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#22:厨房の妖精

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-05-29 20:48:56

エレナたちは、先ほどの霊の男に静かに導かれ、ほどなくして一軒の宿へと辿り着いた。

 街の喧騒から少し奥まった場所に佇むその宿は、古びてはいるものの、隅々まで丁寧に手入れされた木造の建物だった。

 窓からこぼれるランプのオレンジ色の光が、まるで「おかえり」とでも言うかのように、夜道を柔らかく照らしている。

 ギシリ、と心地よい音を立てて木の扉を押し開ける。

 中へ一歩足を踏み入れた瞬間、そこには予想どおり――

 いや、予想以上に“ほっとする”空間が広がっていた。

 磨き込まれた木の床。

 使い込まれて角の丸くなったテーブルと椅子。

 暖炉に積まれたレンガの一つ一つが、ここで過ごしてきた長い年月を、静かに物語っている。

『長旅でお疲れだろう。ゆっくりしていっておくれ』

 そう声をかけてきたのは、奥のカウンターから現れた、ふくよかで人の良さそうな――

 少し年配の“女将さん”の霊だった。

 彼女は慣れた手つきで、湯気の立つお茶を次々とテーブルに並べていく。

 立ちのぼる湯気と、ほのかな香りに、張りきっていた緊張が、ゆっくりと溶けていくのをエレナは感じた。

 〜*〜*〜*〜

「さてと……グレン、ちょっと手を貸せ。

 さすがに、あの炭じゃ食べられなかったからな」

 呆れたように言いながらも、どこか楽しげな調子で、シイナがグレンの肩をぽんと叩く。

 二人はそのまま、宿の奥にあるらしい厨房へと向かっていった。

 ――森での大惨事を、ここで挽回するつもりなのだろう。

 その背中を見送っていたエレナは、はっとしたように勢いよく立ち上がった。

(料理なら……私だって、みんなの役に立てるはず……!)

 胸の奥に、小さな闘志が灯る。

「あのっ――!

 り、料理は……私に任せてくださいっ!」

「えっ……エレナさんが?

 でも、今日は色々あって……かなり疲れてるんじゃないか?」

 思いがけない申し出に、シイナは少し目を瞬かせ、心配そうに眉を寄せた。

 彼の言う通り、エレナの体は正直くたくただった。

 足も重く、肩にはまだ緊張の名残が残っている。

 ――それでも。

 この温かい宿で。

 今日一日、命がけで戦って、笑って、振り回されてきた皆に。

 せめて今だけは、ほっとできるご飯を作ってあげたい。

 そんな気持ちが、胸の奥に、確かに灯っていた。

「大丈夫です。

 ……やらせてください!」

 少しだけ息を詰めて、エレナははっきりと言い切った。

 その瞬間――

「はいはーいっ!!

 それなら、この厨房の妖精ことミストさんも、お手伝いしますよぉぉーっ!!」

(……妖精……?)

 エレンが内心で、静かな疑問符を浮かべるより早く。

 ミストは挙手したそのままの勢いで、エレナの隣をすり抜け、

 グレンとシイナの背中を、両手でぐいぐいと押し出した。

「なのでっ!!

 男性陣は、そちらでゆーっくりお茶でも飲みながら、

 おとなしーく! 待っててくださいねーっ!」

 有無を言わせぬ展開に、あっという間に厨房から追い出された二人は、

 顔を見合わせて、そろって苦笑するしかなかった。

 〜*〜*〜*〜

 こうして。

 エレナとミストは、調理場で肩を並べて料理をすることになった。

 最初こそ少し戸惑ったものの――

 ミストの手際の良さに、エレナはすぐに目を見張ることになる。

 エレナが野菜を切っている間に、

 ミストはすでにスープの下ごしらえを終えている。

 踊るように調理器具を操り、

 まるで食材そのものに魔法をかけているかのような、無駄のない動き。

 二人で力を合わせて作ったのは、

 ハーブの香りが優しく立ち上る温かいスープ。

 森で採れた木の実を、香ばしくローストした一皿。

 そして、街で買ってきた素朴なライ麦パン。

 出来上がった料理をテーブルへと運び、

 皆の前に、そっと並べる。

 ――そして。

 いざ、実食。

「……う、うめぇ!?!?!?

 なんだこれ! めちゃくちゃ美味いじゃねえか!!?」

 最初の一口を運んだ瞬間、

 グレンは目を見開き、椅子ごとひっくり返りそうな勢いで叫んだ。

「……うまいな……。

 これは……確かに、すごい」

 シイナは普段の冷静さを保ったまま、

 静かに目を見開き、ゆっくりと噛みしめるように咀嚼しながら、

 何度も小さく頷いている。

 言葉は少ないが、その表情が、すべてを物語っていた。

 そして――シオンは。

 何も言わずに、ただ黙々と食べ進めている。

 だが、その瞳の奥が、食卓を照らすランプの光を受けて、

 きらりと潤んだように見えた。

 それが、感動の名残だったのかどうかは――

 誰も、あえて口にしなかった。

 今日のこの素晴らしい料理。

 それは間違いなく、ミストの卓越した技術があったからこそだ。

 火加減。

 調味料を入れるタイミング。

 食材の旨味を最大限に引き出す、切り方と処理。

 そのすべてが、驚くほど精密に、計算し尽くされていた。

 ――ただの“騒がしい研究員”ではない。

 その片鱗を、皆が確かに、舌で思い知らされていた。

(やれやれ……“自称妖精”なだけはあったな……)

(うん……! 私も、もっともっと料理の腕を上げて、みんなをあっと言わせるようなものを作れるようにならなきゃ……!)

 隣で、「どうです? 私たちの料理は最高でしょう!」とでも言いたげに、得意げな笑顔を浮かべているミストを横目に見ながら、エレナはテーブルの下で、こっそりと小さな拳を握りしめた。

 〜*〜*〜*〜

 食事を終え、温かいお茶を饮みながら談笑していると――

 不意に、控えめなノックの音が響いた。

 ふわりと、静かに部屋の戸が開く。

 そこに立っていたのは、細身で背の高い、優しい眼差しをした霊の老婆だった。

『夜分に失礼するよ……。もう、食休みは済んだかい?』

 穏やかな声でそう言いながら、彼女はゆっくりと室内へと足を踏み入れてくる。

『せっかくの“夜の街”での一夜だよ。

 もし身体がまだ元気なら――この街の“本当の顔”を、少し歩いてみてはどうだい?』

 老婆はそう言って、窓の外へと視線を向けた。

 ランタンの光に満ちた、幻想的な夜の街並み。

『もちろん、無理にとは言わないよ。

 ただ……この街は、朝と共に深い眠りにつく。

 だからこそ、この“夜の時間”にしか見られない景色や、出会えない者たちもいるんだよ』

 その言葉は、まるで古い物語の一節のように、

 不思議とエレナの胸の奥へ、やさしく染み込んできた。

 昼間とはまったく違う、光と音楽に満ちた“もう一つの顔”。

 ――もっと、知りたい。

 ――もっと、見てみたい。

 そんな想いが、胸の内で静かに膨らんでいく。

「エレナさん、どうする?

 もし興味があるなら、少し散策してみるか?」

 エレナの気持ちを察したように、シイナが穏やかな声で尋ねた。

「……はい。行ってみたいです!」

 思わず、声に力がこもる。

「ちょっとちょっとー! シイナ君!!

 なんで私には聞いてくれないんですかぁー!

 私も行きますよ、もちろん!」

 エレナの返事を聞くや否や、ミストがいつもの調子で、楽しそうにシイナへ絡みつく。

「うるさいな、ミスト。

 お前はどうせ、何があっても最初からついてくるって分かってるから、聞くまでもないんだよ」

「ええ~!?

 なんか雑ぅ~!!

 もっとこう、エレナさんみたいに、優しく聞いてくれてもいいじゃないですかー!」

 口を尖らせながらも、ミストの瞳は楽しげに輝いている。

「俺はもう眠いからパスだぜ~」

 グレンは大きなあくびをしながら、早々に部屋へ戻ると宣言した。

「仮眠していたんじゃないのか?」

「してたけどよ~、やっぱ眠くてな」

「……そうか。では、シオンは?」

「私はこの街、以前に依頼で訪れたことがありますの で……今回は遠慮しておきます。

 皆さんは、どうかお気をつけて」

 静かにそう告げ、シオンもまた自分たちの部屋へと向かっていった。

「じゃあ――」

 シイナはエレナとミストの二人を見渡し、軽く肩をすくめる。

「――俺たち三人で、行ってみるか」

 こうして。

 エレナと、シイナ、そしてミストの三人は――

 きらめくランタンの光と、どこからか流れてくる優しい音楽に誘われるように。

 期待に胸を膨らませながら、

“夜の街”へと、その第一歩を踏み出したのだった。

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第115話:立ちはだかる二人

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第111話:届いた悲報

    (この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第110話:二人の目覚め

    **────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ

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