼女は今まで高位貴族との付き合いをしたことはなかった。舞踏会などの場においても、自分と身分の近い令嬢たちとお喋りをして過ごしていた。 アメリアがマーティン公爵夫人になってから届いた招待状の中に、社交界の華と呼ばれるフローレンス・ハリス侯爵令嬢のお茶会のものを見つけた。アメリアはマーティン公爵夫人になったからには社交も頑張るべきだと思い彼女の招待に応じた。♢♢♢ ハリス侯爵邸は王国一の富豪の家というだけあって、豪華絢爛としてした。庭園も非常に手入れされていて、品種改良された色とりどりの色をした薔薇が咲き誇る薔薇園にガーデンテーブルが設置されていた。 アメリア以外のメンバーは出揃っていて、彼女が開始時間を遅めに知らされていたのは明白だった。 5人の取り巻きを要したフローレンスはアメリアが来るなり、戦闘開始とばかりに挑戦的な視線を彼女に向けた。「あら、貴方は確かアメリア・マーティン公爵夫人でしたかしら?」 フローレンスがアメリアを見ながら意地悪そうな笑いを浮かべる。「私の事をご存知ないのに、招待状を送って来たのですか? それならば、私はここで帰らせて頂きます」 アメリアはフローレンスが自分を嫌がらせで誘って来た事を察知した。アメリアの優しそうな風貌から誤解されそうだが、彼女はとても気が強い女だ。 彼女は前世でも気の弱い女では潰れてしまうような橋を何度も渡って来ている。ぬるま湯に浸かった貴族令嬢たちの嫌がらせなど、彼女の心に擦り傷さえつけられない。 フローレンスの周りの令嬢は高位貴族ばかりで今までアメリアと接点のない令嬢たちばかりだ。皆、明らかにフローレンスの言葉に同調するようにアメリアを蔑むような目つきで見つめてくる。「あらあら、本当に不躾な方ですのね。ガルシア王国の貴族女性の最高位にいるマーティン公爵夫人が、そのような公爵夫人には相応しくない格好で来られた事でフローレンス嬢は混乱なさっているのですわ。まず、遅れた事と場違いな装いを謝罪されてはいかがですか?」 藍色の髪を指でもて遊びながら、アメリアを軽蔑するような視
last updateLast Updated : 2025-06-14
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7.水溜まりのような指輪
「小さな水溜まりみたいな指輪を見なかった? 子供のおもちゃみたいな指輪なんだけれど⋯⋯」 アメリアはその日屋敷中の使用人に聞いて回った。 朝、目が覚めたら小指に嵌めていた母親の形見の指輪がなくなっていたのだ。「お母様との思い出の品ですよね。絶対に見つけ出します」 アメリアの信頼するメイドのクロエは床に這いつくばるようにして指輪を探していた。 ベッドの下に潜り込むようにしてまで必死に指輪を探すクロエにアメリアは申し訳なくなった。「もう、いいわ! クロエ! あの指輪はそんな高価なものでもないし良いのよ。本当にただのガラス玉で⋯⋯」「ガラス玉でも、奥様にとってはダイヤモンドより大切なものでしょう」 曇りのない目でクロエに言われてしまうと、アメリアは何も言えなくなった。「私、ちょっと外を見てくるわ」 アメリアはバケツをひっくり返したような冷たい土砂降りの雨の中飛び出した。 最近、カレブの事が心配でご飯も喉を通らなくて眠れない日々が続いていた。 それゆえに自分でも分かるほど指が痩せ細っていた。(小指から気が付かない内に、こぼれ落ちてしまったのかも⋯⋯) 濡れた土を掻き分けて、ドレスの裾が汚れるのも厭わず跪いてアメリアは指輪を探した。 爪の先には泥が入り込み、冷たい雨に打たれ続け身体中がぐっしょりと濡れていた。「アメリア! 何をしているんだ!」 冷え切った体を温めるような温もりと、柔らかく低い声にアメリアはボーッとしていた頭が覚醒した。「ルーベン、お母様の形見が⋯⋯」 アメリアは土だらけの手で現れたルーベンにしがみついた。 彼女は自分でも、なぜそこまで母の形見とはいえオモチャの指輪を探し続けているのか分からなかった。 カレブのことで迷う度に、彼女は母親の形見の指輪を見つめていた。 その時間が想像以上に彼女にとっては助けになっていたようだ。「大丈夫だ。後は俺が請け負う。君はゆっくり休め⋯⋯愛おしいアメリア」 ルーベンは大雨が降りしきる中、アメリアにゆっくりと口付け
last updateLast Updated : 2025-06-15
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8.初めてのときめきと安堵
 外商が屋敷を訪れる2日前からカレブは体調を崩した。アメリアは寝ずにカレブに付き添い看病をした。正直、彼女は自分の買い物などする気になどなれなかった。 扉をノックする音と共にルーベンがカレブの部屋に入ってくる。「アメリア、少し休んだ方が良い。今、下に外商が来ているが、また出直させようと思う」「カレブもやっと眠れたところなので、今から買い物を⋯⋯建国祭のドレスを作らないとですよね」 アメリアは立ち上がった途端、眩暈がしてルーベンに支えられていた。 正直、立ち上がるのもやっとなくらい彼女は肉体的にも精神的にも疲弊していた。「君のサイズでドレスを作っておくよ。俺の好みで良いならば」「すみません、ルーベン⋯⋯お願いします」 ルーベンは微笑みながら頷くと、アメリアを横抱きにして彼女の寝室まで運んだ。彼女はお姫様抱っこをされている事に少し照れた。「ルーベン、なんだかすみません。私、本当に何もできていませんね」「アメリア、君は頑張りすぎだ。カレブのことに関しては手を抜いても良いんだぞ」 いつものアメリアならルーベンの言葉に逆らっただろう。 でも、アメリアは疲れ果てていた。 明らかにどんどん体が弱り、身体機能が退行していくカレブ。 アメリアは自分がいくら頑張っても何の成果もあげられない無力感に打ちひしがれていた。「ルーベン、すみません。少し休みます」「少しとは言わず、いつまででもゆっくり休め。君は自分を追い詰め過ぎだ」 ルーベンに優しく髪を撫でられながら、アメリアは静かに眠りについた。♢♢♢ 建国祭の舞踏会の当日にはカレブの体調も良くなっていた。「カレブ、すぐに帰って来るわ、ちゃんとお留守番できるかしら?」 アメリアの言葉にカレブは押し黙る。 彼女は首を縦に振ろうとしない彼を心配になったが、舞踏会にはマーティン公爵夫妻として出席しなくてはならない。「カレブ、では行ってくる」 ルーベンはそう言うと、後ろ髪を引かれるアメリアの手を引き馬車に乗り込んだ。ア
last updateLast Updated : 2025-06-16
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9.あなたが消えた日
 ルーベンはアメリアを横抱きにしたまま彼女の寝室に直行した。 ルーベンは宝物でも扱うように丁寧にアメリアをベッドにゆっくりとおろす。「少し待っててくれ。今、傷の手当てをする救急道具を持って来る?」「えっ? ルーベンが傷の手当てをするのですか? 道具があるのであれば、自分でできますし、誰でも良いのでメイドを呼んで頂ければ⋯⋯」「俺が傷の手当てはする。つれない事ばかり言ってると、着替えも俺が手伝うぞ」「えっ? 嫌です。傷の手当てをお願いします」 ルーベンはアメリアの反応に微笑みを返すと、部屋の外へと出ていった。彼女は彼の笑顔を見る事が増えたように感じていた。  ルーベンは救急道具を持ってくると手慣れたようにアメリアを手当した。 アメリアは彼が第一騎士団の団長だった事を思い出した。「カレブの姿が見えなかったのですが、もう眠ってしまったのでしょうか?」「また、カレブか⋯⋯君は口を開けばカレブの事ばかりだな」 ルーベンが少し諦めたような寂しそうな笑みを浮かべた。 アメリアはルーベンの事も考えていたと弁明しようとしたが口をつぐんだ。「別に責めているわけでは無いんだ。ただ、俺のことも少しは考えて欲しい」 ルーベンはそう言いながら跪き、アメリアのくるぶしの傷に消毒液をつける。「い、痛っ!」 アメリアは鋭い痛みが走り思わずビクついてしまった。「ふふっ、しみるか?」 企みが成功したようにルーベンがニヤリと口の端をあげて笑う。「なんで、そんなに楽しそうなんですか?」 アメリアはいつもより子供っぽく表情の変化を見せるルーベンを愛しく感じていた。「アメリアが今俺を見てるからだ⋯⋯」  ルーベンのルビーのように美しい赤い瞳に真っ直ぐに見られ、アメリアはどうして良いか分からなくなった。「あ、あのアルバート国王陛下に呼び出されていたようですが何の話をしていたのですか?」「マーティン公爵家の後継者の話だ。君と結婚したから陛下も期待しているみたいだな⋯⋯」
last updateLast Updated : 2025-06-17
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