Chapter: 誓い 会社には辞める意向を伝え、引継ぎを始めた。また誰かが俺の後釜に「出世」してくるのだろう。俺の代わりなんていくらでもいる。それよりも、自分の人生を思ったように生きなければ。 会社を退社出来たのは夏だった。8月のお盆の前に、やっと引継ぎが終わったのだ。俺は久しぶりに実家に帰省する事にした。関東なのだからいつでも実家に帰れると思っていた時にも、結局ほとんど帰らなかった。九州勤務になってからは全く帰っていなかった。だから、ちゃんと泊りがけで帰る事にした。 仁さんとは一緒に住む算段を付け、俺の引っ越し荷物は新しい家に運び込んだ。まもなく仁さんも実家を出て一緒に住むようになるだろう。その前に、俺の実家に仁さんを招待した。 「わあ、いい景色だな。」 電車とバスを乗り継ぎ、降り立ったところは畑が見渡せる高台だった。 「暑いっすけどね。」 相変わらず内陸部は暑い。 「でも清々しいよ。海の近くとは違って。」 仁さんが言った。だけど、仁さんの白い肌が炎症を起こすのでは、と気が気ではない。 「仁さん、日傘差しましょう。」 仁さんが日傘を持っている事は知っている。俺はもうすっかり日焼けしているからキャップで充分だが。 青い日傘を差した仁さんと、坂を下って実家へと向かう。セミの鳴き声がうるさい。ああ、夏だな。 「ただいまー。」 玄関をくぐると、母親が台所から出てきた。 「お帰り。暑かっただろ。」 エプロンで手を拭きながらそう言う母。そして後ろを伺っている。仁さんが日傘を閉じ、後ろを向いて畳んでいた。 「あ、仁さん、母です。」 そう声を掛けると、仁さんが振り向いた。 「こんにちは。お邪魔します。」 「まあ、べっぴんさんねえ。初めまして。いつも準一がお世話になっております。なんて綺麗な方なのかしら。」 母は片手を頬に当て、ぼうっとしている。 「仁さん、どうぞ。」 俺が上がるように促すと、母は慌ててスリッパを出した。 子供の頃は土間があり、木造の平屋だった実家。今はすっかり立て替えてしまって普通の家だが、それでも都会の家とは違って広いし、瓦屋根の木造だ。 建て替えたので、もう俺の部屋はなかった。使われていない居間に荷物を置き、リビングに入った。 「すみません、あまり落ち着ける感じじゃないですけど。」 「そんな事ないよ。家からも眺めがいい
Last Updated: 2026-07-08
Chapter: 選択肢 仕事は面白かった。やりがいがあった。でも、仁さんと次にいつ会える、という約束ができない状況が続き、時々ふっと寂しさがよぎった。 仕事が面白いのは、一から十まで自分で出来るからだ。それは、ここでしかできないのだろうか。この九州でしか?もっと言えば、この会社でしか? 一から十まで自分でやりたいなら、独立するという方法もあるのではないか。俺は徐々にそう考えるようになった。独立して一人でやるなら東京の方がチャンスはある。会社を辞め、東京で会社を興すか? そう考えたら急に心拍数が上がった。手に汗を握る。しかし、何の為にその選択をするのだろうか。仁さんの近くにいる為か?それなら、もし仁さんが東京から遠く離れた場所に転勤になったら? 仁さんと一緒に会社を興すという手もあるだろうか。それは、仁さんがそうしたいと思ってくれれば、という前提条件付きだな。とにかく仁さんに相談しなければならない。 「今週末は会えそうか?」木曜日の夜、仁さんから電話があった。「それが……ちょっと立て込んでいて。あ、でも俺、仁さんと話したい事があって。できれば会って話したいけど、電話でも。1時間くらい。」俺がそう言うと、仁さんが突然大きな声を出した。「えー、電話で1時間なんて嫌だよ。また俺がそっちに行くよ。そうすれば夜だけでも一緒に居られるだろ?そこで話せばいいじゃん。」うう、また仁さんにばかり負担をかけてしまうのか。「えーと、じゃあ、待ってます。」だが、それもあと少しだけかもしれない。あの話がまとまれば……。 そして翌日金曜日の夜、仁さんが博多にやってきた。交通費もバカにならないだろう。今回は新幹線で行くと言われ、博多駅まで迎えに行った。「おお、成海、来てくれたのか。」「当たり前じゃないですか。あ、荷物持ちます。」仁さんの、少し大きめなリュックを受け取った。「一日分の着替えしか持ってきてないぜ。」仁さんが笑う。確かにリュックは大きい割に軽い。「ホテルは取っておきました。行きましょう。」俺たちは近くのビジネスホテルへと向かった。 「それで、話って?」まず甘い時間を、と思っていたのだが、仁さんにそう切り出された。確かに、あの話をしなければ、と思っていると没頭できないかも。だが、意見が決裂した場合、その後に仲良くイチャイチャできるだろうか……。「何?怖いんだけど。
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: スイッチ~何を大事にするか 仁さんをホテルまで送りそのまま、俺も一緒に朝まで過ごした。「う…ん、あ、成海おはよう。」目を覚まし、微笑む仁さん。朝からなんて美しいのだ。俺が見とれていると、「何黙ってるんだよぉ。」仁さんはそう言って勢いよく起き上がり、俺の鼻をちょんと突いた。「あ、いえ、仁さんは美しいなあ、と。」ちょっと照れながら言うと、仁さんこそ照れ笑いをし、「シャワー浴びてくる。」と、さっさと顔を背けて行ってしまった。仁さんの事は何よりも大切だ。仕事も面白いし大事だが、仁さんを放っておいてまでやる事ではない。もっと真剣に考えなくてはならない。仁さんともっと一緒にいるにはどうしたらいいのか。できれば一緒に暮らしたい。でも職場がこんなに離れていては、そんな事は無理なのだ。かといって、仁さんに仕事を辞めてくれなんて言えるわけがない。そもそも仁さんの方が職歴も長く、会社にとって必要とされている。俺は……仁さんのお陰で出世はしたけれど、僻地に追いやられた身。いや、九州が僻地というのはちょっと違うか。うちの会社にとっては開拓地。フロンティア人材だと思えば必要な存在なのかもしれないが。「どうした?考え事か?」いつの間にか仁さんが目の前にいて、タオルで髪の毛を拭いていた。「うわ、濡れ髪……かっこいいっす。」思わず心の声が出た。仁さんはニヤッとして、でもやっぱりデレっと照れた。「まったくお前は。」「だって、本当の事ですもん。」言った俺も照れる。そして、タオルを奪い取り、仁さんの髪を拭き始めた。仁さんは大人しく俺の前に座った。「気持ちいい。」仁さんが呟く。ずっとこうして居られたらいいのに。「仁さん、俺、やっぱり仁さんの傍にいたいです。」そう言ったものの、どうすればいいのか分からない。仁さんは聞こえなかったのか、それとも聞こえたのか、黙っていた。 大宰府に観光に行き、一日デートをし、土曜日の夜、仁さんを空港へと送って行った。「じゃあな。」保安検査場に入ろうとする仁さんを、俺は思わず止めた。まだキスもろくにしていない。昨日俺が仕事に行ってしまったからだし、仁さんをあんな目に遭わせたからだが、それでもこのまま離れるなんて悲しすぎる。 俺は仁さんの腕を掴み、無言でズンズンと歩いた。「成海?どこいくんだ?」仁さんがそう言っても、振り返らずにトイレへとまっしぐら。他に場所
Last Updated: 2026-07-06
Chapter: 上裸で路頭に ホテルの廊下に出て、エレベーターで地上階へと急いだ。おっさんが追いかけてくるかもしれないと思い、なるべく遠くへ行こうと思った。 外へ出てみると、全くどこだか分からなかった。人もまばらで、深夜なのだろう。とはいえ、俺は上半身裸の状態だった。幸いズボンは履いていたので、ポケットに財布もスマホも入っていた。とにかく人目につかないように建物の陰に入った。恥ずかしすぎる。 暗がりにうずくまり、両腕で体を抱えた。すると、涙が出てきた。怖かった。気持ち悪かった。とにかく宿泊しているホテルに帰るしかない。このまま帰るか、それともコンビニでシャツでも買うか。 立ち上がろうとしたところで、スマホが震えた。規則正しく震えている。電話だ。スマホをポケットから取り出すと、画面に成海の名前が出ていた。「な、成海?」すぐに電話に出た。「あ、はい。まだ起きてましたか。メッセージ送ったけど未読だったので、寝ちゃったかなと思ったんですが、そうじゃなかったらーと思って心配になって。」涙がどっと出た。「うっうっうっ……」言葉にならない。「仁さん?」「お、俺、今どこに居るのか、わかんな……。服、着てなく……て。」「え、え?どういう事ですか?あの、今いる場所をLINEで送ってください。迎えに行きますから。」「わ、かった。」俺は電話を切った。あまりやった事がなかったが、LINEで居場所を送れる事は知っていた。それをやってみる。ついでに「今、上裸」という文字も送った。 15分くらい経った頃、「仁さん!どこですか?仁さん!」と、やたらでかい声で呼ぶ成海の声が聞こえてきた。もう涙は引っ込んでいたが、また安心したら涙腺が緩んできた。「ここだよ。」暗がりから出て行くと、成海が目の前にいて、「仁さん!どうしたんですか!?ああ、なんて事だ!」騒がしく喚いたかと思うと、俺を抱きしめた。こらこら、裸の男を抱きしめるなんて、警官来るぞ……と思ったのだが、俺も涙が溢れてきて、「なるみぃ……」思い切り抱きしめ返してしまったのだった。 ひとしきり抱きしめ合った後、成海が持ってきたTシャツを借りて着た。そして、事の顛末を話しながら歩いた。行先は俺の宿泊先。時刻は1時半頃だった。「ごめんな、仕事の邪魔して。」回りにほとんど人がいないので、手を繋いで歩いていた。「何言ってるんですか。俺
Last Updated: 2026-07-06
Chapter: スイッチ~やけ酒屋台 成海が去って行った。独り残された俺は、注文してしまったものを黙々と片づけていた。その内店内が騒がしくなり、一人でいる事がいたたまれなくなって店を出た。 まだ飲み足りないし、暇になってしまったなと思って歩いていると、屋台を見つけた。博多で有名なラーメンの屋台か。だいぶにぎわっている。この暑いのに。 しかし、そんな暑い中でも「おでん」の屋台を見つけてしまった。おでんと言えば日本酒だ。いいかもしれない。ラーメン屋台は人が多かったが、おでんの屋台には一人腰かけているだけで3~4個の椅子が空いていた。「こんばんは。」俺はそう声を掛けて椅子に座った。「いらっしゃい。」店主がそう言った。「日本酒を冷やでください。あと大根と…」おでんを注文しようとして覗き込んだが、何がどの名前だかよく分からない。「適当に4つか5つ見繕って。」そう言うと、「あいよ。」と店主が言った。 日本酒を飲み、おでんをつまんでいると、1つ空けて隣に座っていた男性が声を掛けてきた。「あんちゃん、どこから来たの?この辺の人じゃないでしょ。」「あー、はい。東京から来ました。」つい律儀に答える。「もしかして芸能人?」「いえ、違います。」「本当に?ずいぶん綺麗な顔してるよねえ。あれじゃないの、地下アイドルとか。コンセプトカフェの店員とか。」よく分からないが、無礼な人だなと思い、曖昧に笑って答えなかった。だが、そのおっさんは諦めてくれない。「やっぱアイドルでしょ。なんかテレビで見た事ある気がするもん。あ、それか俳優?ドラマで見たのかな。」うるさい。「よく言われます。でも違いますから。」少し語気を強めて言い、後は無視して飲んでいた。「すみません、お酒もう一杯ください。」「はいよ。」俺はもう一杯酒を注文した。隣のおっさんはしばらく黙っていた。周りはガヤガヤしていて、そのうち他のお客も座った。たくさんの声や音が耳に入り、ガヤガヤザワザワしていて、俺はもう一杯酒を注文した。周りがうるさいなと思っていたのだが、だんだん人の話が理解できなくなり、そのうち何も聞こえなくなった。 ふと気づいたら、周りはシーンと静まり返っていた。そしてなんと、俺は座っているのではなく横になっていた。天井がクリーム色の部屋にいて、薄暗い。何故こんなところにいるのだ? ギシっと音がして、寝ているもの
Last Updated: 2026-07-05
Chapter: やりがいのある仕事 「今後、手紙を書く人はどんどん減ります。レターセットは辞めましょう。それよりも、今まさに上向いているのがぬいぐるみです。アート展示のモチーフをふわふわな素材で作り、オリジナルなキーホルダーなどにするのはどうでしょうか。」新しい職場では、係長になったとはいえメンバーの人数は少なく、リーダーと言えども自分で情報収集し、自分でプレゼンをするという状態だった。 しかし、それが面白い。東京のように美術館が溢れているわけではないので、我が社の九州地域での進出はまだまだこれからだ。やりがいを感じる。 次はどうしようか、と常に考えている。支持を受ける側ではなく授ける側になったので、勤務時間外にも考える事が多い。だから、恋人―仁さんと会えない事や、今までの知り合いが誰もいないという事も、あまり考えないで済んでいる。寂しさを感じている暇がないのだ。 福岡に来て2週間が経った週末には、仁さんが訪ねてきてくれた。今、俺は会社の寮に入っているので、仁さんを泊める事は憚られ、博多のホテルで一緒に泊まった。翌日は博多観光を二人でして、仁さんは帰っていった。 その2週間後、今度は俺が東京に泊まりに行く番だった。そう仁さんとも約束をしていた。ところが、前の日に大事な仕事が終わらず、土曜日も仕事をすることになってしまった。つまり、東京に行く事が出来なくなってしまったのだ。「もしもし、仁さん?成海です。あの……すみません。明日東京に行かれなくなりました。」電話でそう伝える時は、とても胸が痛かった。仁さんは一瞬黙ってから、「そうか、仕事か?仕事ならしょうがないな。あんまり無理しないように頑張れよ。」と、明るく言ってくれた。来週にはきっと行くからと約束をした。それでも、仕事が面白く、夢中になっている俺は、行かずに済んでホッとしている部分もあった。あんなに夢中になっていた仁さんに、会えない事に慣れてしまったのだろうか。 翌週には東京に行けた。東京のホテルは高いので、思わずラブホテルに泊まってしまった。仁さんと二人でラブホに入る所を、万が一誰かに見られたら困るので、俺が先に入って部屋を取り、後から部屋番号を仁さんに伝えて時間差で落ち合った。 ラブホは楽しかった。一緒にお風呂に入り、鏡張りの部屋で交わり、広いベッドで一緒に眠った。また時間差でホテルを出て、外で落ち合って一日デートをした。
Last Updated: 2026-07-05
Chapter: ヒューマンライフ~憧憬 大統領が外国訪問する際は、パートナーと共に大統領専用機で出かける。以前、遥貴が国王として外国を訪問し、その傍に未来がついていたのと、見た目としてはあまり変わらない。歩く順番が変わったくらいだった。遥貴も友好国の首脳、国王たちとは既に面識があり、「ずいぶん大人になられましたな。」「お勉強の方はいかがですか?」などと声をかけてもらえた。遥貴は春から大学に進学し、クローン技術について学ぶべく、まずは生物やバイオテクノロジーについて勉強していた。 遥貴にとっての故郷、イギリスにも訪問した。すると、かつて遥貴が通っていた学校の先生や、友達数人が会いに来てくれた。「まさか、あなたがKingになるなんてね。先生驚いちゃったわ。」「僕も驚きましたよ。こっちに住んでいた時には、父が国王だったなんて全然知らなかったのですから。」「それと、ご結婚おめでとう。以前言ってたわよね、たまにしか会えない人がいて、外国に帰ってしまって悲しくてつらいって。もしかしたら、その人があなたの大統領?」「先生……全てお見通しですね。」遥貴は照れて頭をかいた。「よかったわね。」先生は遥貴にハグをしてくれた。あの頃も、守ってくれた。未来が帰ってしまって悲しくてふさぎ込んでいた時も、先生はハグしてくれて、遥貴の話を聞いてくれたのだった。「先生、みんな、お元気で。」「遥貴、また遊びに来いよ。」「またうちに遊びに来てね。」友達も口々にそう言ってくれた。懐かしい人たちとのひと時だった。 5年後。遥貴は大学を卒業した。未来の大統領任期も終わった。初めて、何でもない「人間」になれた遥貴だった。大統領のパートナーでもなく、王族でもなく、実は身柄を狙われている国王の隠し子でもなく。誰も注目しない存在。そして、住むところも自由、行くところも自由。「これが「人」なんだな。あぁー!僕は自由だあー!」新しく住むところを見つけ、未来と共に引っ越した一戸建ての住宅。首都郊外の高台にある家だった。その家の寝室、置いたばかりのベッドに横になって、遥貴は叫んだのだった。「ん?どうした、急に。」未来が現れて、くすっと笑った。未来は実年齢よりもだいぶ若く見えた。実はもうすぐ50歳だが、30代の頃と変わらない。若い恋人がいれば自然とそうなるのかもしれない。恋人とはいえ配偶者だ。きちんと籍を入れていた。「僕や
Last Updated: 2026-08-01
Chapter: 政変~契り5 そして投票日前日を迎えた。夜8時まで街宣車で周り、宮殿に戻ってきた未来は、遥貴の部屋へ直行した。「遥貴!」部屋へ入ってくるなり、机で勉強していた遥貴の元へ大股で歩いてきた未来。遥貴が立ち上がると、未来はがしっと遥貴を抱きしめた。「未来、お帰り。どうしたの?」「ただいま。もうこれで、どっちに転んでも終わりだな。」「うん。」「遥貴。」未来は遥貴の両肩に手を置いて、体を離した。顔をじっと見る。「何?」「もし俺が大統領になったら、俺と結婚してくれ。」「え?何言ってんの?この国では同性同士は結婚できないし、それに、僕には戸籍がないよ。」いきなりのプロポーズに、遥貴はあたふたとしてそう言った。「だから、俺が大統領になったら、それは全部クリアするだろ。俺と一緒に、大統領官邸で暮らそう。な?」背の高い未来は、遥貴の顔を覗き込むようにして言った。「もし、大統領になれなかったら?」遥貴が上目遣いでそう言った。「そうしたら、次の大統領選に挑戦するから。それで、大統領になったら結婚しよう。」「じゃあ、未来が大統領にならないと結婚できないんだね。」遥貴はおかしくなって、ぷっと噴き出した。そして、2人でひとしきり「あははは」と笑った。「遥貴、俺と一緒に暮らしてくれるか?これからも。」未来が問う。「うん。」遥貴は力強く頷いた。 大統領選投票日。朝から晴れ間が広がり、多くの国民が投票所に足を運んだ。今までの代議士選挙とは比べ物にならないくらいの投票率で、夜には開票作業が始まった。この国は開票作業が早い。電子化された投票は、瞬く間に集計された。「山縣未来氏、当選確実です!」各テレビ局が一斉に伝えた。未来の得票率が50パーセントを越えたのだ。未来が現在住んでいるのは宮殿なので、宮殿の広間で未来や応援陣営が当落の報告を待ち、報道陣も多数詰め掛けていた。当選確実の報がもたらされたのは、報道陣の方が先だった。ある記者が電話を取り、「山縣さん、当選確実出ました!」と叫んだ。他の記者たちもほぼ同時に電話で報告を受けており、カメラマンはフラッシュをたき、リポーターはテレビカメラに向かってしゃべり始める。未来や応援してくれた人たちは、思わず万歳をした。 そこへ、遥貴がらせん階段を下りて来た。いつも宮殿で報道陣の前に出る時には、スーツか民族衣装といった王らし
Last Updated: 2026-08-01
Chapter: 政変~契り4 「はあ?何言ってんだよ。」翌朝、尊人と遥貴が早速話しに行くと、未来は呆れ顔でそう言った。しかし尊人は食い下がった。「よく考えてみなよ。こんな子供が大統領なんてありえないだろ。どうせ何でも未来の言う通りだ。それじゃあ結局国民を裏切っているのと同じだ。大統領として飾られているだけの、人形になっちゃうんだよ、遥貴が。」未来はハッとした。尊人がかつて、散々嫌がっていた「お飾り人形」。国王はお飾り人形だ、人間になりたいんだ、と言っていた。国王でも大統領でも、同じことなのだ。その事に、やっと未来は気づいた。「だから、大統領には未来がなればいい。僕が応援演説をする。まだ立候補者を替えられるだろ?」遥貴が言うと、「いや、でも……。」未来の頭の中で、コンピューターがヒートアップする。政治的取引があって、今の状況がある。ここで交代したらどうなるのか。自分が大統領になるなんて、考えた事もなかった未来は、まずは自分がなるかならないかよりも、周りの反応の事ばかり考えた。「お前を擁立することで、国民主権党は第一党になれたんだ。ここで遥貴が立候補しない事になったら、どうなる?話が違うと言って国民が怒るんじゃないのか?」「それは、僕が説明すれば大丈夫でしょ。応援演説はそのためにあると言ってもいい。」遥貴が意外にも大人びた事を言うので、未来は遥貴の顔を凝視した。「だが、お前はこれからどうするんだ?国王でなくなり、俺が大統領になったら、その後お前は一体……。」未来が言うと、「僕は、大学に行こうと思う。大学で遺伝学を学んでみたいんだ。クローン技術の事をもっと知りたい。これから世界中で、もっと僕みたいな子供が生まれるかもしれない。それが良い事なのか、良くない事なのか。自分で確かめたいんだ。」遥貴の顔は晴れ晴れと輝いていた。いつの間にか、自分のやるべき事を見つけていた遥貴に、未来は驚きを隠せなかった。 大統領選の告示。街頭の選挙ボードには、ポスターが貼られた。やはりと言うべきか、30枚ものポスターが並ぶ。立候補には多少のお金が必要だが、高額でもない。大学の受験料より少し高いくらいだった。記念受験ならぬ、記念立候補が目立つ。 一番上の段に張り出される、ひときわ目立つポスターがある。そこには真ん中に未来の顔が、下に少し小さめに遥貴の顔の写真があった。「大統領候補、山縣未来」の
Last Updated: 2026-08-01
Chapter: 政変~契り3 任期満了に伴う国会議員選挙が行われる事になった。そこで、大統領制実施を掲げる国民主権党は、党首演説でこんなことを言った。「我々の目指す大統領制では、大統領候補は政党から出すものではありません。今まで通り、国会議員の第一党の党首は、首相として内閣を組閣します。内閣とは別に、大統領が存在するのです。今の国王がなさっている仕事は、ほぼ大統領が受け継ぎます。我々は、我が国最初の大統領には、現国王の遥貴様がふさわしいと考えております。もちろん、国民による選挙の結果選ばれるのが大統領ですが、我々は遥貴様を推薦致します。」この発言により、世論がぐっと国民主権党に傾いた。更に、現首相の汚職事件がリークされ、現政権の信用は失墜した。誰がリークしたのかは、言わずもがなである。 そうして、投票が行われ、国民主権党が第一党になり、首相が交代した。ここまでは、今までの政治システム通りに動いた。そして、これから大統領を存在させる事になる。数カ月ののち、いよいよ大統領選挙が行われる運びとなった。立候補予定者は20人を超えた。政党に属してはいけないという事で、政治家が政党を離党して立候補したり、芸能人や元スポーツ選手などの著名人、大学教授や宗教家、ユーチューバーなどなど、多岐に渡ったラインナップだった。遥貴がその中の1人になるのは、何となく不似合いだった。そういう世俗的な、下々の競争の中に放り込まれるのが、どうも不釣り合い。国民が皆そう感じたと言っても過言ではない。ましてや、身内は尚更である。「なあ未来、本当に遥貴に立候補させるのか?」当然父親の1人である健斗も苦言を呈する。もう1人の父親である尊人は、事情が分かるだけに何も言わなかったが、あまり賛同している様子ではなかった。「ねえ未来、僕は奥さんをもらいたくないが為に、大統領になるのか?それっておかしくないか?そもそも、僕に大統領が務まるのだろうか?結局国王とやる事は同じなのか?」遥貴自身も不安を隠せずにいた。「世襲制か、選挙で選ばれるか、の違いだよ。だが、大きな違いだろ?無理に子供を作る必要がなくなるんだから。」未来が言うと、遥貴は大きくうんうんと頷いた。「なるほど、やる事は同じでも全然違うね。僕がダメな大統領だったら、次は違う人を皆が選べばいいんだものね。でもさ、僕はこの選挙に勝てるのかな。勝てないような気がするんだけ
Last Updated: 2026-08-01
Chapter: 政変~契り2 それから数日ほど経って、首相がお見合い写真をいくつか持って来た。だが、遥貴はそれを開いてもみなかった。「未来、やっぱり僕、王妃を迎えるのは嫌だ。嘘でも他の人と結婚したくない。」夜になって、遥貴はそう言った。ここの所考え込んでいる事の多かった遥貴だった。今、未来の腕枕に頭を乗せ、天井を見つめながら力強くそう言った。「それで?国王を辞めるのか?それとも国王のままで、俺と結婚する道を探すか?」未来も天井を見ながら言った。「僕は、未来と一緒にいられるなら、どっちでもいい。ただ、僕が国王でなくなった時、僕に何の価値があるのか、それが分からない。」そうだ、これだけ帝王学を叩きこまれたのだ。今更普通の人生に戻れと言われても困るだろう。「それじゃあさ、国王を辞めて、大統領になるというのはどうだ?」未来が言ったので、「は?」遥貴は驚いて体を反転させた。「僕が大統領に?それはどうかな。大統領っていうのは選挙で選ばれるんだろ?それに、年齢制限だってあるんじゃないのか?」「いやいや、何せこの国にはまだない制度だからな。これから作るんだから、被選挙権は18歳以上に与えられる事にすればいいんだ。選挙なら、勝てるだろう。お前なら。」未来がそう言った。そこは考えていなかった遥貴は、何と言って返せばいいのか分からなかった。「未来はいろんな事を考えるね。頭の中どうなってんの?」遥貴が言って未来の頭を軽く小突くと、「お前のダディにもよく言われたよ。」と未来が言って笑った。 未来は、大統領制を推進する、国民主権党と接触した。もし遥貴を大統領候補にしてもらえるならば、王制復権党を潰す手伝いをする、と持ち掛けた。国民主権党からしても、国王の人気が高いがゆえに、現政権を倒す事が現実的とは思えずにいたのである。国王の方から大統領制を推してもらえれば、国民の意向も変わるだろうと思えた。 その、未来が留守にしている時に、首相が遥貴の元を訪れた。突然の訪問であった。勉強の最中だった遥貴だが、首相の面会に応じた。「陛下、王妃候補は選んでいただけましたでしょうか?」首相は表面上はにこやかに言った。「いえ、まだ選んでいません。しかし、私は健康でまだ若いのです。そう急がなくてもいいでしょう。」遥貴がそう言うと、首相は困った顔をした。そして、何かを思いついたように、背もたれにより
Last Updated: 2026-07-31
Chapter: 政変~契り1 遥貴の、18歳の誕生日がやってきた。宮殿のバルコニーには、尊人や君子、瑠璃子も並び、そこへ王冠をかぶった遥貴が登場し、国民の祝福を受けた。これを、1日に何度か繰り返す。国民はそのたびに入れ替わり、のべ10万人が訪れた。 首相が宮殿へやってきて、遥貴にお祝いの言葉を述べた。それから、やはりというべきか、こんな話があった。「陛下もやっとご成人あそばされまして、何よりでございます。つきましては、王族の安泰の為に、是非王妃を迎えていただきとうございます。」その場には遥貴と未来と、尊人と健斗がいた。場が一瞬凍り付いたようだった。尊人もかつて首相からそんな風に言われ、拒み、だが結局王妃を迎えた。「しかし、まだご結婚は早いのでは?陛下はともかく、お相手の女性だって、18歳では早すぎるのではないでしょうか。」未来が思わず言った。遥貴は考え込んでいて、何も言わなかった。「形だけでも構わないのです。お子様をお持ちになるのはもう少し先でも構いませんし。ただ、公務に支障が出てきますので。お相手を年上にするという手もありますね。2歳くらい年上でも構いませんよね、陛下。」首相は馴れ馴れしく遥貴に問いかけた。遥貴は首相の顔を見たが、返事をしなかった。「とにかく、候補を選んでおきますので。それでは、失礼します。」首相は深々と礼をして出て行った。「遥貴。」尊人が優しく遥貴に声をかけ、肩に手を乗せた。「パパはあの、麗良さんと結婚したんだよね?形だけの結婚を。」すっかり低くなった声で、遥貴はそう言った。「遥貴、大人になった事だし、パパは辞めて父上にしようか。健斗の事はダディでもいいけれど。」尊人がそう言った。「父上?そうだね、じゃあ、父上、結局麗良さんとは別れて、父上はダディと、麗良さんは他の男性と結婚したよね。僕がこれから選ばれた人と形式上の結婚をしたら、相手の女性は幸せになれるのかな?どう考えても、幸せじゃないよね?」遥貴が言う。「そうだね。でも、王妃を迎えないのは、現実的には難しいかな。」尊人が静かに言う。「僕は、未来と結婚する。」遥貴が言うと、未来は、「お前が誰と結婚しても、俺はずっと傍にいてお前を守る。心配するな。」と即座に言った。遥貴は未来をじっと見た。未来は頷いて見せた。分かっていた事だ。遥貴が王妃を迎えるであろうこと、もし遥貴にその気がな
Last Updated: 2026-07-31