side咲良
魔界にやって来て1週間が経った。 私は今日も栄養失調で倒れることなく、元気にやっている。これも全てミアとユリアさんのおかげだった。
決してたった今留学の決まり事の為に共に晩ご飯を食べている5兄弟のおかげではない。むしろ彼らは私をずっと放置している。
初日からずっと。…エドガー仕事しろよ。
まあ、放置されている分自由にできるからいいんだけど。「咲良、今日も食欲がないのか?」
「まぁ、うん。そう」
今日も今日とて一切晩ご飯に手を付けようとしない私を不思議そうに五男バッカスが見つめる。
相変わらず無表情なので何を考えているかわからないが逆に言えばヘンリーのような意地の悪さを感じず気分を害されることもない。 「じゃあ俺が食べる」「…え?まだ食べるの?しかもその…」
ただでさえめちゃくちゃな量を1人で平らげているのにまだ食べようとするバッカスに思わず笑顔が引き攣る。
そのついでにこの料理たちのことを〝ゲテモノ〟と呼びそうになったがそれはぐっと堪えた。この料理たちはあくまでヘンリーが私を思って好意で作らせている料理だから表立って悪口は言えない。
そうこう考えている内にいつの間にかバッカスは私のお皿を取り、その中身を全て平らげていた。
バッカスの閉じられた口の中から、バキバキと音が鳴るたびに鳥肌が立つ。いくら食べることが好きだからってあんなものまで平らげるとは恐ろしすぎる。
「咲良はここに来てからずっと体調が悪いな。しっかり休めているのか?」
バッカスの食べっぷりをげっそりしながら見ていると、今度は品はあるが意地の悪い笑みを浮かべている長男ヘンリーに声をかけられた。
はい、今晩も始まりますよー。
ヘンリーと腹の探り合いタイム。「ええ、まあ。慣れない環境なのが大きいのかな…」
「そうか。俺はテオに咲良を任されているからな。何かあればいつでも言ってくれ」
「…ありがとう。とりあえず日本料理が食べたい…です」
「ああ。料理長にそう伝えておこう」
笑顔のヘンリーに私もいつものように笑顔で返す。
ヘンリーの思ってもいない言葉に私はすぐにでも反論したかったがそれをまたぐっと堪えた。ヘンリーは善人面をしてあんなことを言っているがこれはいつも言っていることで私の願いなど一度も聞いたことなどない。
いつもいつもいつも!日本料理が食べたいと言っているのに出てくるのはゲテモノ料理!
日本料理らしいけど日本のどこの何ていう料理かわからないほどのゲテモノ料理だ。
日本で取れた虫で作りました=日本料理とか思ってんじゃないの?
もちろん私への嫌がらせとして。「なぁなぁ咲良。お前給料入った?お前の世話料として2万ペールほど払って欲しいんだけど」
はぁ、と誰にもバレないようにため息をついていると今度は次男エドガーがニヤニヤしながら私に話しかけてきた。
またこの男は…。
「そんなすぐ貰える訳ないでしょ。この前お礼に2000ペール払ったのでいいじゃん」
そもそもあれ以来一度も私の世話なんてしていないくせによく〝世話料〟とか言ったな。
「俺の目は誤魔化せねぇぞ。ここ1週間の昼ごはん、ずっと食堂で食べてたじゃねぇか。あれは金がないとできねぇだろ」
「…めざとい奴」
「あん?」
「観察眼が素晴らしいですね!探偵に向いているのでは?」
偉そうに私を見下すエドガーについ小さくだが本音が漏れる。その私の本音を聞き逃さなかった地獄耳エドガーの機嫌が一気に悪くなったので私はいつものようにエドガーを適当に煽てた。
私に煽てられたエドガーは「探偵なぁ。悪くねぇかもな」と少しだけ嬉しそうにしていた。
ちょろい。
「…うるさい。エドガーも人間も静かに食事くらいできないの?クソ共が」
そんな私たちの会話を聞いていた三男ギャレットが心底迷惑そうに私とエドガーを睨み付ける。
「あぁん!?誰がクソだと!?この根暗野郎!」
「ごめんなさい。ギャレット」
私とエドガーはギャレットにそう言われて真逆の反応をした。
エドガーはギャレットに対して怒鳴り、私はギャレットに対して申し訳なさそうに頭を下げた。「…根暗野郎?はん!強欲野郎よりはよっぽどマシだと思うけどね!少なくともそこの人間に物乞いするほど俺は落ちぶれていないよ!」
「はぁ!?物乞いぃ!?違いますぅ!駄賃回収しているだけですぅ!」
「いーや!あれは物乞いだね!ハワードの特級悪魔のくせに情けない!」
「違うって言ってんだろうが!やんのか!?」
おい。私の謝罪が掻き消されているじゃねぇか。
エドガーの余計な一言によって始まったエドガーとギャレットの口喧嘩。
2人ともガタン!と勢いよく席から立ち、あーだ!こーだ!とお互いに罵声を浴びせ合っている。「食事中に席を立つな。大声を出すな。あと3秒後に黙らなければギフトを食らわせる」
「「…」」
そんな2人の口喧嘩を止めたのはヘンリーだった。笑顔だがどこか冷たいオーラを身に纏ったヘンリーの静かな一言に3秒待たずともエドガーもギャレットも黙る。
そして2人はバツの悪そうな顔で席に座った。誰かが何か悪い事をする度にヘンリーは〝ギフトを食らわす〟とまるで脅すように言う。
すると大体はそれで全てが解決するので〝ギフト〟が一体何なのかわからないがあまりよくないのもだということはわかっていた。人間にとっては贈り物って意味でいい意味のものだが、魔界では他の意味があるのだろう。
「ほーんと、賑やかだよねぇ」
ギフトについて少し考えているといつの間にか食事を食べ終えていた四男クラウスが私の背後に来ていた。
いきなり背後から話しかけないで欲しい。 普通に心臓に悪い。「咲良、今晩暇?よかったら僕の部屋に来ない?天国見せてあ・げ・る」
「…大変有り難いお誘いですがあいにくこの後は予定がありますのでまたの機会に」
「ええー。それ昨日も同じ事言ってなかった?」
私の耳元で妙に色っぽい声で私を誘うクラウスの誘いを失礼のないように丁寧にお断りする。良好な関係を築かなくてもいいのなら顔面に平手打ちをしていたところだ。
そのくらい苦手だ。クラウスの遊び人感が。「…ここまで僕を焦らしたのは咲良が初めてだよ?さすがに僕も限界だから強硬手段に出ちゃう!」
くすくすと楽しそうに笑うクラウスは私の右頬に触れた後、そこから自分の方へと無理矢理私の顔を動かした。
至近距離でクラウスとパチッ!と目が合う。どうしてだろう。
このままクラウスと目を合わせ続けるとよくない気がする。私の中の第六感と言うやつがそう言ったので私はふん!と首を横に振って思いっきりクラウスから視線を逸らした。
「えー?何でそんなことするの?ひどいなぁ、咲良」
傷ついた声でそう言っているクラウスだが私はそれを無視した。
これが1週間経った私と悪魔5兄弟たちとの現状だ。
全く良好な関係など築けていない。 …はぁ、私が人間界へ帰れるのはいつになるのやら。*****
咲良が食堂を去り、バイト先へ戻った後。
ハワードの5兄弟たちだけはまだ自室には戻らず食堂に留まっていた。「全くテオも困ったものだ。また人間の留学生を俺たちの所へ預けるとはな」
はぁ、とまずため息を漏らし話し始めたのはヘンリーだ。
いつも完璧な彼だが、今の彼には少々疲れの色がある。「一応あの人間の現状を共有するか。食事はご覧の通りだ。人間が好まないものを極力出して体力面、精神面を削っているつもりだがあれには一切効いていないようだな」
「それについてはこの前も言ったけどナイトメアでバイトを始めたからだろうな」
ヘンリーの言葉にダルそうにエドガーが答える。
するとそれを聞いていたギャレットが「羨ましすぎる。意味がわからない。許せない」と本当に恨めしそうに呟いた。ギャレットは実はメイド喫茶ナイトメアの大ファンだった。
「人間のくせにあの状況で働き口見つけて働き出すとかすげぇ根性と行動力だよな。笑える」
そんなギャレットなどお構いなしに本当におかしそうにエドガーは笑う。
その表情はまるで新しいおもちゃを買い与えられた子どものように無邪気だが、どこか邪悪さもある。「本当にそう思うよ、エドガー。ギャレット、あの人間の生活面はどうだ?」
「はぁ、生活面ねぇ」
エドガーの言葉を肯定したあとヘンリーはギャレットの方へ話を振る。
するとギャレットは大きなため息を一つついて話を始めた。「あのボロ小屋に付けた小型カメラによると随分充実した生活を送っているよ。これもナイトメア様々だろうね。部屋は驚くほど綺麗な上に生活に必要なものも揃っているし、何よりナイトメアで使われていた家具一式が揃っていることが許せない!俺も欲しい!」
最初こそ淡々と話していたギャレットだったがどんどんそこへ私情が入り、熱を帯び始める。
そして最後には大きな声で悔しそうに叫んでいた。「生活面での精神的な負担もなし…か」
ヘンリーはまたため息を漏らす。
何事も完璧にそして思い通りに進めたい彼にとって咲良は思い通りにならない厄介な相手だった。「僕のハニートラップもぜーんぜんダメ。好きにさせるだけさせて思いっきり捨ててやろうと思っているんだけどなかなか上手くいかないの」
「俺は特に何もしていない。人間のご飯を食べているだけだ」
ヘンリーと同じようにため息を付いたのはクラウスだ。逆に全く何も感じていない様子なのがバッカスだった。
彼ら兄弟にはある共通の目的がある。
それは人間である咲良自らが魔界への留学を辞めたいと願い、それをテオに懇願させることだ。自分たちが辞めさせるのではない。あくまで人間が自ら辞めたいと思わなければならないのだ。
魔王であるテオに人間の身を任された以上表向きは人間を大切に扱わなければならない。
本当は人間などどうでもいい存在だというのに。「あれは今までの人間とは違う。面白い所もあるが人間には人間の世界にお帰り願わないとな」
先程までため息ばかり付いていたヘンリーだが、ここへ来て不敵に笑う。
すると兄弟たちはこれから起きることを察してそれぞれ違う反応を見せた。「ついに最終兵器投入か!楽しみだぜ!」
次男エドガーは期待に満ちた目で。
「とうとうか。これは24時間ドローンを飛ばして人間生配信を行わなければ」
三男ギャレットはニヤニヤとした目で。
「うわー。泣き顔とか見たいなぁ」
四男クラウスは美しい笑みを浮かべて。
「つまりその時のご飯は…」
五男バッカスは全く興味がなさそうに。
全員がヘンリーに視線を向けた。「さあ、あの人間はあと何日持つかな?」
そしてヘンリーは愉快そうに笑ったのであった。
side咲良魔界にやって来て1週間が経った。私は今日も栄養失調で倒れることなく、元気にやっている。これも全てミアとユリアさんのおかげだった。決してたった今留学の決まり事の為に共に晩ご飯を食べている5兄弟のおかげではない。むしろ彼らは私をずっと放置している。初日からずっと。…エドガー仕事しろよ。まあ、放置されている分自由にできるからいいんだけど。「咲良、今日も食欲がないのか?」「まぁ、うん。そう」今日も今日とて一切晩ご飯に手を付けようとしない私を不思議そうに五男バッカスが見つめる。相変わらず無表情なので何を考えているかわからないが逆に言えばヘンリーのような意地の悪さを感じず気分を害されることもない。 「じゃあ俺が食べる」「…え?まだ食べるの?しかもその…」ただでさえめちゃくちゃな量を1人で平らげているのにまだ食べようとするバッカスに思わず笑顔が引き攣る。そのついでにこの料理たちのことを〝ゲテモノ〟と呼びそうになったがそれはぐっと堪えた。この料理たちはあくまでヘンリーが私を思って好意で作らせている料理だから表立って悪口は言えない。そうこう考えている内にいつの間にかバッカスは私のお皿を取り、その中身を全て平らげていた。バッカスの閉じられた口の中から、バキバキと音が鳴るたびに鳥肌が立つ。いくら食べることが好きだからってあんなものまで平らげるとは恐ろしすぎる。「咲良はここに来てからずっと体調が悪いな。しっかり休めているのか?」バッカスの食べっぷりをげっそりしながら見ていると、今度は品はあるが意地の悪い笑みを浮かべている長男ヘンリーに声をかけられた。はい、今晩も始まりますよー。ヘンリーと腹の探り合いタイム。「ええ、まあ。慣れない環境なのが大きいのかな…」「そうか。俺はテオに咲良を任されているからな。何かあればいつでも言ってくれ」「…ありがとう。とりあえず日本料理が食べたい…です」「ああ。料理長にそう伝えておこう」笑顔のヘンリーに私もいつものように笑顔で返す。ヘンリーの思ってもいない言葉に私はすぐにでも反論したかったがそれをまたぐっと堪えた。ヘンリーは善人面をしてあんなことを言っているがこれはいつも言っていることで私の願いなど一度も聞いたことなどない。いつもいつもいつも!日本料理が食べたいと言っているのに出てくる
そしてあっという間に放課後になった。今日は一日中兄弟たちと同じ教室で座学を受けていたが朝のエドガーとの交流以外特に彼らと交流することはなかった。それよりも悪魔の学問とは一体なんだ!一応短大まで学んできた身だが内容が一切理解できない。人間と学ぶことが根本的に違いすぎる。魔法学とか魔界歴史学とかならまあ言葉だけだがわからないこともない。だが契約学とか生物欲望学とかその辺になると訳がわからない。そもそもこれを真面目に受けることが果たして正解なのか?「…」本日一日の文句を心に秘めながら帰り支度をする。学院から家への道は兄弟の誰かが送迎することになっているらしい。そうヘンリーが言っていた。だがもうこの教室には兄弟の誰もいない。そもそも兄弟の誰かというよりも買収されて私の世話係になったエドガーがちゃんと報酬分働くべきなのでは?もちろんエドガーもこの教室にはもういない。ちゃんと報酬分働けー!バカ野郎ー!そう思ったが仕方ない。朝来た道を帰ればよいのだと気にしないことにした。それに誰もいない方がこちらも好都合だ。とりあえず今朝見た求人の喫茶店に今すぐ向かおう!お腹が減って死にそう!私は気を取り直して求人広告に書いてあった喫茶店に向かうことにした。街行く人たちに場所を聞きながら。そうして素敵で親切な人に恵まれた私は割とすぐに喫茶店ナイトメアに着いた。喫茶店ナイトメアの外観はピンクと白で統一されており、ものすごく可愛い。早速ここで働かせてもらう。そう思って扉に手をかけようとした時だった。「もしかしてバイト希望の子?」少しだけハスキーな声に後ろから声をかけられたのは。「はい、そうです」何とタイミングがいいのだろうと私は振り向く。するとそこには可愛らしいメイド服に身を包んだ女の子が立っていた。ハスキーな声の感じ的に少年くらいだと思ったがどうやら私の後ろに立っていたのは美少女だったようだ。明るいふわふわのピンク色の髪はまとめてポニーテールされており、私を見つめる瞳は青色でまるでビー玉のようだ。年齢はおそらく中学生から高校生くらいの年齢だろうか。とんでもなく美少女で愛らしい彼女だが何故か見覚えがある。んー?こんな美少女すぎる知人いたかな?「表からだと目立ってしまうからこっちから入って!お話聞かせて!」美少女をまじまじと
「あー。お腹空いた」「はぁ?お前体調悪いから飯食えねぇんだろ?」朝食後、一応朝らしいが全く太陽の出ていない薄暗い街を私の世話係らしいエドガーと共に学院へ行くために歩く。思わずポツリと出た私の本音にエドガーは眉間にしわを寄せた。おっといけない。そう言えばそうだった。よく考えれば昨日の昼から私はご飯を食べていない。いろいろあって忘れていたが流石にお腹が空いてくる。「だいぶ回復してきたの。昼食はどうすればいいの?」私を変なものでも見るような目で見るエドガーに適当にそう言って私は昼食のことをエドガーに聞いてみることにした。流石に一日断食はキツい。そろそろ固形の何かをお腹に入れたい。「あ?そんなもん学院の食堂で食べるかその辺の売店とかで買って食べるかだろ」「…食堂ってまさかお金いる?」「人間の食堂は無料で飯食べれるのか?」「まあ、食べられないところの方が多いかな」「ふーん。学院の食堂は有料だ」魔界の金なんてないのだが?エドガーのめんどくさそうな昼食の説明を受けて心の中で私は思わずきつめにツッコミを入れた。こんなにも違う文明、生物なのに通貨だけ日本円だとは考えにくい。人間の世界の中だけでも数えきれないほどの通貨が使われているというのに。このままでは兄弟たちと良好な関係を築く前に餓死エンドだ。働かなければ。せめて自分の食だけでも自立できるように。そんなことを思いながら街を歩いているとふとある求人の広告が目に留まった。「ちょいちょい。エドガー。ストップ」「あ?」求人の広告をよく見たいので私を学院へ連れて行かなければならないエドガーを止めて求人の内容を確認する。エドガーは不満そうだが無視だ。人間メイド喫茶店、可愛い子募集中!賄い付き!時給2000ペールから!求人にはそう書かれてあった。「…」これ人間である私に向きすぎな案件じゃない?「エドガー。時給2000ペールってどうなの?」「ん?そりゃあ随分いい時給だろ。働くのか?」「…まぁ」「じゃあ俺がもっといい時給の仕事紹介してやるから取り分半分寄越せ」「はぁ?」私に背を向けたまま一応私を待っているエドガーに時給のことを聞いてみるとエドガーがどこか悪そうな笑みを浮かべてこちらに振り向く。そんなエドガーの台詞に私は思わず呆れた声を出した。何で取り分半分も渡さなければい
エドガーと特に何か話すでもなくやってきたのは家の中にある食堂だ。そこにはすでに他の兄弟たちも来ており、私たちが着いた時には席に座って私たちを待っている状態だった。「咲良、おはよう。昨日はよく眠れたか?」まず私にそう声をかけてきたのは長兄、ヘンリーだ。相変わらず何を考えているわからない笑顔で私を見つめるヘンリーにもうすでに思うところがあるがぐっとそれを堪える。ほぼ小屋のような埃っぽい場所によく客人を招いたな、と言葉が出そうになるが我慢だ。「おかげさまで。昨日はありがとう」「それはよかった。昨日と少々顔が違うから何かあったのかと思ったよ。昨日はもう少し落ち着いた雰囲気に見えたからな」「ふふふ、ご心配どうも。何もなかったですよー」にっこりと笑う私に少しだけ安心したように笑うヘンリーに殺意が湧く。顔が違うって化粧のこと言ってるよね?化粧詐欺師で悪かったな!おい!「それでは食事の前に自己紹介といこうか」ヘンリーに挨拶をした後、私が席についたタイミングを見てヘンリーが兄弟たちにそう声をかける。そしてヘンリーを含む兄弟たちの自己紹介が始まった。「まずは俺だな。昨日も言ったがもう一度。俺の名前はヘンリー・ハワード。ハワード家の長男だ」最初に口を開いたのはヘンリーだ。にっこりと笑っているが腹では何を考えているかわからない、何なら目までは笑っていないところが怖い。「俺は次男のエドガー・ハワードだ。お前の不本意だが世話係にされた哀れな男だよ」次に口を開いたのはエドガーだった。本当に嫌そうな顔で天を仰ぐ姿は美しいし絵になるが普通に腹が立つ。こちらもこんな男では哀れである。被害者面すんな!「…三男のギャレット・ハワード。話しかけてくるなよな、人間」エドガーの次に口を開いたのは暗そうな印象のあるギャレットと名乗る男だった。ギャレットはこちらをチラリと見て、すぐに視線を逸らす。深緑色の真っ直ぐな髪と灰色の瞳。おまけに顔も綺麗で見た目は暗さを吹き飛ばす勢いで派手で明るい。悪魔はカラフルな瞳だけではなく綺麗なことも条件なのだろうか。「はいはーい。次僕ね!四男のクラウス・ハワードだよ!いろいろ仲良くやっていこーね!夜とか特に!」次に口を開いたのは明るい笑顔が印象的なクラウスと名乗る男だった。妖艶に微笑み私にウインク&投げキスをする姿にどんなに美し
夢ならば覚めて欲しいと何度も願った。だが目覚めて周りを何度見渡しても、そこに広がっていたのは見慣れた私の部屋ではなく、見慣れない薄汚い小さな部屋だった。はーい!私、桐堂咲良!24歳!社会人4年目!今日も元気に会社に出社しまーす!と言えないのが現状だ。昨晩のことは夢ではなかった。目を覚まして部屋の中を何度も何度も歩いて改めて私は今の状況を飲み込んだ。それからとりあえずいつものように身支度を整え始めた。顔を洗った後カバンにたまたま入っていた携帯用のスキンケア用品で何とか肌を整えて制服に着替える。赤と黒のブレザーの制服を着た感想はコスプレだ。24歳ではとてもじゃないが着こなせない。不満しかないが仕方ないのでそのまま今度はメイクを始める。これもまたカバンにいつも入れていた必要最低限のメイク用品で顔を仕上げた。鏡に映る私を改めて見つめる。昨日出会った魔王やヘンリーのように真っ赤ではなく日本人らしい真っ黒な見慣れた瞳がこちらを休んだにも関わらず疲れた目で見ている。胸まである栗色の直毛は癖ひとつなく正直時間のない朝には助かる髪質だ。直毛すぎて巻き髪とかはあまり楽しめないけれど。もちろん地毛は黒だ。染めている。「…はぁ」今日の化粧のできに思わず朝からため息が溢れる。もっと大人っぽい化粧が好きなのだが、今手元にあるものではこのくらいの化粧しかできない。化粧により完成した顔は少しだけ背伸びをした幼さの残る女の顔だった。私の持ち物はカバンの中にあったものが全てだった。基礎化粧品とスマホとスマホの充電器と財布。後は仕事に必要なものとかお父さんに無理矢理持たされている塩とか。こんなことになるならもっとちゃんとしたものを持っていたのに。ガンガンガン!と突然扉の外から非常に激しく扉を叩かれ、思わず私は肩を揺らす。ただでさえ壊れそうな扉が今にも破壊されそうな勢いだ。「おおい!人間!朝だぞ!この俺様エドガー様が迎えに来てやったぞ!1秒たりとも俺を待たせるんじゃねぇ!今すぐ出て来い!」扉の向こうから苛立った様子のエドガーと名乗る男の声が聞こえる。それと同時にずっと破壊しそうな勢いで扉も叩かれる。壊さないでくれ!そう思った私は急いで扉の方へ向かい、扉を開けた。「おうおうおう!人間!俺様を待たせるとはどういう了見してんだ?おい!」扉を開くとそこに
「失礼するぞ、テオ」大きな扉が開かれ、そこに立っていた美青年が自称魔王に淡々と声をかける。短すぎず長すぎない綺麗な丁寧にセットされた漆黒の黒髪に、切れ長の赤い瞳。彼も自称魔王に負けず劣らずとても美しいがこちらを黙って見つめる姿は氷のように冷たい。年齢は私と同じくらいかその落ち着いた雰囲気から年上にも見える。何だこの世界。イケメンであることとカラフルな目であることがここに住む条件なのか?「待っていたよ、ヘンリー。紹介するよ、彼女が今回の留学生だ」「…?」おっと?美しいが冷たい印象の少年…自称魔王がヘンリーと呼ばれた男に声をかけられた瞬間柔らかく笑う。先程まで冷たい表情しか浮かべていなかったのでそのギャップに思わず自称魔王を二度見した。え?二重人格?人変わりすぎじゃない?「初めまして。俺の名前はヘンリー・ハワードだ。今日から君の留学生活をサポートするハワード家の長男でもある」こちらに歩み寄り、微笑みながらも右手を出してきたヘンリーの手を私は取る。「初めまして。この度学院に留学させて頂くことになりました、桐堂 咲良と申します。これからいろいろとお世話になります。どうぞよろしくお願い致します」そして私もヘンリーと同じように微笑んだ。まるで取引先との挨拶である。お互いに営業スマイルが板についている。「敬語など必要ない。俺たちはこれから共に過ごすのだから。遠慮はしないで欲しい。よろしく、咲良」「わかった。よろしく、ヘンリー」社交辞令をお互い交わしたところで手を離す。なーんかこのヘンリーって人、すごく胡散臭い感じがするんだよね。いい人ではなさそうな感じがすごくする。「咲良、彼は私の右腕でもある優秀な悪魔だ。困ったことがあれば何でも彼に聞くといい。ヘンリー、彼女にはまだ何も説明してやれていない。帰る道中にでも説明をしてくれ」私たちの挨拶が終わったタイミングを見て自称魔王が私、ヘンリーと順番に声をかけ微笑む。なーにが!〝咲良〟だ!さっきまで〝お前〟だったでしょうが!やはり二重人格確定!「わかった。じゃあ行こう、咲良」「うん」自称魔王に慣れた様子で返事をし、私に声をかけてからヘンリーが歩き始める。私はそんなヘンリーの後を追うように一緒に歩き始めた。ちらりと謁見の間のような部屋から出る前に自称…いや自称ではなくおそらく魔