もっきりを鷲掴みした美果の視線が鋭く釣り上がる。
「なにか疑ってるなら、眼鏡の奴なんじゃない ? 」
「椎名 ? 何故 ? 」
「だって、本来イベント中は誰も入れちゃいけないんでしょう ? なのに最終的にわたしを船に入れたし、あんたに会うまで、わたしが来たって情報は警備の黒服以外知らなかったじゃないの。その場であんたに連絡入れればいいじゃない」
「そうだけど。それにしたって、椎名は無いね」
「ふーん。言い切れるんだ。あの側近二人を相当信用してるのね。
なんか意外。あんたみたいな人って、部下でも簡単に使い捨てにするのかと思ってた」「する時はするよ。椎名とスミスは俺の地雷を踏まないだけ」
「わたしは踏むかもよ ? 」
「その口振りじゃいつかそうなるかもね」
「ええ。でも、あんたを敬ってお喋りする気なんてわたしには無いからね。地雷踏んで殺されるのも許さない」
美果は取り付く島もない様にルキに暴言を並べていく。しかしまだアルコールは回って無いはずだ。
「……美果ちゃん。今回、勝利したけど……気が済んだかい ? 俺にはとてもそう見えないんだよねぇ」
「さあね。わたしも分からないの。
勝利した気がしないのよ。 これって何 ? なんであんたなんかと酒飲んでるのかも分かんない。顔見てるだけで病みそうだわ」「酷くない ? 」
「……あんた、本当に寂しい男に見えるわ」
刹那だ。
ルキの笑顔が一瞬だけ凍る。「はは。俺が ? そんなふうに見える ? 」
「ええ」
「こんなゲームをしてるからかな ? 偏見だよ ? 」
「違うわ。そういうんじゃない。
あんたは自分をサイコパスだと称するでしょ ? ケイくんを自分と比較して話してるじゃない ? それは何故なの」帰宅後、蛍は家業に駆り出された。「よし。急いでアイス交換」 作業室にご遺体を運び込んだ重明が蛍に告げた。「終わったらすぐ、ご遺族のいる安置室に帰す。親族の方も次々到着されているから手早くな。終わったら告別式のホールに社員さんいるから呼んで、必ずチェックをして貰う ! いいか ? 一人で済ますなよ ? 」「分かった」 台車に乗せられた、ドライアイス入りの布袋。ご遺体が傷まないように各所を冷やし続けるのだ。特に夏は交換作業が多めに入る。 その作業の際、涼川葬儀屋では遺族の目に触れることのないように作業部屋で手早く済ませる。遺族の前で行う業者もいるが、ここでは裏方の作業となる。 涼川葬儀屋の遺体安置室は小さな平屋が三つ並び、小綺麗でレンタルも安い。その為自宅で通夜、告別式を行わず、病院から直接葬儀屋へ遺体を搬入するのは一般的である。通夜に参列する方々は『○○の間』と命名された平屋の安置所に次々と訪れる。 そんな隙間を縫って行うアイス交換作業。 搬送台車に乗ったご遺体。 三十三歳 男性で、力強い太眉。厚めの唇がなんとも人の良さそうな印象だ。 納棺前で、まだ湯灌後に着せられた浴衣の姿だった。 蛍は踏み台からズボンだけ脱ぎ捨て床に落とす。そして静かに台車に上がると、男に跨った。「はぁ……っ」 故人の身体が蛍の膨らみを冷やす。 時刻は19:00。 まだまだ夏の夕焼け雲の広がる時間だが、小さな灯りしかない作業室は薄暗く湿っぽい。静まり返った部屋の中、蛍から漏れる吐息が響き続ける。 手のひらで自分を包み込み、男の体に覆い被ったまま快楽の赴くままに指を秘部の内に這わせる。「……ん……っ」 どうしてもルキの指の感覚が忘れられない。嫌悪感より先に感じる、言い知れない程の淫らな記憶。全身が覚えてしまった苦痛。「はぁ……っ……あぁ…&hell
しかし次の瞬間、蛍はパッと顔を上げて美果を見つめた。「あ ! ……そういえばさ……」 蛍は美果の身体をジッと見る。 美果のお気に入りのサマーポンチョは、今はハンガーにかかっている。いつも美果は黒のシャツ一枚で作業する。「え !? な、何 !? 」 その視線に慌てて胸部を腕で隠す美果だが、蛍はそれを笑い飛ばす。「美果……。くく……そんな、無いものを隠したところで……」「な !! 無くはないわよ ! 寧ろ、程良くあるわよ !! ケイくん見たでしょーが !! 」「無ぃ……ってか、見てない ! 俺あの時はちゃんと目、逸らしてたじゃん ! 」「見てた ! 全身 ! その……開いた時も ! 」「あれはルキが……違う ! その話終わったじゃん。あ〜 !! 忘れるってさっき、言ったばかりなのに ! 」「〜〜〜っ ! だって !! そんなジーッと見るからさぁ ! 」「そうじゃないんだよ。 えーっと……今日の転校生が美果を紹介してって言った時『ポンチョに絵の具がついてる人』って言ったんだ」「へぇ……そうなの…… ? 」 美果と蛍はハンガーにかかったポンチョを見る。麻で編まれた一点物。「美果のポンチョっていつも柄物じゃん。訳わかんないウネウネ模様の」「今日はゲリ柄。わたし、民族衣装柄の服を集めてて……」「いや、エスニックファッションが好きなのは分かるけどさ。 あいつ、あんな柄の主張が激しい生地に付いた絵の具なんて、どうして気付いたのかなって思ったんだ」 聞いた瞬間、美果の腕が鳥肌立つ。「え……っと。それだ
数十分。 図鑑や画像を見ながらピンポンマムを描き続ける。 美果も手本を描き、蛍の様子を伺う。 美果は山王寺 梅乃が行方不明になった事を地元新聞の小さな記事で知った。 そして容易く想像が付いてしまった。 ルキが梅乃を始末したのかとも考えたが、蛍の様子を見ていると殺ったのは蛍だと確信する。 以前より伸びやかな線の勢い。濃淡のはっきりした力強いコントラスト。そして繊細な毛髪の描写。今までには無い伸びやかさが絵に出ていた。 ただし、今日のスケッチは様子が違った。 まるで初めて鉛筆を握る幼児のように手元が落ち着かない蛍。何度も握り直し、大きさの揃わない花弁を描き、何度も消しゴムをかける。「ケイくん。自分のストレスが絵に出るね」「え…… ? そんな事までわかるの ? 気味が悪いんだけど」「気味が悪いって……もう。『悩みがあるんじゃないの ? 』って言っただけよ。その転校生の事 ? 」「……気には……なってる。 だってさ。おかしすぎるじゃん。俺、元々ゲームにのめり込むタイプじゃないし、香澄と梅乃以外とは、プライベートの会話する奴いなかったし」「確かにね。ルキからの監視者は結々花さんでしょ ? 友達関係もそんなに希薄なら、学校まで監視するとは思えないよね……」「だから腑に落ちないって事」「……ケイくんの私生活にも興味があって気が変わったとか ? ルキって、外見だけはイケメンの部類よね。ケイくん、ああいう感じ好き ? 」「……それ、どういう意味 ? 」 流石に蛍の逆鱗に触れる話題だった。 だが美果も遠慮は無い。ルキの様子からして、蛍に対する好感度が高いのを知っているからだ。「そのままよ。だってルキは絶対ケイくんを特別視してるしさ。案外、学校も監視したくなっちゃったとか ? 」「絶対、無いから。どう考えればそうなるわけ ? 俺が目の前で絡まれてんの見たでしょ ? 」「確かに酷いとは思うけど……あいつただの
放課後の図書館。 話を聞いた美果はトートバッグを抱えたまま固まってしまった。「え ? じゃあ、わたし……その子に紹介されるの ? 」 困惑した顔色で蛍と向き合う。 多目的ルームの鍵を借りる為に、学生証を出した蛍が首を横に振る。「いや。そんな事があったってだけ。そいつの距離感がおかしいから、ちょっと関わりたくない。『変な繋がり』かなって警戒したんだ」「ああ……成程」 ルキからの監視なら蛍に付き纏いもありうることだ。しかしそれは結々花の仕事なはずである。トラブルもなく大人しい蛍の学校生活において、ルキが知りたいことなど何も無いはずなのだ。「うーん。転校生がピンポイントでケイくんに話しかける……かぁ。不思議よね」「ほんとに鬱陶しい……」 考え込む二人の背後。「あ、あれ。山本 美果じゃん ! 」 自動ドアをくぐって入館した男女数人のグループが声を上げた。「ほんとだ ! そばの弟 ? 」「さぁ ? 」「うわ、普通にしてるし。まじか神経図太〜 ! 」 声をかけてくる訳でもない。無遠慮に美果の背後で騒ぎ出している。「行きましょ」 美果は振り向きもせず、蛍を連れ多目的ルームへ入った。「はぁ……全く」「なにあれ。大学の人 ? 」「ん……。そう」 苦い顔で頷く。「わたしさ、なぜか大学の防犯カメラに拉致されるところ……映像に残っててさ……」「学校ゲームの時 ? 」「そう。多分、最初はルキもわたしが生き残るとは思ってなかったのかなって」「そうかな…… ? 証拠を残すって事が、絶対有り得ないよ。ルキ側の落ち度だ」「……だよねぇ。あの防犯カメラ、かなり際どい所にあったから見逃したのね。 学校で拉致されてから、かなり時間が経ってたみたい。……起きたらケイくんが来てたって感じ。 その間、噂話に尾ヒレがつきまくっちゃって。あんな風に騒がれてんの」「今は映像は無いんだよね ? 」「うん。見つかったとも報道無いし、行方不明になったのは無かったようになってる。 でも最初に映像見た連中が録画してたりで……止めらんないわ」「大学……行けてるの ? 」「平気。元から他人と群れるの苦手だし。好きなだけ言えばって所に落ち着いたわ」「ならいいけど……一日あんなの言われてるの我慢ならないね」「まぁね。さてと ! 」 美果が椅子を整
香澄と梅乃が消えてから、日々野高校では女子生徒の不審死と行方不明事件の発生に、生徒は動揺を隠せずにいた。 梅乃に関しては見つかってはいないものの、もう始業式から一週間が経過する。やはり安全な場所にいるとは考えにくいだろう。生徒達の間でも悪い噂が流れ始める。 休み時間。蛍は二階の窓から、学校を後にするスーツ姿の二人組を見下ろしていた。一目で刑事だと丸分かりの神経質な顔付き。蛍はその姿を眺め続ける。どちらも磨かれた革靴に皮膚まで剥がす勢いな髭の剃り方。 しかし無駄だ。 ルキが対処した死体の始末と防犯カメラ。そう易々と近所の山等から見つかるわけが無い。プロとして始末を頼んだのだから。 それにもし、自分に聞き込みされても、梅乃との付き合いは香澄がいてこその存在。蛍に聴取したところでプライベートで会って話す仲では無いのだから。 何も出てこないのにご苦労な事だと鼻を鳴らす。 蛍が窓から離れようとした時、一人の男子に声をかけられた。「け〜い君」「 ? はい……」 見慣れない生徒だ。日々野高校の男子はブレザーのネクタイ色で学年が分かる。この生徒は蛍と同じ学年の赤色だ。 しかし……マッシュルームカットがプリンカラーになった男子。 蛍には見覚えがない。 制服は傷みが無く、ネクタイも新品で折シワがない。「……転校生 ? 」「ピンポーン♪そうなんだよぉ〜。 親がさ ? だらしなくて、二学期ピッタリ間に合わなくてさぁ ! 参るよ〜」「そう。大変だね。何組 ? 」「三組だよ」「ふーん。なんで俺に声掛けたの ? 」「それそれ ! なぁなぁ、いつも図書館で美人と話してるだろぉ ? 前の高校にいた時から、見かけてたんだ」「 ??? 美人 ? 美人…… ? 」 結々花なのか美果なのか。恐らく口を開かなければ結々花の方が整ってい
次の日の正午。 一目見ただけでも忘れない、豪勢なホテル。そこに、ルキを買った紳士のリムジンが横付けされた。 ルイはフリルの付いたポーチからキャンディを取り出すと、驚くほど大胆に接近する。 少年たちを連れた男。 近くで見れば、呆れるほどによく分かる。 並の企業経営と言う枠を超えた者なのだろう。車も服も、これまでルイが目にしたこともないような上質な物だ。子供でも分かる程の生活水準の高い男。 しかし、でっぷりとした樽のような腹に、黒いスーツ。さながらペンギンのようで、車から這い出るにもお付の少年たちに引き起こされ、ぴょこぴょこと踊るようにバタついていた。 ルイはその姿が可笑しくて仕方がなかった。「おじさぁ〜ん」 声をかける。ルイを見たペンギンは、なんとも不思議な面持ちで首を傾げた。「ん。あ〜、どこかでお会いしたかな ? おや ? どこだったかな…… ? まあ、いい」 そういい、ルイに札束をぶつけた。「持って帰れ。着慣れない服を着てても仕草ですぐ分かる。俺は慈善事業する良い奴だからな」「…………」 ルイはこの時、気付いた。 昨日の電話。 母親が話していた下っ端みたいな連中の後、自分と話した男。『好きなだけ殺せ』と言ったあの男の重量感のある声を覚えている。 このペンギンでは無い。「…………」「おい、どうした ? 道を開けろ」 この男はルキを殺していない。 だとしたら、ルイの話した男はまだ現れていないということだ。「好きなだけ……殺せ……か……。じゃあ仕方ないかもね」 シャッ !! ルイはドレスの裾から鉈を取り出し、車のそばにいた運転手を鉈で凪ぐ。駆ける。純白の