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第72話

作者: 桜夏
車の窓がコンコンと叩かれた。駿は何気なく視線を向けると、そこにいたのは透子だった。すぐに車のドアを開けた。

しかし、透子は助手席には向かわず、まっすぐ後部座席に乗り込み、ひどく狼狽した様子を見せた。

「どうしたんだい?誰かにつけられたのか?」

駿は心配そうに尋ねた。

「いいえ、そんなことは……」

透子はそう言って、必死に気持ちを落ち着かせようとした。

「先輩、車を出してもらえる?申し訳ないんだけど、とりあえず次の角まで送ってください」

透子は少し焦った口調で言った。

駿は何が何だか分からなかったが、とりあえず車を発進させた。

角を曲がる時、駿は理恵が広場に出てきたのに気づいた。

理恵のそばには男女が一人ずつおり、男の方は見覚えがあった。新井蓮司だ。

バックミラーに目をやると、透子は後部座席に座っておらず、腰をかがめて隠れるようにしている。駿は思わず眉をひそめ、いぶかしんだ。

理恵はもう外に出てきているのに、透子はこのように慌てふためいて逃げるような素振りで、しかも誰にも見られたくない様子……

「透子、誰かから隠れているのかい?」

駿が尋ねた。

「私は……」

透子が答えようとした時、駿がさらに言葉を続けた。

「理恵と一緒にいたのは新井蓮司とある女だけだったが、もしかして君は……」

「あの女の人から隠れてるんだ」

透子は慌てて答えた。

「あの人は朝比奈美月といって、高校の同級生なんだ。ちょっと色々あって、顔を合わせたくなくて」

これは本当のことだ。たとえ駿が理恵に尋ねたとしても、辻褄は合うはずだ。

「そうだったのか。てっきり新井蓮司から隠れているのかと一瞬思ったよ」

駿は言った。

「まさか。彼とは知り合いでもないから」

透子は平静を装って答えた。

「それもそうだね。同じ大学だったとはいえ、学部も違うし、僕も彼とはそれほど親しくないしね」

駿は言った。

なんとかごまかせたのを見て、透子はゆっくりと体の力を抜いた。もう二度とあの男とは会いたくない、と心から願った。

その頃、レストランの広場の外では。

蓮司は理恵の車のそばまで駆け寄り、車内を覗き込んだりした後、呆然として言った。

「どこだ?確かにまた見えたんだ」

理恵は運転席のそばに立ち、呆れたように目を丸くした。

「私を探してるの?ここよ。

新井家ももう終
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