※この話以降は【三船ルイの視点】となります 静かな風が辺りを包んだ。巨大な紫月がこの渋谷スカイを照らし始めると、あの時の事が蘇った。何も出来ず、こいつに殺された、あの時の事が。あんなに何も出来ない事は初めてだった。 自慢じゃないが、俺は一度も負けた事が無かった。ARやXRは、VRと違ってリアルの繊細な動きと判断が物を言う。ただ鍛えればいい、ただ慣れればいい、その時代は終わり、AIを使って常に最新の動きと対策を研究し、独自の動きへと、自分のAIへフィルターをかける必要がある。肌に合っていたのがこの環境だった。 こんな意味不明な経済対策が始まった時、その経験がこんなに活きるなんて、人生何があるか分からないと思った。でも、最期はこいつと会って、今までの経験全てを否定されたかのようだった。 遥か先を行った見た事無い動き、5年の歳月はあまりに大きさな差を生んでいた。 でも、今は違う。一度見たのは脳裏に焼き付いている。死んでから何もかも失って、何もかも捨てて、その代わりのものを持ってきた。 それは誰でもない、ユキたちのおかげ。だから、またここに立っていられる。 次はもう無い。今度こそ、どちらかがこの世から消える。『⋯⋯』 ヤツの両手に銃剣が握られた。このヘリポート上へと散る、0と∞、白と黒の時間粒子。"真の不死蝶"という存在が、辺りを震撼させる。 白空羽田空港の時のように、話してかけてくれそうにない。アドバイスもくれそうにない。俺を本気で殺すという意志だけが、そこには立っている。 ヤツの背中から七色蝶の羽根が広がると、ヤツは一瞬で俺へと迫って来た。お互いの銃剣が激しくぶつかった時、俺の銃剣から"新たな粒子"が舞う。 "前と違う異変"を察知したのか、ヤツが動きを変えようとする。その背には、薄っすらと浮かぶショウカさんが目を瞑り、ヤツを包んでいた。 ショウカさん、そこで見てるんだろ? 俺が代わりに持ってきた、この"全虚無限涅槃蝶の銃剣"で、あんたらを連れて帰るからな。「ルイ⋯⋯!!」 ユキの叫ぶ声が後方から伝う。「大丈夫だ。手に持ってる"それ"、任せたからな⋯⋯!」 ユキが持つ、あの"白黒カプセル"。それをどうするのか、全てユキに委ねている。 けど、そんな他の事を考える暇は今無い。目で認識出来ない攻防が続く中、死んで得た"コレ"が正しいのか
「え、ユキ!? ショウカさん!?」「ルイ!? あれ!?」 さっきまで35階にいたのに! よく分からないけど、戻ってこれた⋯⋯?『ちょうどいいじゃない。二人が持ってる盾をここにはめましょう』 なんと、ルイも"蝶型の盾"を持っていた。こっちと形状が全く同じ"七色蝶の盾"。 それぞれ持ってる盾を、決まった数字の窪みへとはめると、轟音を立ててドアが開き始めた。 これでやっと、渋谷スクランブルスクエア方面へと行けそう。さっきは4階から35階まで苦労しそうと思ったけど、案外すんなり終わって良かった。いや、まぁ苦労はしたんだけど⋯⋯ このハイスマートサングラス、凄く役に立った。これのおかげでマップ把握だけでなく、ショウカさんの位置も把握しやすかった。 ルイはこうなる事が分かっていて、私に貸してくれたのかな? 一体、彼はどこまで上に行ってしまうのだろう。きっと、これからもずっと私の進むべき道を教えてくれる。だから傍にいると、こんなにも安心する。「それ、使えたか?」 ルイがハイスマートグラスを見て言う。分かってるくせに。「うん、大活躍だった」「なんか、ショウカさんが持ってるのに、ユキが持ってないのはよくないって思ったからさ」「あなたは先読みが凄すぎなのよ、はい」 ハイスマートグラスを外し、彼へと返す。「いや、それやるよ」「え?」「この後も使うかもしれないだろ。やるって」 まさかの突き返されてしまった。ずっと大切にしてる物だろうに。ルイは出かける時、いつもこれを付けていた。高性能なだけでなく、視力回復や斜視改善や若返り等、様々な医療効果もあるとされているコレ。まだ持ってる人が少なく、ずっと欲しいと思って予約してもすぐ売り切れ。 壊さないように、大事に持っていないと⋯⋯『じゃれ合ってていいねぇ』「⋯⋯じゃれ合ってませんから」 淡々と先を歩いていたショウカさんが、唐突に私へと振り向いて言う。じと目なその表情は、少し寂しそうにも見えた。 渋谷スクランブルスクエア前まで来る頃、空気が変わるのを感じた。ここだけ威圧感が凄いというか、なんというか⋯⋯『この中へ入れば、所長をどうにかしない限り、たぶん帰れない。それでも、いいわね?』「⋯⋯はい」『聞くまでも無さそうね、その顔は』 彼の覚悟が決まった返事を聞いて、私も今一度、自分を奮い立たせる
ショウカさんの戦い方は、まるで私をずっと後ろから見ているようだった。こんな白黒の風が吹き乱れ、ヤツらの目まぐるしい動きが続く中、自分と私の正確な安置を見出している。 その安置へと移動するだけで、的確なサポートをしやすい上に、ヤツらの手も届かない。 私が"共有されたズノウ"を上手く使えてないだけかもしれないけど、それでもここまで完璧に扱うなんて、只者じゃない。『ユキさんッ!』「はいッ!」 縦横無尽に来る3体の猛攻を、何手も先が見えているように避けては、次々ズノウを組み合わせて当てていく。 "蝶のように舞い、蜂のように刺す"よりも、"蝶のように舞い、鬼のように叩く"という表現が正しい。一撃避ければ、私たち二人による十数連撃が続く。これだけやっても、手数の多さはこっちの方が少ないという事実。それでも、一つずつ確実に当てていく事に意味がある。 でも、幾ら裂いても効いているのか実感が無く、徐々に疲労が溜まっていく。自分の限界が来てしまえば、それはショウカさんの限界を意味する。 迂闊に適当なズノウを選ぶわけにもいかない。これは今の二人だからこそ、成り立っている連携。 一旦ショウカさんがこっちへと下がってくると、彼女もかなり息が上がっているようだった。「⋯⋯どんだけ、硬いの⋯⋯!」 私がそう呟くと、『左のは、もう少しでいけるはず! でもアイツら、どんどん速くなってるわ!』 絞り出すように言うショウカさん。私は軽く深呼吸し、息を吞んだ。「左は私がいきます! 後の2体をショウカさん、少しの間、面倒見れますか!?」『それはいけるけど、本気で言ってるの? ユキさん一人よ!?』「このまま続けば、私の体力、持ちそうにないので! ショウカさんを信じます!」 きっと生死の分岐点はここしかない。突き抜けた決定打を、どっちかがやる必要がある。『⋯⋯わかった、行ってきなさい!』 それをやるべきなのは、私だ!「はいッ!!」 どんな恐怖も飲み込んだ。どんな心臓の鼓動も飲み込んだ。彼の顔をすぐ見たい、それだけの理由で。 また私の全てを白黒の風が包む。 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。 どれだけ出てこようと飲み続け、足を確実な安置へと刻み続ける。 後ろから聞こえ続けるショウカさんの声。だから応えない
4階へと上がって行くエスカレーター、近付く度に緊張感が高まる。さっき見たようなのがいると思うと、鼓動も早くなっていく。あの≪虚無限蝶の偽捕食者≫と言われていたアレ、想像するだけで鳥肌が立つ。 全長2メートルほどの大きさ、背中には激しく光る七色蝶の羽根、左右の太い腕にはそれぞれ∞と0の紋章、身体の周囲には七色の風さえも纏っていた。 ルイは簡単に勝ってるように見せたけど、あんなの私には到底できない。というか、人間に出来るものじゃない。 そんな喚きさえも遮られるように、ここにいるのは私とショウカさんだけ。今更泣いて逃げても、行き止まりの大きなドアが待つだけ。『怖い?』「あ、いや⋯⋯」『それでいいのよ。そういったアンテナが、結局は自分の命を守るんだから』 彼女は前を向きながらそう言った。その姿勢からは恐れ一つ感じない。傍にルイがいないだけで、私はこんなにも弱いなんて⋯⋯『あまり不安にならなくていいわ。なんてったって、私たちは所長のズノウが一部使える。これさえあれば、大抵の事はどうにかできるわ』 ショウカさんがこっちを向いて少し笑った。その表情からして、よっぽど自信があるらしい。 4階に着くと同時に、改めてハイスマートサングラスを掛けてみる。アイツらがいるのは奥の反対側の通路。ちょっと歩くと、その全貌が明らかになった。なんと、全く知らない真新しいヤツらがそこにはいた。 背中に白黒蝶の羽根、左右の腕には"死"と"生"の入れ墨? 身体の周りには"白黒の風?"が渦巻いており、全長は同様の2メートルくらいだろうか。『まぁ、そうなるかぁ』「アレを⋯⋯知ってるんですか?」『あれは≪死生刻蝶の正風嵐者(ライフタイムリミット・トゥルーステンペスター)≫。さっきいたのと親戚みたいなものと考えて。あれも所長のズノウから召喚された厄介なヤツ。普通にこんなヤバいの置いてくなんて、そんなに私たちを消したいのね』「つまり、強さも同じくらいという事ですよね⋯⋯」『そうね。でも、3体ならどうにかなりそう』「⋯⋯勝てます⋯⋯かね」『4体以上だったらたぶん無理。だけど、3体だったら対処できる、理論的には』 ⋯⋯それって、理想の動きをそのままに、確実に再現しなきゃいけないという事よね⋯⋯。当然のように、ミスは一つも許されそうにない。 この時さらに絶望だったのが、ヤツら
『ユキさんも"それ"、付けてみて』「"これ"ですか?」『私が見えるって事は、あなたも見えると思う』 エスカレーターに上りながら、ショウカさんが言う。その通りに、頭にあるルイのハイスマートサングラスを掛けてみた。すると、"非渋谷ストリーム1~4階マップ"が多層立体的に現れ、"謎の何か"が4階に3体いる事がすぐ把握できた。ただ、上へ行くためのエスカレーター等は見えない。『その反応は、見えたって事ね』「はい、くっきりと」 3階に着く頃、アパレル店が多くある通りへと変わった。景観は現実の渋谷ストリームにそっくりなのよね⋯⋯ 端側を通ると、大きな窓ガラスから外がよく見える。そこには相変わらず、紫に光る東京夜景が広がっていた。不意にその紫光が彼女を照らすと、一瞬身体が透けたようだった。「あのー、ショウカさんは、そのー⋯⋯」『死んでるわ。最期は所長に付いて行って死んじゃった。好きだったの、"あの人"が』 ⋯⋯これって、ルイの事が好きだった⋯⋯ってことよね。『あなたも好きなんでしょ? 彼の事が』「⋯⋯えぇ!? 私ぃ!?」『動揺しすぎでしょ。隠せてると思った?』「あ、いや⋯⋯まぁ」『いいじゃない。彼の事を妄想しながらここを触ってオ』「ちょっとッ!? 今、卑猥な事を言おうとしてましたよねッ!?」『え~、なんで分かったのよ』「オ、は気付きますってッ! この話はここまでですッ!」『やるじゃない。逆に見抜かれちゃった』 もうなにこの人。真面目な人かと思ったのに。『でも、これで少しは不安がほぐれたでしょ?』 ⋯⋯確かになんか身体が少し軽く感じる。知らない間に強張ってたってこと⋯⋯? そこまで見越しての事だったとしたら、やっぱりこの人⋯⋯『ここからが本番そうだからね。これが大人の対応ってヤツなのよ? 見習ってね?』 うん、やっぱりよく分からないわ。 他愛無い話をしながら歩いていると、今度は有名ハンバーガー店の右奥にエスカレーターを発見した。よく分からない所にばかり設置されているのが、段々ムカついてきた。もしこんなのが現実にあったら、クレームだらけで一瞬で閉店なのに。『さて、ここからはいつでも戦える状態で』「はい」 "灰涅槃の鬼鎌"を取り出すと、鬼の眼から"灰色の光"が天井を差した。上に敵がいるという事を知らせてくれている。この鎌の元にな
「⋯⋯なに、あれ?」 歩道の途中、"巨大な七色蝶のようなドア"があった。 避けて通ろうとすると、まるで通せんぼするようにドアが動き始めた。左に避ければ左に、右に避ければ右に、どこまでも邪魔してくる。 このドアの前では、鎌を出そうとしても出せず、ズノウも使えないようになっている。一体何なのコレ⋯⋯?『もしかして、"この窪み"にはめる物が必要なのかも』「そんなゲームのイベントみたいな事、あります?」『まぁ、このUnRule自体が元々ゲームだから』「⋯⋯そうだった」『2つ窪みがあるわね、"35"と"38"ってそれぞれ書いてあるわ』 二人が会話する中、私は辺りを見回してみた。すると、1か所だけ渋谷ストリームのビル内へ入れる場所を発見した。「あれ、ここだけ中へ入れるみたいです」 二人を呼んで近付くと、"2"という数字が大きく浮かび上がった。さっきから、この謎の数字はなんなの⋯⋯?「んー、さっきの"35と38"はたぶん、この渋谷ストリームの最上階が35階、渋谷サクラステージの渋谷タワー最上階が38階だから、それが関係してるとか⋯⋯。この"2"は入れる人数⋯⋯とか? なんか人のアイコンあるし」『おぉ、さすが若所長』「⋯⋯俺は所長じゃないんですけど」『5年違うだけなんだし、いいじゃない。若所長って呼ばせてよ』「そういえば、あなたは何て呼べば⋯⋯」『言ってなかったっけ、そういえば。私は霧海(きりうみ)ショウカ、28歳独身。一応、2035年の君の副所長をさせてもらってたのよ』 すんごいドヤ顔してる。若くして大きな研究所の副所長にまでなるなんて、この人は相当凄い人なのかな。『てなわけで、ここからどうしましょう。二人しか入れないのだとしたら、一人がここに残る事になるわ。私が残ってもいいのだけど⋯⋯そうすると、ユキさん、しんどいかも』「え?」『気付いてるわよ。私と会うまで、しんどかったでしょ』「なんで気付いて!?」『見れば分かるわ。なんか、あなたは私とよく似てる感じするから』「そうだったのか? ユキ」「⋯⋯ごめん、黙ってて。ここ、なんか苦しくて⋯⋯」『この世界自体がズノウで作られたものだから、人が長居する場所じゃないしね。でも、私が傍にいれば、ユキさんを安静にできるみたい』 それで楽になってたんだ。だったらどうしよう。この人を残すと、私