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#22:守るための剣

Author: 渡瀬藍兵
last update publish date: 2025-05-29 20:48:56

「うぉぉ……!!?」

 シイナの口から、素っ頓狂な声が漏れた。

 飛来する刃を、半ば無理やりに身体を投げ出して避ける。辛うじて頬のすぐ横を掠めていった剣は、背後の地面に深々と突き刺さり、小さな土煙を上げた。

(よし、それでいい。──だが)

 エレンの紅い瞳が、冷ややかに光る。

(崩れたな)

 避けたはいいが、体勢は大きく乱れた。膝が地を擦り、片手が砂を掴み、上体が泳ぐ。起き上がろうとするその動きには、どう足掻いても数瞬の隙ができる。

 エレンの身体が、床を蹴った。

「はっ──!!」

 低く沈んだ体勢から、一直線に間合いを詰める。剣はあえて使わない。右の掌が、ゆらりと持ち上がり、起き上がりかけたシイナの喉へと、吸い込まれるように伸びた。

 ずんっ、と鈍い手応えが返る。

 掌底の一撃が、シイナの喉仏を正確に捉えた。エレンはそこで力を緩めない。最初の当たりを起点に、体重を乗せた押し込みが、さらに奥へと叩き込まれる。

 シイナの目が、一瞬白く反転した。

「が……はっ……! ゲホッ、ゲホゲホッ……! おぇっ……!!」

 吹き飛ばされた身体が、砂の上を転がる。喉を押さえながら、シイナは咳き込み、胃の奥からせり上がってくるものに必死で耐えていた。

「こ、こ、これは痛い……!! エレンの容赦のない攻撃が、シイナの喉を襲ったァァ──!!」

 実況者が、自分の喉を庇うように身体を抱きしめながら叫んだ。観客席からも、「うっわ……」「おい、マジかよ……」と、僅かに引いたような声がさざ波のように広がる。

「なかなかどうして、いい攻撃だろう?」

 エレンは涼しい顔で、倒れたシイナを見下ろした。

「ゴホッ……ゴホッ……!」

「少々強すぎたか。大丈夫か?」

 片眉を上げて、エレンが首を傾ける。

『…………』

 体の内側で、エレナが黙り込んだ。その沈黙が、妙にずしりと重い。明らかに、何か言いたげな気配だった。

『おい。これは闘いだからな。出せる手は尽くさねば』

 エレンは、内側のエレナに向かって穏やかに告げる。

『それに、こいつにとっても勉強になるだろうよ』

「エレン。──今のは、痛いって」

 エレナの声は、責めるというより困ったような色をしていた。

『だからこうして、攻めるチャンスを待ってやってるのだ。本物の戦場なら、今ので命を落としていてもおかしくあるまい?』

 言い分は通っている。通ってはいるのだが、エレナの中のもやもやは、簡単には晴れてくれないらしい。エレンはそれを感じ取りながらも、視線だけは目の前のシイナから外さなかった。

「まさか……急所を、叩いてくるなんて……」

 喉を押さえたシイナが、掠れた声で呟く。

 そして、ゆっくりと立ち上がった。

「あなたの攻撃は、えぐいですね……! ──でも……!! 今度は、こっちの番です!!」

 血走った目に、まだ光が残っている。折れていない。むしろ、一段深いところに火が入ったような顔だ。

「いい目だ」

 エレンの口元が、微かに緩んだ。

 シイナの動きが、変わる。

 ぐっと腰を落とし、まるで何かを溜め込むような動作。次の瞬間、踏み込みとともに、右の拳がまっすぐ突き出された。武器は手放している。鉄のガントレットを、そのまま殴打の得物として使ったのだ。

 ──速い。

 エレンの中で、静かに警鐘が鳴る。武器を持たなくなった分だけ軽くなった、という単純な話ではなかった。今の拳には、明らかに別種の熟練が乗っている。まるで、拳を振るうことこそが本職だったかのような、滑らかな踏み込みと引き戻しの呼吸。

(ふむ)

 何かある。

 エレンの直感が、そう囁いた。攻撃の速さとは別の層で、何か明確な意図のようなものが、この一撃には籠っている。

 ──だが、先ほどのやり過ぎた一撃への、ささやかな気遣いもあった。

 エレンは剣を引き戻し、その刃の腹でシイナの拳を受け止める選択をした。急所を外し、衝撃を面で受け、流して殺す。常道のはずだった。

 鉄と鉄が、ぶつかる。

 その直後。

 ばちんっ、と、何かが弾ける音がした。

 次の刹那、視界を真っ白に塗り潰す閃光が、エレンの眼前から噴き上がる。間髪入れずに──轟音。鉄の腹を起点に、爆風が勢いよく展開した。

「ぐぅっ──!!」

 衝撃が、剣を握る腕から肩へ、肩から胴へと突き抜ける。

 今までのどの攻撃とも違う、生々しい痛み。口の中にじわりと鉄の味が広がり、脳の奥が、ぐらりと揺らされる感覚があった。

「おおおっと──!! エレン、ここに来て初めての明確なダメージだぁ──!!」

 実況者の絶叫が、闘技場に響き渡る。

 爆風に押されるまま、エレンの身体は後方へと吹き飛ばされていた。

「だが……!!」

 それでも、完全な無力化には至らない。衝撃の軌道と勢いさえ把握できていれば、ある程度までは空中でも姿勢を制御できる。エレンは思い切り身体を捻り、回転の力で余剰の勢いを殺しにかかった。

 一回転、二回転。

 回転の最後、エレンは剣の切っ先を真下へと向け、勢いのままに地面へと突き立てた。火花が鋭く散る。刃先が石の床を削り、甲高い悲鳴のような音が尾を引いた。

 停止。

 場外のラインから、ほんの一歩。

 観客席が、一瞬、しんと静まり返った。

「……ま、まじか。あれを受けて、なお……」

 シイナの声が、呆然と漏れる。

「ふふ……」

 地面に刺した剣を支えに、エレンが、静かに息を吐いた。

『エレン……?』

 エレナの声が、心配そうに内側で揺れる。

「ははははっ──!!」

 次の瞬間、エレンの口から、抑えきれないような笑い声がこぼれた。楽しい、という種類の笑いだった。

「いや、すまん。──まさか、こんな攻撃手段があったとはな。驚かされたよ」

 エレンは手の甲で、口元を乱雑に拭った。拭った甲には、初めて、薄く赤い筋が残る。

(エレナの身体に、ダメージを与えてしまったが…)

 口の端に薄く笑みを残したまま、エレンの内側は、静かに温度を下げていた。

(──もう、同じ手は食わん)

 視線を、ゆっくりとシイナに戻す。

「今の威力。それに……あの匂いからして」

 エレンは言葉を切り、微かに鼻を鳴らした。

「火薬だな。しかも、指向性を持たせて、破壊力を極端に高めた類のものとみた」

 シイナの眉が、ぴくりと跳ねる。

「……あなた、科学者でもやってるんですか……?」

「なわけあるか」

 エレンは軽く肩をすくめた。

「だが、その匂い。──嗅いだ記憶が、あってな」

『そうだっけ? でも……なんだろう、思い当たる節がいろいろあって、どれのことか分からないよ……』

 エレナが困ったように呟く。エレンはそれに答えず、ただ、剣を地面から引き抜いた。

 刃先から、小さく火花が散る。​​​​​​​​​​​​​​​​

 「あなたは本当に、なんだか規格外だ」

 喉を押さえたまま、シイナがぽつりと呟いた。

「……その属性を使わないっていうのも、あなたの縛りのようなものですか?」

 言葉の端に、どこか期待のような色が滲んでいる。真の実力者が、あえて力を封じて戦っている──そう考えた方が、この異常な強さには納得がいく。そういう問い。

「ふむ。残念だが、違う」

 エレンは剣を軽く振って、刃先の土を払った。

「私はそもそも、属性が使えないからな」

 闘技場の空気が、ほんの一瞬、止まったような気がした。

「………………え」

 シイナの声が、間の抜けた音で漏れる。

「それで……その、強さと?」

 信じられない、という顔だった。接続者たちの頂点を争うこの場所で、属性を持たない人間が、接続者と渡り合っている。それも、あしらうような余裕すら見せながら。

「まあな」

 エレンは、何でもないことのように肩を揺らした。

「属性が扱えない以上、なにかをもって補うしかあるまい? ──エレナのことを守るには、そうしなければならなかった」

 何気ない口調で、紅い瞳だけが、どこか遠くを見ていた。

 ──それは、紛れもなくエレンの本心。

 この器はあまりに弱い。細い腕、薄い胸、瞬発力も耐久力も、およそ戦いに向いていない肉体。だというのに、魂に刻まれた剣の技術だけは、最初から異様な精度で備わっていた。なぜ、と問う余裕すらなかった。この少女を守るには、強くあらねばならない。ただ、それだけだった。

 だから構築した。

 この器でも振れる剣筋を。この脚でも踏み込める間合いを。この呼吸でも捌ける連撃を。属性という贅沢を知らぬまま、エレンは一つずつ、自分のための戦い方を組み上げてきたのだ。

「……なるほど」

 シイナの声は、低く、深く沈んでいた。​​​​​​​​​​​​​​​​

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