LOGIN「次の日のお仕事の関係でアルコールを断念しているお姿に、大変感銘を受けました。機会がありましたらお仕事がないときにでも、美味しいワインのある名店にご案内したいです」(あー、はいはい。俺はフェイクということね。だよなぁ。年増の俺を誘うよりも、若い雅輝のほうが食いごたえがあるだろうよ! それに見た目がまんまネコの雅輝を誘えば、簡単に挿入できそうだしな。や~い、騙されてやんの!)「ぉ、俺ですか?」 含み笑いしながら、心の中でヤジを飛ばしている橋本を尻目に、宮本は自分を指差しつつ驚いて椅子に座りなおす。「はい。お客様はアルコール、いける口なんでしょう?」「それなりにいけると思いますけど、お酒を飲むと車に乗れなくなるので、俺は飲みません」「ですからお仕事がないときに、ご一緒したいなぁと思っているんですが」「恋人に呼び出されたときに、お酒のせいで逢いに行けなくなるのが嫌なんです。だから俺は飲みません」 言いながら、宮本は橋本に視線を飛ばす。会話に加われと無言でいきなり無茶ぶりしてきた恋人に、めんどくせぇと思いながら前園を見た。すると、瞳を細めてニッコリ微笑まれてしまう。「あのさコイツ、こんなふうに見えるけどタチだから」 意味のわからない前園の笑みをジト目で返しながら告げると、呆けた顔に変わった。「はい?」 橋本が告げたセリフが信じられなかったのか、何度も目を瞬かせて自分を見つめる前園に、不機嫌を示すべく、眉間に深いシワを寄せながら説明する。「だからアンタが誘っても、跨ることはできないって話だ。わざわざ恋人がいる前で、誘うんじゃねぇって」「ああ、そうでしたか。てっきりご兄弟かと思いました。年が離れていたようにお見受けしたので」「陽さんとは兄弟以上の関係ですので、お引き取りください。ワインのお代りは無用です」 彼氏らしくキッパリ断った宮本に、前園は残念そうに去って行った。「雅輝、モテるじゃねぇか」 羨望と嘲りの混じった笑みを浮かべると、顔を歪ませながら肩を竦めて小さなため息をつく。「てっきり陽さん狙いだと思いました。俺を誘うなんて、趣味悪いですよね」「それってさりげなく、俺の趣味が悪いって言ってるだろ?」 わざと不貞腐れてみたら、金魚のように口をパクパクさせる。「やっ、そんなことはないですって。むう……」 あからさまに慌てふためく様子
「陽さんってば、もう!」「はじめてのイブと、雅輝の両親に認められた記念日に乾杯なんだから、ちょっとくらい大目に見てくれてもいいだろ」「酔っぱらった陽さんの相手をする、俺の苦労を思い知ってほしいです」 宮本は面白くないと言いたげに、ぶーっと唇を前に突き出して、思いっきり不貞腐れた。「歩ける状態で帰れるように、ちゃんと調整するから」「それもそうなんですけど、酔うと際限なくエッチになるせいで、相手をする俺が大変なんですよ」「ブッ!」 もう一口飲もうとしていたのだが、告げられた内容が衝撃的すぎて、思わず吹いてしまった。「おまっ、声のトーンもう少し落とせって」「誰のせいだと思ってるんですか」「わかった、わかったから。ちょっとずつ飲むことにする……」「お願いします!」 いつも通りのやり取りをしてやり込められた橋本が、不満を残しながらワインを飲み込んだ瞬間だった。「お話し中のところ失礼いたします。ワインのお代わりはいかがでしょうか?」 さきほど橋本たちにワインを給仕したウェイターが微笑みながら、ボトルを片手にいつの間にか傍に控えていた。「あ……」 グラスの中はあと三分の一くらいしか残っていなくて、これから料理が出てくることを考えると、お代わりしたいところだったが、目の前にいる宮本の顔色を窺ってしまうのは必然だった。「陽さん、俺に遠慮せずに飲んだらいいじゃないですか」「じ、じゃあお願いします……」 苦笑いしながら頭を下げると、「よかったですね」なんていうことをウェイターから告げられてしまった。その言葉に橋本が目を瞬かせると、その視線に絡めるようにまなざしを向けられる。「ご自分だけアルコールを嗜んでいると、ご一緒している方に気を遣うのは当然のことです」 静かに白ワインを注ぎながら橋本の心中を察するセリフを、内心ウザく感じた。「はあ、まぁそうですね」 ウェイターからのねちっこい視線を感じて顔を背けると、正面にいる宮本が憮然とした表情で不快感を露にしていた。「私当店でソムリエをしております、前園と申します。今日お越しのお客様の中で、一番美味しそうにワインを召し上がっていたので、お声がけさせていただきました」「一番美味しそうに、ですか……」 広いフロアには30名前後の客がいるというのに、その中で一番と指摘されてしまった手前、なんだか気恥
(おまえがそうやって不思議そうにしてる顔、俺なんかよりも、ずっと可愛いって思うんだけどな――)「あのときは、佑輝の駄目さ加減が思いっきり露呈しちゃって、有能な江藤ちんがフォローしきれなかっただけなんですよ。「俺の躾が行き届かずにすみません」って謝ってる傍から、父さん母さんも至極済まなそうになっちゃって、自分たちの育て方が悪かったせいだと口にして、頭を下げる事態になったんです」 その当時のことを思い出し、ひどく沈んだ表情になった宮本。長々と告げられたセリフに納得した橋本は、小さなため息をついた。「なるほどな。それであのとき、妙に緊張した顔になっていたのか」「陽さんの身内に、きちんと話をしなきゃって、前日まで考えていたのを、いきなり自分の親に挨拶することになっちゃって、頭の中が真っ白になりました」 困った顔して頭を抱える宮本の姿に、プッと吹き出しそうになる。実際に橋本の実家に挨拶に行くときは、今以上に困惑するんだろうなと思いながら語りかけた。「どっちにしろ、挨拶することには変わりねぇだろ。気負いすぎなんだよ、雅輝は。見た目以上にしっかりしている、自分を信じろって」 頬杖をやめて、にっこり微笑みながら宮本にしっかり向かい合う。そんな橋本の笑みにつられたのか、暗い表情から少しだけ明るい顔を見せた。「失礼いたします、グラスワインのお客様」「はい」 説明したウェイターとは違う黒服の店員がやって来て、橋本の目の前に白ワインの入ったグラスを置いた。品のあるグラスに注がれたワインは、天井の照明を受けてキラキラ輝く。宮本が頼んだアップルタイザーも、同じように煌めいていた。 黒服の店員が去ってから、同時にグラスを手にする。「雅輝と過ごす、はじめてのイブに乾杯!」「陽さんが俺の家族に認められた記念日に乾杯!」 それぞれ違うセリフを告げて、グラスをカチンとぶつけてから口をつける。芳醇なブドウの香りを堪能しつつ、白ワイン独特の風味を舌でしっかり味わった。「こりゃ何杯でも行ける酒だ、ヤバい」 あまりの美味しさに、心の中で留めていたことが、言葉となって出てしまった。「樽ごと飲みたい、陽さんの気持ちはわかってますけど――」「わかってるって。自重するから」 自重すると言ってる傍から、グラスの半分を一気に飲んでしまった。
☆ ⌒Y⌒Y⌒Y⌒「キョウスケさんたち、ピアノの傍の席なんですね」 案内された窓際の席に着くなり、宮本から話しかけられた。「あれはあれで、恭介の得意技を発揮するのに、もってこいの席だと思うがな」 言いながら脇で控えているウェイターに、視線を飛ばした。するとそれを合図にしたかのようにサービス業らしい笑みを浮かべて、丁寧に説明をはじめる。「失礼いたします。本日はクリスマスイブにふさわしい、特別なメニューをご用意しました。お飲み物をお選びくださいませ」 テーブルの上に置かれたメニュー表をふたりそろって手にし、まじまじと眺めた。「陽さんは何にします? 俺、明日仕事なんで、ソフトドリンクになっちゃうんですけど」「そうだな、うーん……。グラスワインの白でお願いします」「俺はアップルタイザーで」「畏まりました。少々お待ちください」 背筋を伸ばしてから一礼して去って行く背中をぼんやり見つめていると、「よかった」なんていう言葉が目の前からなされる。「なにがよかったんだよ?」 訊ねながら宮本を見つめたら、手にしたメニュー表をばさつかせるように弄びつつ口を開く。「てっきり、ボトルワインを頼むかと思ったんです。酔っぱらった陽さんを連れて帰るのは、すっごく大変だから助かったなって」 自分に対する文句だったのに、口調はとても軽快だった。嬉しげに微笑む宮本につられるように、橋本も瞳を細めて笑いかけた。「おまえに苦労させるわけにいかないから、一応自重したんだぞ。本当は樽ごと、飲み干したい気分なのにさ」「確かに。俺も明日仕事じゃなかったら、一緒に飲んでいたかもです」「樽ごと?」 わかっているのに、聞かずにはにはいられなかった。すると宮本は親指をたてながら、口角の端をあげてにんまり微笑む。「弟のときの挨拶で冷たい対応を見ていたから、両親がこんなにあっさり認めてくれるなんて思っていなかったし。やっぱり陽さんだからだよなぁって」「それは持ち上げすぎだ。しかもそれって、弟と同伴していた江藤ちんを落とし込む発言になってることに、気がついてないだろ?」 やれやれと思いながら頬杖をつくと、弄んでいたメニュー表をテーブルに戻しながら「むう?」なんて呟いて首を捻る。
謝る榊の隣で、和臣も会話に割って入る。「宮本さん、本当にごめんなさい。恭ちゃんが橋本さんと、無意味に張り合ったのが原因なんです。僕の前で格好つけようとしたから」「恭介、和臣くん、俺のほうこそ悪かった。まさかここで、鉢合わせになるとは思ってなくてさ」 謝罪した3人は、それぞれ頭を下げた。そのタイミングで、宮本が頭を上げる。 あとから頭を下げた面々はバツの悪い空気をひしひしと感じて、やっと頭を上げた。宮本は微妙な表情のメンツを見ながら、ひきつり笑いを浮かべつつ、パンっと大きな柏手を打って口を開いた。「と、とりあえず一件落着ということで、中に入りましょう!」 宮本自ら榊たちを先に行かせるべく、背中をぐいぐい押す。「宮本さん、お気遣いありがとうございます」 和臣が宮本に礼を告げて、にっこり微笑んだ。可愛い系美青年の和臣に至近距離で微笑まれた宮本は、ぶわっと頬を赤く染める。その場を取り繕うためなのか、意味なく両手を落ち着きなく動かした恋人の利き手を、不機嫌満載の橋本が掴んで動きをとめた。「おい、なに顔を真っ赤にしてんだよ」「だ、だって……」「和臣くんは恭介のパートナー、しかも結婚してる。おまえがそんな顔してたら、恭介に噛みつかれるぞ」 言いながら手のひらを開いて、宮本の右手を解放した。「俺、イケメンに免疫がなくて、ああいう笑顔を向けられると、どうやって対処していいかわからないんです。頭がパニくるというか」 橋本に掴まれた手首を撫で擦る姿を見て、思ったよりも強い力を使ってしまったことを知る。「悪かったな、イケメンじゃなくて!」 しかも告げられた内容が胸にグサッとくるものだったこともあり、顔を明後日に向けて文句を言ってしまった。宮本はそんな恋人の態度に臆することなく、橋本の顔を両手で掴んで無理やり自分に向けた。「陽さんはイケメンですよ。近くにいてやり取りしてるから、やっと慣れたんです。今でもときどき、困ることがあるんです」 目を逸らすことなくじっと見つめるまなざしから、心の内を語っているのが見てとれた。「困ることって、そんなのいつだよ?」「……今です。和臣さんにヤキモチ妬いてブーたれてる陽さん、すっごく可愛いです」「ぶっ!?」 いきなり投げつけられた『可愛い』という言葉に、橋本の顔が真っ赤になる。しかも不機嫌な顔が可愛いと言われたせ
☆ ⌒Y⌒Y⌒Y⌒「やっぱり陽さんは男前で、カッコよかったっス!」 予約しているレストランに行く道中、ずっとこんな感じで自分を持ち上げる宮本に、橋本は心底うんざりしていた。「おまえ、もう少しテンション下げろよ。これから行くところは、厳粛な雰囲気のある店なんだぞ」「絶対に駄目だと思ってたのが、陽さんのお蔭であっさり認められたのが嬉しくて、はしゃがずにはいられないんですって」 なにを言っても、こりゃダメだなと思った矢先だった。向かい側からやってくる人物とバッチリ目が合う。声をかけようとした瞬間に、見慣れたイケメンから先に声をかけられた。「橋本さん?」 黒のコートの下にスリーピーススーツを格好良く着こなしたその人物と、今の自分の恰好を必然的に比べてしまい、内心落ち込むしかない。「恭介?」 レストランの店先で、タイミングよく鉢合わせになる。「恭介もしかして、この店を予約しているのか? 予約しても、一年先からしか空いてないらしいのに」「橋本さんこそ……。どうやってこの店の予約を、ゲットしたんですか?」「馴染みの客がいつも世話になってるからって、プレゼントしてくれたんだ」 ハイヤーを使ってるお客様の情報を漏らすわけにはいかないので、さらっと流して答えた。「高給取りのお客様ならではって感じですね」(そういうおまえも、十二分すぎるくらいに高給取りじゃねぇか!)「随分と含みのある言い方するのな。そういう恭介こそ、どんな手を使ったんだよ?」「俺は会社から頑張ったご褒美という形でいただいたんです」 笑みを浮かべながら胸を張る榊に、橋本も対抗するように頬をあげてにっこり微笑んだ。「お~、さすがは仕事のできる男は、貰うものも一流じゃねぇか!」 目の前で牽制し合う橋本に、宮本は袖をちょいちょいと引っ張った。「陽さん、そろそろ中に入りましょうよ。こんなところで揉めてる場合じゃないと思います」「揉めてるわけじゃないって。恭介のことを褒めてたんだぞ
※これは橋本が江藤と宮本弟に逢った日の夜におこなった、出張先にいる雅輝と熱いメッセージを交わした内容です 『雅輝、ただいま。今、大丈夫か?』「陽さんおかえりなさい。あとは寝るだけなんで大丈夫です。今日もお仕事お疲れさまでした」『お疲れ!さっきシャワー浴びて、ノンアルコールビールを飲んでるとこ。お前こそ、長距離の運転疲れていないか?』「そこまで長距離じゃないから平気。俺はオレンジジュースで乾杯」『カンパイ!あのさ今日の午前中、ハイヤーを走らせていたら、江藤ちんと雅輝の弟に偶然会った』「マジで!よく見つけられたね」『スーツ着てるし、平日の午前中なんて絶対に仕事中だろ。それなのにデー
「これは夢だ。そうに違いない。寝たらもとの姿に戻って――」 呟きながら頬をつねってみる。摘まんだ感触から捻りあげる痛みまで、しっかり感じることができた。(あ~そういえば、登場人物が入れ替わりするアニメや映画があったな。なぜだか前前前世的な曲が頭に流れるのはしょうがないとして、トラックに轢かれてもとに戻るという手は、危ないから絶対にできない) 腕を組んで知ってるアニメを思い出しながら、戻る方法を考えてみた。しかし次の瞬間には違う内容が、宮本の脳裏を駆け巡る。 普段の自分なら、顎に手を当てて考えようが腕を組もうが、どんなポーズをとっても様にならない。だが、今の姿は橋本なのである。きっと、
頬に受けた切り傷の痛みと、頭突きからくるふらつきで顔を歪ませる橋本とは対照的な、余裕のありすぎる笹川の様子はムカつくものだった。その余裕から油断しないか、血まなこになって隙を探る。「さぁて、ふらつく足取りで橋本さんがどこまで逃げられるか、追いかけっこしようや」 笹川は握りしめていた両拳を緩めて、手のひらが見えるように開く。「何をするつもりなんだ?」 ノーガードを表す格好に、橋本の眉の間に自然と皺が刻まれた。「握力自慢をしようかと思ってなぁ。日々トレーニングするのにハンドグリッパーを使っているんだが、アメリカの製品ですげぇのがあるんだ。世界で5人しか使いこなすことのできないグリッパ
笹川に太刀打ちできないことくらい嫌というほど分かっていたが、手を出さずにはいられなかった。 顔面に向かって、ジャブの連続を浴びせる。しかし打ち込んだすべての拳を易々と受け止められた挙句に、疎かになっていた足元を掬われ、前のめりの状態で派手にすっ転んだ。「陽さんっ!」 しかも土下座に似た形で転んだため、目の前の無様な姿をどんな気持ちで宮本が見ているだろうか。そのことを考えただけで、悔しくてならなかった。(ちくしょう、俺は好きな男すら守れないのか――) 下唇を噛みしめながら起き上がろうとした瞬間に、笹川の足が横っ面を踏みつけて、橋本を動けないように固定する。「やめてください。貴方の