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第30話

Author: 桜夏
――どう見たって奥様のことが気になるのに、

なんで他の女を家に連れ込んだりするんだよ……

大輔はため息を噛み殺しながら、高級レストラン「天香亭」の養生食を手配した。

もちろん、「新井家名義」で。

――わざわざ「新井蓮司」の名前で手配したら、奥様はきっとトイレに流すだろうからな。

病院。

透子は栄養食を食べ終わって、少しだけ眉を寄せた。

――新井家からの差し入れ……ってことは、おじいさんの仕業?

でもおかしい。蓮司が自分の入院を伝えたってこと?

……だとしたら、どうしておじいさんからは何の連絡も来ないの?

自分から連絡すれば、ケガの詳細までバレてしまう。だから、今は黙っているしかない。

ここ数日は驚くほど穏やかだった。日中は勉強用の動画を見たり、筆記練習をしたりして、仕事への順応はすでに十分に整った。

蓮司と顔を合わせる必要がないこともあり、気分は良く、さらに栄養食の効果もあって、顔色は目に見えて健康的になっていた。

スマホの画面に表示されたカウントダウンを見つめながら、退院の日が近づくにつれて、新しい生活への希望が胸に満ちていく。

退院当日、早めに荷物をまとめてバッグを手にし、くるりと振り返った瞬間――

ドアのそばに立つ人影と、目が合った。

透子は一瞬だけ息を呑み、その後すぐに心拍が落ち着き、無表情のまま、挨拶すらせずに目を逸らした。

なんで蓮司がここに?しかも、まるで門番みたいに仏頂面で立ち塞がっている。

「奥様、荷物、お持ちします」

大輔がタイミング良く現れ、にこやかにバッグを受け取る。

「いいわ、自分で……」

透子は断ろうとしたが、

「僕の仕事ですから。どうか遠慮なく」

大輔は笑顔のままそう言った。

透子もその顔を見て、ふっと口元を緩める。

「じゃあ……ありがと」

その様子を、ドアのそばで黙って見ていた蓮司の顔は、さらに険しくなった。

二歩で距離を詰め、透子がベッドの横のもう一つのバッグに手を伸ばした瞬間、蓮司はそれを先に掴み、そのまま彼女を見下ろす。

透子は顔を上げ、彼を見返した。奪おうとしてもびくともしないので、ため息交じりに言う。

「帰っちゃダメってこと?じゃあもう一回、入院手続きしてくる」

「……何か言うこと、ないのか?」

蓮司が
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