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第22話 王宮と鬼女の支配

last update Last Updated: 2025-10-20 23:48:19

──それから十日以上を費やして、必要最低限が保証されただけの、快適さとは無縁な馬車の旅も終わりとなり、私は望まぬ王宮に入って居室を与えられた。

そこは日当たりも悪く、調度品も生活に必要な物だけが置かれた貧相な部屋だった。

入浴するにもお湯はぬるくて少なく、髪も肌もよく洗ってはもらえない。

運ばれてくる食事も質素というより、王宮の料理人が作ったとは思えないくらいお粗末なもので、到底側妃候補として遇されているとは言えなかった。

しかも、自由に部屋を出る事は許されない。まるで独房に閉じ込められて、処罰を待つ罪人かとも思えた。

けれど、例外としてエスター様のお呼びがあれば、部屋を出て出向く事になる。妃殿下の命令みたいなものだから、私が部屋にこもっていたくとも拒否権はない。

「──よく来たわね、ガネーシャ」

「王太子妃殿下にご挨拶申し上げます……」

エスター様は、よく通る声で鷹揚に居丈高に話しかけてきて──うるさくて耳が痛くなる。

それを堪えながら、久しぶりに見るエスター様の姿に驚いた。

──これ……エスター様は生地をことさらたっぷり使って、体型が分かりにくくなるようなデザインのドレスを着ているけれど……体を隠してごまかしても、肉付きで丸くなった顔や、たるんだ顎までは、髪を結い上げずに垂らしても隠しきれていない。

グルーの助言は無駄に終わったようね。明らかに暴飲暴食を日常的に繰り返して太っている。

あまりにも変貌が激しくて、本当にゲームではヒロインだったのか、それすら信じがたくなった。

愛くるしい顔だったはずのエスター様は目つきも荒んで、まるで蛇のように鋭くぎらついている。

元より立場として許しなく話せはしないのだけれど、それでも私はエスター様の姿に言葉を失った。

それをどう思ったのか、萎縮している敗北令嬢とでも見ているのか、小気味が良さそうに言葉を繰り出す。

「──明日は令嬢達を集めてお茶会を開くの。あなたも出なさい。皆に紹介してあげるわ」

「……ありがたく存じます……ですが、私は……」

「辺境伯はお茶会に着るドレスも買ってはくれなかったの?可哀想にね。皆も理解してくれるわ、見苦しくない程度には装えるでしょう?いいわね?」

「……かしこまりました。お誘いに感謝申し上げます」

紹介も何も、私とて王都にいた貴族令嬢なのだから、社交の場にも顔を出していた。むしろ、私を知らない令
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