「そうか。世話になったな。レイと呼んでくれ。出来るだけ過去に近い環境の方が思い出すこともあるかもしれないな」
「そういうもんでしょうか ? 俺も記憶に関してはあれこれ言える立場ではないので」
記憶が戻らない。
わたし、本当にドラゴン討伐中に落ちたんだ。それもわたしがS級冒険者なんて……今は微塵も魔法覚えてないし。 どうすればいいのか分からない。仲間の誰かに会ったら、何か変わると思ってた。
けれど、仲間に会っても……わたしがリラじゃないなら記憶も感情も共有してないんだから何も思い出しようがない。「あー……下が雪で良かったな。
でもエルに報告したら面倒そう……正直揉み消したい」そう言ってレイは苦笑する。
「怒られちゃいますか ? 」
「勿論。
心配してたし。でも……本当に別人だな。今戻って来いと言っても、納得しないだろ」「あの、はい。ごめんなさい」
「ま、こんなこともあるだろ」
え、それだけ ?
「出直すよ。先にシエルを会わせた方がいいな。セロ、お前のその呪い ? みたいなのも解けるだろうし……別に無理に連れて行くこともないだろうし。
石を見せて歩かないってのは賛成だ」冷静に話してるけど、何か……気まずそう ? 元のリラとは仲良かったのかな。
パーティの話もだいたい頭に入れたけど、まだ気が進まない。この双剣も、わたしが勝手に仲間からもぎ取ったなんて考えられない。カイさんは気の毒ね。 それにしても、探してた仲間がこんなパッと現れるとは思ってなかった。わたしは会いたかったはず。けれど、こうして会ってみると……。何も感情が湧いてこない。「それとも二人一緒にこのままグリージオに来る ? 」
レイの言葉にセロが首を横に振った。
「リラだって出来るよ ! 」 シエル、顔に出てる……。すっごい気を使って来るじゃん。「意外。くくっ ! お前歌えんだ ? 何歌うの ? 」「知らないわよ ! 」 冷やかし方腹立つ〜 ! わたしの返答にカイが不思議そうにする。「知らないってどういう事 ? こう、曲目とかリスト無ぇの ? 」「さぁ。分かんないけど、いつもセロの気分で始まって、わたしは歌を当てるだけだし」「はぁ !? 即興って事 ? 」「まぁ」 とはいえ、セロは王道的な演奏が多いし。…………そうね。ちょっと今回はおイタが過ぎない ? わたしはやらないって、あれほど言ったのに裏切ったよね。 でもわたしがボイコットしたらリコが歌えないでしょうし。 ここはわたしがセロを振り回しても構わないわよね。 そうよ。以前もわざと力づくのメロディラインでセロをねじ伏せた時があったけど、もう今日は嫌がらせでいいんじゃない ? 疲れたらリコと交代するだろうし。 開幕一曲目。わたしの出番でリコに全投げしよ ! □□□□□「リコ、出来たよ」「あ、ありがとう」 シエルはわたしの解れかかってたローブスカートの裾を縫ってくれていた。「シエルは凄いね。いつも皆んなのお世話してるの ? 」「え ? そ、そんなことないよ……。うん、してるけど。なんか急に褒められると照れるよ ! 」 裁縫道具を片付けながら、シエルは真っ赤になった顔をパタパタと手で仰ぐ。「リラはそんな事言ってくれないし、カイなんて余計にね〜」「そう。多分思ってはいるけど言わないのよ。彼女もカイも」「うん。知ってる。めんどくさいね〜」「確かに ! ふふふ」 あと少しで日が傾く。 ドキドキしてきた。それ
「待てども待てども御二人はここへ来ませんでした。 ですから何があったのかは不明でして……。ところがこの子が川の近くで御二人を介抱したようでしてね」 レイの視線がアナに向かう。 しかしエルはまっすぐ男爵を見ていた 。「リラと話をした ? 介抱って……何 ? 」 レイがアナにぶっきらぼうに話す。「セロさんとリラさんが川辺りの微毒植物を口にしてしまったようで 。お二人とはその時、友人のマシューと通りかかって出会ったんです。 でも……男爵の話はしていませんでしたね」「へぇ」 エルがようやくアナに微笑みかける。「二人は最後にどこに向かった ? 」「分かりません。半日と少しくらいです。夜更けになり、体調は回復して会話はできるようでしたので、その場で別れました」「俺との繋がりを知っていたのは何故 ? リラは君に何かを話したはずだ」「あ……えと」 そこ会話を男爵が遮る。 エルの空気が張り詰めるのを全員が感じたが、ここは男爵も引かなかった。「それより、わたしとしましても心配な事がありましてね。 アリアの神父が懺悔を聞いた時、セロさんとリラさん、二人のどちらかが呪いを受けているという話になりまして」 男爵が話し始める。 エルは一度そのまま聞く。 一方、レイはセロに会った時、アリアでの聖堂の話を聞いているが、エルには話していないためスルーする。「結局、司祭と精神医学に長けた医者、その他神父ら数名で話をしたらしいのです」「精神医学…… ? 」 エルの眉がキュッと寄る。「呪いを受けていたのはセロさんの方でした。なんでもキャメルの港にいた頃のヤンチャが原因だそうですが、本人も周囲から聞いてはいたそうで。 それよりリラさんの人格ですが、司祭たちは彼女の中にある黒い気配
二頭の黒馬は大陸を大きく北上していく。 世界は四つの大陸と八つの小大陸が海に浮かび、全ての最南地に魔王がいるという小大陸がある。 二人の王族を乗せた黒馬はスカイの町を抜け、すぐ領主である男爵の屋敷に差し掛かった。 馬が嘶き、足を止める。「ここだ」 レイとエル、二人で屋敷を見上げる。 町場から離れた場所だ。人気がない。普通は使用人を雇い住まわせるが、それにしては屋敷は城下町の良い宿程度のサイズ感だ。通いの使用人を雇えば、屋敷は町のすぐ側に建てるのだが、どうにも辺境である。「変わってんな。それとも人嫌いか ? 」「調べた隊の報告だと、年老いた男爵ひとり暮らしらしい。気のいい男だと報告受けてる」 レイは馬から降りると、ドアを叩く。「泊めてくれると有難いな」「どうかな」 リコとセロが行くはずだった男爵の屋敷である。 ヘザー隊長の調べでは、この男爵の屋敷へ向かう途中で消息を絶っているのだ。アリアでの二人の話を聞こうと立ち寄った。「はい。どちら様でしょうか ? 」「 ? 」 中から聞こえたのは若い……少女の声。エルとレイは顔を見合せ、一先ずレイが声色を変えた。「失礼します。グリージオから来ました、わたしたちは……」 エルンスト王がいる。そう名乗るのをエルが手をレイに合図し制止した。「……旅の剣士です。実は、道に迷いまして……」「まぁ」 小さく驚くと、声の主は扉をすぐ開け放った。「大丈夫ですか ? お怪我はありません ? 」 三つ編みの少女。 紛れもなく、プラムのヴァンパイア、アナスタシアだった。「ええ。大丈夫です。実は知人を探しながら旅をしていたんですが、お見かけしていないかとスカイを目指してたんです。それで……ははは。探してるうちに俺達も道に迷いまして&
「リラ ! 」「……あ」 どうしよう。 最初に声をかけてきたのは純白の法衣を纏った男の子。つるんとしたブルネットが可愛い。多分、この子がシエル……よね。 今、リラじゃないし、なんて言えばいいのか……。「えと……」「おう ! 」 立て続けに来た男は真っ赤な髪で、双剣を腰につけた人。これがカイさんだ。でも、予想より……。年上かと思ってたけど、わたしと同じくらいか……少し下 ? レイはエルと同年って話だし、そうなるとこの二人は、比べて歳が離れてるのね。「あ、あの……」「ああ ! 分かった ! あんたがリコ ? 俺カイ ! よろしく ! 」 勢いが ! 知らないうちに手を上下に振られてる 。「うぉ〜、噂のセロじゃん ! へぇ、やっぱいい男だなぁ」「は、はぁ」 珍しい。女嫌いで男はへっちゃらでお馴染みのセロも、流石に動揺してるね。 カイの言葉はなんと言うか裏表なく話してる感じ。「あの、リラさんに代わりましょうか ? 」「え !? 代われるの ? 」「シエルさんですよね ? 」「あ、ごめんなさい。シエルです」「今はリコですが、よろしく」「セロだ。よければ夜まで時間があるし、話しましょう」「じゃあ、俺たちん宿の部屋に来なよ。ここ騒がしいしさ」「ありがとう」 シエルは不思議そうな顔でセロを見上げた。「夜まで時間が……って、なにか予定でもあるの ? 」「ああ」 セロの視線が一度、斜め上に泳ぐ。「ライブを。吟遊詩人ですし、ステージを抑えました」「あ、そうか。そうだよね。今は歌やってるんだったね」 そこへウェイトレスのキヨさんが戻って来る。「あら ? お知り合いだったんですか ? 今日は楽しんでいって下さいね ! わたしも楽しみ ! リラさんとリコ
「これは綺麗なお嬢さんだ」 酒場の店主がわたしを爪先まで見定める。恥ずかしい !「彼女ですか ? ですが実は訳ありでして……」 セロが仕掛ける。 わたしに異論は無はない。 けれどリラはどうなんだろう。「ああ、吟遊詩人 ! そりゃあそうだ。そんな格好で旅してきたとは思えないもんなぁ」 旅、してきました……。「へぇ !! 人格が二人で、二人とも歌の天才 !? おい、みんな聞いたか ? 」「なんだって ? 人格ってなんのこっちゃ。そんな事あるのかいな ? 」 わたしもびっくりです。「ええ。吟遊詩人として、そろそろ冒険者ランクも上げたいのですが、推薦者が欲しいんです」 そうみたい。 討伐依頼をこなしてレベルを上げていく他のジョブと違って、吟遊詩人のF〜S級の判断はその場に居合わせたステージ監督者の推薦状が欲しい。 アリアでギルドのジョブプレートを作ったけど、わたしたちは未だF級のまま。せめてアリアの聖堂で歌った時に上げられれば良かったけど、それどころじゃなかったしね。「まぁ、俺でよければいいよ。 ステージも使いな。酔っ払いがたまに上がるだけで、最近目新しい事してないからなぁ」「ありがとうございます ! 」 よし ! ステージゲット ! 昼間で半分の席が埋まってるし、夜はもっと期待できそう !「そりゃあ、おもしれぇ ! 今日はその、二人の女のうちのどっちが歌うんだ ? 」「どちらも歌います。 リラとリコ、聴き比べて下さい」 わたしの二人の人格。最後にこれを見世物にして昇華する計画。 話はトントン拍子に進んでいく。 でもわたしはいいけど、リラは歌わないんじゃないのかな ?「聴き比べ ! いいねぇ !! 大々的にイベントにしようじゃないか !! 今から
「到着です ! ……お身体、大丈夫ですか ? 」 もう感覚がない。 腰、これお尻まで感覚ないわ。「な、何とか……」 徹夜で疲れてるのもあるけど、思った以上に兵士の二人は容赦無く馬に休憩を与えなかった。わたしの腰にも。「ふぅ。何とか降りれた……」 セロをみると、やっぱりぐったりしてる。「ではシエル様達は既に到着されていると思いますのでご案内致します」「いえ、わたしたちはまっすぐ酒場へ」「えっ !? いまからですか ? 」 仕方ないのよ。「俺たち無一文で。せめて飯代くらい稼いで合流しないと、御二人の迷惑になりますので」「そうでしたか……しかし、大丈夫ですか ? 」「大丈夫です。俺たちなら」「ええ。勿論 ! 」 ダメでも、やるしかないんですよ……。「では、我々は隊員と合流して居場所を確認してきます」「はい。ここまでありがとうございました」 ヘザー隊長とハルはまた馬に乗ると、コハクの町中に入っていった。「しかし……ここがコハクか」「うん……アリアがただの集落に感じるね。ここは凄い人 ! 都会だよ」 コハクの入口は常に馬車が出入りしてる。 冒険者も村人も、道にも店にも溢れかえってる。 酒場なんて絶対、大きいステージだよね……。「そうだな。俺たちにとっては肝心な場所になる。 行くぞ」「う、うん」 □□□□「シエル様、カイ様」「あ ! 隊長じゃん」 馬を馬車屋の納屋へ預け、隊長ヘザーとハルは先行部隊と合流した。ギルドから隣接した食堂だ。シエルとカイは夕食をとっていた。