LOGIN仁さんをホテルまで送りそのまま、俺も一緒に朝まで過ごした。「う…ん、あ、成海おはよう。」目を覚まし、微笑む仁さん。朝からなんて美しいのだ。俺が見とれていると、「何黙ってるんだよぉ。」仁さんはそう言って勢いよく起き上がり、俺の鼻をちょんと突いた。「あ、いえ、仁さんは美しいなあ、と。」ちょっと照れながら言うと、仁さんこそ照れ笑いをし、「シャワー浴びてくる。」と、さっさと顔を背けて行ってしまった。仁さんの事は何よりも大切だ。仕事も面白いし大事だが、仁さんを放っておいてまでやる事ではない。もっと真剣に考えなくてはならない。仁さんともっと一緒にいるにはどうしたらいいのか。できれば一緒に暮らしたい。でも職場がこんなに離れていては、そんな事は無理なのだ。かといって、仁さんに仕事を辞めてくれなんて言えるわけがない。そもそも仁さんの方が職歴も長く、会社にとって必要とされている。俺は……仁さんのお陰で出世はしたけれど、僻地に追いやられた身。いや、九州が僻地というのはちょっと違うか。うちの会社にとっては開拓地。フロンティア人材だと思えば必要な存在なのかもしれないが。「どうした?考え事か?」いつの間にか仁さんが目の前にいて、タオルで髪の毛を拭いていた。「うわ、濡れ髪……かっこいいっす。」思わず心の声が出た。仁さんはニヤッとして、でもやっぱりデレっと照れた。「まったくお前は。」「だって、本当の事ですもん。」言った俺も照れる。そして、タオルを奪い取り、仁さんの髪を拭き始めた。仁さんは大人しく俺の前に座った。「気持ちいい。」仁さんが呟く。ずっとこうして居られたらいいのに。「仁さん、俺、やっぱり仁さんの傍にいたいです。」そう言ったものの、どうすればいいのか分からない。仁さんは聞こえなかったのか、それとも聞こえたのか、黙っていた。 大宰府に観光に行き、一日デートをし、土曜日の夜、仁さんを空港へと送って行った。「じゃあな。」保安検査場に入ろうとする仁さんを、俺は思わず止めた。まだキスもろくにしていない。昨日俺が仕事に行ってしまったからだし、仁さんをあんな目に遭わせたからだが、それでもこのまま離れるなんて悲しすぎる。 俺は仁さんの腕を掴み、無言でズンズンと歩いた。「成海?どこいくんだ?」仁さんがそう言っても、振り返らずにトイレへとまっしぐら。他に場所
ホテルの廊下に出て、エレベーターで地上階へと急いだ。おっさんが追いかけてくるかもしれないと思い、なるべく遠くへ行こうと思った。 外へ出てみると、全くどこだか分からなかった。人もまばらで、深夜なのだろう。とはいえ、俺は上半身裸の状態だった。幸いズボンは履いていたので、ポケットに財布もスマホも入っていた。とにかく人目につかないように建物の陰に入った。恥ずかしすぎる。 暗がりにうずくまり、両腕で体を抱えた。すると、涙が出てきた。怖かった。気持ち悪かった。とにかく宿泊しているホテルに帰るしかない。このまま帰るか、それともコンビニでシャツでも買うか。 立ち上がろうとしたところで、スマホが震えた。規則正しく震えている。電話だ。スマホをポケットから取り出すと、画面に成海の名前が出ていた。「な、成海?」すぐに電話に出た。「あ、はい。まだ起きてましたか。メッセージ送ったけど未読だったので、寝ちゃったかなと思ったんですが、そうじゃなかったらーと思って心配になって。」涙がどっと出た。「うっうっうっ……」言葉にならない。「仁さん?」「お、俺、今どこに居るのか、わかんな……。服、着てなく……て。」「え、え?どういう事ですか?あの、今いる場所をLINEで送ってください。迎えに行きますから。」「わ、かった。」俺は電話を切った。あまりやった事がなかったが、LINEで居場所を送れる事は知っていた。それをやってみる。ついでに「今、上裸」という文字も送った。 15分くらい経った頃、「仁さん!どこですか?仁さん!」と、やたらでかい声で呼ぶ成海の声が聞こえてきた。もう涙は引っ込んでいたが、また安心したら涙腺が緩んできた。「ここだよ。」暗がりから出て行くと、成海が目の前にいて、「仁さん!どうしたんですか!?ああ、なんて事だ!」騒がしく喚いたかと思うと、俺を抱きしめた。こらこら、裸の男を抱きしめるなんて、警官来るぞ……と思ったのだが、俺も涙が溢れてきて、「なるみぃ……」思い切り抱きしめ返してしまったのだった。 ひとしきり抱きしめ合った後、成海が持ってきたTシャツを借りて着た。そして、事の顛末を話しながら歩いた。行先は俺の宿泊先。時刻は1時半頃だった。「ごめんな、仕事の邪魔して。」回りにほとんど人がいないので、手を繋いで歩いていた。「何言ってるんですか。俺
成海が去って行った。独り残された俺は、注文してしまったものを黙々と片づけていた。その内店内が騒がしくなり、一人でいる事がいたたまれなくなって店を出た。 まだ飲み足りないし、暇になってしまったなと思って歩いていると、屋台を見つけた。博多で有名なラーメンの屋台か。だいぶにぎわっている。この暑いのに。 しかし、そんな暑い中でも「おでん」の屋台を見つけてしまった。おでんと言えば日本酒だ。いいかもしれない。ラーメン屋台は人が多かったが、おでんの屋台には一人腰かけているだけで3~4個の椅子が空いていた。「こんばんは。」俺はそう声を掛けて椅子に座った。「いらっしゃい。」店主がそう言った。「日本酒を冷やでください。あと大根と…」おでんを注文しようとして覗き込んだが、何がどの名前だかよく分からない。「適当に4つか5つ見繕って。」そう言うと、「あいよ。」と店主が言った。 日本酒を飲み、おでんをつまんでいると、1つ空けて隣に座っていた男性が声を掛けてきた。「あんちゃん、どこから来たの?この辺の人じゃないでしょ。」「あー、はい。東京から来ました。」つい律儀に答える。「もしかして芸能人?」「いえ、違います。」「本当に?ずいぶん綺麗な顔してるよねえ。あれじゃないの、地下アイドルとか。コンセプトカフェの店員とか。」よく分からないが、無礼な人だなと思い、曖昧に笑って答えなかった。だが、そのおっさんは諦めてくれない。「やっぱアイドルでしょ。なんかテレビで見た事ある気がするもん。あ、それか俳優?ドラマで見たのかな。」うるさい。「よく言われます。でも違いますから。」少し語気を強めて言い、後は無視して飲んでいた。「すみません、お酒もう一杯ください。」「はいよ。」俺はもう一杯酒を注文した。隣のおっさんはしばらく黙っていた。周りはガヤガヤしていて、そのうち他のお客も座った。たくさんの声や音が耳に入り、ガヤガヤザワザワしていて、俺はもう一杯酒を注文した。周りがうるさいなと思っていたのだが、だんだん人の話が理解できなくなり、そのうち何も聞こえなくなった。 ふと気づいたら、周りはシーンと静まり返っていた。そしてなんと、俺は座っているのではなく横になっていた。天井がクリーム色の部屋にいて、薄暗い。何故こんなところにいるのだ? ギシっと音がして、寝ているもの
「今後、手紙を書く人はどんどん減ります。レターセットは辞めましょう。それよりも、今まさに上向いているのがぬいぐるみです。アート展示のモチーフをふわふわな素材で作り、オリジナルなキーホルダーなどにするのはどうでしょうか。」新しい職場では、係長になったとはいえメンバーの人数は少なく、リーダーと言えども自分で情報収集し、自分でプレゼンをするという状態だった。 しかし、それが面白い。東京のように美術館が溢れているわけではないので、我が社の九州地域での進出はまだまだこれからだ。やりがいを感じる。 次はどうしようか、と常に考えている。支持を受ける側ではなく授ける側になったので、勤務時間外にも考える事が多い。だから、恋人―仁さんと会えない事や、今までの知り合いが誰もいないという事も、あまり考えないで済んでいる。寂しさを感じている暇がないのだ。 福岡に来て2週間が経った週末には、仁さんが訪ねてきてくれた。今、俺は会社の寮に入っているので、仁さんを泊める事は憚られ、博多のホテルで一緒に泊まった。翌日は博多観光を二人でして、仁さんは帰っていった。 その2週間後、今度は俺が東京に泊まりに行く番だった。そう仁さんとも約束をしていた。ところが、前の日に大事な仕事が終わらず、土曜日も仕事をすることになってしまった。つまり、東京に行く事が出来なくなってしまったのだ。「もしもし、仁さん?成海です。あの……すみません。明日東京に行かれなくなりました。」電話でそう伝える時は、とても胸が痛かった。仁さんは一瞬黙ってから、「そうか、仕事か?仕事ならしょうがないな。あんまり無理しないように頑張れよ。」と、明るく言ってくれた。来週にはきっと行くからと約束をした。それでも、仕事が面白く、夢中になっている俺は、行かずに済んでホッとしている部分もあった。あんなに夢中になっていた仁さんに、会えない事に慣れてしまったのだろうか。 翌週には東京に行けた。東京のホテルは高いので、思わずラブホテルに泊まってしまった。仁さんと二人でラブホに入る所を、万が一誰かに見られたら困るので、俺が先に入って部屋を取り、後から部屋番号を仁さんに伝えて時間差で落ち合った。 ラブホは楽しかった。一緒にお風呂に入り、鏡張りの部屋で交わり、広いベッドで一緒に眠った。また時間差でホテルを出て、外で落ち合って一日デートをした。
仁さんは酒を持ってやってきた。コンビニで買ったと思われる缶ビールと、スルメなどのつまみも持って来てくれた。「グラスもないだろうと思って、ビールにしたよ。これなら缶のままでいいだろ?」仁さんは言った。プシュッと缶を開け、乾杯した。何もない壁に寄りかかって座る。「なんでこんな事になっちゃったんでしょうね。」つい、呟く。「……うん。」仁さんが相槌を打つ。そして、二人黙って飲む。「成海、俺……福岡行くよ。毎週とは行かないと思うけど、1ヶ月に1回は行くから。」仁さんが言った。「じゃあ俺も、1ヶ月に1回は東京に来ます。そうしたら、2週間に1回くらい会えるって事ですよね?」俺がそう言うと、仁さんは俺の顔を見て頷いた。 どちらからともなく、キスをする。大丈夫、そんなに遠くない。それでも、毎日会っていた今までと比べたら、寂しくて、心配で、心が折れそうになる。「成海、浮気するなよ……」「仁さんこそ……」そんな事を言いながら、キスを繰り返す二人。そして、やっぱり吉沢さんにメッセージを送るのは辞めようと思った俺。そんな事から浮気が疑われるのだ。仁さんが他の人にプライベートな連絡をしたら、俺は嫌だから。「今日は、最後までしていいよ。」仁さんが囁いた。「え、大丈夫ですか?」「うん。大丈夫。覚悟出来たから。」少しずつ練習をしてきた俺たちのセックスも、とうとう本番を迎える。ベッドではなく、床にタオルケットを敷いた上で。「成海、来い!」「は、はい!」「う、うう……」「仁さん、大丈夫ですか?」「だいじょう……ぶ……」お互いにまだ不慣れだけれど、一つになれた。 「それじゃあ、気を付けて。」「はい。仁さん、お元気で。あ、着いたら電話します。」空港まで送ってくれた仁さんに別れを告げた。手を握っても変に思われないように、俺は握手を求めた。仁さんが俺の手を握る。握手をして、その手を静かに放す。指先が離れるその瞬間まで、仁さんの手の感触を味わった。仁さんがニッコリ笑う。俺も笑う。そして仁さんに背を向けた。
週末には俺の家で仁さんと会い、少しずつ関係を深めていった。指を……入れてみるとか……色々と……少しずつ。 そして6月中旬、7月1日付で俺に辞令が出た。仁さんのおかげで、係長に昇進した。最年少記録を更新した。だが、どこの係に配属されたのかを確認し、目を疑った。それは第2企画部の発案課で、一瞬嬉しいと思ったのだが、なんと勤務地は福岡支社だった。 九州か!東京の本社内にもたくさん課はあるし、就業人数も東京本社がダントツだというのに、まさかの福岡支社とは。名古屋あたりなら週末に通えるかもしれないが、流石に福岡では毎週東京に来る事は難しいのではないか。 今は毎日仁さんと会っているからデートは週一で済んでいるけれど、普段会えないならもっと頻繁に会いたくなるに決まっている。それなのに……。悲しすぎて何を考えればいいのか分からない。 だが、せっかく仁さんが力を貸してくれて実った出世話。無下にするわけにも行かないぞ。困った。どうしよう。俺、やっぱり出世なんてしなくていい。ただ、仁さんの姿が見えないところで仕事がしたいだけなのに。 「成海……おめでとう。」仁さんが後ろから声を掛けてきた。「仁さん、俺、福岡なんて行きたくないです。」静かに言うと、仁さんは苦笑した。「俺も昨日聞いた時には驚いたよ。気持ちの整理も正直ついてない。気軽に話を進めた事を後悔したし。」「仁さん……。」抱きしめそうになったので、俺はこぶしを握り締めた。ここは会社だ。「成海、お前栄転だな、おめでとう!」同じ係の先輩がやってきた。「おめでとうございます!」「おめでとう!」みんながやってきた。それで、暗い顔をしてもいられず、笑った。顔では笑って、心では泣いた。 すぐにお別れの時はやってきた。引っ越すなんて思ってもみなかったので、準備はバタバタだった。実家に帰る暇もなかった。引っ越し業者を手配し、荷物をまとめ、引継ぎをし、東京本社最後の勤務の日。「成海君、あの……これ、選別。」吉沢さんから小さな箱を渡された。「第2係全員からのもあると思うけど、これは私個人から。成海君、元気でね。そしてまた戻ってきて。待ってるから。」待ってる?それはどういう意味だ?「あ、ありがとう。えーと、うん、また東京に戻って来ると思うから、その時はよろしく。」箱を受け取った。そして、終業時間になると、仁さ
平日は以前と変わらない仁さんだった。つまり、俺との関係に進展はなし。でも、週末の約束があるから気にしなかった。周りに関係がバレたら困ると思い、昼ご飯も誘ったりしなかった。お互い一人で済ませて、今まで通りの会話をした。 それでも時々不安になった。やっぱり仁さんが忘れているのではないかと。だが、LINEで何か送ると、ちゃんと返してくれた。『今週末、楽しみですね。』と送れば、『どこの店に行くか決めたか?』と返ってきて、仁さんの方でも色々調べてくれて二人で行く場所を決めたりした。そのやりとりの先頭には、例の『俺たち、恋人同士になろう』の文字がある。大丈夫だ。多分。 土曜日の朝。待ち合わ
その夜、仁さんが日本酒のお店に連れて行ってくれた。「仁さんは日本酒がお好きなんですね。」俺がテーブル席に腰かけながら言うと、「まあ、日本酒が好きというより、日本酒に合うつまみが好きなんだよ。」と、仁さんがやはり座りながら言った。「そうなんですか?焼き魚とか、おでんとか?」「そうそう。お刺身とか、和食全般だな。」仁さんがメニューを見ながら言った。そして、刺身の盛り合わせやら煮込み料理やら焼き鳥やらを注文した。 お猪口に酒を互いに注ぎ合い、乾杯をした。“最初から日本酒”というのはほとんど経験がなかったが、空きっ腹で飲む日本酒は、甘くて辛くてカーッと体に熱を伝えた。今日は対面で座
ミュージアムグッズの企画を担当する俺たちは、社内プレゼンを行う事になった。会議室でプロジェクターを用い、部長や課長などを前に俺はプレゼンを行っていた。要所、要所で座っている仁さんの方を見ると、満足気に頷いてくれた。俺は安心して次々と提案していった。 一通りプレゼンが終わり、質問に答えたり、部長の要求を聞いたりして、お開きになった時の事だ。片づけようとした俺はプロジェクターにぶつかり、なんとプロジェクターが台から落ちてガシャンと大きな音を立てた。「あ!すみません!」と言って機材の方に手を伸ばそうとしたら、なぜか持っていたレーザーポインターがボキリと折れた。「何やってるんだお前は!」
付き合うってどうするのだろう。何をするのだろう。連休の間中、悶々と考えた。あのかっこよくて美しくて可愛らしい仁さんが、俺のこ、恋人になるなんて……。控えめに言って奇跡だ。 とりあえずプライベートな連絡先を聞かなくては。会社から支給されているスマホでもメールや電話は出来るが、それをプライベートな連絡(こ、恋人との会話)に使うわけにはいくまい。 翌営業日の火曜日、どんな顔で仁さんに会えばいいのかとソワソワしながら出社した。仁さんは相変わらず美しく、明るく元気だったが、いつもと同じだった。 俺の方に特に目線を送るでもなく、至って普段通り。まあ、仕事中だから当たり前かもしれないが……。とにか