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貴女が涙を呑んだ理由《1》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-07-09 20:20:18

【高見陽介】

遊園地を目の前に、まさか子供の頃以来の三十九度なんて高熱を出すことになるとは思わなかった。

「明日迎えに行きます」というメッセージを送ったのは、慎さんに知られたら「馬鹿言わないで寝てなさい」と言われて遊園地が流れてしまいそうだったから。

本気で気合で治すつもりでいた。

だってほら、熱出ても一日寝たら治りました、なんて結構ある話だろう。

結局、残念ながらそんな上手い展開にはならず、解熱剤で一時的に下がっても朝になればまた熱が上がり、遊園地は敢無くキャンセルとなったのだが。

なんと!

あの、照れ屋の慎さんが!

看病に来てくれるなんて!

全く思ってなかったと言えば嘘になるけど電話越しの声が怒ってたから、期待はしてなかった。

遊園地は延期になったが、熱を出して良かったとさえ思える出来事だ。

しかも、俺の真似をしただけだと顔を真っ赤にしてむすっとしていたけれど。

手に、キスをしてくれた。

慎さんからの、初めてのキスだった。

真夜中、ふと目が覚める。

寝汗をぐっしょり掻いてて、気持ちが悪いし喉も酷く乾いていたけど、なんだかすごく、頭はすっきりしていた。

高熱の時はどこかぼんやりしていた視界も今はクリアに見える。

見渡した部屋は常夜燈だけが付けられていて、しんと静まり返っていた。

昼間は結局殆ど寝ていて、慎さんが時々起こしてスポーツドリンクを飲ませてくれたのを覚えている。

その慎さんも、もう今はいないはずだ。

夕方に、暗くなる前に帰ってくださいとお願いしたから。

送って行く体力は期待できなかったし、暗い中、一人で帰らせるなんて絶対無理だし。

なんかあったらと思うと、おちおち寝てられない。

うちに泊まってもらうのも今夜はちょっと、怖かった。

台所に直行し、冷蔵庫の中にあった二リットルのスポーツドリンクのペットボトルを半分ほどまで一気に空けて、ひと息つく。

ふとガスコンロを見れば普段殆ど使わない片手鍋が出ていて、蓋を開けると粥が作ってあった。

俺の為に作ってくれたのだと思うと、つい口元がにやけてくる。

そんでもって、やっぱり帰ってもらってて良かったと、安堵もした。

こんな可愛いことばっかりされたら、さすがに理性を保つ自信がない。

いや保って見せるけど。

辛いっすよまじで。

よく見ると、いつも雑然としている調味料……ってもアジシオと胡椒と卓上醤油程度だけど、それらが綺麗
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