「分かりましたよ! 行きますよ。行けばいいんでしょう!?」追い払われる仕草がよほど気に食わなかったのか、ヤケクソのように叫ぶマテオ。ええ!? 貴方はベルナルド王子の腰ぎんちゃくじゃなかったのですか? 何でそんな反抗的な言葉使いをするのだろう? でも確かにあんな態度を取られたら良い気分では無いだろうけど……。「ああ、さっさと行け行け」「チッ!」なんとマテオは最後に舌打ちすると走り去って行った。それを憎々しげ? に見つめるベルナルド王子。一体、彼らの主従関係はどうなっているのだろう……?唖然として、ベルナルド王子を見つめていると、私の視線に気付いたのかこちらを振り向いた。「……何だ? そんなにじっと俺の顔に見惚れて」は?「まぁ、見惚れたくなるのも無理はないが……な」納得したかのように一人で頷く王子。いえいえ、顔ならジョンの方が美しいですけど? しかしその台詞は決して言わない。「よし、では行くぞ。理事長室に何の用事があるかわ分からないが、俺が特別に連れて行ってやろう。光栄に思えよ?」そしてベルナルド王子は不敵? に笑った。「は、はぁ……ありがとうございます」私としては少しも光栄に思えないけれども、仮にも相手は王子様。下手に逆らって不敬罪に問われてはたまらない。「よし、行くぞ」そしてベルナルド王子は何故か私の隣に並んで歩き出した。「……」私は半ば呆れながら隣を歩くベルナルド王子を見た。一体この王子は何を考えているのだろう? あれ程私のことを馬鹿にして、毛嫌いしていたにも関わらず、婚約破棄をした途端にこんな風に懐いてくるなんて。そこまで考えて、私は大事なことに気がついた。「ベルナルド王子、そう言えば婚約破棄と請求書の件はどうなりましたか?」「ああ。請求書の件なら気にするな。たかだか上着が1着燃やされて、踏みつけられて使い物にならなくなったからと言って、請求するような了見の狭い人間ではないぞ? だから気にするな」「は、はい……ありがとうございます……」言葉の節々に嫌味を織り交ぜるベルナルド王子。しかし、そんな言われ方をされれば気にするなという方が無理である。「それなら婚約破棄の件はどうなりましたか? 昨夜、国王陛下に話していただけたのですよね?」すると……。「それが実はな……。昨夜話をするのを忘れてしまったのだ」「え?
「あの〜」前を歩く青年に声をかけた。「何だ?」立ち止まることもなく返事をする黒髪青年。「いえ、貴方のお名前は何だったかな〜と思いまして……」すると……。「はぁ?」露骨に呆れられた顔で私を振り返った。「……本気で言っているのか?」その顔は眉間にシワが寄り、酷く機嫌が悪そうに見える。あ……まずい。余計なこと聞かなければ良かった。「ごめんなさい、今のは聞かなかったことにして下さい」たじろぎながらも謝罪する。「誰が謝れと言った? そんなことより、本当に俺の名前を知らないのか?」「……」はい、知りません。そう伝えられればどんなにいいか……。しかし、黒髪青年は全身から怒り? のオーラを吹き出している。正直に言えばジョンの様に魔法をぶっ放されてしまうかもしれない。「おい、黙っていないで答えろ」ついに黒髪青年は立ち止まると腕を組んで仁王立ちになってしまった。「ご、ご、ごめんなさい……。実はここ最近記憶喪失になってしまって……」下手な嘘をついてバレた時の方が、怖いので私は正直に言うことにした。「は? 記憶喪失? 嘘を言うな」「いやいや、嘘なんか付いていませんってば」すると何故か黒髪青年はズイッと一歩近付いてくると私を上から下までジロジロ見渡す。「……確かに雰囲気は変わったようだな。化粧もしていないし、きつい香水の匂いもしないしな……。でもどうせベルナルド王子の気を引く為だろう?」「え? 何を言ってるのですか? 私とベルナルド王子は昨日婚約解消が決定したのですよ?」「な、何だって!? そんな話は初耳だぞ!?」大袈裟なくらいに驚く黒髪青年。「それは知らなくても当然かも知れませんね。実は昨日、ベルナルド王子が訪ねてきたのですよ。その際に早急に婚約破棄をして貰えるようにお願いしたのです。ベルナルド王子も私と婚約破棄したがっていたので、きっともう手続きが済んでいますよ」私自身、あんな俺様暴君が婚約者なんてお断りでせいせいする。思わず顔に笑みが浮かぶ。「何だ? 随分嬉しそうだな?」「ええ、それは嬉しいですよ。だってお互い望まぬ婚約……」そこまで言いかけて、何やら恐ろしい殺気を感じた。何故か黒髪青年まで顔色が真っ青になっている。「おい……マテオ。お前、一体ユリアと何を話していたのだ?」そ、その声は……。恐る恐る振り返ると、ベルナルド
「フワァァァ……」馬車の中で欠伸をしていると、ジョンが眉を顰めた。「全く……公爵令嬢ともあろうお方が人前で大欠伸をするなんて」「別にいいじゃないの。手で欠伸している口は隠したのだから」「そういう問題ではありません。欠伸をすること事態が問題なのです」「眠いんだからしようがないじゃない。出てしまうものは仕方がないでしょう? 大体ジョンだって人前で欠伸の一つや二つ位……」するとジョンが言う。「いいえ、私は人前で欠伸等しませんから」「え? 嘘でしょう?」思わず目を見開く。「そんな欠伸の話位で何故嘘をつかなくてはならないのです?」「確かに言われてみれば……普通欠伸というものはうつるはずなのに、ジョンは欠伸をしなかったわね。……フワアア……」駄目だ、欠伸と言う単語を口にするだけで本当に欠伸が出てしまう。欠伸をする私をジョンは冷たい目で見ていたけれどもめ息混じりに言った。「まぁ……昨夜は反省文とレポートで随分遅くまで起きていたようですからね。今だけは仕方ありませんが、学園内では欠伸などしないように願いますよ」「分かったわよ……」私は再び欠伸をした——**** 学園に到着し、教室に向かおうとした時ジョンに引き止められた。「待てよ、ユリア」「な〜に……?」返事をしながら振り向く私。……ジョンの内と外の態度の違いには全く慣れそうにない。「教室ではなく、お前が向かうのは理事長室だろう?」「え? 何故?」職員室なら分かるけれども、何故に理事長室?「魔法学の女教師がクビにされたのだから代わりに理事長本人に渡してくるんだ。俺は先に教室へ行ってるからな」「……分かったわよ」返事をするとジョンはニヤリと笑みを浮かべる。「学園内で迷子になるなよ」それだけ言うと、ジョンは歩き去って行く。その後姿を見届けると私はポツリと呟いた。「全くジョンは大袈裟ね……学園内で迷子になるはずがないのに……」しかし、私はジョンの予想通り? 見事に迷子になってしまった――****「困ったわね……理事長室は何処かしら……」キョロキョロ廊下を歩きながら理事長室を探した。廊下には生徒達が行き来しているけれども、私を見ると露骨な態度で避けていくので尋ねることも出来ない。どれ程私は嫌われているのだろうか……。思わず俯き、ため息を付いた時。「ユリア・アルフォンス
「お、終わったわ……これでやっと寝れるわ」ライティングデスクの上にペンを置くと、身体を伸ばして私は恨めしい気持ちで隣のジョンの部屋へと続く扉を見つめた。ジョンは今から2時間ほど前に「では引き続き頑張って下さい」と言って部屋に戻ってしまったのだ。「全く……私は少しも悪くないのに、こんなことさせられて。割に合わないったら無いわ」けれど、レポートをまとめることによって、今迄ちんぷんかんぷんだった魔法学の知識が少しは身についたのは認めよう。「どうして記憶を失う前の私は少しの努力もしなかったのかしら……」よし、今から少しずつ勉強を頑張ってみることにしよう。私は自分に言い聞かせ、部屋の明かりを消すとベッドへ潜り込んだ。本棚に置いてある日記帳がキラキラと光り輝いていることにも気づかずに……。**** あ……また夢を見ている。これは昨夜の夢の続きだ……。薄暗い森の中を私は歩いている。鬱蒼と生い茂る木々の間を抜けながら。夢の中の私はマント姿にフードを被っている。<急がなくちゃ……>そこで私の目は覚めた——「……」金ピカに光り輝く天井を眺めながら、何とも寝覚めの悪い朝を迎えた私。それにしても一体あの夢は何だろう……? 夢にしてはやけにリアルだった。私の耳にはまだ森に響き渡る不気味なフクロウの声や、草を踏みしめて歩いた感覚が身体の中に残っている。「あれは夢だったのかしら。夢にしてはやけにリアルだったわ……」夢の中の私は1人であんな不気味な森を何故歩いていたのだろう? ひょっとすると誰かに会いに行こうとしていたのだろうか……? でも誰に会いに……? そう言えば、私は……。なにか重大な事を思い出しかけたその時――「いつまでお休みになっているおつもりですか? ユリアお嬢様」突如、ジョンが私の前に顔を突き出してきた。「キャアアアアアッ!!」私は思わず叫んでいた——****「全く朝っぱらからユリアお嬢様は騒がしい方ですね。一々、大袈裟に叫ぶのはやめていただけませんか?」ジョンがモーニングコーヒーを飲みながら文句を言ってきた。「仕方ないでしょう? いきなり眠っている部屋に現れたら誰だって叫ぶわよ」とっくに朝食を食べ終えているジョンの前で、寝坊した私はトーストにバターだけという粗末な料理を口に運びながら言い返した。「ところでユリアお嬢様……何か思
「さぁ、まずはすぐに反省文を書いて下さい」自室に戻った私は何故か、ジョンの監視のもとで『魔法学』の課題をやらされることになってしまった。ライティングデスクに向かう私の背後では、まるで家庭教師であるがの如くジョンがピタリと張り付いてじっと私を見つめている。「ね、ねぇ……そんな風に監視されていたら、非常にやりづらいのだけど……」「いいえ、駄目です。こうやって見張っていなければユリアお嬢様はサボって課題をやりもしないでしょう?」「え? 以前の私ってそんな人間だったの?」少しだけ驚き、ジョンを振り返った。「ええ、そうですよ。勉強になると、何かしら言い訳をして一切手を付けようとせずに結局使用人たちにやらせていましたね? ですがこの私が同じ学園に通うようになったからにはそんな真似はさせません。勉強を頑張って貰いますからね。言っておきますがユリアお嬢様は落第寸前どころか、今となっては退学寸前の身になってしまったのですから」「その退学寸前の身になってしまった原因は……ひょっとするとジョンが私の姿になって炎の玉をキャロライン先生にぶつけたからじゃないの?」「…………そんな理由はどうでもいいのです。とにかく、今すぐ原稿用紙3枚分の反省文を書き上げて下さい」少しの間を開けてジョンが言った。恐らく図星に違いない。しかし……。「原稿用紙3枚分の反省文ね……それくらいなら何とか書き上げられそうな気がするわ」「え? 本気でそのようなことを言ってらっしゃっているのですか?」ジョンが驚いたように目を見開く。「何よ。そんなに驚くようなこと?」「ええ、何しろユリアお嬢様は文章を書くのも読むのも大嫌いだったじゃないですか」「そうだったの? でも何だか反省文なら書けそうな気がするのよね。それに文章を読むのも多分嫌いじゃないと思うし」自分のことを言われているのに、まるで他人の話を聞かされているような気持ちになってくる。何故なら私の記憶にどこかで読書をする場面や、文章を書いている場面が一瞬脳裏をよぎったからだ。……一体この記憶は何なのだろう?「そうですか? う〜ん……記憶喪失になった弊害でしょうか? とりあえず反省文を書き始めて下さい」「分かったわよ……」渋々私はペンを握りしめ、原稿用紙に向かった——**** 2時間後――「出来たわ!」原稿用紙に書き上げた反省文を
馬車が見えなくなると、ようやく一息つくことが出来た。「ふぅ~やっと帰ってくれたわ」「ええ。やっと帰ってくれましたね」突如傍で声が聞こえて、またもや私は悲鳴を上げてしまった。「キャアアアッ!」「……いきなり人の耳元で叫ぶのはやめていただけますか?」ジョンは両耳を押さえながらジロリと私を見た。「あ、あのねぇ……そんな誰もいないはずだった場所にいきなり現れて声をかけられたら誰だって悲鳴を上げるわよ! いえ、むしろ心臓が止まらなくて本当に良かったわ……」「随分大袈裟ですね。人はそんなに簡単に死にませんからご安心下さい。さて、それでは行きますよ」「え? 行くって何所へ?」「そんなの分りきってるじゃないですか。ユリアお嬢様のお部屋へ戻るんですよ。これから反省文と『魔法学』のレポートをまとめなくてはいけないのですから」「あ……」そうだった、忘れていた。「ユリアお嬢様……さてはすっかり忘れていましたね?」ジョンがジロリと私を見る。ギクッ!「ま、まさか忘れてるはずないじゃない。勿論覚えていたわよ。ただねぇ……本当にそんな物提出して、私の退学処分が免れるとは思えないのよ。だってキャロライン先生はハッキリ言ったのよ。私のこと絶対退学にするって」「ああ。それならご安心下さい。そんな真似絶対にあの教師は出来ませんから」「え? 何で?」その自信……一体何所からくるのだろう?「簡単なことですよ。多分今頃、もうあの女教師は学校を辞めている頃でしょうから」「え……? や、やめた……? な、何で?」「……理由を知りたいですか?」ジョンはゾクリとするほど、美しい笑みを浮かべて私を見た。「……」どうしよう……正直なことを言えば、何故キャロライン先生が学校を辞めたのか知りたい。けれど……こ、怖い! 絶対にジョンが何かしたのは確実だ。だからこそ、余計に尋ねることが出来なかった。「う、ううん。聞かなくていいわ」「そうですか。ではすぐに部屋へ戻って始めますよ。何しろ退学がかかっているのですから。何としてもそれだけは阻止しなければなりませんからね」傍から見れば、私の為に言っている台詞に思えるかもしれないが……しかし、私は知っている。この発言は全て自分のことだけを優先して話しているのだ。「……何ですか? まだ何か言いたいことでもあるのですか?」冷たい目で