放課後の図書館。 話を聞いた美果はトートバッグを抱えたまま固まってしまった。「え ? じゃあ、わたし……その子に紹介されるの ? 」 困惑した顔色で蛍と向き合う。 多目的ルームの鍵を借りる為に、学生証を出した蛍が首を横に振る。「いや。そんな事があったってだけ。そいつの距離感がおかしいから、ちょっと関わりたくない。『変な繋がり』かなって警戒したんだ」「ああ……成程」 ルキからの監視なら蛍に付き纏いもありうることだ。しかしそれは結々花の仕事なはずである。トラブルもなく大人しい蛍の学校生活において、ルキが知りたいことなど何も無いはずなのだ。「うーん。転校生がピンポイントでケイくんに話しかける……かぁ。不思議よね」「ほんとに鬱陶しい……」 考え込む二人の背後。「あ、あれ。山本 美果じゃん ! 」 自動ドアをくぐって入館した男女数人のグループが声を上げた。「ほんとだ ! そばの弟 ? 」「さぁ ? 」「うわ、普通にしてるし。まじか神経図太〜 ! 」 声をかけてくる訳でもない。無遠慮に美果の背後で騒ぎ出している。「行きましょ」 美果は振り向きもせず、蛍を連れ多目的ルームへ入った。「はぁ……全く」「なにあれ。大学の人 ? 」「ん……。そう」 苦い顔で頷く。「わたしさ、なぜか大学の防犯カメラに拉致されるところ……映像に残っててさ……」「学校ゲームの時 ? 」「そう。多分、最初はルキもわたしが生き残るとは思ってなかったのかなって」「そうかな…… ? 証拠を残すって事が、絶対有り得ないよ。ルキ側の落ち度だ」「……だよねぇ。あの防犯カメラ、かなり際どい所にあったから見逃したのね。 学校で拉致されてから、かなり時間が経ってたみたい。……起きたらケイくんが来てたって感じ。 その間、噂話に尾ヒレがつきまくっちゃって。あんな風に騒がれてんの」「今は映像は無いんだよね ? 」「うん。見つかったとも報道無いし、行方不明になったのは無かったようになってる。 でも最初に映像見た連中が録画してたりで……止めらんないわ」「大学……行けてるの ? 」「平気。元から他人と群れるの苦手だし。好きなだけ言えばって所に落ち着いたわ」「ならいいけど……一日あんなの言われてるの我慢ならないね」「まぁね。さてと ! 」 美果が椅子を整
香澄と梅乃が消えてから、日々野高校では女子生徒の不審死と行方不明事件の発生に、生徒は動揺を隠せずにいた。 梅乃に関しては見つかってはいないものの、もう始業式から一週間が経過する。やはり安全な場所にいるとは考えにくいだろう。生徒達の間でも悪い噂が流れ始める。 休み時間。蛍は二階の窓から、学校を後にするスーツ姿の二人組を見下ろしていた。一目で刑事だと丸分かりの神経質な顔付き。蛍はその姿を眺め続ける。どちらも磨かれた革靴に皮膚まで剥がす勢いな髭の剃り方。 しかし無駄だ。 ルキが対処した死体の始末と防犯カメラ。そう易々と近所の山等から見つかるわけが無い。プロとして始末を頼んだのだから。 それにもし、自分に聞き込みされても、梅乃との付き合いは香澄がいてこその存在。蛍に聴取したところでプライベートで会って話す仲では無いのだから。 何も出てこないのにご苦労な事だと鼻を鳴らす。 蛍が窓から離れようとした時、一人の男子に声をかけられた。「け〜い君」「 ? はい……」 見慣れない生徒だ。日々野高校の男子はブレザーのネクタイ色で学年が分かる。この生徒は蛍と同じ学年の赤色だ。 しかし……マッシュルームカットがプリンカラーになった男子。 蛍には見覚えがない。 制服は傷みが無く、ネクタイも新品で折シワがない。「……転校生 ? 」「ピンポーン♪そうなんだよぉ〜。 親がさ ? だらしなくて、二学期ピッタリ間に合わなくてさぁ ! 参るよ〜」「そう。大変だね。何組 ? 」「三組だよ」「ふーん。なんで俺に声掛けたの ? 」「それそれ ! なぁなぁ、いつも図書館で美人と話してるだろぉ ? 前の高校にいた時から、見かけてたんだ」「 ??? 美人 ? 美人…… ? 」 結々花なのか美果なのか。恐らく口を開かなければ結々花の方が整ってい
次の日の正午。 一目見ただけでも忘れない、豪勢なホテル。そこに、ルキを買った紳士のリムジンが横付けされた。 ルイはフリルの付いたポーチからキャンディを取り出すと、驚くほど大胆に接近する。 少年たちを連れた男。 近くで見れば、呆れるほどによく分かる。 並の企業経営と言う枠を超えた者なのだろう。車も服も、これまでルイが目にしたこともないような上質な物だ。子供でも分かる程の生活水準の高い男。 しかし、でっぷりとした樽のような腹に、黒いスーツ。さながらペンギンのようで、車から這い出るにもお付の少年たちに引き起こされ、ぴょこぴょこと踊るようにバタついていた。 ルイはその姿が可笑しくて仕方がなかった。「おじさぁ〜ん」 声をかける。ルイを見たペンギンは、なんとも不思議な面持ちで首を傾げた。「ん。あ〜、どこかでお会いしたかな ? おや ? どこだったかな…… ? まあ、いい」 そういい、ルイに札束をぶつけた。「持って帰れ。着慣れない服を着てても仕草ですぐ分かる。俺は慈善事業する良い奴だからな」「…………」 ルイはこの時、気付いた。 昨日の電話。 母親が話していた下っ端みたいな連中の後、自分と話した男。『好きなだけ殺せ』と言ったあの男の重量感のある声を覚えている。 このペンギンでは無い。「…………」「おい、どうした ? 道を開けろ」 この男はルキを殺していない。 だとしたら、ルイの話した男はまだ現れていないということだ。「好きなだけ……殺せ……か……。じゃあ仕方ないかもね」 シャッ !! ルイはドレスの裾から鉈を取り出し、車のそばにいた運転手を鉈で凪ぐ。駆ける。純白の
「…………ルキ…………」 戻らない。 もうルキは戻らない。 どうして殺された ? 条件が違ったのか ? 何かあったのか ? 何も分からない。 ルイは納屋に行くと、大きな鉈を研ぎ始める。砥石に流れる山の湧水。その水音と砥石に刃物が摩耗するスシュッと言う音。集中力だけに支配される脳。 ルイが自分だけの世界に没頭出来る時間。 これが刃物研ぎの時間だった。 錆び付いていたはずの大きな鉈が、大剣のように重厚で、カミソリのように斬れ味のいい刃に仕上がる。 ルイは部屋にルキの首を移すと、シーツに包んでベッドで共に横たわる。 この時。 ルイの何かが──歪んで、崩れて、無くなって──生まれた。「ルキ。……なんでだよ……。なんでこんな事になったんだよ…………」 ガチャリと言う音がして、ルイはするりとベッドを這い出る。「またいらしてね」「少し高ぇよ」 行為が済んだ客と母親が談笑しているのが聞こえる。 母親と客が部屋から出てきたのだ。「必要ならもう一人付けられるわよ」「息子だろ ? 俺は男は……」 部屋から出てきた男がルイを見て固まる。「息子って、コレか…… ? 女にしか見えねぇ。ま、まぁこれなら……ゴクリ……」 下卑た笑みを浮かべる男に向かい、ルイが躊躇いなく鉈を振り下ろした。「オベーーーーーーっ !!!! 」 一撃で脳天を割る。 血を吹き出し倒れる客を跨ぎ、頭の方へ移動し客の頭蓋から鉈を引き抜こうとする。「ぎゃあぁぁ !! 何してんのよ !! 」「あ…&h
しばらくすると、ルキが戻ってきた。 全身血まみれだった。「ルキ ! 」「ルイ ! どきな ! ルキ、やったかい ? 」 ルキが小さく頷いた瞬間、ルイの全身が床に崩れ落ちた。取り返しがつかない一線。もう自分とは繋がれない気がして。「今日は……おばさんは居なかった。留守だったんだ。だからおじさんだけ……」「よし ! 連絡してみましょ ! 」 母親は狂喜乱舞するように、恐らくあの男に連絡を入れ始めた。「ルキ……こんな事するなんて……」「あいつら見ただろ ? 周りにいた子供さ。 俺達と同じ事してても、身なりもいいし血色もいい。客前に出されても、きっと身体に痣なんかも無いはずさ。動きで分かったろ ? 健康なんだ。 いい暮らししてる」 ルキは母親と名も知らぬ特殊な紳士とを天秤にかけていた。「殺しなんて、どうって事なかったよ……これで今の生活が終わるなら ! 」「ルキ……そんな。僕を置いて行かないで ! 」「ルイ。さよなら……俺は行くよ」 数日後。 朝早くに迎えに来た『付き人』を名乗る男達に、ルキはあっさりと連れられて行った。「う……うぅ……」「行った行った ! ふぅー。二人分も稼ぐのは容易じゃないのに、全く……なんでボンクラが残ったもんだか。 ほら、十分もすればあんたの客が来るよ !? 準備は出来てるのかい !? 」「ルキ……ルキィ……」 怒鳴られたところで、もう戻らない。 半分になってしまったルイは涙をポロポロと零しながら、自分の指で丁寧に準備を始める。 気付いてる。 本当は気付いてる。 自分の母親がおかしいのも、ルキの言ってる事が現実である事も。 利き手でゆっくりゆっくり拡げながら、もう片手でシーツをキツく握る。昨日まで眠れない夜を共に過ごした片割れ。 今夜からはもう居ない。「おう ! やる気満々じゃねぇか
「ルイ。あんたはここに残りなさい」 残される事に意味は無い。ルイでもルキでも、どちらでもいいのだ。 母親はベルトを持つと、躊躇わずに何度も飽きるまで振り下ろす。 痛みで蹲り、失禁するほど叩かれても、もはや呻き声すら出さなくなる。 二人とも死なないのを知っている。死なない程度に鞭打たれる事を知っている。理由など考えては駄目なのだ。自分たちはそういうもの。そう生まれたのだと言い聞かせる。 寝室に二歳の自分たちの写真がある。 キャンドルの立つテーブルの上、ルイもルキも満面の笑みで顔にクリームを付けて笑っている。 少なくとも、生まれた頃からこうでは無かったはずだった。 しかし既に記憶には鬼のような母の姿しか残っていない。 初めて男に差し出された時の恐怖と痛みが、どうしても忘れられない。眠れない日が増える。そんな時は双子の片割れと抱き合い、お互いを守るようにくっ付いて眠った。 意味の無い母親の折檻が終わると、ルキがルイを部屋まで運ぶ。「いつもより短く済んだ……」「この後、お客と会うからだね」「バンダホテル……風呂に入れるね」「うん」 ホテルまで出向く仕事は風呂に入れる事もある。だが、いくら綺麗なお湯をかけてもまた着るのは同じ穴のあいた臭う服だ。「服も洗っちゃうとか」「そんな暇はないよ」 この時、双子は七歳。 人生が大きく動く。 客とホテルを出た後、母親とルイ、ルキは外で客の背を見送った。 それが済むと母親はキョロキョロと、次の客になりそうな男を物色して歩く。 バンダホテルのそばの道路を一本越えると、そこは自分たちの生活とはかけ離れた別世界だった。 近代的な通り道。 建物、通行人、車……全てが自分たちの住む家とは違った。三人は祖父の残した一軒家に住んでいたが、生活水準はスラムに住む者より遥かに下回っていた。 三人がバンダホテルを一周した頃、大通りで一際目立つ高級ホテルの前に一台のリムジンが停まる。「うわ……なにあれ。長……