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第515話

Author: 桜夏
ついに、彼は絶好の言い訳を思いつき、前を走る聡に電話をかけた。

聡が電話に出ると、翼は言った。「さっき事務所から連絡があって、クライアントと昼食を取ることになったんだ。案件の話があるから、今日は君たちだけで行ってくれ。僕は一度オフィスに戻らないと」

聡は言った。「さっきはそんなこと言ってなかっただろう。今になって言い出すなんて」

翼は返した。「いや、急に決まったんだよ。仕方ないだろ。結構重要なクライアントで、商業トラブルの案件なんだ」

聡は尋ねた。「それで、事前に予約はなかったのか?」

翼は返した。「僕たちの業界は、堂々たる柚木社長様と違って、会うのに予約が必須ってわけじゃないんだよ」

それを聞いて聡も諦めるしかなく、電話は切れた。

後方で、翼は前の車を見ながら、長いため息をついた。助かった……

彼は分かれ道でハンドルを切り、一方、ベントレーの車内では——

透子は、ベンツがそそくさと逃げていく様子を見て、親友に視線を送った。二人は顔を見合わせ、互いにしか分からない意味ありげな笑みを浮かべた。

不意に、運転していた聡が尋ねた。「理恵、お前と翼の間に、この前何かあったのか?」

理恵は一瞬固まり、それから何事もないかのような口調で返した。

「別に何もないよ。会って、少し話しただけ」

聡は信じなかった。本当にそうなら、翼の態度がどうしてあんなにおかしなものになるだろうか。前回もそうだった。わざわざ電話までしてきて、話し方まで不自然だ。

聡は言った。「透子、君が言いなさい。理恵は君に話したはずだ」

話を振られた透子は、背筋を伸ばして答えた。「理恵は私に何も言っていませんでした」

聡は目を細めた。「妹といるとろくなことを覚えないな。嘘までつくようになったか。君はもともと正直な人だったのに」

透子はまた言葉に詰まった。

理恵は反発した。「お兄ちゃん、それどういう意味よ。何が私といるとろくなこと覚えない、よ。私が透子を悪い方向に引っ張ってるとでも言うの?」

透子は真剣な面持ちで言った。「本当です、聡さん。嘘はついていません。理恵は本当に何も」

聡は言った。「じゃあ、君のプライドに誓って言え」

透子は返した。「……私のプライドにかけて、保証します」

プライドを売るのと、友人を売るのとの二択なら、当然前者を選ぶ。たかが一言だ。別にどうってこと
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