「ごめんなさい。本当は今回、半月の休暇があったのに、まだ五日も経ってないのに帰るなんて、でも、子どもに会いたくてたまらないの」とわこは彼を抱きしめ、かすれた声で謝った。「いいんだ、俺も少し会いたくなってきた」奏は彼女の背を軽く叩き、なだめる。「子どもがもう少し大きくなったら、一緒に旅行すればいい」「うん」とわこは心の中で大きく息を吐いた。三日後、二人は日本へ戻った。奏の体の傷はほぼ癒えていたが、顔の傷はまだ目立っていた。結婚休暇はまだ終わっていなかったので、彼はそのまま家で過ごすつもりだった。「出かけるのか?」玄関でバッグを持ち、靴を履き替えているとわこを見て、奏が声をかけた。「うん、瞳にお土産を買ったから、届けに行こうと思って」とわこは笑みを作った。「夕飯は帰って食べるつもり。もし帰れなくても待たなくていいから」奏は少し眉をひそめた。「子どもに会いたいって言ってたくせに、帰ってきたらすぐ親友に会いに行くなんて、どう見ても子どもが恋しいようには見えないな」今、蒼は奏の腕の中にいる。とわこは帰宅後、蒼を少しあやしただけでお風呂に入り、終わったと思えばすぐ出かける支度をしていた。そう言われても仕方がない。「夜はちゃんと子どもと過ごすわよ」とわこは靴を履き終えると、父子に手を振って家を出た。とわこは帰国前から弥と会う約束をしていた。結菜の件は一刻も猶予できない。遅れれば遅れるほど危険が増す。もちろん子どもに会いたい気持ちは山ほどあるし、抱きしめてもいたい。だが今は、それに時間を割く余裕がなかった。彼女が家を出てから三十分後、奏は裕之に電話をかけた。「とわこは今、瞳と一緒にいるのか?」彼女を疑いたくはない。だが、あまりに不自然な行動が目についた以上、確認せずにはいられなかった。裕之は「あいにく、家にいないんだよな。瞳に聞いてみるか?」と尋ねた。「頼む」裕之は電話を切り、そのまま瞳にかけた。「なあ、瞳。とわこは今そっちにいる?」瞳は眉を上げた。「それ、どういう意味?」「奏さんが聞いてきたんだよ。とわこのこと、心配してるんじゃないか」瞳は二秒ほどためらってから答えた。「一緒にいるわよ。今、買い物中」電話を切ると、瞳はすぐにとわこに連絡した。「ちょっと!あんたの旦那、うちの旦那に電
「その黒介って人、どういう人物なんだ?」真が興味深そうに尋ねた。「結菜と同じような状況よ。私が一度手術をしてあげたら、かなり回復してくれたの」とわこの胸には希望と絶望が入り混じっていた。「もし結菜のことを話したら、きっと力になってくれるはず」黒介の善意を疑うことはない。だが、悟が自分を黒介に会わせてくれるかは別の話だ。悟と奏はすでに完全に決裂している。この件は一見簡単に見えて、実際には厄介極まりない。どんなに難しくても、必ずやり遂げる。「私は必ず結菜に合う腎臓ドナーを見つけるわ。あなたは戻ったら、そばで結菜を支えてあげて。もう仕事には出ないで」そう言って、とわこはバッグから一枚のキャッシュカードを取り出し、彼に差し出した。「結菜がこんな状態になったのは、あなた一人の責任じゃない。だから受け取って」真はカードを受け取りながらも、不安を口にした。「黒介は今、悟のそばにいるんだろ?会うのは難しいんじゃないか」「悟なんて、所詮お金が欲しいだけよ。渡せば邪魔はしないはず」とわこはあっさりと言い切った。「結菜が生きている限り、方法は必ずある」真との話を終え、とわこが洗面所から出てくると、ボディーガードが勢いよく近づいてきた。「中に長くいすぎですよ!あと10分出てこなかったら、突入するところでした」とわこは時計を見て、「そこまで大げさに言う?二十分いただけでしょ。何が起こるっていうの」「そんなに長くトイレにこもる人、見たことないですよ!家なら好きにすればいいけど、外じゃ警戒するのが当たり前です。あんたに何かあったら、俺まで巻き添えで命がないんですから!」そう言いながら、ボディーガードは彼女をじろじろと見てきた。「どうして泣きながら出てくるんです?」とわこは、自分がつい優しくなりすぎたと感じた。奏のボディーガードは、奏のそばにいる時は一言も余計なことを言わないくせに、自分にはやけに口数が多い。「さっきニュースを見たの。あなたくらいの年の男性が家事で、奥さんを窓から避難させ、自分は重度の火傷を負ったって話」そこまで言ってから、とわこは鋭い目を向けた。「あんたなんて、奥さんと日の出を見に行くことすらケチるくせに」ボディーガードは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。その後、とわこは薬局で防水タイプの医療用テープを買い、ホテルへ戻っ
奏は確かに休むつもりだったが、彼女の口ぶりからすると、自分と一緒に休む気はなさそうだと察した。「君は?」「私は外に出て、防水タイプの傷用パッドがあるかどうか見てくるわ。もしあれば、明日からサーフィンできるし」とわこはあらかじめ考えていた理由を口にする。彼は数秒間考え、軽くうなずいた。「ボディーガードをつけて行かせる」彼女は拒めなかった。この土地では土地勘もなく、単独で外出する理由は見つけられない。奏が部屋に戻って横になったあと、とわこは洗面所へ行き、真にメッセージを送り、薬局で会う約束をした。少しして、バッグを手に外出する。ボディーガードはぴったりと横に付き添い、片時も離れない。「奥様、本当にお元気ですね」ボディーガードがからかう。「疲れてるなら、戻って休んでいいわよ」「疲れてません。ただ、どうしてわざわざ俺のボスを苦しめるのか分からないだけです」ボディーガードはあからさまに皮肉を込めた。「日の出なんて、何が面白いんですか?本当に見たいなら、俺が撮ってきてあげますよ。わざわざ早起きさせて苦行を味わわせることないでしょう」「これは夫婦のロマンってやつよ。あなた、独身でしょ?」「失礼ですが、子どもはもう中学生になります」さらに皮肉を重ねるボディーガード。「うちの嫁は温厚で控えめ。俺がやれと言えば何でもやってくれるし、無理なお願いなんて一度もしたことない。もしあの人が俺を日の出に付き合わせようもんなら、泣かせますね」「だから私は奏と結婚したの。あなたじゃなくて。私が何を頼んでも、彼は全部聞いてくれるし、私を恨んだりしないもの」「???」「たとえ奏を泣かせても、あなたには関係ないでしょ?」薬局に着くと、とわこはボディーガードを入口で待たせた。ボディーガードは素直に入口に立ち、中へは入らなかった。店員と数言言葉を交わしたあと、彼女は洗面所へと向かう。そこには久しぶりに会う真の姿があった。真は以前よりやつれ、まるで別人のように痩せ細っていた。彼の姿を見た瞬間、とわこの目に涙がにじむ。「安全のために手短に話そう」真は低い声で言った。「前に結菜が亡くなったと知らせたのは、わざと悲しませようとしたからじゃない。あの時、彼女の心臓は確かに一度止まった。でも、すぐに奇跡的に心拍が戻ったんだ」と
午前五時半、二人はホテルを出て、一直線に海辺へ向かった。この時間、浜辺には誰一人いない。とわこは奏の手を引き、砂浜に腰を下ろすと、持参した毛布を体に巻きつけた。彼女の頭は自然と彼の肩に寄りかかり、視線はじっと水平線の方角を見つめる。「ねえ、今ってすごく素敵じゃない?まるで映画のワンシーンみたいで、すごくロマンチック」奏は寝不足で、目が赤く充血していた。返事をするときも、魂が体から半分抜け出しているような感覚だ。「本当に眠くないのか?正直に言えよ」「少し眠いよ。でも、日の出のためなら全然我慢できるわ。見終わったらまた寝ればいいんだし」そう言いながら、彼が眠らないよう肩を軽く揉んだが、その瞬間、彼が肩を怪我していることを思い出した。奏は思わず息を呑むように痛みをこらえた。「ごめん!わざとじゃないの!」とわこも寝不足で、頭の中がぼんやりしている。「平気だ。痛みは大したことない。ただちょっとだるいだけだ」彼はすぐに表情を整え、改めて肩の具合を確かめる。「薬、結構効いてるみたいだ」「本当?じゃあもう一回だけ」そう言ってまた肩を軽く押す。「うん、だるいけど、痛くはない」「よかった。夜にまた薬を塗ってあげる」そう言って、再び彼の肩にもたれる。「少し目をつぶるから、太陽が出たら起こしてね」奏は彼女を見下ろす。もう目を閉じていて、今にも眠りそうだ。こんなに疲れているのに、なぜわざわざ日の出を見に来たんだ?日の出にそこまでの価値があるのか?奏は小さくため息を漏らす。午前六時、太陽が水平線から顔を出す。奏は彼女の頬を軽く叩いた。「とわこ、太陽が出たぞ」彼女は半分寝たままの目で瞬きをし、目をこすってから朝日を見やる。「ねえ、これってあなたの人生で一番バカなことじゃない?」少し仮眠を取って元気を取り戻したのか、笑みを浮かべながら言う。「絶対、意味ないって思ってるでしょ?」「俺一人なら間違いなく意味はない。でも、君と一緒なら、多少は意味がある」朝日を見つめながら、彼は素直な思いを口にする。「今の君は俺の妻だ。俺が生きてる意味は、稼いで家を守ることと、君を笑顔にすることだ」とわこの胸に罪悪感が広がる。昨夜から今朝まで、彼を引っ張り回し、たった五時間しか寝かせなかったのだ。大人にとって五時間の睡眠
「だって俺たちは皆、ただの人間だからな」そう言って奏は例えを出した。「君の心の中には、俺だけがいるって分かっていても、他の男と一緒にいるお前を見れば、やっぱり嫉妬する」「こんなに重い話題なのに、あなたが言うと妙に面白く聞こえるんだから、本当に大したもんね」とわこはそう褒めつつ、内心で小さな計画を立てた。「ねえ、もう少し外で遊ばない?この辺、夜景がすごくきれいよ」「さっき今日は疲れたって言ってなかったか?」彼女は一瞬固まったが、すぐに切り替える。「じゃあ、明日の朝、海辺で日の出を見よう!きっとすごくきれいだと思う」「本当に早起きしてまで日の出を見たいのか?」彼女は力強くうなずく。「私、まだ一度も日の出を見たことないの。だから明日の朝、一緒に見ようよ」奏は日の出に興味はなかったが、彼女がそこまで言うので承諾した。二人は少し散歩を楽しんでからホテルに戻った。明日は早起きだからと、奏は早めに寝ることを提案する。とわこはすでに眠気で限界だったが、翌日の昼に真と会う約束をしていた。そのためには、明日の昼に奏がぐっすり寝ていてくれなければ困る。だから今夜は我慢して彼を夜更かしさせ、さらに早起きさせる。そうすれば昼は間違いなく眠くなるはずだ。部屋の灯りを消した後、とわこはベッドの中で何度も寝返りを打った。「ねえ、眠れない」彼女は眠気をこらえ、奏の腕に抱きついて甘える。「お話を聞かせて?」奏の頭の中は真っ白になった。物語なんて、語れる自信はまったくない。「なんで眠れないんだ?」昼間は海辺でたくさん遊んで疲れているはずだ。彼女が今こうして話しかけなければ、自分はすぐにでも眠れそうだった。「昼寝したから、今は全然眠くないの」「じゃあスマホでもいじってろよ。俺は話なんてできない」「スマホなんてつまらない。ねえ、歌ってよ。あなた、歌上手いでしょ?」奏は少し戸惑った。二人が一緒に暮らしてから、とわこが夜中に彼に物語をねだったり歌をせがんだりしたことは一度もない。むしろ、早く寝ろと気遣ってくれるのが彼女だった。そんな彼女が急にこんな甘え方をしてくる。ならば応えてやるしかない。夜中の零時、とわこはさすがに限界がきて、ようやく彼を解放した。二人はすぐに眠りに落ちた。翌朝五時、奏がセットしたアラ
彼女は午後、スマホのバイブを切っていた。奏は背を向けていたので、彼女がスマホを手に取ったことには気づかなかった。真からのメッセージには、明日R国を離れると書かれていた。彼女はすぐに返信する。「明日出発する前に会いたい。時間と場所を決めてくれれば、必ず行くから」「とわこ、本当に海では遊べないの?じゃあ明日は何をする?海で遊べないなら、あまりすることがない気がするな」奏はベッドに腰掛け、不満そうに言った。「どこを歩いても、何を見ても、あなたと一緒なら嬉しいよ」「うん」「明日になってから決めよう」とわこは、真が彼女の願いを断ることはないだろうと思っていた。だから明日はどうにかして奏を離れさせ、真と会う必要がある。だが、奏はかなり疑り深い性格で、自然な理由で彼を遠ざけるのは容易ではない。せいぜい、彼が昼寝しているときくらいだ。「本当にこっちで買った薬を使うの?」奏は、彼女が昼間買ってきた薬を持ってくるのを見て眉をひそめた。「なんで持ってきた薬を使わないんだ?前に使ってた薬で十分効いてたし、もうそんなに痛くない」「こっちの薬がどれだけ効くか試してみたいの」とわこが蓋を開けた途端、薬の匂いが部屋中に広がった。「やっぱり俺を実験台にする気だな」奏は顔をしかめる。「この匂い、かなりキツくないか?」「香水じゃなくて薬なんだから当たり前でしょ。店員さんはすごく効くって言ってたよ。あなたも一緒に聞いてたじゃない」とわこは本当に効果があるのか確かめたかった。「売る側が自分の物を悪く言うわけないだろ。とわこ、立派な大人なのに、なんでそんなに無邪気なんだ」「ふん、無邪気な方がケガもしないわよ。あなたみたいに、何でも知ってるくせに、結局全身傷だらけになるよりマシ」とわこは念を押した。「この薬、ちょっと刺激があるかもしれないから、我慢してね」そう言って、とわこは彼の傷口に薬を塗った。数秒後、奏は思わず息を呑む。「おい、この薬どうなってるんだ!」「ひんやりする?」「違う!火で焼かれてるみたいだ!」「じゃあ我慢して。効きさえすればいい薬よ」とわこは彼の全身に薬を塗り終えると、手のひらで扇いで早く吸収させようとした。「俺、本当に君の旦那か?」奏は鼻をつく匂いと強烈な刺激に耐えながら、今日の夕食はきっと味が分からなくな