LOGIN私、藤代冬香(ふじしろ ふゆか)は、生後1か月にも満たない我が子を抱えたまま、夫の藤代征司(ふじしろ せいじ)と長年の親友を助けるため、祖母の形見まで急いで売ろうとしていた。 そんなとき、LINEに見覚えのないアカウントから、突然1本の動画が送られてきた。 「ごめんね、冬香。交通事故に遭ったっていうのは嘘なの。征司がどうしても家に帰ってあなたに会うのは嫌だって言ったから、あんな嘘をついたの。 私の7歳の息子は、征司との子なの。 征司が寝室にカメラを仕掛けたのも、あなたと寝るのをどれだけ嫌がってるか、私に見せるためだったの。 冬香、もうこれ以上あなたを騙したくない。もう二度と、あなたが私の目の前で死ぬところなんて見たくないの」 動画に映っていたのは、その親友――相沢佳澄(あいざわ かすみ)だった。 佳澄は、自分は5年後から来たのだと言った。 今度こそ私を救いたい。そして、30年近く続いてきた私たちの友情も、失いたくないのだと。 でも、ここまで壊れてしまった結婚も友情も、もう私にはいらない。
View More征司は倒れた佳澄を見ていたが、今度は手を貸さず、そのまま背を向けた。運転手がバックミラー越しに聞いた。「停めましょうか?」「いいえ、そのまま行ってください」佳澄を許すつもりは、もうなかった。あれだけ信じてきた私の気持ちを踏みにじられたことも、なかったことにはできなかった。人の気持ちを踏みにじるような人は、いつか自分も家族や恋人、友人に裏切られて、二度と誰からも心から大切にされなければいい。離婚は思っていたよりあっさり決まった。征司は財産を全部私に譲り、自分のものは服を数着持っていっただけだった。佳澄も、これまで征司からもらっていたマンションや車をすべて返した。すでに使ってしまって返せないお金については、その分の借用書を書かせた。離婚の手続きを終えて役所を出ると、征司はしばらく私を見つめたあと、口を開いた。「冬香、離婚したからって、気持ちまでなくなったわけじゃない。いつかお前やこの子が俺を必要とすることがあったら、いつでも連絡してくれ。待ってるから」まるで今までのことなんて、何もなかったみたいな口ぶりだった。私は征司を見もしなかった。「いらない。一度捨てたものを、今さら拾い直す気はないから」征司がまた何か言おうとしたところで、私はその頬を平手で打った。「今まで私にしてきたことを考えたら、これくらいされても文句ないでしょ」殺人は犯罪だし、何より私にはこの子がいる。そうじゃなかったら、2人に何をしていたかわからない。征司の表情がわずかに曇り、それきり何も言わなくなった。そこへ、まぶたを腫らした佳澄が近づいてきた。声はかすれ、かろうじて聞き取れるほどだった。「冬香……征司とは、もう二度と会わないって決めたの。これからは、幸せになってね」「そう」2人がこれからどうするかなんて、もうどうでもよかった。「2人とも最低なんだから、この先も何ひとつうまくいかなきゃいいね」私は車に乗り、そのまま2人を残してその場を離れた。ここ数年はあれだけ冷たかったのに、離婚した途端、征司は妙に気遣うようになった。【明日、雨みたいだぞ。出かけるなら傘忘れるなよ】【バッグ見てたら、お前が好きそうなのがあったから買っといた】【好きな歌手のライブ、チケット取れたぞ。送っとく】鬱陶しくて、届いた
征司まで珍しく口を挟んだ。「今回は俺たちもやりすぎました。もう冬香に謝らせなくてもいいんじゃないですか」私は黙って見ていた。2人に止められると、母はかえってむきになった。「2人とも冬香に甘すぎるのよ。だからあの子も好き勝手するんじゃない。父親とあの婆さんにそっくりで、少しでも甘くするとすぐ調子に乗るんだから。あれくらいきつく言わないと、言うことなんて聞かないのよ」そう言い切ると、母は私に向き直った。「土下座して謝りなさいって言ってるでしょ。早くしなさい。この子がどうなっても――」母が言い終わる前に、2人の警察官が部屋に入ってきた。「住居に無断で入って、お子さんを連れ出したという通報が入っています。傷害の件も含めて、詳しい話は署で伺います」母の顔から一気に血の気が引いた。「冬香、あんたが警察呼んだの?こんなことまでして……もう親子の縁を切るからね!」「そう。じゃあ、それでいい」私は母をまっすぐ見た。「お母さんの娘でいる限り、食べるものにも困って、まともな服も買ってもらえなくて、夫に裏切られても私が謝らなきゃいけないんでしょ。だったら、もう親子じゃなくていい」私は母から赤ん坊を取り返すと、母が身につけていた金のブレスレットとネックレス、それにブランドバッグもまとめて取り上げた。「これ、全部私が買ったやつだよね。もう返して」母は警察官に連れられ、私も事情を聞かれるため、赤ん坊を抱いてそのまま警察署へ向かった。署に着く頃には、さっきまでの母の勢いはすっかりなくなっていた。「冬香、こんなことしないでよ。あんたが1人になったら困ると思って、ずっと心配してきたのよ。全部あんたのためじゃない!」私は赤ん坊を抱いたまま、母を見た。「それがお母さんの言う『私のため』なんだ。お父さんに不倫されて、そのあと散々お金を貢いだ2人にも相手にされなかった理由、少しわかった気がする」母は、自分がこれまで一度も男に心から愛されたことがないのを、何より気にしていた。父とのことも、そのあと散々貢いだ2人のことも、ずっと引きずっていた。母は震える手で私を指したまま、何も言い返せなかった。私はそれ以上、母とは話さなかった。これまでずっと、自分の性格を直そうとしてきた。言いたいことを飲み込んで、周りに合わせて、嫌わ
征司は唇を引き結び、少し間を置いてから言った。「俺が悪かったのはわかってる。でも冬香、お前は自分には何も悪くなかったって思ってるのか?」私は肩をすくめ、鼻で笑った。「私のことが好きじゃなくなったら、今度は何でも私が悪いってことになるんだね」「好きじゃなくなったなんて言ってない。佳澄に会ってたのは、ただ少し息抜きしたかっただけだ」「言い方を変えただけでしょ。何て言ったって、佳澄と寝てたのは事実じゃない」征司は眉間を押さえ、深いため息をついた。「ほら、またそうやって突っかかる。お前って、何でも言い返さないと気が済まないのか?そういうところが疲れるんだよ。友達がいないのだって、少しは自分の性格のせいだって思わないのか?」そこまで言われて、さすがに腹が立った。私は征司の頬を思いきり叩いた。「そうだね。私、口も悪いし手も出るみたい。もう帰って」そのまま部屋に戻り、ドアを閉めた。自分にも悪いところがあるんじゃないかと、考えたことは何度もあった。母は何かあるたびに私を佳澄と比べて、少しは佳澄を見習いなさいと言った。征司も、私を口説いていた頃は、思ったことをはっきり言うところも、人に媚びないところも好きだと言っていた。それが付き合い始めると、今度は性格がきついだの、佳澄を少しは見習えだのと言うようになった。周りからも、佳澄は性格がいいのに、よく私みたいなのと友達でいられるねと何度も言われた。そう言われるたびに、誰にも見られないところで何度も泣いた。本当に私の性格が悪いのか、私のほうに問題があるのかと、いつしか自分まで疑うようになっていた。それで、言いたいことがあっても飲み込んで、できるだけ相手に合わせるようになった。征司にも佳澄にも母にも見放されたら、私には誰もいなくなる気がしていた。だから嫌われるのが怖くて、最後はいつも私のほうが折れていた。そうやって私が我慢するたび、3人はますます好き勝手するようになった。最後には、3人そろって私を裏切った。もう、嫌われないように言いたいことまで飲み込んで、相手に合わせるのはやめようと決めた。合わない人にまで無理して好かれようとする必要はなかった。そう決めたばかりなのに、征司と佳澄が帰ってしばらくすると、今度は親戚や共通の知人から「やり直したほうがいい」と次
私はひざまずいた佳澄を黙って見下ろした。「何言ってるの?家もお金も、もともと征司と私のものでしょ」まるで自分のものを差し出すような言い方だったが、返そうとしているのは、もともと征司と私のものだった。佳澄は何も言えず、ただ泣いていた。すると征司が口を挟んだ。「冬香、もういいだろ。そこまで言う必要あるか?俺と佳澄がこんな関係になったのだって、お前がいつもそうやって詰めてくるからだろ」付き合い始めた頃、征司は、私の明るくて思ったことをはっきり言うところが好きだと言っていた。私はあの頃と何も変わっていなかった。それなのに今では、佳澄との関係まで私のせいにされていた。「自分で佳澄とそういう関係になっておいて、私のせいみたいに言わないで。ほんと気持ち悪い」私は2人を玄関の外へ押し出し、ドアを閉めた。それでも何度もドアを叩いてきたが、開けるつもりはなかった。夜遅くまで玄関先で騒いでいたせいで、近所の誰かが警察を呼び、しばらくして警察官がやってきた。征司は警察官に事情を聞かれると、困ったように話し始めた。「妻が産後間もないのに、赤ん坊を連れて家を出たんです。心配で迎えに来たんですが、会ってもくれないし、家にも戻らないって言うんです」その隣で、佳澄は息を詰まらせながら泣いていた。「冬香が産後うつで、もし何かあったらって思うと怖くて……私、本当に冬香を失いたくないんです」騒ぎを聞きつけた近所の人たちも集まり、私を見ながらひそひそ話し始めた。「赤ちゃん連れて家を出るなんて……何があったのかしら」「旦那さん、わざわざ迎えに来てるのにね。お友達まであんなに泣いてるし……」前にも、2人に腹を立てて、会うのを拒んだことがあった。佳澄に卒論の最終データを消され、危うく卒業が延びるところだったときもそうだった。インターン先では、私のほうが評価が高かったのに、上司だった征司が私を落として、自分の親しい友人を採用したこともあった。そのたびに私が怒ると、2人は自分たちのほうが傷ついたような顔をして、周りまで味方につけた。気づけば、責められるのはいつも私のほうだった。あの頃は、征司にも佳澄にも強く出られなかった。征司が世間体を気にすることも、佳澄が人から悪く思われるのを嫌がることも知っていたから、最後はいつも私が我慢した。でも今