そう、私は、1年前に神田 文都君のお嫁さんになった。「神田 結菜」になったんだ――年の差を乗り越えて、私達は、今すごく幸せに暮らしている。ペンションの隣に「神田内科クリニック」ができて1年半。たくさんの患者さんが、文都先生のもとに集まってくる。優しくて信頼が厚く、そして……眼鏡をかけたイケメン先生には当然のようにすぐにファンがつき、あっという間に人気の病院になった。病院が開院してすぐの頃、文都君は私にプロポーズしてくれた。「大好きな結菜さん。僕と結婚して下さい」ごくありふれたプロポーズの言葉だった。だけれど、文都君らしくて、私は心から感動し、涙がとめどなく溢れた。どうしようもないくらい嬉しくて、幸せで……心が大きく揺さぶられた。その時、今までよくわからなかった気持ちが吹き飛び、自分でもちゃんと文都君を愛してると思えた。もう迷わない、私は文都君の奥さんになりたいと――結婚式は身近な親戚をペンションに集め、お義母さんやスタッフも手伝ってくれて、慎ましやかに行った。その時の写真も送り、2人で祥太君と颯君に電話で報告したら、文都はズルいと何度も言っていた。『結菜ちゃんを一生大事にしないと許さない。泣かせるようなことがあれば、すぐに日本に帰って文都を殴る』「殴らないで下さいね。祥太君は前も殴ろうとしてましたし、本当に……男気のある人ですから」『……ああ、川崎さんの時だね。確かにそんなこともあったよね。あの時は結菜ちゃんを守りたくて必死だった。でも、これから先は文都が結菜ちゃんを守るんだ。いいな』「わかってます。必ず守ります。だから安心してください」『……うん、まあ……文都がいるなら大丈夫。心配はしてないよ』「祥太君……」2人のやり取りに涙がこぼれる。本当に私はいつもみんなに守られてきたんだ。颯君に連絡した時も同じだった。『結姉との生活、何から何まで全部うらやましい。夢のために結姉から離れた俺が悪いけど……でも文都君、必ず結姉を幸せにして。絶対に離すなよ』「はい。絶対に絶対に離しません。僕が必ず結菜さんを幸せにします」『……文都君なら任せられる。結姉が病気になっても助けてあげられるし。俺にはそれができないから……』「颯君の分まで僕は結菜さんを守りますから」『ああ、頼む』「はい、任せてください」2人の言葉に、文都君は改め
颯君の大事な夢を絶対に実現させてあげたい。今、夢を追いながらも仕事を頑張っている祥太君の分まで、颯君には一歩前に進んでほしかった。「結姉。本当に……ごめん。俺のわがままで」「何言ってるの?颯君だって、昔、私のわがままを聞いてくれたじゃない。いっぱいアイデアを出してくれて、いっぱい手伝ってくれて。あの時の恩は忘れてないよ」「そんな。おおげさだな」「おおげさなんかじゃないよ。ペンションが成功したのは、間違いなくあなた達のおかげ。颯君には本当に助けられたから。感謝は忘れてないよ」「結姉……」「本当に大丈夫。ペンションは新しいスタッフに来てもらうようにするし、颯君は自分の夢を掴んで。それはね、颯君だけの夢じゃないよ。颯君の夢は、みんなの夢でもあるんだから」「……うん、本当に……ありがとう。俺はさ、本当に絵を描くのが好きだった。結姉に会って、もっともっと好きになった。絵を描く楽しみみたいなものを教えてもらった」「それこそおおげさだよ」「ううん。あの頃、結姉の絵を描いてる時、本当に幸せな時間だった。忙しい合間にモデルになってくれたこと、すごく感謝してる。今までいっぱい描いたけど、結局、俺は、結姉をモデルに描いたあの絵を1番気に入ってる。だから、あの絵はずっとここに飾っててもらいたい」「颯君……」「悲しいけど、一旦、みんなとお別れするよ。でも、早く一流になって、必ずここに帰ってくる」「……うん、うん。いつでも待ってるよ」本当は、寂しい。とても寂しいけれど、でも、あの絵があればいつでも颯君を感じていられる。それに……またいつか、必ず会える。だから、涙は流さない。祥太君も颯君も、私の大切な家族は、遠くへと未来に向けて1歩前へと進んでいった。そんな2人が海外へ旅立つ前、それぞれに私に精一杯のプロポーズをしてくれたことは、誰にも秘密――祥太君のプロポーズ、とても熱がこもっていて胸にグッときた。「結菜ちゃん。俺と一緒に来てくれないか?俺と……ずっと一緒に……」そう言って、祥太君は潤んだ瞳で私を見た。「……祥太君……」お互い見つめ合い、しばらく体が動かなかった。「……俺、結菜ちゃんをお嫁さんにしたい。俺の隣でずっと笑っててほしいんだ。あなたがいてくれたら、俺は……何も怖いものは無い」「祥太君……。何て言えばいいのか……ごめんなさい、私……
あれから、ずいぶん年月が流れ、10年が経った。一生懸命頑張ってきて、あっという間の10年だった気がする。ペンション経営は新しいスタッフも加わり、周りに支えられながら問題なく順調に進んでいる。そう、なんの問題もなく――でも、大きく変わってしまったことがある。それは、祥太君と颯君がいないこと。彼らは、数年前に日本を離れた。祥太君は、お父さんが急に病気で倒れてしまい、社長である叔父さんの手助けをするために、どうしても海外に行かなければならなくなった。お父さんのことをとても心配して、最初はものすごく動揺していたけれど、一命を取りとめたことでホッとしていた。せめてお父さんが回復するまでは大好きなピアノは、一時、止めるしかなかった。楽団から去ることはとてもつらそうだったけれど、私に笑って言ってくれた。「いつになるかわからないけど、必ずまたピアノが弾けるように、今はしっかり仕事を頑張るよ。父が一生懸命守ってきた会社だからね。結菜ちゃんがペンションを守ってるみたいに、俺が会社を守らないと」その決意は優しくもあり、男らしくてカッコ良かった。「私は、祥太君のこと、どこにいても絶対に応援してるから。だから、外国にいっても体に気をつけて……頑張って」「うん。自分なりにいろいろ学んで成長したいと思ってる。頑張るね」別れる時は、涙が止まらなかった。祥太君がいなくなることがこんなにも寂しいなんて。ピアノが聞けなくなることも嘘みたいにつらかった。でも、私は、祥太君を満面の笑顔で見送った。今は仕事も少し落ち着いたらしいけれど、まだ日本には戻れそうにないようだ。ピアノは、時々、地元のメンバーとセッションしたりして、息抜き程度に楽しんでると聞いた。早速ファンもついて、アマチュアなのにライブをしないかとの声掛けもあるらしい。さすが祥太君だ。どこにいても人気者。とにかく、好きなピアノ演奏ができているなら……私にはそれが1番嬉しい。そして、颯君は……ペンションに飾った絵がたまたま宿泊していた海外の有名な画廊の方の目にとまり、認められて、まずは日本で個展をやらないかと言ってもらえた。その時はみんなで大喜びして、颯君のことを応援しようと盛り上がった。画廊の方から、若き天才画家とまで言われ、当然のごとく個展も大好評だった。「今度はぜひ海外で個展を」と声をかけら
「うん、頑張る。俺は結姉の笑顔が大好きだよ。だから、結姉がずっとずっとこの先も変わらず笑って生きていけるように支えたいんだ。ずっと隣にいられることが俺の最高の幸せだから。結姉に会えて本当に良かった」「私もだよ。颯君に会えて良かった……」「お願いだからどこにも行かないで……」私を抱きしめる颯君の鼓動が伝わる。颯君の匂い、いつものいい香りに包まれて、私は穏やかな気持ちになった。祥太君、文都君、颯君――3人が3人ともに、眩いばかりの個性を光らせている。みんな、キラキラ輝いている。いつか彼らが自分達の新しい道を見つけて、私から離れることがあったとしても、私はもちろんそれを受け入れて応援するつもり。こんな私を支えてくれたみんなに感謝してるから。この先どうなるかなんて、今の私にわかるはずもないけれど、今はただ、お客様に精一杯のおもてなしをすることだけを考えて前に進もうと思う。私の夢をずっとずっと……終わらせないように頑張る。まだまだこれからだよね、私の人生は。ううん、私達の人生……だね。3人の王子様と私。素敵な毎日に、まだまだ何かが起こりそうな予感。大好きで大切なみんなに、ありがとう、そして……これからもよろしくね。
「充分助けてもらってるけどね。文都君の英会話教室は、本当に好評だよ。わかりやすくて楽しいって」「いえいえ、祥太君や颯君みたいにはいきません。でも……僕なりに頑張りますから、それまではしばらくお世話になります。大好きな結菜さん」文都君は照れながら私を優しく抱き寄せて、ムギュとしてくれた。「文都君の体の熱が伝わるよ。とても……熱い」「結菜さんのせいですよ。ドキドキして体温が上がってるんです。僕は結菜さんのことが本気で好きだから。たとえどれだけ離れていても、この気持ちが変わることはありません。絶対に」ありがとう、文都君。本当に感謝してる。そして、颯君は……いよいよ美大を卒業した。早速知り合いの方に個展の話をもらって、才能を開花させている。画廊で初めての個展を開催した時は、祥太君、文都君も、みんなで観にいった。素敵な絵がいっぱいで大盛況。女性のファンが並ぶほどだった。颯君は、「どれも好きだけれど、もちろん、結姉を描いた絵が1番好き」と言ってくれた。これだけは、どんなことがあっても絶対に売らないと。颯君の才能はまだまだ未知数で、将来が楽しみだ。間違いなくこれからも個展を開催し、描き続けるだろう。私は、そんな颯君をずっと見守りたいと思った。そして、もう1つの才能は料理だ。颯君にはかなりのセンスがある。今では、いろいろ資格を取るために奮闘していて、好奇心旺盛な颯君には頭が下がった。料理を作って、お客様に喜んでもらえるよう2人で一緒に努力した。その作業も苦痛ではなく楽しみでもあった。もちろん似顔絵コーナーも相変わらずの人気で、明るい性格の颯君がお目当てのお客様もどんどん増えていった。「結姉。俺、ずっと一緒に料理を作っていきたい。結姉の足を引っ張らないようにいっぱい努力して勉強して頑張るから」颯君のセンスは、誰よりも私がわかっている。「足を引っ張るなんてとんでもないよ。颯君がいてくれるから素敵な盛り付けができてるんだし。私ならあんな風にはいかないよ。本当にみんなが喜んでくれてる。感謝してるよ、ありがとうね。いつも私達に元気をくれて」
「うん。こちらこそよろしく。俺、本当に……結菜ちゃんが好きだ。どんどん好きになっていく。初めてブログで見たあの日から、毎日毎日、気持ちが強くなっていくんだ。残念ながら、ずっと片思いだけどね」祥太君の照れた顔にドキッとしてしまう。「あ、ありがとう……。やっぱりすごく恥ずかしい。そんな風に言ってもらえるなんて……。だけど、嬉しいよ。本当に嬉しい」「……うん」「ごめんね、今はまだ……何とも言えなくて」「大丈夫。俺、何度でも告白するから。でも、その度に結菜ちゃんを困らせてしまうけどね」「祥太君……」「俺は諦めの悪い人間だから。結菜ちゃんのこと、ずっと好きでいるから」甘く囁きながら私を抱きしめたその腕は、とても力強くて守られている気がした。そして、文都君はいよいよ最終学年。あと少し……よくここまで頑張ったと感心する。ずっと見守ってきた立場としては、とても感慨深い。卒業して国家試験に合格すれば医師免許が取得できる。だけれど、そこから2年間は研修医として働きながら学び、院内の様々な科を回って勉強するそうだ。内科、産婦人科、外科……考えただけでもお医者さんになるのは大変だと思う。何よりも尊いお仕事だ。文都君に関しては、大学を卒業して、研修を終えたらペンション経営からは離れてしまうだろう。もしかしたら、もっと早くお別れになる場合もあるのか……そうなればとても寂しいけれど、こればかりは仕方がない。私が引き止めることはできない。「結菜さん。僕は研修も一生懸命頑張って、2年間を終えたら、医者としてたくさんの患者さんを助けたいと思ってます」「うん……そうだね。応援してるよ」「……ペンションで頑張っているみんなのことを思い出して、僕も元気をもらって頑張るつもりです。そして、1日も早く自分の病院を持ちます」「そうなったらすごいね!自分の病院だなんて、本当にすごい」「僕は……内科医として個人病院をこのペンションの隣に建てます」突然のまさかの告白にとても驚いた。「と、隣に病院を?」「はい、それが僕の夢です。結菜さんが叶えたみたいに、僕も夢を叶えます。だから待ってて下さい。僕は必ず立派な医者になります、そして……結菜さんの病気は僕が全部治します。もちろん、病気にはなってほしくないですけど……」「文都君……本当に君は優しいね。優し過ぎるよ。うん、す