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26:夜の翼

last update Last Updated: 2025-06-25 17:49:33

 森の中をゼノンは疾駆する。

 エリーの無事を祈りながら、無力な自分を恨みながら。

(このままでは間に合わない。もっと早く。もっと!)

 木々の切れ目から見えるのは、夕焼けの赤。いつもは美しいそれは、今は不吉の色に見える。

 空の端が紺色に染まり始めている。夜が迫っている。

 夕焼けの紅色に夜の闇色。

 地を駆けるゼノンの足が、ふと宙に浮いた。走る勢いをそのままにさらに速度を上げて。

 夕焼けの空が近い。夜の闇が手の届きそうなほどすぐそばにある。

 ばさりと羽ばたきの音がする。闇色の翼が背中にある。

 必死で進むゼノンは、その自覚すらないまま。

 素晴らしいスピードで空を飛駆け抜けていった。

++++

 目を閉じた暗闇の中で、苦痛も衝撃もいつまで経ってもやって来ない。

 いぶかしく思ってそっとまぶたを開けてみると、真っ暗だった。

 今は夕暮れだったはずなのに。もしかしたら、気づかないうちに死んでしまったのかもしれなかった。

 けれど、違った。

 真っ暗なのは、漆黒の何かが目の前に広がっているからだ。

 暮れなずむ夕闇の、静かな夜のとばりと同じ色。

 星の光を微かに内包する美しい黒が、私の前に広がっている。

 巨大な翼として、私を守ってくれている。

「エリーさん。無事ですか」

 闇の向こうから声がした。聞き慣れた大好きなゼノンの声。

「うん。私は大丈夫」

「良かった。すぐ、この化け物を始末しますから」

 闇がひるがえった。

 開けた視界の向こうには、毒尾を切り下ろされた魔獣の姿。苦痛と屈辱に怒り狂っている。

 ゼノンは闇の翼を羽ばたかせ、一気に魔獣へと肉薄した。

 そして剣の一振りで、魔獣の首を落とした。鮮やかな一撃だった。

 首はどす黒い血を撒き散らしながら地面に落ちる。

 ゼノンは地魔法で穴を作り、魔獣の死体を落とした。少し離れた場所に落ちていた尾も蹴り入れる。

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