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第1231話 結婚しよう

作者: 花崎紬
「顔を洗ってくる」

晋太郎はそう言うと、2階に上がっていった。

「入江さん、婚約者同士なんだから、遠慮しないで。多少大きな音を立てても、私は何も聞かなかったことにするから」

美月は意味深に笑いながら紀美子の肩を叩いた。

「あっ、そうだ、社長の部屋は二階の一番手前だよ」

「……」

佑樹と念江まで恥ずかしくて耳が真っ赤に染まった。

子供たちは紀美子に「おやすみ」と言って、急いで自分たちの部屋に戻っていった。

階下でしばらく躊躇した後、紀美子は緊張を抑えながら晋太郎の部屋に向かった。

しかし、ドアを開けると、晋太郎の姿は見当たらなかった。

浴室のドアも閉まっていて、明かりは消えていた。

晋太郎はどこに行ったんだろう?

紀美子は疑問を抱きながら部屋に入った。

でも彼がいないなら、安心して洗面はできると思い、彼女は浴室に向かった。

10分後、紀美子が浴室から出てくると、晋太郎はまだ部屋に戻っていなかった。

彼は悟の件でまだ忙しいのかもしれない。

そう考えて、紀美子はクローゼットから布団を出して、ベッドに敷いた。

一晩中の騒動で、紀美子はすぐに眠りについた。

紀美子が眠りについた後、部屋のドアが静かに開いた。

晋太郎が部屋に入ると、紀美子を起こさないようにドアをそっと閉めた。

彼はベッドの横にゆっくりと座った。

寝ている紀美子はまだ軽く眉をひそめていて、晋太郎の深い瞳には一抹の心配が浮かんだ。

「しばらくの間、辛い思いをさせてしまったな」

彼は手を伸ばし、紀美子の頬に散らかった髪を優しくかき分けた。

「全てが終わったら、結婚しよう」

ぐっすりと寝ている紀美子を見て、晋太郎は優しい表情でゆっくりと身をかがめた。

彼女の額に軽くキスをし、立ち上がって洗面に向かった。

翌日。

ベッドで目を覚ました紀美子は、自分が晋太郎の部屋にいることを思い出し、急いで体を起こした。

隣の布団は乱れていて、昨夜晋太郎が隣で寝ていたのが分かった。。

でも、今はもうベッドにはいなかった。

紀美子はベッドサイドに置かれたスマホを取り、時間を見て驚いた。

なんと11時まで寝ていた!

紀美子は慌てて布団を蹴って起き上がり、洗面と着替えを済ませた。

彼女が部屋を出ると、ちょうど二人の子供たちに出会った。

「お母さん、今日は随分遅くまで寝てたね。
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