高城柚。人間性が最低だということは確信したが、彼の本当の目的は分からない。「あぁもう、ちょっといじめただけでかなり満足しちゃった。先輩ってすごいなー。すごい魔力を持ってるよ」まず頭がおかしい。人をこれだけ好き勝手しといて、ふざけるにも程がある。こちらの反応を楽しむ為だけにやってるようだ。「ねぇ、もっと虐めてほしい?」「ひっ……あ、やだ……っ」柚は自身の眼鏡を外し、一架の耳元で囁く。戦慄して青ざめる一架にとは反対に、彼は至極落着していた。体勢を整え、膝についた埃をはたき落とす。「そっか。わかった。俺も疲れちゃったから、続きはまた今度しよ」また……今度!?「も、もういいってば!」「えー、せっかく仲良くなったんだから、また楽しい子としようよ。俺、先輩のすごい秘密もたくさん知ってんだよ」「な、何の話だよ……?」身構え、怖々尋ねる一架に、柚は口角を上げた。「いつも西口のホテルで乱交パーティ開いてるでしょ? あれ、学校に知られたらやばいんじゃない?」絶句した。何故それを知っているのか訊きたかったが、手が震えそうだった為見えないよう後ろに回した。そして深く息をつき、目の前の柚を強く睨み上げる。「……脅す気?」取り引きでもするつもりだろうか。逸る鼓動を抑えて待っていると、彼は嬉しそうに顔を近付けてきた。「そんな、脅すなんて。俺は先輩のことが大好きだよ? 可愛くって綺麗。そんな先輩が俺の言うこと聴いてくれたら何て幸せなんだろ……とは思うけど」訳、「つまり脅したい」。 彼はそう言ってる。危険だ。人のこと言えないけど、こいつは危険すぎる。話が通じないタイプが一番厄介だ。「じゃあ先輩、またエッチなことして遊んでくださいね。あ、学校が嫌なら今度はホテルでもいいし!」柚は眼鏡をかけ、乱れた服を整えるとドアの方へ向かった。「俺の父親、あのホテルの管理者だから。じゃあね、先輩」「……は!?」いやいや、ちょっと待て。どういう事か問い詰めようとしたけど、彼は颯爽と教室から出て行ってしまい、その先は訊くことができなかった。それに、自分の今の格好は酷すぎる。下着もズボンも膝より下に落ちて、いやらしい体液を滴らせていた。うっわ……!改めて恥ずかしくなり、その場に蹲った。こんなところ、死んでも人に見られるわけにはいかない。急いでハンカチで拭いて、後
「一架っ、頼む!! 今日の掃除当番変わってくれ!!」「え」その日の放課後。やっと帰れると安心していた一架の元に、クラスメイトのひとりが泣きそうな顔で立ち塞がった。「実はバイト入ってたの忘れててさぁ……。前も遅刻したから、今日は死んでも遅刻できないんだ。店長に殺されるから……この通り! 一生のお願い!」正直、もう疲れたから早く帰りたい。でもこんな風に頼まれたら断りづらいし、彼の悲壮な顔を見てるのもいたたまれない。く……。「分かった、代わりにやっとくよ。どこだっけ?」「一架ぁ……! 裏庭だよ、本当恩に着る! 明日何か奢るから、サンキューな!」彼は目に涙を浮かべながら走り去って行った。それは良いんだけど、裏庭か。よりによって一番遠くて面倒な場所だ。「しょうがないか……」さっさと終わらせて帰ろう。腰を浮かせ、教室を後にした。憂鬱なまま来たけど、思ったより裏庭は綺麗だった。いつもだったらジュースの缶が捨てられたりしてるんだけど、今日はついてる。これなら大丈夫だな。一通り箒で掃除して、自分の教室の方へ戻った。その道中、知らない生徒に声を掛けられた。「あの。崔本一架さんですよね?」「え? ……そうだけど」振り返った先に立っていたのは、眼鏡をかけた大人しそうな少年だった。格好や雰囲気だけなら自分と似ている。しかし一体何の用かと思ってると、彼は口を開き、小さな声で話した。「僕、一年の高城柚《たかじょうゆず》っていいます。その、いきなりすいません。ちょっと崔本さんに訊きたいことがあって……」小柄だとは思ったが、一年か。可愛い名前と見た目、オドオドした態度は男からモテる気がした。「大丈夫だよ。何が訊きたいの?」自分の中では最高の笑顔で問いかけた。自分を最も魅力的に魅せる笑顔。子役時代に身につけた、最初の武器でもある。「あ……ありがとうございます! えっと」すると予想どおり、彼は緊張を解いて明るい顔を浮かべた。そこまでは予想どおりだったのだが。「崔本さんって、同性愛者ですよね?」「えっ?」知らない人間に話しかけられることに慣れてる一架だったが、初対面でそんな質問を投げ掛けられたのは生まれて初めてだった。意表を突かれて、少しの間呆然としてしまった。何だこの子……!学校で、知らない人間にそんなことを訊けるのは相当な馬鹿か無神経か、────
「あっ、一架おはよ。何か眠そうだね」「おはよう……うん、寝不足……」重い。心も体も。翌、朝八時三十分。一架は上履きに履き替えて自身の教室へ向かった。その内側は黒く淀んだ海が荒波を立てている。もうしばらく学校に行きたくない。と思ってたのは昨日の朝のこと。そして“今日”はさらに……ああ……。「お、良かった。休まずにちゃんと来たな」「げっ! 継美さん……っ」それに加え、タイミングの悪さに現実を呪う。どうせ教室で会うというのに、その前の廊下で継美と顔を合わせてしまった。気まずい……っ。来た道をスッと戻りたい衝動に駆られるが、そんな如何にも避けてますみたいに思われるのも癪だった。諦めて、さり気なく横を通り過ぎようと決める。「おはようございます。じゃ、お先」「あ、ちょっと待った。熱は下がったか?」前を阻むように、冷たい掌が額に当たった。「……っ!」周りには他の生徒が大勢いる。見られたくなくて何も考えずに振りほどいてしまった。「大丈夫だって、昨日も言っただろ!」口調まで強くなったことに驚いた。心臓がばくばくと鳴っている。心配してもらったこと自体は別に怒ってないのに、何でこんな当たり方をしたのか自分でも分からなかった。「そっか……とりあえず、大丈夫なら良い。今日は無理すんなよ」しかもそういう時に限って彼の反応が控えめ。何だこの罪悪感。モヤモヤが止まらない。「一架、どうした?」さっさと通り過ぎようと思ってたのに、ついその場で立ち止まってしまった。「いや、俺……」でも、言わなきゃ。このまま別れたらさらにモヤモヤするに決まってる。何より、悲しそうに映る彼の顔が耐えられない。とにかく大丈夫だって伝えて、安心してもらおう。それぐらいなら言える気がする。「あの……俺はもう元気だし、大丈夫だよ。もうすっかり誰かを視姦したい気持ちに駆られてるぐらいだし」「は?」継美さんのとても微妙な反応を見て、頭が真っ白になった。とても大きな声で叫んだから、恐らく廊下を歩く生徒全員に聞こえた。ような……。やっちまった……!今さら後悔しても遅いけど、やっぱり最悪な朝だった。失言じゃ済まない。シカンって他に何か良い意味あったっけ。言い訳に使えそうな言葉を考えなきゃ。ぐるぐる考えていると、彼は困惑しつつも口元を押さえ、落ち着いた口調で返した。「そ……
正直に言うと、怖い。他人の手から与えられる、自分を忘れてしまうほどの快感に対応できない。「いっ……ああっ!」しかし身体は本当に素直だ。昨日を凌ぐ強い快感に打ち震える。彼の掌に包まれた部分は、溢れ出る透明な液体でぐちょぐちょにとけていた。馬鹿みたいな話、まるで天国にいるみたいだ。自分の身体だと思えない。手コキだけで何故これほど陥落してるのか理解不能。このままじゃもっと馬鹿にされるだろうな……。だけど、いやらしい音も、彼の言葉ももう聞こえなかった。「……っ!」快感の代わりに凄まじい倦怠感に襲われ、意識は音もなく閉じた。小さい頃から気付いていた。自分は周りと違う。子どもらしさがない。“らしさ”っていうのも上手く言い表せないけど、皆が喜ぶものに心が踊らない。流行りのゲームやアニメとか、テーマパークに行っても心にブレーキがかかってる。浮かれきれない。主体的になりたいんじゃない。俺は常に外野で、中心で踊り狂ってる奴らを眺めることが好き。舞台も、ゲームも、セックスも。おかしいけど、でもやめられない。むしろそんな不安を押し殺すように暴走してく自分が怖かった。快感を追い求め、他人の快感に乗っかる俺は一体何なんだろう。一体、誰とセックスしてるんだろう。「……ん」頭がガンガン鳴って、目が覚めた。知らないにおい、知らないベッドの上で。おかしいな。図書室に居たはずだけど、保健室にいる。「おっ、起きたか」「うわ!」隣を見ると、継美さんが椅子に座って首を傾げた。今まで寝てたみたいだ。夢じゃなかったのは残念だけど……。「何で俺……?」上体を起こして頭を抱える。痛いのと、少し息苦しい。不思議に思っていると、不意に額を触られた。「お前、あの後ぐーぐー眠ったんだよ。でも今はちょっと熱もあるな……」「え」慌ててシーツをめくる。下はしっかりズボンを履き、ベルトも留められてあった。それには安心したが、「さ、最悪……あんなカッコで……!」「心配すんな、ちゃんと綺麗に拭いといてやったから」「誰のせいだよ!」彼の白々しさに驚いてツッコむも、鋭い目つきで睨まれて後ずさる。「おっ、俺のせいです」いや違う。絶対違うけど、悪に屈してしまう自分が憎い。「……多分相当に感じてたんだと思うぞ。今まで抱いてきた中で、あんな気持ちよさそうな顔見んの初めてだったなぁ
さらっと、かなり困ることを言われた。「もう絶対しない! 気持ち悪いし」猛反発すると、継美は笑いながら襟元を正した。「一架はやっぱメガネかけてない方がいいな」「……っ」本当に、この人は何がしたいんだろう。俺のカラダ目当て? いや、そこまでは腐ってないと信じたい。かといって俺に気があるなんて可能性はもっとないな。ってことは俺に怨みがある……?それなら納得がいく。俺のことが好きではない、キス魔でもないっていうなら……答えは簡単に導き出せる。「継美さんて、もしかして俺に嫉妬してるの?」「うん?」意味が分からなそうに眉を寄せる彼を一旦スルーし、ドアの鍵をかけた。今さら過ぎるが、こんなディープな話を誰かに聞かれたらまずい。「ここに来れば好きなだけ男子高校生を食えると思ったんだろ。ところがクラスの皆はイケメンすぎる俺がいることで継美さんにいつまでも靡かない可能性がある。だから邪魔な俺に排除しようとしてるとか」「は~……。その想像力をもっと役立つことに使えたらいいのにな」継美は可哀想な人を見る目で一架を一瞥した。しかし気に留めた様子もなく、一架の横を通り過ぎてドアへ向かう。「でも思ったより元気そうで安心したよ。昨日のことが屈辱過ぎて、今日学校を休まないかと心配してたぐらいなんだ。……それじゃ手伝いご苦労様。寄り道しないで帰れよ」「待った。まだ話は終わってない!」鍵をあけて颯爽と出ていこうとする彼を慌てて止めた。「俺に嫉妬するのは仕方ないとしても、気持ち悪いちょっかい出してくんのはやめてくれる?」「俺がお前に嫉妬してる方向で話が進んでるのか……」彼は露骨に困り果てた表情を浮かべ、一回あけた鍵をまたかけた。「あのな、俺は別に嫉妬なんて」 「あ、良いこと思いついた! やっぱ何人か紹介するよ。継美さんほどの顔のランクじゃないかもしれないけど、間違いなく皆イケメンだし。それなら鬱憤も」晴れる。と言おうとしたが、とても言える空気じゃなかった。「前から思ってたけど」継美が、一架の後ろの本棚に勢いよく手をついたからだ。心臓が止まりそうなほど凄まじい音だった。一瞬だが、この壁一列の棚が揺れた気がする。前髪から覗く、冷徹な瞳と目が合い、一架はようやく自身の発言を後悔した。「お前はほんとに俺を怒らせるのが上手いな?」彼の口元は笑ってる。けど確
屈辱。なんて便利な言葉だ。継美さんに再会してからの全ては、この一言に集約されている。だが心情はどうであれ、現実は残酷だ。「崔本、お前図書委員だろ。悪いけどこの本、図書室に運ぶの手伝ってくれないか」放課後、やっと帰れると思って鞄を持った直後に怨敵の継美さんに話しかけられた。いや、名前を呼ぶのも腹立たしい。梼原だ。梼原のドS野郎だ。「わっ、すごいたくさんありますねー。これ一架に持てんのかな?」こいつめっちゃ細いし、と近くに居たクラスメイトが一架の肩に手を乗せて笑った。それを聞き、頼んだ継美も眉を下げる。「あぁ、確かに。崔本にはちょっときついかな?」彼の、心配してますみたいな困り顔が本気でうざい。馬鹿にしやがって。けどムカついてるのを悟られないよう、本が大量に入ったダンボール箱を持ち上げた。「図書室で良いんですね?」「おぉ、ありがとう。俺もひとつ持っていくから」彼が残りの一箱を持ち、二人で教室を出た。……あれ!?廊下を歩きながら思ったことがある。二人きりになっちゃった!手伝うって言った時点でこうなることは分かるはずなのに、馬鹿過ぎる。気まずさで死ねそうだけど、特に会話もなく図書室に着いた。部屋の中には誰もいなかった。「そこに置いてくれ。先生達が必要で借りてた資料だからカードとか確認しなくていいぞ」とりあえず言う通りの場所に置き、一息ついた。やっぱり結構重くて、両手をブラブラと揺らす。「重かった?」「別に」一架がぶっきらぼうに言い放つと、継美はテーブルに寄りかかって苦笑した。「素直じゃないな。……まぁ、助かったよ。お疲れ様」ポン、と頭の上に手を置かれる。俺達以外誰もいないとはいえ、それなりに慌てて手を振り払った。「触らないで」「えぇ? 昨日はすごいところ触らせてくれたくせに」「無理やりだろ! セクハラ教師!」思ったより大きな声で叫んでしまい、口元を手で覆う。「何気にしてんだ? 誰かに聞かれた方がお前は都合が良いんだろ」「ほんと何がしたいわけ……」彼の考えてることが本気で分からなくて、若干恐怖心が募る。怖々問い掛けると、彼は顎に手を当てて瞼を伏せた。「したい事ねぇ……」待ってみるも明瞭な答えは返ってこない。そのまま、彼は本の片付けに取り掛かってしまった。「継美さんて、教師になりたかったから役者の道は進まな