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10億のために継母と妹に殺されかけた夜、私は世界的スターに救われる
10億のために継母と妹に殺されかけた夜、私は世界的スターに救われる
Author: 影畑凛星

お母様の形見

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-08-12 15:58:34

冷たいものが、頭から降ってきた。

「……っ」

突然のことに、香子は声を失った。

淡い色の液体が髪を伝い、頬を濡らしていく。

ぽたり、ぽたり。

雫が顎から落ち、胸元へと染み込んでいった。

甘ったるい香りが鼻をつく。

ジュースだ。

しかも、よりにもよって色の濃いベリージュースだった。

「やだ、ごめんなさい、お姉さま」

くすくすと笑う声が聞こえる。

謝っている人間の声ではなかった。

香子がゆっくり顔を上げると、そこには空になったグラスを手にした美紗が立っていた。

「手が滑っちゃった」

「美紗……」

香子はそれだけ言うと、再び自分のドレスへ目を落とした。

淡いアイボリーの生地に、赤紫色の染みがじわじわと広がっている。

胸元から腰へ。

そこからさらにスカートへ。

「これ……お母様の形見なの……」

ようやく出た声は、かすかに震えていた。

このドレスは、亡くなった母が若い頃に着ていたものだった。

今日のパーティーに出席するため、美紗には新しいドレスが用意されていた。

けれど、香子のものはなかった。

久恵に尋ねても、

『あなたの分なんてないわよ。家にあるものを適当に着ればいいでしょう』

そう言われただけだった。

しかし、今日のパーティーは平服で出席できるようなものではない。

困り果てていた香子が思い出したのが、母の遺品だった。

大切にしまわれていた古い箱を開け、その中から見つけたドレス。

流行のデザインではない。

けれど上質な生地で丁寧に仕立てられていて、今でも十分に美しいものだった。

袖を通して鏡の前に立ったとき、ほんの少しだけ嬉しかった。

――お母様も、これを着ていたのね。

そう思ったから。

それなのに。

赤紫色の染みは、今も少しずつ広がっている。

香子の目に、うっすらと涙がにじんだ。

「だから何?」

冷たい声が降ってきた。

顔を上げるより早く、美紗の手が香子の肩を強く押した。

「きゃ……!」

よろめいた香子は、そのまま床へ倒れ込んだ。

とっさについた手のひらに痛みが走る。

華やかなパーティー会場。

きらびやかなシャンデリアの下で、美しく着飾った人々が談笑している。

その片隅で、香子だけが床に座り込んでいた。

濡れた髪。

汚れたドレス。

そして、その香子を見下ろす美紗。

「そんな古臭いドレス、鷹宮家の恥よ!」

美紗が吐き捨てる。

そして次の瞬間。

ぐしゃり。

美紗のヒールが、床に広がっていたドレスのスカートを踏みつけた。

「……!」

香子の肩が小さく震えた。

母のドレスが。

母が残してくれた、大切なドレスが。

美紗の靴の下で踏みにじられている。

「何よ、その顔」

美紗は苛立ったように言った。

香子は何も言えなかった。

ただ、踏みつけられているドレスを見つめている。

目にたまった涙がこぼれそうになって、唇をきゅっと結んだ。

ここで泣いてはいけない。

泣いたら、きっと美紗はもっと喜ぶ。

それを香子は知っていた。

「お姉さまって、本当に陰気よね」

美紗がわざと靴底を擦りつける。

淡い生地に、汚れた靴跡がついた。

「せっかくのパーティーなのに、そんな辛気臭い顔して。みんな迷惑してるって分からないの?」

香子は答えられなかった。

周囲から視線を感じる。

誰かがこちらを見ている。

けれど、誰も声をかけてはくれない。

助け起こしてくれる人もいない。

香子は俯いた。

昔から、そうだった。

父が久恵と再婚し、美紗が妹になった頃から。

美紗が香子のものを壊しても。

久恵が香子だけを家族の輪から外しても。

香子が我慢すれば、それで済んだ。

言い返せば、もっと酷いことになる。

だから香子は、いつの間にか耐えることを覚えていた。

「何をしているの?」

聞き慣れた声に、香子が顔を上げた。

「お母さん!」

美紗がぱっと笑顔になる。

こちらへ歩いてきたのは、継母の久恵だった。

華やかなドレスに身を包み、髪も隙なく整えられている。

香子は一瞬だけ期待してしまった。

これだけ大勢の人がいるのだから。

せめて今日くらいは、美紗を叱ってくれるのではないかと。

けれど。

久恵は床に座り込んでいる香子を見るなり、眉をひそめた。

「香子。あなた、何をしているの?」

「……え?」

「そんなところに座り込んで。みっともない」

香子は息を呑んだ。

「でも、美紗が……」

「ああ、お母さん。私、悪くないからね」

美紗がすぐに口を挟んだ。

「お姉さまが変なドレス着てきたから、ちょっと注意してあげただけ」

「変なドレス?」

久恵が香子を見る。

正確には、香子ではなく、そのドレスを。一瞬だけ。

久恵は、母親のワンピースを着た香子を見て、目を見開いた。

全身から血の気が引いていく。

「お前、もう死んだんじゃない?」

「……どうして、戻ってきたの?」

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