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第21話:夜の街

Author: 渡瀬藍兵
last update Huling Na-update: 2025-05-28 18:57:27
空が茜色から深い群青へとその表情を変え、星々の瞬きがちらほらと顔を覗かせ始めた頃。

私たちは、今夜の糧を得るため、黄昏の影が伸びる近くの森へと足を踏み入れた。

しっとりとした土の匂いと、木々が放つ青々しい香りが混じり合い、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

私は、薬草の知識も豊富なシイナさんと共に、食用となる木の実やキノコを探す採集班。

そして、シオンさんをリーダーに、グレンさん、ミストさんの三人が、森の恵みを求めて奥へと進む狩猟班だ。

(……シオンさん、本当に大丈夫かなぁ……あの表情、ちょっと心配……)

胸の内で小さく呟く。

出発の直前、常ならば頼もしいはずのシイナさんが、なぜか遠い目をして、絞り出すような声でシオンさんに告げた言葉が、私の脳裏にこびりついて離れなかった。

「シオン……すまんが、少しだけ……本当に少しだけでいいから、アイツらを頼む……。何かあったら、すぐに知らせてくれ……」

その時のシオンさんの顔といったら、もう――「世界が滅ぶ3秒前」みたいな、尋常じゃない壮絶な表情だったんだ。

***

「エレナさん、どれくらい採れたかな?」

背後から、シイナさんの柔らかな声がかかる。彼の籠には、色とりどりの木の実や、美味しそうなキノコが程よく集まっていた。

「私はこれくらいです。結構大粒のクルミもありましたよ!」

私が差し出した鉄製のボウルにも、瑞々しいベリーが収まっている。五人で食べる分としては、悪くない収穫だよね。

「うん。それだけあれば、スープの実にしたり、焼いたりしても美味しいだろう。よし、一度戻って狩猟班の成果と合わせて、調理の準備を――」

シイナさんがそう言いかけた、まさにその時だった。

「馬鹿野郎ォォォォ!!!!」

森の奥深く、おそらく狩猟班がいるであろう方角から、シオンさんの魂の叫びにも似た怒声が、木々を震わせて響き渡った。

「えっ!?」

「な、なんですか今のは!?」

私とシイナさんは、弾かれたように顔を見合わせる。シオンさんの身に何かあったっていう不安と、まさか…という嫌な予感が同時に胸をよぎった。

私たちは木の根に足を取られないよう注意しながら、声がした方角へと全力で駆け出した。

そして、数分後。

息を切らして開けた場所にたどり着いた私たちが目にした光景は――

森の一角が、文字通り、赤々と燃え上
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