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悪い男2

Author: 相沢蒼依
last update Last Updated: 2025-10-26 05:19:03

好きなヤツの行動を、簡単に導き出してしまう自分を嘲笑いながら目を閉じると、彼女に向かって優しくほほ笑む藤原の顔が、まぶたの裏にしっかりと映り込む。

1年前はこんなふうに元カレが笑ってくれたらいいなと、何度も思った。ヤるだけヤって、気に食わないことがあれば、容赦なく暴力を振るう元カレにほとほと嫌気がさして、自分から別れを切りだしたのは必然だった。

すると別れた腹いせに、元カレが大学構内であることないことをでっち上げた噂を広めやがった。

『那月は誘えば簡単に跨ってくる、ビッチなヤツだぜ』なんていう、信じられないことをあちこちに吹聴しまくったせいで、大学内にいるときはベッドのお誘いが絶えなくなったのである。

もちろん、すべて断った。ただひとり、藤原を除いて――。

あれは半年以上前のこと。青空が眩しく見えるのに、そこまでも暑さを感じない気候的には最高の環境下、大学の中庭にある大きな木の下で、俺はひとり読書にふけっていた。

ありもしない噂をバカな元カレが方々に流したことで、ベッドのお誘いと同時に、みんなから奇異な目で見られることにほとほと疲れきってしまい、人との付き合いを極力避けていた頃だった。

『おまえ、名倉那月だろ?』

手にする本の内容が面白くなりかけた刹那、いきなり誰かに話しかけられた。読んでる本から渋々視線をあげると、青空を背負った見目麗しい男が俺を見下ろす。ミスキャンパスと呼び声高い、構内一かわいい彼女といつも一緒にいる有名人のため、誰もが知ってる男だった。

「そうだけど。なにか用?」

『誘えば寝るって噂、本当なのか?』

唐突に投げかけられた問いかけが意外すぎて、思わず持っていた本を閉じてしまった。栞を挟むことを忘れるくらいに、俺としては衝撃的だった。

コイツの彼女はミスキャンパスに選ばれるようなかわいいコだったし、藤原自身もイケメンに分類されるような男。そんなヤツが自分に声をかけること自体、どうにも信じられなかった。

「……アンタ彼女持ちなのに、俺とヤりたいのかよ?」

『男とヤるなんて、浮気のカウントに入らないだろ』

耳を疑う言葉をさらっと告げた藤原の顔は、彼女の前でいつも見せてる優しい顔じゃなく、自分の美貌を利用して俺とどうにかなりたいという欲望を漂わせる。俺自身、アッチの関係からしばらく足を遠のかせていたこともあり、妙に惹きつけられるものを感じてしまった。

「ふぅん。彼女の前ではいい彼氏を演じるアンタの本性は、悪い男なんだな。こっわ~!」

「おまえには負ける」

「アンタくらいのイケメンなら、どんな女のコでも簡単にヤらせてくれそうなのに、どうして男の俺を誘うかな……」

見るからにノンケの藤原が自分を誘った理由がどうしても知りたくて、疑問を投げかけるように、このときは言の葉を紡いだ。

「男なら、誰でもいいわけじゃない。おまえだから誘ったんだ」

わざとおちゃらける俺に合わせたのか、藤原が朗らかに笑いながら理由を説明してくれた。このとき彼女に見せる優しい笑顔でほほ笑まれたせいで、痛いくらいに胸が高鳴る。

「はっ、よく言うよ。男とヤるなんて、浮気のカウントに入らないって、さっき豪語したくせに。誘えばお持ち帰り確定の俺に跨れるだろうって、気安く声をかけただけだろ……」

ドキドキしているのを悟られないようにすべく、顔を横に逸らして、藤原から注がれる視線を無理やり外した。すると耳に聞こえるガサッとした草の音。あっと思ったときには藤原が傍にしゃがみ込み、ウエーブがかかっている俺の前髪に、藤原の右手がいきなり触れる。

視野に入る手の大きさに、思わずキョどってしまった。これは前カレからの暴力による、嫌な条件反射だった。

「おまえの髪、男にしてはすげぇ綺麗だよな。伸ばすのウザくない?」

いきなりなされた髪への接触と話題転換に、どうにも気持ちが追いつかず、焦りを覚える。

「ほ……本当は短くしたいんだけど 、天パで悲惨なことになっちゃうし……」

「那月は細面だから、どんな髪形でも似合いそうなのにな」

藤原の口から自分の名前が唐突に飛び出したのをきっかけに、浮ついていた気持ちがしゃんとなる。髪に触れている手を、容赦なく利き手で叩き落としてやった。

口説くことに妙に長けている目の前の男を、気合いを入れ直しながら怒りを込めて睨みあげる。

これ以上近づいたら危険だと、頭の中で警報がガンガン鳴っていた。元カレがそうだったから。関係を持つまでは、ものすごく俺に優しくしてくれたのに、その後はてのひらを返す態度を取られて、かなり痛い目を見た経緯がある。

しかもコイツはかわいい彼女持ち。厄介さにおいては、元カレよりも上だった。

「名前呼び、嫌だった?」

俺に叩かれた手を目の前でぷらぷらさせながら、嬉しげに瞳を細める。俺の先制攻撃がまるで利いていない感じに、余計に苛立ちを覚える。

「言っとくけど、俺のほうが年上なんだ。さん付けくらいしろよ」

「さん付けしたら、頭が上がらなくなりそうな感じだったから、あえてしなかった。それに仲良くしたいし」

つっけんどんな俺の物言いも、まったく効いていないらしく、藤原はへらっと笑って肩を竦める。腹が立つのはイケメンはなにをやっても、様になってしまうことだろう。

「アンタみたいな軽いノリの男は、頭を下げて頼まれてもヤる気になれない」

チラッと上目遣いで藤原を一瞥して、本を持ったまま立ち上がる。そのまま立ち去ろうとしたら、大柄な躰が目の前に立ちはだかり、それを拒んだ。自分を覆うその影に後退りしたその瞬間に腕を掴まれ、強引に抱き寄せられる。

「やっ!」

抵抗する前に塞がれた唇。藤原は抱きしめながら背後にある木へと誘導し、痛いくらいに固い幹を俺の背中に押しつける。

「ンンっ…ぁあっ」

抗う声と一緒に呼吸まで奪うような、激しいキスだった。

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