頼むからはよ帰れ。頭を抱えていると、ちょっと離れたところから視線を感じ顔を上げる。佑さんが、にたあっと嫌な顔で笑っていて、思わず頬が引き攣った。めっちゃ面白がってる。翔子は、てっきり来た早々に俺の好きな人は誰だ何処だとやかましく言うのかと思ったが、慎さんにカクテルを入れてもらって案外大人しくしていた。ただ、なぜかじっと、慎さんを見つめて何かを考えている。「何か、他にご用意しましょうか。チーズの盛り合わせとかお勧めですが」不躾な視線にも、さすが慎さんは笑顔の対応だ。なのに翔子は、更に上半身を乗り出すようにして慎さんの顔を覗き込む。「……あの、僕に何か」「……もしかして、神崎さん?」「え……」「やっぱり、神崎さんだよねえ! 地元東灘じゃない?! 雰囲気ちょっと変わったからわかんなかったあ!」翔子が目を輝かせて、スツールから半分腰をあげる。反面、慎さんからはすぅっと笑顔が消えた。神戸、東灘は、翔子の地元だ。同郷?まさか。「あ、ごめん。神崎さんすごく綺麗な子がいるって有名だったから、私が知ってるだけなの。学年違うし。でも喋ったことあるよ、委員会一年間一緒だったし」「翔子、ちょっ」学年。学校が同じ?翔子の行ってた高校は、確か。女子校じゃ、なかったか。「あ、そうか。まことさんって……陽ちゃんの好きな人って神崎さんなんだ! 高校同じだったんだよ、せい」「翔子!」成美女子高等学校。他の客も居る中で、その学校名を言わせる訳には行かない。慎さんが女だって、バレちまう!咄嗟に、翔子の口を塞いでいた。うぐ、とくぐもった声を上げた翔子が恨めしげにこっちを睨んで手を振り払う。「陽ちゃん、なに?」「ちょっと黙れ」「何なのよう」「いいから! 黙れって!」事情があんだよ!兎に角翔子を黙らせる事に必死で、落ち着いていればこの時俺は、もっと上手く誤魔化すことも出来たのかも、しれない。「……知ってたんですか」小さな呟きが聞こえて、はっと視線を上げた。慎さんは表情のない顔で、ただ顔色は真っ青だった。「慎さ……」「知ってたんですか」今気付いたことにでもして取り繕うべきだったんだろうか。知らないフリをすると決めたなら、最後まで白を切るべきだったのか。だけど俺は咄嗟のことで、ただ「しまった」という感情を隠せなかった。”…
彼女がどうして男に成りすましてるのか。その理由を推し量れば、何か「男」にトラウマでも抱えてるのかそれとも逆に「女」にトラウマがあるのか。どちらにせよ、とても軽い事情だとは思えなくて簡単に此方からは踏み込めない。何か怖い経験をしたのだろうか。真っ先に思い浮かぶ可能性は多分誰しも同じだろう。想像でしかないけれど、まさかと思う度に軋むほどに強く奥歯を噛みしめてしまう。「そう簡単には、話せないんだろうなー……」「何が」「別に」浩平に聞いたところで、答えがあるわけじゃなし、詳しくを話せるわけじゃなし。仕事上がり、久々に浩平と飯でも行くかという話になって、会社を出たところだった。「陽ちゃん! 浩平くん!」「げ」一番ややこしいのに、待ち伏せされていた。「ちょっとお! 二人そろって顔顰めないでよ酷い!」ぷんすか怒った顔で近づいてくる翔子は、もっと憔悴してるのかと思いきや案外元気そうだった。なんだ、それほど心配することでもなかったかと、少し安心もしたが損した気分にもなる。「そうだ、此間お前、翔子ちゃんからの電話俺に丸投げしやがったな」「悪い。デート中だったから」「それだよ。相手誰だったんだよ、お前の好きな人って誰だってめちゃくちゃ問い詰められたんだぞ俺」「慎さんに決まってるだろ」「もう無視しないでよ! 陽ちゃんの好きな人? まことさんって言うんだ!」翔子の横を浩平と二人素通りしたが、しつこく後をついてきた。なんだかすげー、嫌な予感がする。「お前、マジであのひとと付き合うの?」「付き合うよ、絶対なんとかする」断言すると、浩平が呆れた顔で絶句した。「やっぱ、浩平くん知ってるんじゃない! 誰々? 会社の子?」「っつか、お前、俺のことに首突っ込むより真田さんと仲直りしろよ!」「したよー、陽ちゃんに言われた次の日にちゃんと! えへへ」「だったらデートでもして来い」翔子の恋愛観は、若干一般からはずれている。友達として楽しい奴だったし、人の陰口悪口は絶対言わない裏表のないところが好きだった。反面、かなり自由奔放なところがあり、それに気づいたのは付き合ってからだ。人を悪く言わないイコール、他人にも自分にも、どこまでもおおらかな人間だった。「今日は接待でいないんだもん。ねえねえ、どっか飲みに行かない?」「行かない。浩平、悪い。今
【高見陽介】翔子とは、別れと同時に会社を辞めてった時から一度も会ってはいなかったが、同期の中で共通の友人も何人かいる。その中の何人かとは連絡取ったり遊んだりしていることは聞いてたから、元気に頑張ってるらしいっていうのは知ってた。直接本人から連絡があったのは、一週間くらい前のことだ。どちらかというと友達の延長上で付き合ったようなところがあった俺たちだから、別れた後もほとぼり覚めれば友達に戻るもんなのかもしれないな、と頭の何処かで思っていた。電話越しの泣き声をほっとけなかったのも、本当に友人としての情でしかない。それは、間違いなく断言できるけれど。『貴方は、こっちが辟易するくらい優しい人で、そんなところを僕は嫌いじゃありません。僕に遠慮して、失くすことはないです』慎さんが言ってくれた言葉は、感動するくらい嬉しくて同時に、それと同等くらいの罪悪感を抱かされる。彼女の言葉は決して嘘ではないけれど本音でもないのだということが、すぐにわかってしまった。今大事な人と居るのに、電話なんて出るわけないと思ったけれどどうしても目の前で出てくれと言わんばかりで、それが全部綺麗ごとじゃないことくらい、わかる。でもどうすりゃいいのかが、さっぱりわからない。電話に出たことが、正しかったのかどうなのか。宥めたり安心させたり、もっと上手くやれる奴はやれるんだろうけど。「終わりました。……心配させてすみません」「いや……別に、心配とか」「……わかんないすね、こういう時どうするのがいいとか」覗き込むと、むすっとしてまだどこか拗ねた表情で、やっぱり面白くなかったんだと伝わってくる。すんません、それでも俺。拗ねてくれたことが、嬉しいです。ちゅ、と不意打ちで、キスをしてしまえば慎さんが恨めしそうに眉根を寄せた。「……なんですか、急に」「ムスッとしてたから、ずっと」「……僕の機嫌が悪かったら、そういう誤魔化し方するんですか貴方は」「すみません、でも可愛くて、つい」「それに別にムスってなんてしてません」ふいっと横を向いた顔が、やっぱりとても機嫌が良いようには見えない。妬かせて喜ぶ趣味は無いけど、妬いてくれたらやっぱり男としては嬉しい。「もっと怒ってくれても、いいんすよ」そう言うと、ちらりと此方に目を向けて一度唇を咬む。そしてたっぷりの間をおい
「あっ、すんません! いつの間にか寝ちゃってた? 俺」「はい。それより、お電話がかかってます」テーブルの上を指差すと、陽介さんがのっそりと身体を起こして携帯に手を伸ばす。画面を見て、少し眉根を寄せた。「二度目です。起こそうか迷ってたんですが」「あー……」「どうぞ、僕は静かにしてますから」相手が誰かをわかってて、こんな風に言った僕はずるい。わかっているけど、他にどうすればいいのか僕にはこういう時の正しい対処法などわからない。「いや、元カノなんで……覚えてますか、翔子って名前」「ええ、覚えてますよ」陽介さんが正直にちゃんと言ってくれたことには、ホッとした。だったら僕も、気にしてはいけない。いけないんだと思う。「今の男と上手くいかなくなったらしくて、此間から時々泣き言漏らしにかけてくるんです。日替わりで」「日替わり?」「まあ、女友達んとこかけたり、あちこち」陽介さんのところにだけかけてるわけじゃないのか、とまた少し安堵して。それが本当だということを確かめたいという衝動が今度はむくむくと顔を出す。「……俺が好きなのは慎さんです」余程僕は、不安そうにしていたんだろうか。確認させるように陽介さんが言葉にして、僕に手を伸ばそうか迷っているような素振りを見せる。「知ってますよ、ちゃんと」「はい」「だから、どうぞ出てください。今の恋が上手くいかなくて、悩んでらっしゃるんでしょう?」「いや、でも」「貴方は、こっちが辟易するくらい優しい人で、そんなところを僕は嫌いじゃありません。僕に遠慮して、失くすことはないです」きっとあなたは、僕に限らず、優しい人で。元カノからの連絡をいきなり断ったりほったらかしたりは、出来ない人だ。それを変えることはない。半分は、本音で。残り半分は、どろどろした、すごく汚い感情だった。僕がいないところで後から連絡されるほうが、よっぽど嫌だ。「いやいや、好きな人と居るのに前の彼女の電話に出るとか、しないっすよ」「でも、随分長く鳴ってます、ほら」今も陽介さんの手の中では携帯が早く出ろとばかりに震えている。僕がそれを指差すと、陽介さんは困惑して黙り込んだ。困らせてるのは、僕なんだろうか。自分のしてることや相手の気持ちを考えれば、答えはなんにでもちゃんとあるものと思っていたし、わかるものだと思ってた
「えっ、ちょっ、慎さん?」「時間的に中途半端じゃないですか。なんだかんだですぐ夕食の時間だし。カフェで無駄にお金使うことはないです」「いや、でも」「ああ、散らかってて見られたくない、とかなら」「そうじゃないですけど」「僕に気を使ってるだけなら、おきになさらずに」男が男の部屋に入るのに、何が怖いことがある。あるとすれば、陽介さんの暴走だけだ……いや、それが一番マズいのだけど。「それに、貴方は僕の嫌がることはしないでしょう?」階段途中で、半分振り向いてそう言うと、陽介さんがこくんと息を飲むのがわかる。そしてビシッと背筋を伸ばした。「しません、絶対!」「はい、信用してます」「こっちです!」うむ、扱いが大分わかってきた。信頼していると、常に伝えればいいのだ。張り切った様子で僕を追い越し、部屋へと先導してくれる。大きな背中がやたら可愛らしく見えて、こっそりと苦笑した。「どうぞ、ここ!」「はい」促されて、二人掛けのソファに座る。然程広くはないリビングだけれど、寝室は別のようでそこは遠慮なく安心した。コーヒーいれますね、と陽介さんの様子はどこか慌しい。散らかっている、というほどではないけれど、雑誌が読みの途中でテーブルに伏せられていたりする。今朝方飲んだんだろうコーヒーのカップも置いてあったが、それはさっき陽介さんが慌てて下げていた。生活感がある、と言えば良く言い過ぎかな。だけどそう思っておいてあげることにしよう。「そういえば、慎さん。今日は何時ごろまで一緒に居られるんですか」「特に……何もないですけど……」コーヒーカップを二つ持ってキッチンから戻った陽介さんが、その一つを僕に差し出しながら尋ねる。「じゃあ、晩御飯は外に食べに行って、その後送ります」「丸一日って約束だったけど、いいんですか」「このテンションで深夜に二人だと俺の理性が持ちません」「なるほど。帰ります」じゃあ休憩がてら洋画でも観ますかと、陽介さんがつけてくれたのは映画館の前で僕がテレビ放送を見損ねたと話していたタイトルのものだった。「観ながらディスクにもコピーしときますね」「ありがとうございます、嬉しいです」ソファから降りてラグの敷かれた上に座ると、背中をソファの足元に預ける。「ソファ座っててくださいよ、俺が床に座りますから」「実はぺたん
そこからは本当に、ゆったりとしたものだった。映画館の前を通れば、映画が好きかどんなジャンルが好きかを聞かれ、アパレルメーカーが並ぶ場所では好きなブランドを。洋菓子の本店が並ぶ通りではワゴン車の可愛いクレープ屋を見つけ、クレープはあったかいのが好きかアイス入りのが好きかを聞かれた。それよりも、僕は陽介さんのお祝いに何か、と思ったのだが。そう告げると、彼はそのクレープ屋を指差す。「じゃあ、そこのクレープ奢ってください」「そんなものでいいんですか」「いや、俺もパンしか買ってませんからね」確かに、そうなんだけど。なんか他にも、色々奢ってもらってるから、僕としては一度きちんとフラットにしておきたいのに。本当に他愛ない話ばかりを、散歩くらいのペースでゆっくりと歩く。様々なメーカーの本店がゆったりと土地を使って構えているその通りは、中心街ほど人が多くない。「ここら辺って、昭和の時代の服飾とか洋菓子のメーカーが本店とか本社を構えてて、土地の遣い方が贅沢なんですよね。小さい店がひしめきあってるとこって狭い場所に人も密集するけど、ここら辺なら慎さんも大丈夫かと思って」雰囲気の違う理由を、彼が教えてくれた。多分、それも調べてくれたんだろうか。「少しくらい大丈夫ですよ。苦手ってだけで」「でも、苦手よりは気持ちいいとこ歩きたいじゃないですか。あ、遊園地は好きですか」「まあ……昔行ったきりですけど、嫌いではないです」「じゃあ、今度寂れた遊園地探しときます」「寂れたって……酷いですね」僕が苦手だと言ったものを避けてくれようとするのはいいが、その徹底ぶりに可笑しくて肩を揺らす。「遊園地で人気のないのもあんまり寂しいでしょう。陽介さんの行きたいとこでいいですよ」「え」「でも、あれは苦手です。くるくるするやつ……ティーカップ? コーヒーカップ?」酔ったんですよね、と言いながら、空いた方の手の指をくるくる回す。隣を見上げると、驚いた顔で僕を見下ろしていて、意味がわからず首を傾げ「何か」と尋ねた。「いえ、別に。じゃあ、次の約束は遊園地で」ぶわっ、と幸せそうに笑顔になる。そうか、次の約束をしたことになるのかと気が付いて、照れくさくなって進行方向へ目を逸らした。降りた駅から、随分離れたと思う。もしかしたら、一区間以上歩いたんじゃないだろうか。疲れ
あの夜を境目に、僕がおかしいのか彼がおかしいのかわからないが。とにかくなんだか少し、今までと空気も違う。「楽しいですよ絶対」「……それに、休みも合わないし」ぐずつく僕も気持ち悪い。以前なら「無理に決まってるでしょう」で瞬殺だったはずだ。わかってても、なんだか元の自分にどうしても戻らないのだ。「そこなんすよね」「別にいいぞ、一日くらい休みやっても」「は?」突然割り込んだ佑さんの声に驚いて、ずっと俯いていた顔を上げる。そこにはいつの間に帰ってきたのか、にやあぁっと嬉しそうな、厭らしい顔をした佑さんが立っていた。「まじすか、いつ?!」「明日は?」「えっ、ちょっ……いきなり明日?! 土曜だろ、店休むわけには」「いいって、別に。それに陽介の誕生日の祝いで、本人に仕事休ませるのはおかしいだろうがよ」「ってかどこから話聞いてたんだよ!」「プレゼントはキスでいいですってとこから」さっさと声かけろよこのエロオヤジが!「じゃ、じゃあ! 明日まじで、いいですか!」「えっ、あっ、でも土曜は道場が」「んなもん、一日くらい休んだってかまわねーだろ。たかが習い事、そんな毎週真面目に行ってるやついんのか」「ぐっ」確かに。毎週きっちり来てるのは僕くらいかもしれないが。目の前で、陽介さんが目をキラッキラさせている。一日、一日中なんて、間が持つのか?僕に娯楽のスキルは皆無だぞ。加えて人の多いところは苦手だとか、扱いづらい性格なのは自覚がある。不安だしどうしても尻込みしてしまうが、尻尾をぶんぶん振り回してるわんころみたいな彼を目の前に、もう僕には「NO」と言うことは出来なかった。◇◆◇『どうしよう、どうしましょうか。デートと言えば待ち合わせ?』『あ、ああ、それでも構わないけど』『いや、やっぱ迎えに来ます! 一人で歩かせるわけにいかないし』『子供じゃあるまいし、別に一人で』『じゃあ朝に、いや昼前に迎えに来ます。あ、ご飯! ご飯は一緒に』『わかったからちょっと落ち着け!!!!』テンション上がりまくった陽介さんは、僕に早めに寝る様にとまで指示を出し、本人もデートに備えるつもりなんだろう、それからすぐに帰ってしまった。仕事柄夜型の僕は、佑さんに早めに休ませてもらってもすぐには寝つけず、落ち着かないままベッドに入ったが、それでもなんだか
この男は、見た目は確かに普通かもしれないが、多分、モテる。背が高いのはまず絶対的にポイントが高いはずだし、何より、結局優しいのだ。暫くして帰り支度を始めた二人に、陽介さんが声をかける。「タクシー捕まえるまで、二人で大丈夫か?」「平気平気。子供じゃないんだし」「僕が行きますよ、アカリちゃんマリちゃん、いつもありがとうございます」本当なら、僕が言い出さなければいけないところだ。なんだかこの頃、上手く接客が出来なくなっている。「いいんです、タクシー乗り場はすぐそこだし! そうだ、陽介くん」アカリちゃんが、バッグの中から何か小さな包みを取り出し、それを陽介さんに差し出した。「此間、誕生日だったでしょう? お祝い! 遅くなってごめんねぇ」……なんでこの男は言わなくていいことは話すくせに、肝心な情報は寄越さないんだ。全く知らなかったことが衝撃すぎて黙って見ているしかなく、アカリちゃんが気付いて僕に微笑みを向ける。それが酷く……棘を含んで見えたのは、僕の気のせいだろうか。「あー……ほんとだ、忘れてた。ってかアカリちゃんなんで知ってんの」「浩平くんが言ってたのをちらっと聞いただけ。大した物じゃないから気にしないでね」確かに、プレゼントというようなあからさまなものではなかった。ラッピングも何もない、雑貨屋の紙袋に入れられたそこから出てきたのは、クマさん模様のアイマスクだ。「なんじゃこりゃ」「温熱アイピロー。仕事に疲れた時にどーぞ!」わからない。なんだろう、これは僕の気にしすぎだろうか?そのプレゼントは、確かに友達という立場から渡されれば何の気なしに受け取ってしまいそうな、ささやかなもので。そこに意図を感じるのは僕だけか。だけど一つ確かなことは、アカリちゃんは今でも陽介さんが好きで、僕に敵対心を持っているということだ。多分これは、気のせいじゃない。職場で使うには少々可愛らしすぎる、と陽介さんは笑ったが「いらなければ誰かにあげて」とアカリちゃんに言われ、結局礼を言って受け取った。「慎、タクシー乗り場まで俺が送ってくるから、暫く頼むな」会計を済ませた佑さんに声をかけられ、片手を上げて返事の代わりにする。佑さんに続いて店を出て行くアカリちゃんとマリちゃんの背中を「ありがとうございました」と見送って、ようやく力が抜けた。僕は余程
純白にレースをあしらったそれは、ウェディングドレスを思い起こさせる。開いて、新婦の名前が自分の友人ではなかったことに安堵した。金の文字で「Wedding」と書かれたそれを、くしゃりと握りつぶすのはさすがにバツが悪く大人げない気がしてしなかったけれど。僕はそれを、ゴミ箱に捨てた。どうせ返事をしなくても、家族ぐるみの付き合いで両親同士仲が良い。僕の出席は既に決まり事のように話されているに違いない。あの男もだから仕方なく、招待状を出したに過ぎないだろうから。―――――――――――――――――――この頃のbarプレジスは、どうも僕にとって居心地が悪い。元より多い女性客がこの頃増えたから……というのは正しくは理由にはならない。僕は女性客の方がやりやすい。ただ増えた女性客が、陽介さんに思いを寄せていたアカリちゃんというところが、問題なのだ。友人と一緒だったりすることも多いアカリちゃんだが、今日は一人だった。そして、少し前から来店していたマリちゃんをカウンターに見つけ、今は二人でカクテルを楽しんでいる。仲良くなるのは、いい。まったく構わないが……この二人のセットが、近頃の僕の居場所を穢していた。「陽介くん、今日はまだ来ないんですか?」「どうかな、もうすぐ来るかもしれないけど」嫌な方へ話が進みそうだと思ったけれど、尋ねられて答えないわけにはいかない。曖昧に答えると、アカリちゃんはウキウキとした表情で頬杖をついた。「もう、陽介くんのキラッキラした慎さんへの目が、見ててほんとに可笑しいんですよね」「冗談じゃないわ。それならそれで、相手はもっとカッコイイ大人の男でないと……」アカリちゃんの言葉にマリちゃんが不満の声を上げた。ある日ふとした会話で意気投合した二人は、それ以降店で居合わせると躊躇いなく隣に座る。そして話題はいつも、僕と陽介さんの話だ。この二人の間ですっかり僕と陽介さんは、ゲイカップルとして認知されてしまったのだ。最早反論する気力も沸かず、乾いた笑いを漏らした僕に、アカリちゃんが言った。「大丈夫です! 私、二人の邪魔をする気はないですから、すっぱり諦めます!」「いや……はは」笑うしかない。アカリちゃんは、好きな男がゲイだったという本来ならドン引きするような出来事を、随分とあっさり受け入れていた。それが本音なのかど