로그인会社には辞める意向を伝え、引継ぎを始めた。また誰かが俺の後釜に「出世」してくるのだろう。俺の代わりなんていくらでもいる。それよりも、自分の人生を思ったように生きなければ。 会社を退社出来たのは夏だった。8月のお盆の前に、やっと引継ぎが終わったのだ。俺は久しぶりに実家に帰省する事にした。関東なのだからいつでも実家に帰れると思っていた時にも、結局ほとんど帰らなかった。九州勤務になってからは全く帰っていなかった。だから、ちゃんと泊りがけで帰る事にした。 仁さんとは一緒に住む算段を付け、俺の引っ越し荷物は新しい家に運び込んだ。まもなく仁さんも実家を出て一緒に住むようになるだろう。その前に、俺の実家に仁さんを招待した。 「わあ、いい景色だな。」 電車とバスを乗り継ぎ、降り立ったところは畑が見渡せる高台だった。 「暑いっすけどね。」 相変わらず内陸部は暑い。 「でも清々しいよ。海の近くとは違って。」 仁さんが言った。だけど、仁さんの白い肌が炎症を起こすのでは、と気が気ではない。 「仁さん、日傘差しましょう。」 仁さんが日傘を持っている事は知っている。俺はもうすっかり日焼けしているからキャップで充分だが。 青い日傘を差した仁さんと、坂を下って実家へと向かう。セミの鳴き声がうるさい。ああ、夏だな。 「ただいまー。」 玄関をくぐると、母親が台所から出てきた。 「お帰り。暑かっただろ。」 エプロンで手を拭きながらそう言う母。そして後ろを伺っている。仁さんが日傘を閉じ、後ろを向いて畳んでいた。 「あ、仁さん、母です。」 そう声を掛けると、仁さんが振り向いた。 「こんにちは。お邪魔します。」 「まあ、べっぴんさんねえ。初めまして。いつも準一がお世話になっております。なんて綺麗な方なのかしら。」 母は片手を頬に当て、ぼうっとしている。 「仁さん、どうぞ。」 俺が上がるように促すと、母は慌ててスリッパを出した。 子供の頃は土間があり、木造の平屋だった実家。今はすっかり立て替えてしまって普通の家だが、それでも都会の家とは違って広いし、瓦屋根の木造だ。 建て替えたので、もう俺の部屋はなかった。使われていない居間に荷物を置き、リビングに入った。 「すみません、あまり落ち着ける感じじゃないですけど。」 「そんな事ないよ。家からも眺めがいい
仕事は面白かった。やりがいがあった。でも、仁さんと次にいつ会える、という約束ができない状況が続き、時々ふっと寂しさがよぎった。 仕事が面白いのは、一から十まで自分で出来るからだ。それは、ここでしかできないのだろうか。この九州でしか?もっと言えば、この会社でしか? 一から十まで自分でやりたいなら、独立するという方法もあるのではないか。俺は徐々にそう考えるようになった。独立して一人でやるなら東京の方がチャンスはある。会社を辞め、東京で会社を興すか? そう考えたら急に心拍数が上がった。手に汗を握る。しかし、何の為にその選択をするのだろうか。仁さんの近くにいる為か?それなら、もし仁さんが東京から遠く離れた場所に転勤になったら? 仁さんと一緒に会社を興すという手もあるだろうか。それは、仁さんがそうしたいと思ってくれれば、という前提条件付きだな。とにかく仁さんに相談しなければならない。 「今週末は会えそうか?」木曜日の夜、仁さんから電話があった。「それが……ちょっと立て込んでいて。あ、でも俺、仁さんと話したい事があって。できれば会って話したいけど、電話でも。1時間くらい。」俺がそう言うと、仁さんが突然大きな声を出した。「えー、電話で1時間なんて嫌だよ。また俺がそっちに行くよ。そうすれば夜だけでも一緒に居られるだろ?そこで話せばいいじゃん。」うう、また仁さんにばかり負担をかけてしまうのか。「えーと、じゃあ、待ってます。」だが、それもあと少しだけかもしれない。あの話がまとまれば……。 そして翌日金曜日の夜、仁さんが博多にやってきた。交通費もバカにならないだろう。今回は新幹線で行くと言われ、博多駅まで迎えに行った。「おお、成海、来てくれたのか。」「当たり前じゃないですか。あ、荷物持ちます。」仁さんの、少し大きめなリュックを受け取った。「一日分の着替えしか持ってきてないぜ。」仁さんが笑う。確かにリュックは大きい割に軽い。「ホテルは取っておきました。行きましょう。」俺たちは近くのビジネスホテルへと向かった。 「それで、話って?」まず甘い時間を、と思っていたのだが、仁さんにそう切り出された。確かに、あの話をしなければ、と思っていると没頭できないかも。だが、意見が決裂した場合、その後に仲良くイチャイチャできるだろうか……。「何?怖いんだけど。
仁さんをホテルまで送りそのまま、俺も一緒に朝まで過ごした。「う…ん、あ、成海おはよう。」目を覚まし、微笑む仁さん。朝からなんて美しいのだ。俺が見とれていると、「何黙ってるんだよぉ。」仁さんはそう言って勢いよく起き上がり、俺の鼻をちょんと突いた。「あ、いえ、仁さんは美しいなあ、と。」ちょっと照れながら言うと、仁さんこそ照れ笑いをし、「シャワー浴びてくる。」と、さっさと顔を背けて行ってしまった。仁さんの事は何よりも大切だ。仕事も面白いし大事だが、仁さんを放っておいてまでやる事ではない。もっと真剣に考えなくてはならない。仁さんともっと一緒にいるにはどうしたらいいのか。できれば一緒に暮らしたい。でも職場がこんなに離れていては、そんな事は無理なのだ。かといって、仁さんに仕事を辞めてくれなんて言えるわけがない。そもそも仁さんの方が職歴も長く、会社にとって必要とされている。俺は……仁さんのお陰で出世はしたけれど、僻地に追いやられた身。いや、九州が僻地というのはちょっと違うか。うちの会社にとっては開拓地。フロンティア人材だと思えば必要な存在なのかもしれないが。「どうした?考え事か?」いつの間にか仁さんが目の前にいて、タオルで髪の毛を拭いていた。「うわ、濡れ髪……かっこいいっす。」思わず心の声が出た。仁さんはニヤッとして、でもやっぱりデレっと照れた。「まったくお前は。」「だって、本当の事ですもん。」言った俺も照れる。そして、タオルを奪い取り、仁さんの髪を拭き始めた。仁さんは大人しく俺の前に座った。「気持ちいい。」仁さんが呟く。ずっとこうして居られたらいいのに。「仁さん、俺、やっぱり仁さんの傍にいたいです。」そう言ったものの、どうすればいいのか分からない。仁さんは聞こえなかったのか、それとも聞こえたのか、黙っていた。 大宰府に観光に行き、一日デートをし、土曜日の夜、仁さんを空港へと送って行った。「じゃあな。」保安検査場に入ろうとする仁さんを、俺は思わず止めた。まだキスもろくにしていない。昨日俺が仕事に行ってしまったからだし、仁さんをあんな目に遭わせたからだが、それでもこのまま離れるなんて悲しすぎる。 俺は仁さんの腕を掴み、無言でズンズンと歩いた。「成海?どこいくんだ?」仁さんがそう言っても、振り返らずにトイレへとまっしぐら。他に場所
ホテルの廊下に出て、エレベーターで地上階へと急いだ。おっさんが追いかけてくるかもしれないと思い、なるべく遠くへ行こうと思った。 外へ出てみると、全くどこだか分からなかった。人もまばらで、深夜なのだろう。とはいえ、俺は上半身裸の状態だった。幸いズボンは履いていたので、ポケットに財布もスマホも入っていた。とにかく人目につかないように建物の陰に入った。恥ずかしすぎる。 暗がりにうずくまり、両腕で体を抱えた。すると、涙が出てきた。怖かった。気持ち悪かった。とにかく宿泊しているホテルに帰るしかない。このまま帰るか、それともコンビニでシャツでも買うか。 立ち上がろうとしたところで、スマホが震えた。規則正しく震えている。電話だ。スマホをポケットから取り出すと、画面に成海の名前が出ていた。「な、成海?」すぐに電話に出た。「あ、はい。まだ起きてましたか。メッセージ送ったけど未読だったので、寝ちゃったかなと思ったんですが、そうじゃなかったらーと思って心配になって。」涙がどっと出た。「うっうっうっ……」言葉にならない。「仁さん?」「お、俺、今どこに居るのか、わかんな……。服、着てなく……て。」「え、え?どういう事ですか?あの、今いる場所をLINEで送ってください。迎えに行きますから。」「わ、かった。」俺は電話を切った。あまりやった事がなかったが、LINEで居場所を送れる事は知っていた。それをやってみる。ついでに「今、上裸」という文字も送った。 15分くらい経った頃、「仁さん!どこですか?仁さん!」と、やたらでかい声で呼ぶ成海の声が聞こえてきた。もう涙は引っ込んでいたが、また安心したら涙腺が緩んできた。「ここだよ。」暗がりから出て行くと、成海が目の前にいて、「仁さん!どうしたんですか!?ああ、なんて事だ!」騒がしく喚いたかと思うと、俺を抱きしめた。こらこら、裸の男を抱きしめるなんて、警官来るぞ……と思ったのだが、俺も涙が溢れてきて、「なるみぃ……」思い切り抱きしめ返してしまったのだった。 ひとしきり抱きしめ合った後、成海が持ってきたTシャツを借りて着た。そして、事の顛末を話しながら歩いた。行先は俺の宿泊先。時刻は1時半頃だった。「ごめんな、仕事の邪魔して。」回りにほとんど人がいないので、手を繋いで歩いていた。「何言ってるんですか。俺
成海が去って行った。独り残された俺は、注文してしまったものを黙々と片づけていた。その内店内が騒がしくなり、一人でいる事がいたたまれなくなって店を出た。 まだ飲み足りないし、暇になってしまったなと思って歩いていると、屋台を見つけた。博多で有名なラーメンの屋台か。だいぶにぎわっている。この暑いのに。 しかし、そんな暑い中でも「おでん」の屋台を見つけてしまった。おでんと言えば日本酒だ。いいかもしれない。ラーメン屋台は人が多かったが、おでんの屋台には一人腰かけているだけで3~4個の椅子が空いていた。「こんばんは。」俺はそう声を掛けて椅子に座った。「いらっしゃい。」店主がそう言った。「日本酒を冷やでください。あと大根と…」おでんを注文しようとして覗き込んだが、何がどの名前だかよく分からない。「適当に4つか5つ見繕って。」そう言うと、「あいよ。」と店主が言った。 日本酒を飲み、おでんをつまんでいると、1つ空けて隣に座っていた男性が声を掛けてきた。「あんちゃん、どこから来たの?この辺の人じゃないでしょ。」「あー、はい。東京から来ました。」つい律儀に答える。「もしかして芸能人?」「いえ、違います。」「本当に?ずいぶん綺麗な顔してるよねえ。あれじゃないの、地下アイドルとか。コンセプトカフェの店員とか。」よく分からないが、無礼な人だなと思い、曖昧に笑って答えなかった。だが、そのおっさんは諦めてくれない。「やっぱアイドルでしょ。なんかテレビで見た事ある気がするもん。あ、それか俳優?ドラマで見たのかな。」うるさい。「よく言われます。でも違いますから。」少し語気を強めて言い、後は無視して飲んでいた。「すみません、お酒もう一杯ください。」「はいよ。」俺はもう一杯酒を注文した。隣のおっさんはしばらく黙っていた。周りはガヤガヤしていて、そのうち他のお客も座った。たくさんの声や音が耳に入り、ガヤガヤザワザワしていて、俺はもう一杯酒を注文した。周りがうるさいなと思っていたのだが、だんだん人の話が理解できなくなり、そのうち何も聞こえなくなった。 ふと気づいたら、周りはシーンと静まり返っていた。そしてなんと、俺は座っているのではなく横になっていた。天井がクリーム色の部屋にいて、薄暗い。何故こんなところにいるのだ? ギシっと音がして、寝ているもの
「今後、手紙を書く人はどんどん減ります。レターセットは辞めましょう。それよりも、今まさに上向いているのがぬいぐるみです。アート展示のモチーフをふわふわな素材で作り、オリジナルなキーホルダーなどにするのはどうでしょうか。」新しい職場では、係長になったとはいえメンバーの人数は少なく、リーダーと言えども自分で情報収集し、自分でプレゼンをするという状態だった。 しかし、それが面白い。東京のように美術館が溢れているわけではないので、我が社の九州地域での進出はまだまだこれからだ。やりがいを感じる。 次はどうしようか、と常に考えている。支持を受ける側ではなく授ける側になったので、勤務時間外にも考える事が多い。だから、恋人―仁さんと会えない事や、今までの知り合いが誰もいないという事も、あまり考えないで済んでいる。寂しさを感じている暇がないのだ。 福岡に来て2週間が経った週末には、仁さんが訪ねてきてくれた。今、俺は会社の寮に入っているので、仁さんを泊める事は憚られ、博多のホテルで一緒に泊まった。翌日は博多観光を二人でして、仁さんは帰っていった。 その2週間後、今度は俺が東京に泊まりに行く番だった。そう仁さんとも約束をしていた。ところが、前の日に大事な仕事が終わらず、土曜日も仕事をすることになってしまった。つまり、東京に行く事が出来なくなってしまったのだ。「もしもし、仁さん?成海です。あの……すみません。明日東京に行かれなくなりました。」電話でそう伝える時は、とても胸が痛かった。仁さんは一瞬黙ってから、「そうか、仕事か?仕事ならしょうがないな。あんまり無理しないように頑張れよ。」と、明るく言ってくれた。来週にはきっと行くからと約束をした。それでも、仕事が面白く、夢中になっている俺は、行かずに済んでホッとしている部分もあった。あんなに夢中になっていた仁さんに、会えない事に慣れてしまったのだろうか。 翌週には東京に行けた。東京のホテルは高いので、思わずラブホテルに泊まってしまった。仁さんと二人でラブホに入る所を、万が一誰かに見られたら困るので、俺が先に入って部屋を取り、後から部屋番号を仁さんに伝えて時間差で落ち合った。 ラブホは楽しかった。一緒にお風呂に入り、鏡張りの部屋で交わり、広いベッドで一緒に眠った。また時間差でホテルを出て、外で落ち合って一日デートをした。
会社近くの居酒屋に入った。「お疲れ~。」「お疲れさまっす。」カチンと杯を合わせた俺と仁さん。仁さんはお猪口で、俺はジョッキだが。俺たちはカウンター席の端に並んで座った。仁さんはひたすら日本酒を飲んだ。俺は最初生ビールを飲んだのだが、その後はお猪口をもう1つもらって仁さんと同じ日本酒を飲んだ。「いやー、飲み屋に来るのも久しぶりだな。」仁さんが言う。「そうなんすか?」「昔は金曜日と言ったら必ず飲み会だったけどな。あの感染爆発の後はパッタリで。」仁さんは手酌で日本酒を自分のお猪口に注ぎ、まだ少し酒が入っている俺のお猪口にも注いだ。「あ、すんません。」「感染が落ち着いてきたらさ
「成海、ちょっと。」顔を上げて声のする方に顔を巡らすと、仁さんがこちらを見て手招きをしていた。「はい。」係長の席へと向かう。心臓がドキドキする。叱られるかもしれない、などという理由ではない。麗しい仁さんに呼ばれたから。あの人の近くに行けるから。「なんでしょうか。」「これ、この間の資料。」仁さんは、俺がお願いしていた会社の資料が入っていると思われる、USBメモリを差し出した。「ありがとうございます。」小さなそれを、恭しく受け取った。もう用事は済んでしまった。後ろ髪を引かれながらも、俺は自分の席へと戻った。 うちはミュージアムグッズを作る会社だ。ここは企画部発案課。仁さんは入
ミュージアムグッズの企画を担当する俺たちは、社内プレゼンを行う事になった。会議室でプロジェクターを用い、部長や課長などを前に俺はプレゼンを行っていた。要所、要所で座っている仁さんの方を見ると、満足気に頷いてくれた。俺は安心して次々と提案していった。 一通りプレゼンが終わり、質問に答えたり、部長の要求を聞いたりして、お開きになった時の事だ。片づけようとした俺はプロジェクターにぶつかり、なんとプロジェクターが台から落ちてガシャンと大きな音を立てた。「あ!すみません!」と言って機材の方に手を伸ばそうとしたら、なぜか持っていたレーザーポインターがボキリと折れた。「何やってるんだお前は!」
付き合うってどうするのだろう。何をするのだろう。連休の間中、悶々と考えた。あのかっこよくて美しくて可愛らしい仁さんが、俺のこ、恋人になるなんて……。控えめに言って奇跡だ。 とりあえずプライベートな連絡先を聞かなくては。会社から支給されているスマホでもメールや電話は出来るが、それをプライベートな連絡(こ、恋人との会話)に使うわけにはいくまい。 翌営業日の火曜日、どんな顔で仁さんに会えばいいのかとソワソワしながら出社した。仁さんは相変わらず美しく、明るく元気だったが、いつもと同じだった。 俺の方に特に目線を送るでもなく、至って普段通り。まあ、仕事中だから当たり前かもしれないが……。とにか