前世ー
「佐倉美月。お前には本当に失望したよ。こうまで奈月に嫉妬して、卑劣な真似をよくもしてくれたな!お前に俺の妻でいる資格なんてない!離婚だ!!」
「希純…」
美月は血に濡れた両手を震わせて、涙を拭うこともできずに自分を憎々しげに睨みつける夫を見た。
「大丈夫、お姉ちゃん?指、折れちゃったんじゃない?」
そう言いながらくすくすと嘲笑い、奈月はピアノの蓋をわざと音をたてて閉めた。
バタンーッ!!
その瞬間、美月の身体はビクリと大きく反応し、恐ろしげに血濡れた手で耳を塞いだ。
「あら、ごめんなさい?わざとじゃなかったの」
奈月の目は弓形に笑いを刻み、ただ蹲ってふるふると頭を振る姉の不様な姿を見下ろしていた。
「奈月、なにしてる。そんなのに構うな。時間の無駄だ!」
「でも希純兄さん、お姉ちゃん、怪我してるし…」
途端に弱々しく眉を下げた顔を彼に向けて、奈月はさも同情的に美月の手に触れた。
「あっ…!」
彼女は鋭い痛みに思わず奈月の手を振り払った。
「キャア…!」
奈月は2、3歩蹈鞴を踏んで、大袈裟に悲鳴を上げながら倒れ込んだ。
「奈月!!」
離れた所で2人のやり取りを見ていた希純はそれを見て、慌てて戻って来た。
そうして美月の身体をドンッと突き倒し、急いで奈月を助け起こした。
「大丈夫か?」
その声音はとても心配げで、普段の彼を知る美月に衝撃を与えた。
彼と結婚していた5年間、彼女は彼からこんな風に声をかけられたことがなかった。
彼女がピアノの弾き過ぎで手首を痛めようが、貧血で倒れた時にテーブルの角で腰を打ちつけようが、彼の冷たい態度は変わらなかった。
だから彼女は、彼は元々こういう冷血漢な人間なのだと思っていた。
でも、違った。
彼は優しい態度も言葉も持っていた。気遣いをすることもできた。
ただそれを、妻である自分に向けなかっただけだった。
今だって、自分は奈月がわざと強く閉めたピアノの蓋に手を挟まれて血を流している。
両手とも赤紫色に変色して、ひどく腫れ上がっていた。
それなのに彼はそれを無視して、足首さえ挫いていない奈月の心配をしている。
こんなに不公平で、こんなに惨めなことってあるだろうか…。
「希純兄さん…痛い…」
奈月の涙に潤んだ声はとても可哀想で、聞く者に同情心を与えるに十分だった。
「病院に連れて行く!」
希純はその場で奈月を横抱きに抱え上げ、美月のことなどまるで目に入らないように早足で出て行った。
彼の首に腕を回し、遠ざかる彼女に奈月は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
その瞳ははっきりと希純が自分のものだと主張していて、美月は最早立ち上がる気力もなかった。
もうずいぶんと前からわかっていた。
彼女の夫が彼女の妹を愛していることを。
気づいていても認めたくなくて目を背けた結果、彼から憎しみと軽蔑を向けられて、とうとう離婚を言い渡されてしまった。
美月は頬を濡らし続ける涙を拭い「痛い…」と思い出したように呟いた。
美月は慰めてくれる人もなく、たった一人で気持ちの整理をつけ、やがて静かに立ち上がった。
彼女の手は血まみれで、その白くて細い指はどれも腫れ上がり、中には変な方向に曲がっているものもあった。
「病院……行かなくちゃ…」
そっと呟くと、やがて彼女はふらふらと外に向かって歩き出した。
彼女は医者ではなかったが、わかっていることがあった。
それは、彼女がもう今までと同じようにピアノを弾くことができないということ。
人生をかけて取り組んできたピアノ。
ピアニストとして活躍する未来を捨てて希純の為に、彼の為だけにピアノを奏でることを選んだのに、いとも簡単に代わりを見つけられてしまった。それも彼女には到底及ばない下手くそな妹に。
きっと、愛の前では上手い下手など大した問題ではないのだろう。
愛した女が奏でる旋律なら、例えそれが初心者のものであっても、彼にとっては極上のセレナーデになるに違いない。
ふっ…
急になにもかもがバカバカしくなって、美月は小さく鼻で笑った。
離婚?してやろうじゃない…。
美月は胸の内でそう呟き、タクシーを停めた。
だが、誰が想像できただろう…。彼女自身ですら予想もつかない未来が待っているだなんて。
美月を病院に運ぶタクシーが大きな交差点にさしかかった時、信号無視の車がブレーキ音をけたたましく響かせながら突っ込んで来た。
車はタクシーの左側面に勢いよくぶつかり、後部座席真ん中寄りとはいえ助手席後ろに座っていた美月は何が起こったのかきちんと理解できないまま、死に瀕していた。
あぁ…私、死ぬのね…。
そう思った瞬間、彼女は自分の人生をひどく後悔した。
希純…あなたとなんか出会わなきゃよかった…。
胸の中で呟いて、彼女の人生の幕は閉じた。
「彼女にお昼のお弁当を頼まれたとか…?」「?あぁ、最近料理の勉強をしてるとか言ってたから」そう言った時、希純の口元が僅かに上がったのを見た。「それで?わざわざ手作りのお弁当を頼まれたのですか?奥さまではなく、ただの義妹に?」その皮肉げな言い方に、希純の片眉がピクリと上がった。「なんだ?何が問題なんだ?」「……あなたは根本的に間違っています」中津の冷え切った声音に一瞬戸惑いの表情を見せた希純だったが、プライドの為か素直に問い返せなかった。「ロビーでお待ちいただいてますが、どうされますか?」「は?なんで通さない?」昨日も言ったんだけどね…。中津は肩を竦めた。「お連れします。一般社員が使うエレベーターで」強調して言うと、「専用を使え」と言い返された。「専用は社長と奥さまのみが使用できるようになっているはずですが?」「……今日だけだ」「……」希純は自分を見る中津の瞳に軽蔑の色を見て取り、ぐっと奥歯を噛み締めた。「なんだ?何か言いたい事でもあるのか?」「……いいえ」最早、注意する気にもならない。中津は昨夜更新された奈月のSNSの投稿を見て、朝から彼女に怒り心頭だったのだが、もうそれを口にする気もなかった。彼には既にあり得ない投稿がなされている事を告げてあるし、それを放置し、更に更新の機会を与えるような事をしてしまうその神経が理解できなかったのだ。それでいて「離婚したくない」だなんて、勝手が過ぎる!てなものだっ。中津は最低限の礼だけをしてオフィスを出て行った。少しして、「希純兄さん」と柔らかい声音で呼びかけられ、ノックもなしにオフィスに入って来た奈月を見た。希純は彼女の後ろに中津の姿がないことを知ると、複雑な表情をした。「兄さん?」「いや……」きっと何か用があって、一緒に来れなかったんだろう。そう思ったが、その日中彼の姿を見かけることはなかった。??秘書は常に近くに控えているものではないのか?少し苛ついたが、不安にも思った。彼のあの軽蔑に満ちた目と冷ややかな声に、希純は自分の何がいけなかったのか分からずに落ち着かなかった。『はいー』彼は秘書室に連絡を入れ、中津の居場所を聞いた。『中津でしたら、本日は早退致しました』「なに?」聞いてない。あり得ない。上司に黙って早退とか、バカにしてんのか!?「体調不良
中津は一般社員が使うエレベーターがある側のスペースにいたので彼女は気が付かなかったらしく、その顔には微笑みが浮かび、実に堂々とした態度だった。その行方をじっと見ていると、呆れたことに彼女は受付をスルーし、そのまま社長のオフィスへ直行の専用エレベーターがある方へと歩を進めて行った。中津は慌てて、だが胸の内に怒りを溜めて、足早に奈月を追いかけて行った。「奈月さん」声をかけると彼女はピタリと足を止め、そして一拍置いて振り返った。その顔はいかにも純粋で、なんにもわからないような表情が浮かんでいた。「中津さん、おはようございます」小首を傾げて挨拶をするその姿は、何も知らない者から見たらとても可愛らしく、思わず笑顔になってしまうほどだった。でも中津には通じない。彼は彼女の狡猾さも腹黒さも知っているので、その純粋さを装う姿が余計に腹立たしく、口調もややつっけんどんなものになってしまうのだった。「おはようございます。ここで何を?」ジロジロと彼女の手にあるランチボックスを見た。「あぁ、希純兄さんにお昼のお弁当を持って来ました」ニッコリ笑ってそう言うと、僅かに手の物を掲げた。「申し訳ありませんが、社長はいつもデリバリーを頼まれますので、それは必要ないかとー」「あ…でも……」彼女はもじもじと袖をいじり、小さな声で言った。「昨日約束したんです」中津は目を眇めた。あのクズ男は…っ。イラッときた感情を抑えて「ではー」と手を出した。「私がお届けいたします。ご苦労さまです」「……」奈月は悲しげに眉根を寄せて、上目遣いに彼に言った。「私が届けては駄目ですか?」駄目だよ。心の中ではそう答えたが、彼はため息をつき言った。「では、こちらロビーでお待ち下さい。確認して参ります」「……わかりました」何が何でもこの専用エレベーターは使わせない。という彼の意思を感じたのか、奈月は渋々と承知した。そしてくるりと向きを変えると、ロビーにあるソファに腰掛けた。中津はそれを確認し、ついでに受付に彼女を勝手に通さないようきつく言い聞かせ、急いで社長室へと向かったのだった。そして今に至るのだがー。
ハッー中津はもう何度目かの夢を見て、今もまた飛び起きた。心臓がドキドキと早鐘のように鳴り、額には冷や汗が滲んでいた。またこの夢か……。彼は額の汗を拭い、傍らのスマホの時計を見た。4:30 いつもこの時間に目が覚める。中津はキッチンに行き、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してゴクゴクと喉に流し込んだ。冷えた水が身体の中を通る感覚に、彼の気持ちも次第に落ち着きを取り戻していった。いつも見る夢ー。それは美月の死に関するものだった。初めはなぜこんな縁起の悪い夢を…?と不思議に思っていた。だが夢は見る度に違う場面で、彼の上司で彼女の夫である希純が、彼女の墓の前で号泣しているものだったり、彼女の妹の奈月が泣きながら嘲笑っていたり。その他にも、彼女を取り巻くいろいろな人物の場面があった。そして、それらに共通しているのは〝美月の死〟であり、中津は夢を見た後いつも言いようのない不安を胸に抱えて、再び眠ることができなくなるのだった。「社長ー」翌日、中津がオフィスで希純の前に立つと、彼は手にしていた書類をバサリと置き、椅子の背もたれに背を預け、視線を上げた。「なんだ?退職願でも持って来たか?」「……ご希望でしたら準備します」そう言うとチッと舌打ちし、希純は皮肉げに嗤った。「嫌味も通じないのか?」「申し訳ありません」「……」頭を下げる彼に希純はしばらく口を閉ざし、やがて言った。「反省したのなら、もういい」彼にとって中津は替えの利かない存在だった。ただ単に付き合いが長いだけでなく、彼が今何を必要としているか言わなくても理解し、動くことのできるのはこの男だけで、言葉の足らないことが多い自分と他者が衝突したりしないように、細かい配慮を自然としてくれるのも、この男だけだった。だから、今回は許してやる。そう思っていたのに、目の前の男からはお礼の言葉も安心したような感じもなく、寧ろ呆れたようなため息をつかれてしまった。「〝反省〟とは、一体何に対してですか?」「わからないのか?」そんなはずはない。わざとだ。希純はおよそ初めての中津の反抗的な態度に、腹が立った。そしてその苛立ちを、デスクの上にあった書類を投げつけることで表した。バサッー中津は顔に投げつけられた書類を微動だにせず受け止め、そのまま床に落ちた物を静かに拾い上げた。「お尋ね
「社長」静まりかえるオフィスで明日の会議で使う資料に目を通していた希純は、秘書の中津の呼ぶ声に顔を上げた。「美月は見つかったか?」「はい」ようやく期待通りの答えが得られて、希純は無言で続きを促した。「奥さまは精華ホテルにご滞在されてます」「精華ホテル?」自分の答えに眉根を寄せて首を傾げる希純に、中津は苦笑した。わかりますよ〜。うちのホテルがあるのになんで?て思ってるんですよね〜。中津は積極的に美月を連れ戻そうとは思っていなかった。なぜなら今ー「希純兄さん」「!」「奈月…」この娘はなんで勝手に入って来るんだよっ。つい先ほど希純を訪ねて現れた彼女に、中津は確かにロビーで待つよう言ったはずだった。それがなんで最上階にある社長のオフィスに?そんな気軽に入れませんよ、ここは!?「奈ー」「出て行ってください」「え…?」中津の冷たい言葉に、奈月の笑顔がピシリと固まった。「ロビーでお待ち下さいとお伝えしたはずです。なぜここに?」「え…と……」問い詰められて奈月はちらりと希純を窺い見た。「おいー」「なんでしょう?」彼女に頼られて口を挟もうとしてきた希純を、中津は気にせずに問い返した。「ここには重要書類や機密書類等いろいろあります。そんな所へ部外者を簡単に入れてはいけません!」「……」正論を断固とした口調で告げられて、希純も二の句が継げなかった。そんな彼を見て奈月も自分の不利を知り、おずおずと口を開いた。「ごめんなさい。私はただー」「何ですか?また遅くなったから送ってほしくて、ついでに食事でもしませんか?とでも仰るつもりですか?生憎ですが、社長はそんなに暇ではありませんっ」「……」まさに中津の言った通りの事を言おうとしていた奈月は呆気にとられ、口をポカンと開けた。え?なんなの、この人?ちょっと前まですごく丁寧な人だと思ってたのに…。「おい、さすがに言いすぎだ」「…」はい!?正気か、この人っ。ほんの数時間前に起こった事を何も覚えてないかのように奈月を庇う彼の姿に、中津は呆れてしまった。アウトだな。もう手の施しようがない。間違いなくクズだ、この男は。中津は腹の底からはぁぁぁ…と息を吐き出し、「失礼します」と言い捨ててその場を後にした。「おい!!」背中から希純の怒声が聞こえたが、もう振り返りたくなかった。
美月は眠気を散らすためにシャワーを浴びに行った親友の為に、夕飯を作ろうとキッチンに入って冷蔵庫を開けた。「へぇ~、結構揃ってるのね」確か前回ここへ来た時、この中には水とチーズ、それからなぜか化粧水が入ってるだけだった。誰か料理上手な彼でもできたのかしら?そう思いながら丁寧に中を見ていると、下ごしらえ済の食材がある事に気が付いた。あぁ、これは…。美月が一つの考えに行き着いた時、ピンポーン!と玄関チャイムが鳴り響いた。「は~い」パタパタとスリッパの音を鳴らしながら玄関に行き、ガチャリとドアを開けた瞬間、目の前にバッと突き出された花束に思わず美月は仰け反ってしまった。「校了おめでとう!」その声と一緒に彼女はふわりと抱き締められ、慌ててその腕の中から逃れようと厚い胸板を押した。「ち、ちょっと…っ」美月の声に相手の男が「ん?」と僅かに身体を離した。そしてそこにある見知らぬ顔にびっくりしたのか、そのまま固まってしまった。「あの…」固まるのはいいが、まわした腕を離してほしい…。美月が困っていると「ダーリン、人違いよ」と彼女の親友が笑いながら近づいて来た。お風呂上がりの彼女は仄かにピンク色の頬をして、まだ乾いていない髪の毛は湿って白いバスローブの襟元に散っていた。「尚…」ふわりと漂ってきたボディソープの香りに男は美月からそっと離れ、尚の手を取った。「ごめん…」「ふふ…。次はないわよ?」尚はいたずらっぽくそう言って、男の頬を軽く抓った。「美月、ごめんなさいね」「すみません……」気不味そうに頭を下げる男に、美月は微笑って言った。「大丈夫。私こそ、サプライズの邪魔をしてしまって、ごめんなさい?」「いえ……」男は美月の言葉に照れくさそうに笑い、改めて尚に花束を渡した。「校了おめでとう」男の瞳には恋人への愛情が溢れんばかりに宿っていた。彼女はそれを受け止め、綺麗に微笑った。「美月、紹介するわ。彼、真田聖人(さなだまさと)よ」「佐倉美月です」2人は握手を交わし、連れ立ってリビングに入って行った。「美月、ごめん。聖人にもお茶お願いしていい?私、着替えてくるわ」「いいよ。任せて」そう言って尚を部屋に戻すと、美月は早速キッチンで紅茶を淹れた。2人はさして話題もなかったが特に気にすることもなく、やがてカップを置いた。「さ
久しぶりの別荘。美月は実は楽しみにしていた。結婚当初に贈られて、でもすぐに会社の方の部屋を使うように言われてから、もうずっと訪れていなかった。相変わらずの綺麗な景色とそれにマッチした建物。希純が彼女の為にデザイナーと一緒にデザインし、内装も何もかも彼女好みに設えられて、実に住み心地の良い、愛情溢れる場所だった。そのはずだったのに…。「どういうこと?」タクシーから降り立ち、玄関を開けた所で驚いた使用人から誰何され、美月は一気に不機嫌になった。「あなたは?」「わ、私はこちらの家政婦です。あなた様こそどちら様ですか!?」「……」その質問に、美月は黙って身分証を掲げた。「ここの持ち主よ。誰の許可を得てここにいるの?」「え…」目に見えて狼狽える使用人に、とりあえず美月は中へと歩を進めた。そしてその内装の変わりように、驚いて立ち竦んだ。「誰?」後ろをついて来た使用人を振り返り、静かに問うた。「誰が内装を変えたの?希純?」「い、いえ…奈月様…です……」徐々に小さくなっていく声に、美月の目が眇められた。そして徐ろに携帯を取り出すと、希純の番号を呼び出してタップした。『はい。奥様ー』出たのは彼の秘書を務める中津で、彼女は彼が悪いわけではないことを知りつつも怒りが抑えきれず、冷たい声音で応じた。「中津さん、S市の別荘のこと、説明して?」『……しばらくお待ちください』そう言われて待っていると、やがて向こうから希純と中津2人の会話が聞こえてきた。美月はそれを聞きながらリビングのソファに座り、ただ一点を見つめていた。『奈月さんを追い出しますか?それとも奥様を?』『決まってるだろう。先ずは美月だ!ー』そこまで聞けば十分だった。美月の瞳は冷たく部屋の中を見回し、そしてまたスーツケースを持って玄関へ向かった。「どちらへー」見知らぬ家政婦に、美月は静かに告げた。「出て行くわ。お邪魔しました」「……」呆然とする家政婦にはもう見向きもしなかった。外に出てもう一度タクシーを呼び出し、待っている間に希純に離婚協議書を請求した。あんな人、もういらないわ。到着したいつもとは違う会社のタクシーに乗り込み、美月はとある住所を告げた。ピンポーン!呼び鈴を押して待つこと数十秒。「は~い、どなた?」ガチャリと玄関扉を開けて出て来たのは、美