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第362話

Author: 雲間探
湊夫妻が去ってから、智昭が尋ねた。「湊夫人とは話し終わった?」

優里はふっと笑った。「うん」

さっきの湊夫人の表情を見るに、玲奈への不満はますます強くなってるみたいだった。

藤田総研と長墨ソフトの件については、湊夫人は実はとっくに知っていた。

礼二があらかじめ彼女に話を通していたのだ。

さっき優里と話していた時、本当は電話なんてかかってきていなかった。

彼女はすでに優里との会話を録音していた。

湊夫人は少し離れたところまで行き、近くにいる智昭と優里を一瞥してから、その録音を礼二に送った。

その頃、礼二も玲奈もまだ仕事中だった。

録音を聞いた礼二は、ふっと笑ってから玲奈のオフィスに向かい、その内容を伝えた。

話を聞き終えた玲奈はこう言った。「これでほぼ確信が持てた。この裁判、私たちの勝ちね」

「ああ、間違いない」

彼らが契約解除を訴訟に持ち込んだのは、本気で藤田総研と手を切りたかったのもあるが、優里を追い込むためでもあった。

彼女になんとかして解約を止めようとさせるために。

優里が青木家や湊家の家族と接触し、解約を実現しようとするなら、絶対に彼らの誘導尋問に引っかかるか、新たな対立を生むはずだった。

要するに、解約の件で優里が青木家や湊家の人間と関わる限り、こちらには彼女を嵌めるチャンスがいくらでもあるし、裁判に有利な証拠も手に入れられるってわけだ。

だからこそ、優里は動けば動くほど、ミスを重ねてしまうってわけだ。

もし彼女がただ彼に連絡して、謝罪や協力の意思を示すだけにとどまっていれば、裁判で解約が認められるとは限らなかった。

仮に一万歩譲って解約が成立したとしても、優里が支払う違約金はそこまで高額にはならなかったはずだ。

でも、今は違う。

そもそも今回の対立の原因は優里にあるのに、今になって彼が解約を主張しているのは玲奈の私情のせいだと、彼女は言いふらしている。

玲奈は、長墨ソフトの中でも中核を担う技術者であり、藤田総研とのプロジェクトにおいて最も重要な人物だ。

優里はまず、双方の協力関係の実情を無視し、それだけでなく解約を回避するために、なんの根拠もなく彼らの中核技術者を中傷した。

これで、彼らが今後一切協力できないということを裏付ける、非常に有力な証拠になった。

それに、優里は玲奈との間に私怨があるから、解約を望
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