共有

第177話

作者: レイシ大好き
日向はちょうどいいタイミングで口を開いた。

「これが好きってことなんだ。この子は誰かを好きになると、ついじっと見つめ癖があるんだ」

紗雪は口元に笑みを浮かべ、ぱっと手を振って、子供が好きそうなデザートをさらにいくつか追加した。

日向は二人の様子を見ながら、心の中であたたかな感情があふれ出しそうになるのを感じていた。

午後。

三人は市内で最大規模の正大モールにやってきた。

目的ははっきりしていた。

真っ直ぐ三階の服飾フロアへと向かう。

目の前に広がる色とりどりの服の数々に、紗雪は少し目が回る思いだった。

日向は千桜を腕に抱えながら、紗雪の隣について歩く。

「直接子供服売り場に行くのか?」

「うん。このレディースコーナーを抜けたら、その先が子供服よ」

「レディース?」

その言葉に日向の目が一瞬光り、すかさず言葉を継ぐ。

「どうせ午後は時間あるんだし、紗雪も自分の服見てみなよ」

「いいのよ。もう十分あるから」

紗雪は断ろうとした。今日のメインはあくまで千桜のための買い物だ。

だが、日向はそれに納得しなかった。

「女性の服は何着あっても足りないだって言葉、聞いたことがある?」

その言葉を口にしたときの日向の瞳、そしてまっすぐに見つめてくるその視線に、紗雪はどう断ればいいのか分からなくなった。

「でも今日は、千桜ちゃんの服を買いに来たんじゃ......?」

日向は千桜を抱き直しながら軽く揺らし、にっこり微笑む。

「大丈夫大丈夫。うちの千桜は急いでないよな?」

千桜はぱちりと瞬きを一つしたが、特に何も言わなかった。

二人は目を合わせるが、千桜からの返事は最初から期待していない。

健康で元気にいてくれさえすれば、それでいいのだ。

結局、日向の熱心な勧めに押されて、一行は先にレディースコーナーを見ることになった。

紗雪は服を見ていたが、特に気が乗るわけでもない。

彼女の服はいつも美月がデザイナーに直接オーダーして送ってくるものばかりだ。

今回は、もしも目に留まるようなデザインがあれば......という程度の気持ちだった。

「もう行きましょうか」

「気に入ったのなかったのか?」服を選ばなかった紗雪に、日向は少し不思議そうに尋ねた。

紗雪がうなずこうとしたそのとき、不意に隣から驚いたような声が飛んできた。

「お義姉さん?
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第294話

    「加津也、お父さんの言うことを素直に聞いて、もう外には出ないで」西山母はそう言い聞かせながらも続けた。「でも安心しなさい。家にいるなら、お母さんが毎日ちゃんとご飯作ってあげる。使用人にも、ちゃんと美味しいもの出すように言っとくから」そう言い終わると、彼女はさっさとその場を離れ、階段を上がって自分の部屋へ逃げるように入っていった。「バタン」扉が閉まる音だけが響き、リビングには加津也一人がポツンと取り残された。だが彼には、未だに父親の言っていた過ちの意味が理解できなかった。自分が何の失敗をしたというんだ?初芽の件はもうちゃんと宥めて解決しているし、紗雪に告白できなかっただけで、それが罪になるのか?そう考えるほどに、彼の中では諦めるという選択肢は消えていった。絶対に、紗雪を手に入れてみせる。「おとなしく家にいろ、だと?」加津也は鼻で笑った。「絶対無理。紗雪を落とすまでは、俺が大人しくしてるわけないだろ」たとえ今はああいう態度でも、いずれ金を稼いで戻ってくれば、親の態度なんてまた変わる。そんなふうに、彼は楽観的に考えていた。部屋に戻ると、今後どうすべきかを考え始めた。......だが、すぐには何も浮かばなかった。今の紗雪は、以前とはまるで別人のように強情で、こちらが少しやそっと動いたくらいでは心を動かせそうにない。だからこそ、焦っても仕方がない。長期戦になる覚悟を決めた。それが分かった時点で、彼の焦りは少しだけ落ち着いた。父親にももうバレてしまった以上、別に隠す必要はない。一度出かけられたなら、二度目も必ず出られるはずだ。加津也はすでに腹をくくっていた。たとえ両親が反対しようと、関係ない。......辰琉の一件を経て、紗雪は今、人に対してかなり警戒心を持っていた。だが、今回の件についてはまだ証拠がない以上、誰かに軽々しく話すこともできない。そのことを考えるたびに、彼女は頭が痛くなる。しかも、今日の加津也はまたしても変なことをし始めた。本当に、何を考えてるのか分からない。シャワーをひねって、すべての煩わしさを洗い流すことだけを考える。もう何も考えたくなかった。このくだらないことから解放されたいだけだった。シャワーを終えた後、紗雪はいつも通

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第293話

    加津也は父親に対して多少の恐れはあったものの、理不尽な決めつけには納得がいかなかった。何がなんでも自分のせいにされるのは、さすがに納得できないと思い、食い下がる。しかし、彼のその態度が余計に西山父を苛立たせた。「今の会社のこの有様は、全部お前のせいだ。他の社員からもすでに聞いている。まだ認めないのか!」「会社に何があったのか?」加津也の声にも焦りが混じり始める。会社は今の彼にとって、まさに社会的地位を支える命綱。この会社があるからこそ、彼は外で「西山さん」としての顔を保てているのだ。もし何か問題があれば、その肩書きすら形だけのものになってしまう。ましてや紗雪をまだ落とせていない今、会社が崩れるような事態になったら、すべてが終わってしまう。「父さん、早く教えてくれよ。会社に何が起きたんだよ?」加津也の声には、もはや切実さすら滲んでいた。それを聞いた西山母も、思わず西山父に視線を向けた。夫が帰宅したときからずっと様子がおかしかったこともあり、彼女もまた、何が起きたのか知りたかった。そんな家族の視線を受け、西山父も少し困惑した様子を見せる。だが、古い友人たちが口を揃えて言うことに、今さら疑いは抱けなかった。「うちの会社の案件が、ことごとく打ち切られたんだ。今、主要なプロジェクトが全部止まってる」そう言った瞬間、西山父はソファに力なく腰を落とした。「短期間で人脈を立て直さない限り、うちの会社はもう二度と元には戻らない」かつての西山グループは、二川グループと並び称されるほどの実力を持っていた。だが今回の一件で、状況は一変した。まるで天と地の差。二川グループには紗雪が付いている。彼女は大きなプロジェクトを二つも手に入れ、さらに今では海外市場への展開まで視野に入れている。もう勝負にすらなっていない。この現実を思うと、西山父は再び息子を見て、胸の奥がズシンと重くなる。どうして、うちにはこんな情けない息子しかいなかったのか。努力以前の問題で、トラブルしか起こさないとは......ため息が何度も、何度も漏れた。「じゃあ俺たち、これからどうすれば......」今度は加津也の声に、完全な焦りと恐怖が混じっていた。西山グループが倒れてしまったら、彼自身のブランド

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第292話

    「あの子だって、会社のためを思ってやってるのよ。あなたこそ、何をそんなに怒ってるの?」「会社のため?だったら今の会社の有り様を見てみろ!何をやらかしたのか、すぐにわかるからな」西山父は袖を払ってリビングに向かい、ソファにどっかと腰を下ろした。あの親不孝者の加津也が帰ってくるのを待つのだ!その様子を見た西山母も、さすがに少し心配になった。これほどまでに夫が怒っているのを見るのは初めてだった。今回は本当に、彼女も加津也の味方をしてあげられないかもしれない。一体あの子は外で何をしでかしたというのか。それに、会社のことだって......正直なところ、彼女にもよくわからなかった。息子はただ一人の女性を追い求めているだけ。それがどうして会社に関係あるというのか。西山父はソファにどっしりと座り、威厳を放っていた。その視線の先では、西山母が落ち着かずに部屋を行ったり来たりしている。その姿を見れば見るほど、怒りが収まらなかった。もしこの女があいつを外に出さなければ、こんな事態にはなっていなかったはずだ。彼は妻を指さして言った。「甘やかすからこうなるんだ。あんな出来損ないに育てたのは、全部お前のせいだ」「わ、私......」西山母は何か言い返そうとしたが、夫の剣幕を前にして口をつぐんだ。これ以上は言っても無駄だと、心の中で悟ったのだった。一方その頃、外では加津也がようやく初芽の機嫌を取り戻していた。彼はきっぱりと説明した。紗雪への告白は、彼女の背後にある財力と人脈を目当てにしただけで、本当に愛しているのは初芽だと。その言葉を聞いた初芽は、表面上は黙って受け止めたが、内心では鼻で笑っていた。この男のことは、今や完全に見抜いている。自分の利益しか頭にない、そんな男だ。「愛だの何だの......」今さらそんな言葉を口にされても、虚しさしか感じなかった。だが、現実的に考えれば、今の自分にはまだ加津也の金が必要だ。こんなことで揉めて縁を切るなんて、無意味でしかない。「わかってるよ、加津也。私のことが一番好きだって、最初からわかっていたの」初芽は甘えるように微笑みながら、彼の広い胸元に身を寄せた。一見すれば、仲睦まじい恋人同士のような光景。しかし、その実態はとっく

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第291話

    ついこの前までは何事も順調だったのに。ここ数日は一体どうしたというのか?まるで病気になったかのように、一気に崩れていく。人間関係も同じで、これまで親しかった者たちが次々と態度を翻し、時には門前払いされることさえある。長年の友人ですらこんな調子なのだから、それ以外の人々の態度については言うまでもない。西山父はため息をついた。心の中では落胆していたが、相手にもきっと言えない事情があるのだと理解していた。いくら詰め寄ったところで、相手が話したくないのであればどうしようもない。物事というのは無理に求めても仕方がないものだ。この理屈に気づいたことで、西山父の気持ちも少しは落ち着いた。やはり、あのバカ息子自身が実際に経験し、学ばない限り、何も変わらないのだろう。「わかった。ありがとう。あとは自分で考えることにするよ」結局、古くからの友人も多くを語らなかった。あんな息子がいるようでは、もう西山父と関係を続ける気はないのだろう。息子をちゃんと手綱で締めていない限り、このままではいずれ西山グループも破滅する。これだけ多くの人を敵に回しておいて、後から人脈を取り戻そうなど到底無理な話だ。友人は思わず頭を横に振り、もう他人のことに構うのはやめようと思った。自分の生活すらままならないのに、なぜ他人の面倒まで見なければならないのか。一方その頃、古い友人と別れた西山父の顔色は非常に険しかった。こんなにも多くの家を訪ねたあとでは、さすがにもう察しがつく。どう考えても、あの「いい息子」がまた何かやらかしたのだ。そうでなければ、あんなに大事なプロジェクトを失うはずがない。周囲が自分に話してくれたことこそ、まさに何よりの忠告ではないか。「加津也、この親不孝者がっ!」あれほど家に大人しくしてろと言っておいたのに、またどこかで恥をさらしてきたに違いない。怒りに駆られた西山父は急いで帰宅し、まっすぐ加津也の部屋へ向かった。しかし部屋の中は空っぽだった。それを見た瞬間、怒りが一気に爆発した。西山母があとを追ってきて、夫の険しい表情を見て戸惑った。「どうしたの?そんなに慌てて......何かあった?」「あのバカ息子はどこに行った」西山母は目を泳がせ、心の中で「やばい」と呟いた。誰かがバ

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第290話

    こうすれば、たとえ断られても、それほど気まずくはならないはずだ。辰琉はいつもそうやって、あれこれ考えすぎるところがある。だが、今の彼にとってはこれが思いつく限りの最善策だった。さもなければ、今日の加津也がその良い例だ。そして、加津也が今日また告白に来たという話は、すぐに京弥の耳にも届いた。男は手にしていたサインペンをへし折った。「あいつがまた告白しに来たって?」匠はうなずいた。「はい。まさかあんな度胸があるとは思いませんでした。命知らずってやつですかね、またあそこに顔出したんですから」彼にも、加津也の考えていることは理解できなかった。あれだけのことがあったのに、まだ懲りてないのか?それとも、本気で恐れ知らずなのか?警察に連れていかれたはずなのに、また堂々と紗雪を追いかけに来るとは。「西山グループのジジイ達は、どう言ってる?」京弥は匠に視線を向け、内心少し不審に思った。まさか、自分の息子すらコントロールできないのか?それでも父親か?以前、あのジジイとはすでに話がついていたはずだ。「息子を大人しくさせろ。外に出して問題を起こすな」そう取り決めていたのに。まさか、こんな短期間で手のひらを返してくるとは。匠は首を振った。「私も理由はまだ分かりませんので、これから確認します」「でも確かに、おかしいですね。まだ数日しか経っていないのに、あの人が息子を外に出すなんて......彼のやり方とは思えません」取引のとき、あの人は息子とは違ってとても話が通じる人間だった。何かあれば率直に話してくれるし、以前も「息子は自分が責任を持って管理する」と明言していた。それが、今やこうだ。息子をまた外に出して、会社のビルの前までやってきて、紗雪に告白するとは。「西山グループとの全ての取引を打ち切れ」京弥はそう言い残し、そのまま立ち上がって車を走らせて出ていった。匠はため息をついた。その姿を見て、彼も胸の中で少し感慨深いものを覚えた。まさか、五十を過ぎた西山さんが、こんな出来の悪い息子を抱えているとは。父親と息子がまるで別の人種だ。あれほど芯の強い人間が、まともな息子一人育てられなかったとは。匠はすぐに部下に命じて、西山グループとの全取引を停止させた。最初、西山

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第289話

    彼女のことを、今の彼は一体どう思っているのだろう?もし本当に彼がそういう人間なら、彼は緒莉に対して、顔向けできるのだろうか?紗雪は深く息を吸い込み、最終的に秘書に返信を送った。「わかった。この件は誰にも言わないで」「会長、大丈夫ですか?」そのメッセージを見て、紗雪はどう返せばいいのかわからなかった。結局、彼女はシートにもたれかかり、感情を落ち着かせたまま、返信しなかった。秘書はその様子に、さすがに心配になった。普段の紗雪なら、彼のメッセージを無視するなんてあり得ない。実際、もし立場が逆だったら、自分だってこの事実を受け入れるのは難しい。まさか、ずっと尾行していた相手が、彼女の義兄だったなんて。少し考えた後、秘書はそれ以上紗雪に連絡するのをやめた。この件に関しては、彼女自身が冷静になる時間が必要だと思ったのだ。紗雪は未だに動揺していた。彼女は辰琉のLINEを開き、しばらくじっと見つめていた。今でも理解できなかった。なぜ彼女の義兄が、自分を尾行していたのか。最終的に、紗雪はスマホを置き、成り行きに任せようと決めた。この件については、これ以上深く考えても仕方がない。辰琉の心の内がどうなっているのか、彼女のことをどう見ているのか、誰にもわからない。あの時の出来事で、すでに気まずくなっていたというのに、彼はなぜまたこんなことをするのだろう。一方の辰琉は、紗雪を尾行するのをやめたあと、ようやく自分の行動に気づいた。さっき、自分は何をしていた?もし紗雪にバレていたら、なんて言い訳すればいい?今となっては、彼にはもう何もできず、事の成り行きを見守るしかなかった。だが、紗雪の背後にある力を思い出すと、彼の中に悔しさが込み上げてきた。もしあのとき、紗雪とうまくやっていたら、今のような結果にはなっていなかったかもしれない。だが今さら後悔したところで、どうにもならなかった。紗雪があんなにも金を稼ぐとは、当時の彼には想像もできなかったのだ。だが、ここまで来てしまった以上、後悔している暇などない。どうにかして紗雪を手に入れなければならない。緒莉のことについては、今のところまだ利用価値がある。少なくとも、両親は彼女のことをとても気に入っている。だから、まずは両親の心

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第288話

    もし相手がビジネス上の敵なら、それはむしろ好都合だ。見せしめにするには効果抜群だ。さすが紗雪が鍛えた部下、考え方までそっくりだ。誰もが「戒める」つもりでいる。だが、調査結果が出たとき、秘書は少し混乱してしまった。この男、どこかで見たことがある気がする。いや、正確には名前に聞き覚えがある。たしか、彼は二川の長女様・緒莉の恋人じゃなかったか?婚約まで済ませたと聞いていたのに、なぜ今になってうちの会長を尾行している?関係性から言えば、うちの会長はこの男を「義兄さん」と呼んでもおかしくない立場のはずだ。一体何が起きている?秘書は口元を引き結び、紗雪にこのことを知らせるべきかどうか迷い始めた。本当に知らせてしまったら、紗雪はどう受け止めるだろう?彼女がその人物の名前を聞いたとき、自分と同じように動揺するのではないだろうか?だが、紗雪の様子を見る限り、彼女もその人物が誰か全く予想できていないようだ。でなければ、こんなに焦って調査を命じたりはしないはずだ。だが、思い通りにはいかないもので、調べてみた結果はまさに予想外だった。秘書はしばらく頭を抱えたまま、どうやってこのことを説明するか考え込んだ。その頃、紗雪は待ちきれず、再び催促の連絡を入れてきた。「調べがついた?」彼女は眉間にしわを寄せながら、どこか様子がおかしいと感じていた。かなり詳しい情報を渡したはずだ。車のナンバー、車種、時間まで明確に伝えていた。普段の秘書の能力なら、10分もかからずに結果を報告できる。けれど、もうすでに30分近く経っている。これは明らかに彼の処理能力の問題ではない。となると、理由はひとつだけ。調査結果に、秘書自身も驚いているということだ。紗雪の催促のメッセージを見て、秘書は少し迷った末、ついに決心して報告することにした。「調尾行していた人物が誰か分かりました」運転席に座っていた紗雪は、すぐに体を起こし、急いでメッセージを打った。「誰?」「会長も知っている人です。いや、むしろ結構親しいはず」紗雪は眉をひそめ、頭の中で思い当たる人物を探すが、あの車のナンバーが誰のものかはどうしても思い出せない。「回りくどい言い方はやめて。早く教えて」秘書は覚悟を決め、その人物の名前を打

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第287話

    この光景を見て、紗雪は確信した。この人物は確実に自分を尾行している。彼女は眉をひそめ、なぜ自分が尾行されているのか分からなかった。何かのビジネス上のライバルにでも狙われている?この車、どこかで見た覚えがある。見れば見るほど見覚えがある気がした。しかし、すぐには思い出せなかった。紗雪は何度か道を曲がって様子を見たが、相手はずっとついてきた。彼女の目つきは次第に鋭くなっていった。これは明らかに尾行している。少し考えたあと、彼女は家に帰るのをやめることにした。誰かに自宅を知られるのはまずいと思ったのだ。そう思った瞬間、紗雪はある仮説に思い至った。まさか相手の目的は彼女の自宅の場所なのでは?だとしたら、なおさら帰るわけにはいかない。今後ずっと狙われる羽目になるかもしれないからだ。紗雪はわざと複数のルートを通り、最後には相手の車を完全に振り切った。後ろに車の影がまったく見えなくなった時、ようやく心の中で一息ついた。その後、彼女は秘書に電話をかけて、この人物が誰なのか調べるよう依頼した。秘書は最初少し困惑していた。もう仕事が終わる時間なのに、なぜ上司が電話を?電話がつながった瞬間、秘書は自分が何かミスでもしたのかと焦った。このところ何かやらかしただろうか、と心の中で思い返し始めていた。しかし紗雪はすぐに切り出した。「車のナンバーを調べてほしい」「車種は最新型のベントレー。時間はさっき、会社を出たあたり」その一言を聞いて、秘書は一気に背筋を伸ばした。まさか紗雪に何かあったのでは?「会長、大丈夫ですか?」この上司には普段からよくしてもらっている。だからこそ、彼は紗雪に何かあったとは思いたくなかった。紗雪は電話口で首を振るように言った。「まだ大丈夫よ。ただ、この人物が誰なのか知りたい。夜ずっと車で私を尾行してた」「わかりました。すぐに調べてみます」紗雪は「お願いね」と一言だけ返し、何も言わずに電話を切った。前方の道を見つめながら、彼女はしばし考え込んだ。この人物の目的は何なのか。ただ単に自宅の住所を知りたかっただけなのか、あるいは別の意図があったのか。最近のビジネスで敵を作ったのは確かだ。あの二つの案件を取るために、綺麗ごとでは済まな

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第286話

    紗雪の口調はどんどん軽蔑的になっていった。加津也は顔を潰されたような気分になり、何とかその場を逃れようと口にした。「えっと、ちょっと用事を思い出した......紗雪、また今度......いや、君の都合がいいときにでも......」だが、紗雪の目に浮かぶ威圧的な視線を感じた瞬間、加津也はすぐに言い直した。もう次があるなどと口にする余裕もなかった。紗雪はようやく満足したようにうなずき、彼が初芽を連れてその場を離れるのを見送った。周囲の人々は彼女を見つめながら、思わずため息をついた。そして、彼女の手に握られていた「リスト」についても、興味津々といった様子だった。一体どんな内容なのか、加津也があれほどまでに恐れていた理由は何なのか。特にその場にいた芸能記者たちは興奮気味にマイクを差し出した。「二川さん、そのリストの中身について、少しでも教えていただけませんか?」「機会があればね」紗雪は即答で断った。そのリストは今のところ、まだ加津也を掌の上で転がすための切り札。今ここで皆の前に晒してしまっては、今後どうやって彼をコントロールすればいいのか。記者はさらに食い下がろうとしたが、紗雪は彼に一切の隙を与えず、そのまま大股で自分の車へと歩いて行った。記者は一瞬追いかけようとしたが、紗雪の背中を見て、最終的にあきらめた。無理強いしても仕方ない。それよりも、加津也にギャラを請求しに行こう。ここまで来て、何の情報も得られず、報酬ももらえないなんて割に合わない。そう考えた記者は、より一層お金を求める気持ちが強まり、加津也を探す決意を固めた。このままだと、本当に払ってもらえなくなるかもしれない。現場も徐々に人が引いていき、もう誰も気づいていなかった。目立たぬ一角に、一台の控えめなベンツが止まっていることに。その車の窓が静かに開き、運転席の男がじっと紗雪の後ろ姿を見つめていた。彼の瞳には、どこか面白がるような光が宿っていた。最近の紗雪は、思いのほか面白い。以前とはまるで違う姿になっていた。「紗雪......お前は姉より、ずっと興味深い存在だな」そう口にしたのは、他でもない――辰琉だった。あの夜、緒莉がパーティーで騒動を起こして以来、辰琉は以前ほど彼女に好意を持てなくなっていた。

無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status