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第3話

Auteur: あめちゃん大好き
翌朝、真奈美をホテルから連れ出した千佳は、そのまま彼女を市街地の高級マンションへと送り届けた。

「友達の部屋なんだけど、彼女が半年の海外研修に行っていてね。今、ちょうど空いてるの」

千佳は鍵を真奈美の手のひらに押し付け、有無を言わさない口調で続けた。「とりあえずここに住んで。F国で新しい家を見つけるのは、あっちに行ってからでいいわ。ここならセキュリティもしっかりしてるし、監視カメラもあるから。あのクズ男が入り込む隙なんて1ミリもないんだから」

真奈美はぐるりと室内を見渡した。

そこはモダンで洗練された吹き抜けの空間だった。開放感のあるリビングには大きな掃き出し窓があり、その向こうには街の喧騒を抱いた川の景色が広がっている。白いレースのカーテン越しに柔らかな陽光が注ぎ込み、ライトグレーのカーペットの上に温かな光の模様を描き出していた。

3年住んだ澄波ヶ丘の家とは、空気さえもが違っていた。

あそこは直樹が好む豪華なフレンチスタイルで、どこを見てもモデルルームのように整ってはいたが、自分の生活の痕跡など微塵もなかったのだ。

一度、書斎に生地を並べるための棚を置かせてほしいと頼んだことがあったが、「全体の調和が崩れる」という理由であっさりと断られた。

今思えば、あの部屋で自分が残せたものなんて、キッチンで自分が選んだ食器と、ベランダに放置されたまま枯れかけている多肉植物くらいだったかもしれない。

「そうそう」千佳はバッグから一枚の招待状を取り出した。「明日の夜、デザイナーたちの交流会があるの。業界の大物たちが集まるし、F国のあのスタジオの責任者も来るらしいわよ」

彼女は招待状を真奈美に差し出し、「顔を売っておくいいチャンスよ。今後のキャリアにも繋がるし、もう挨拶は済ませておいたから」と笑った。

真奈美はその招待状を受け取り、指先で金文字をなぞった。

あれから3年か。

自分がこの業界で将来を嘱望された期待の新星だったことなど、もう忘れるところだった。

大学では国内外の賞を総なめにして、卒業制作はF国の美術館に収蔵され、メディアからは、「東のデザインの星」などともてはやされていた。

そして、直樹に出会った。

恋を選んだ。

気づけば、世間からは、「木村家の妻」という、輪郭の曖昧な影のような存在になっていた。

「わかった」真奈美が顔を上げると、久しぶりにその瞳に光が宿っていた。「必ず行くわ」

千佳が去った後、真奈美は広々とした空っぽの部屋に長く立ち尽くしていた。

スマホがしつこく鳴り続けている。全て直樹からの着信で、不在着信の通知は既に20件にも達していた。

彼女は通知をスワイプして消すと、メールボックスを開いた。

例のスタジオから届いた詳細資料には、創始者自らが筆を執った招待状が添えられていた。そこには、【君をチームに迎えられる日を、心から待ち望んでいる】という温かな直筆のメッセージが綴られていた。

真奈美はそのメールを何度も読み返し、目頭が熱くなるのを感じた。

世界のどこかで、自分の才能を覚えていてくれる人がいる。

自分は決して、何者でもなかったわけじゃない。

翌日の夕方、真奈美は黒いシルクのドレスをまとい、会場へ足を運んだ。

真奈美が入場すると、場内が少しだけ騒めいた。かつての顔なじみたちが彼女の姿に気づき、驚きと好奇の入り混じった視線を一斉に注いでくる。

「真奈美さん?本当にあなたなのね!」

流行の服を着こなした中年の女性が、迎えに来た。「3年ぶりかしら、変わらずお綺麗ね!」

大手ファッション誌の編集長で、大学時代から真奈美を評価していた菊地椿(きくち つばき)だった。

「菊地さん」真奈美は微笑んで抱きしめ返した。「本当にお久しぶりです」

「聞いたわよ、結婚したんだって?」椿は声を潜めた。「相手は……木村社長でしょ?」

真奈美の表情は崩れなかった。「もう、離婚しました」

椿はきょとんとしたが、すぐさま真奈美の肩を叩いた。「それが正解よ!あんな男、あなたには勿体ないわ。

ねえ、来月ね、雑誌で無形文化財をテーマにした特集を組むの。腕の良いデザイナーを探していたんだけど、もしよかったら詳しく話を聞かせてくれないかしら?」

直球な言葉だったが、真奈美の胸には温かいものが込み上げた。

一番どん底の時に、こうして手を差し伸べてくれる人がいた。

「あの……」

真奈美が話し始めた時、入り口の方で不意にざわつきが起きた。

彼女が反射的に振り返ると、その場に釘付けになった。

直樹が入ってきたのだ。

黒のスーツを纏った彼は人混みの中でも一際目立つ凛々しい顔立ちをしている。

そして、直樹の腕には白いドレスを着た絢香が寄り添っていた。

丁寧に施された薄いメイクに、ゆるく巻いた髪。三日月のように優しく細められた彼女の目は、あくまでも純粋で悪意など皆無に見える。

二人が並んでいる様は、まさにドラマの主役カップルのように見えた。

「へえ」椿は鼻で笑うをこぼした。「わざわざ新しい恋人を連れてこんな場に出てくるなんて、木村社長は随分と派手なのね」

真奈美は視線をそらし、手にしたグラスを傾けた。

冷たいシャンパンが喉を通り過ぎ、胸の中で湧き上がる感情を飲み込んでいく。

驚くことなんてなかったのだ。

直樹がどんな場でも絢香を同伴するのは昔からのことだ。昔なら傷ついたかもしれないが、今となっては滑稽でしかなかった。

「真奈美さん」椿が彼女の腕を小突いた。「挨拶でもしてこない?なめられたままじゃしゃくでしょ」

真奈美が返すより早く、絢香が彼女に気づいた。

絢香の瞳が輝き、直樹を引っぱってこちらへ近づいてくる。

「直樹、見て!真奈美さんよ!」

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