「えーと聞いた特徴をまとめると……」 あれから従者に軽く見た目を聞いてわたし達も捜索に向かうべく街に戻っていた。ある程度まで来たところでロンドさんがメモ帳を広げて聞いた内容を復唱してくれる。「年齢は14で背は低め、髪は茶色の短髪。服に関しては諸事情により不明……ですね」「メイドさん達焦っててよく聞けなかったけど、なんかたくさん服があるんだっけ?」「らしいですね。同じものも持っているらしく特定が困難だそうです」(流石お金持ち……それにまぁ従者さんも焦っても仕方ないよね。主人が殺されて、そんな時に一人息子も失踪しちゃったんだし)「とりあえず身なりが良さそうな子供を見つけるってことですね。家を出る時はいつも街に居るって言ってたから……ルートから考えて……」 地図を取り出し屋敷近くの場所を観察する。「何か分かりましたか?」「その子が抜け出した窓がここで、従者達の目を避けて通るなら……」 さっき軽く調べておいた情報と照らし合わせ指で地図をなぞる。「こっち方面に行った確率が高いですね」 流石に日が暮れるまでに街全部を探すなんて到底無理だ。なら限りある情報から絞って探すしかない。「ちょうど僕達がやって来た方向ですね。さっきは……情報に当てはまる人は居なかった気がしますけど……」「見れてないところや時間経過でこっちに来てる可能性もありますし、地道に探しましょう! 探偵は足ですし!」「ふふっ……そうですね。一歩ずつ……まずは一歩ですね」 前を向き、わたし達は足を動かし聞き込みや辺りの人間を観察したり捜索を進める。「見つからないな……」 昼過ぎになり若干暑くなってきたがそれでも例の一人息子は見つからない。もしかするともう既に屋敷に帰っているかもしれない。 そんな考え事をしていたためかわたしは通行人とぶつかってしまい、勢いもそこそこあったため尻餅をついてしまう。「いたたた……すみま……あっ!!」 痛むお尻を摩りながら立ち上がる際にその相手を認識する。ピンク色の艶やかな髪の、さっき喫茶店でいわれもデリカシーもない発言をしてきた女の子だ。「ったくしっかり前を……ってアンタさっきのケツデカ女!!」「誰がケツデカ女よ!! ほんっとうに失礼な子ね!!」 再び配慮も礼儀もない発言を投げつけられ、悪びれる様子もなく立ち上がり腕を組んで偉ぶる。 その様
「あっすみま……」「アンタどこ見てんのよ!!」 わたしより一回り小さいその子は、子犬が威嚇し吠えるようにこちらを睨み声を荒げる。「あっ、ご、ごめんね? 痛く……なかった?」 相手は子供だ。わたしは怒りなど湧かず彼女を宥める。「そんなデカいケツでノロノロ歩きやがって……」「デカっ……!? ちょっとあんたねぇ……!!」 子供相手とはいえお尻を指差され、羞恥心を刺激され顔を赤くしてしまう。「あの……シュリンさん?」 つい口論に発展してしまい、数十秒後心配したロンドさんが様子を見にくる。「誰だアンタ?」「ごめんねお嬢さん。僕の連れが何かしてしまったかな?」「別に……」 彼女はもう既に食事や会計を済ませていたのか、そっぽを向き店外に出ていってしまう。(もぅ……なんだったの……? 失礼な子……) 子供相手に本気になるのは大人気ないし格好悪いが、心の中で悪態をつくくらいは許されても良いだろう。「あの……シュリンさん。その、気にしないでくださいね?」「へっ……? あっ……」 ロンドさんが気まずそうにこちらを気にかけ、最初は何のことを言っているか分からなかったものの、数秒考えればそれが分かりわたしは恥ずかしさと怒りで顔が段々と紅潮していく。「ち、違いますから! あの子が適当なこと言ってただけですからね!!」 わたしは必死になって否定し、ズボンの裾を掴むようにしてお尻の輪郭を隠す。(うぅ……何でお手洗いに行くだけでこんな目に……!!) 少々トラブルはあったものの、その後わたし達は特に何もなく食事を終え、件の商人のお屋敷に着く。「はぁはぁ……結構歩きましたね」「ここの家は代々隣町との貿易で利益を上げていて、うちにも当主がたまに来ていたので被害者とは軽く面識がありましたが……まさか辻斬りに……」「許せませんよね……」 今からこの屋敷に入り事情を説明し色々調べさせてもらう。今朝からやることは分かってはいたがどうしても気が重い。 殺人事件の調査なんて今回が初めてではない。過去に数度そういう場に立ち合わせたことはある。(やっぱりちょっとナーバスになっちゃってるのかな……って、ダメダメ! 調査する時は余計なことを考えないようにしないと……!!) 気持ちを切り替え、どんな些細な手がかりでも掴むべく屋敷に踏み込む。調べに来ていた衛兵さんにはロ
「ん……ふわぁぁぁ」 わたしはベッドから起き上がり辺りを見渡す。(あっ、そうか……確か昨日ロンドさんのお屋敷に来て、辻斬りを見つけるか事務所がまた使えるようになるまで住まわせてもらうことになったんだった……) 寝ぼけた意識を覚醒させ、昨日の記憶と照らし合わせて情報を整理する。数十秒もあれば眠気も取れて目も覚める。「シュリンさん……?」 扉の向こうから数回のノック音と共にロンドさんの声が聞こえてくる。時刻は如何程か分からないが、わたしを起こしに来てくれたのだろう。「はい起きてます!!」 わたしはささっと髪を整え扉を開ける。「どうしたんですかロンドさん? そんな神妙そうな顔……?」 扉の先に居た彼の表情はなんとも言えないものだった。焦りや困惑があり目を泳がせるものの、同時にどこか安堵した様子で口元が緩む。「どうしたもこうしたも……昨日の夜どこに行ってたんですか? 探したんですよ?」「えっ……? 何の話ですか?」 記憶を辿れば、わたしはロンドさんが部屋から出てった後ベッドに飛び込んで眠ったはずだ。それ以降の記憶は先程起きた時まで途切れている。つまりはずっと寝ていた。どこかに行ってしまうことなんてありえない。「昨日の深夜、失礼かもしれませんが心配になりメイドに様子を見に行かせたんですよ。チラリと覗いて様子を見てくれって」「それで部屋にわたしが居なかったってことですか?」「そうなんです。それで色々と探して……数時間後気づいたら部屋に戻ってたという感じです。起こすのも悪かったので、朝まで待って来たんですが……何があったんですか?」「そ、そうは言われても……わたしは寝てただけですし……」 考えられる可能性を頭の中に数個生み出す。 夢遊病のように寝ながら動いてしまった可能性、寝相が悪くベッドの下などに入り込んでしまった可能性。しかしどれだけ可能性を模索しようが結局はもう終わったことで証明のしようがない。「とにかく何もなさそうで良かったですよ。もしかしたら一人で捜査に行く気だったかも……と思いましたから」「そ、そんな無鉄砲なことしませんよ!!」 結局真相は分からなかったが、身体に異常はないし捜査にも支障はないのでメイドさんに一言謝ってから予定通り捜査を始める。「ロンド、それにシュリンさん」 軽く朝食を済まし屋敷を出ようとしたところリント
「そちらの女性は……父さんに無断で女を連れ込むとは……見ない内に成長したものですね」「いえ彼女はそういうのではなくて……」 ロンドさんの兄なので弟に似て優しく誠実な人だと思っていたが、言葉の節々に棘を感じ似ているとは到底思えない。「あのっ……す、少しの間ですけどお世話になります……」 嫌に感じても相手は圧倒的に目上の立場の人間だ。怒らせないためにも下手に出て礼儀正しくする以外ない。「……貴方どこの家の出ですか?」「えっ……?」 彼は頭を下げるわたしに偉ぶるでも認めるでもなく、怪訝そうに何かを探るよう一歩引く。「実は彼女は記憶喪失でして……この前兄さんにも行った探偵事務所の人に拾われてたんです。そこで助手をしていて……」「いえ、もういいです。大体分かりましたから。それと……貴方のお名前は?」「えっ……? シュ、シュリンです!」「そうですか……私はリントと申します。まぁ短いでしょうがよろしくお願いしますね」(い、嫌味ったらしい〜!!) "短い"という部分をわざと強調するように言い、最後にこちらに不敵な笑みを浮かべると背を向けて部屋から立ち去っていく。 こんな短時間でかなり彼への印象が悪くなり、皮肉の一つでも言ってやりたかったがロンドさんこ立場もあるのでグッと堪える。「あの人本当にロンドさんと血が繋がってるんですか……?」「まぁ……僕とはあまり似てませんよね……でも根は良い人なんです」「うーん……」 ロンドさんは兄を庇うような言動を見せるが、わたしにはどうしても彼が良い性格の人だとは思えない。 まぁ彼の言った通りそう長い付き合いにはならないだろう。ここに住まわせてもらうのは辻斬りを見つけるまで。それに少しすれば事務所だってまた使えるようになるはずだ。(師匠……) しかし帰ったその場所に師匠は居ない。これからずっと一人で孤独に暮らしていかなければならない。 そう考えてしまうとたまらなく恐ろしくなり、みるみる顔色を悪くしていってしまう。「シュリンさん……あ、お水でも持ってきましょうか?」「いや……そんなに喉渇いてないので大丈夫です。それよりちょっと一人に……」「はい……何か用があればメイドに話しかけて僕を呼んでください。今日はもう外出する予定はないですから」「ありがとう……ございます」 彼の優しさが胸に沁みるが、それ
「待ってください……じゃあまさか所長は僕が依頼したせいで……?」 わたしが邪念を振り払っている最中。ロンドさんは顔色を悪くしていく。 「どうし……あ」 わたしも同じ考えに行き着き言葉を詰まらせてしまう。 師匠が辻斬りに殺され理由。資料がなくなっていることからある程度推察はできる。調べていることがバレて消されたのだ。そしてその依頼自体を頼んだのは…… 「すみません……」 ロンドさんは消え入りそうな声でこちらに謝罪してくる。 「い、いえ……ロンドさんのせいじゃないです。悪いのは……全部辻斬りですから」 それにロンドさんが依頼しなくても、奴が活動を続けていればいずれはここにも依頼が舞い込んできた可能性は高い。 「とりあえずこの現場はしばらく立ち入れないぞ」 「えっ……!? その場合わたしどこに泊まれば良いんですか!? ここに入れないとなるともしかして……野宿!?」 「いや流石にこちらで宿を手配させてもらうよ。それに一週間もすればここも開放され……」 「あのっ! 僕の屋敷に使っていない部屋があるんですけど、そこに来るっていうのはどうですか? いやほら、そうすれば衛兵さんとこも節約になりますし、これから一緒に調査する都合上やりやすいですし」 自分が依頼したせいで彼を死なせてしまった。いくらこちらが否定しようともそんな罪悪感が付き纏うのだろう。 もちろん言ったことは筋が通っているし、一緒に住めば調査もしやすくなるのはその通りだ。だがそういう問題ではない。 (恥ずかしい……) 真面目な事情があるとはいえ想いを秘めている男性と同じ屋根の下で過ごすというのは緊張してしまう。向こうがそんなこと考えていないことは分かってはいるが、それでもこちらは意識してしまう。 「んーまぁロンドなら身元もしっかりしてるし問題ないが……お嬢さんはそれでいいか?」 「あっ! は、はい大丈夫です!」 結果人の善意を無駄にできないわたしの性格が出て、流されてロンドさんのお屋敷で寝泊まりさせてもらうことになる。 ☆ 「こ、ここがロンドさんのお屋敷……!?」 事情聴取を終え夕方頃になり、わたしは荷物をまとめて事務所をあとにしロンドさんのお屋敷まで来ていた。 予想はしていたものの、ロンドさんのお屋敷はわたしの想像を優に超える巨大さだった。 (え
「師匠……師匠!!」 どれだけ揺さぶっても冷たくなった身体は再起動しない。段々脳が現状を受け入れ始め、ポロポロと涙が溢れ出す。 (これって殺人事件……だよね?) 明らかに何者かに刺された痕に、机の引き出しには荒らされた痕跡もある。 私は動揺を押し殺し、事務所から出て衛兵さんに事件が起こったと伝えに行く。 「ん? お嬢さんこんな時間にどうしたのかな?」 衛兵さんは人が殺されたなんてもちろん知らず、私のことを夜遊びしている不良とでも思ったのか優しく補導するように対応する。 「私のお義父さんが……殺されたんです!!」 ☆ 「なるほど……起きたら彼が死んでいた……と」 あれから衛兵さんと事務所に行き、別の人に変わって事情聴取を受けていた。 「荒らされた形跡もあるし強盗の可能性は高いが、金目の物は盗まれていない……」 衛兵さんの懐疑の目がこちらに向けられる。 (あっ……これってもしかしてまずい……?) よくよく考えてみればこの事件に関して私はかなり怪しい人物だ。被害者である師匠に一番近い人物の上、そもそも身元不明の得体の知れない人物。 衛兵さんが疑いの目を向けるのも無理はない。 「君は記憶喪失で倒れていたところを被害者に引き取られた……と?」 「はい……」 衛兵さんは私の言うことを信じている様子はなく、全身を調べられるようにジーッと見られる。 「とりあえず身元調査も含めて今から取り調べを……」 「シュリンさん!? 何があったんですか!?」 衛兵さんがこちらに詰め寄ろうとした時事務所の入り口をロンドさんが開け放つ。 「ロンド……!? 何でここに!?」 「ここの主人に色々依頼してまして……それより何が?」 衛兵さんが事件の概要を説明し、そこにわたしが怪しいという状況も臆せず付与し話す。話し方から見てロンドさんと衛兵さんは友人同士らしい。家の都合とかで話す機会があったとかだろう。 「とにかく彼女は人殺しなんてできる人間ではありません! それは僕が保証します」 「ま、まぁお前がそこまで言うのなら……それに判断が早すぎたな。一旦現場をもっと調べてみるよ」 彼のおかげでなんとか場は収まり、更に数人衛兵さんが来て捜査が進む。 「おい」 1、2時間経ち昼に近づきつつある頃、先程の衛兵さんが話しかけてくる。