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第953話

作者: 落流蛍
「わかった」之也はわざとらしくため息をつきながら言った。

「先に行かせてもいい。ただし時也、今回はきっちり約束しておこう。これが最後の条件だ。もしまた条件を増やすなら、その時は俺も情けはかけない」

最後の言葉になるにつれ、声はもむごく変わった。

だが時也はまったく相手にしなかった。

今、彼の頭にあるのはただ一つ。華恋を稲葉家へ送り届けること。

この状況で一番安全なのは稲葉家しかない。

「アンソニー」

「はい!」

「ここはお前に任せる。誰かが動けば、容赦なく撃ち殺せ」

時也は背筋を伸ばし、会場内へと引き返していった。

ほどなくして、彼は裏方に戻った。

足音を聞いた華恋は思わずソファの後ろに身を隠す。

だが、姿が時也だとわかると、ぱっと顔を輝かせ、彼に飛び込んだ。

強く抱きつかれ、時也の心は大きく震えた。

彼は手を上げ、何度も繰り返したように、華恋の髪をそっと撫でた。

けれど幸福は長くは続かない。すぐに扉の外から足音が響いた。

「ボス、稲葉奥様とスウェイ様を階下へお連れしました」

声を聞き、時也はゆっくり華恋を離した。

「華恋、いいか。もう安全だ。だがまだ片付けねばならぬことがある。だから君は先に叔母さんたちと帰るんだ……」

華恋は真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。

「本当に……大丈夫なの?」

「うん」時也は名残惜しげに華恋の髪を撫でた。「大丈夫だ」

「それなら、私も残って一緒に処理する!」彼女は彼を一人にしたくなかった。

「馬鹿者」時也は華恋の額に軽く口づけした。「ここは複雑すぎる。君が残っても役に立たない。叔母さんたちと帰りなさい」

「でも……」

「いい子だ」

時也は華恋を裏方から連れ出し、抵抗の隙を与えなかった。

外には千代とハイマンが待っていた。二人も負傷しており、応急処置はされていたが専門の設備ではなく、雑な治療に過ぎなかった。

「一緒に帰りなさい」時也は華恋を千代の前へと連れて行った。

華恋はうなずいた。

「母さん、スウェイおばさん、行きましょう」

三人は暗影者の護衛に導かれ、出口へと向かう。

だが敷居をまたぐその瞬間、華恋は堪えきれず振り返り、時也に駆け寄ってその腰にしがみついた。

「必ず!必ず私を迎えに帰ってきて!」

時也は微笑む。「馬鹿だな、もう大丈夫だ。必ず迎えに行く。さあ、早く行け。遅く
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