Masuk足元から伝わる、コンクリートのひんやりとした感触が気持ち悪い。
この痛みも感覚も慣れることはない。だがこの部屋の空気は馴染みかけてきてるから不思議だ。
ヴェルムは白い息を吐いた。
────どれぐらいの時間が経ったかは分からないが、体感的には異様に長く感じた。
「……抜くぞ」
ヴェルムに含んでいた、まだ生暖かい指で、クリストは自身の性器を取り出した。そして緩んだ彼の穴へ押し当てる。
「やっ……ホントに無理だって、それはっ」
「だから、無理じゃないからお前も他人にやってきたんだろ? ……とはいえ最初だし、加減無しにやられたら痛いじゃ済まないかもな」
体重をゆっくりかけるようにして、クリストはヴェルムの開き掛けの扉を貫いた。
「あぁあっ!!」
その衝撃を言葉に表すことはできなかった。
ヴェルムは身体を仰け反らせ、後ろの壁に背をぶつけた。抵抗しようとした両手は、手錠のせいでかえって自身の手首を傷付けてしまう。加えて、下半身の痛み。
「い……あっ」
挿入されてから動いてないとはいえ、ヴェルムは苦痛に呻いた。
「無理かと思ったけど、案外入るな。お前はこっちの方が性に合ってるんじゃないのか」
「そんなわけ……あぁっ!」
反論する間も与えず、クリストはヴェルムの腰を緩やかに突いた。
男とセックスしたことはある。だが経験のない相手を抱いたのは初めてだ。だから彼の些細な反応もよく見えるし、感じるのかもしれない。声も動きも、表情も。
「ふあ……ぁっ」
ぐい、と更に腰を押し上げて、きつい体勢をとる。
「痛いか」
「……っ」
クリストの問いにヴェルムは答えず、声を殺して我慢した。
「痛い」と答えたところで彼が自分を解放する気がないことは分かっている。それに、彼を批判するのも筋違いだと分かっていた。自分がしてきたことは間違いなく犯罪で、どこでどんな目に遭っても仕方ないことだから。
けど、これが罰だとしても……これ以上はとても耐えられそうにない。
そういえば……。
やはり以前に勧誘した少年をホテルで抱いた時、彼は『耐えられない』と言っていた。
その言葉の意味が今さらわかってしまった。
「も、もう……!」
駄目だ。
早く終わってほしい。それしか考えられない。
ヴェルムは掠れた声で哀願した。
「お願いだから……、もう駄目……もう、イキたい……!」
甲高い声、涙で潤んだ瞳。不覚にも心が揺れ動き、クリストは息を飲んだ。ようやく折れて弱々しくなった彼を目にし、妙な充足感が沸き上がっている。
「可愛いな」
彼の泣き顔が、とても可愛いと思った。もっと彼を虐め倒したいと思い始めている。
自分で自分をセーブできない。
「少し、動こうか」
クリストはヴェルムの足を持ち上げ、再び強く突いた。
「あっ、あぁっ……っ!」
苦しい。けどそれだけじゃない。体験したことのない感覚に、ヴェルムは困惑した。
「ペニスはさっきより硬くなってるぞ。気持ち良くなってきたんじゃないか?」
「そんな……く、……っ」
否定したが、確かに前は勃起していた。
少しずつ快感に変わってきてる。認めたくないが、身体は正直だった。
「も…無理……っ」
しかし絶頂より先に、体力の限界が訪れた。
「早いな。というか、よくまぁ今まで誰にも襲われずにいたな。お前ならこぞって物にしようとする連中が来るだろうに」
……違う。
そうじゃない。
快感、恐怖、苦痛……様々な感情に縛られ、ヴェルムは掠れた声で応えた。
「俺に……近付いてくる奴なんていないよ。むしろ俺から近付いたら……んっ……みんな逃げるんだから……っ」
クリストが強く腰を突いた時、ヴェルムは彼の手の中に射精した。
「あっ……!!」
「そうか。まぁこれだけ綺麗じゃ気が引ける奴らもいるだろ。でも」
クリストは彼の細い髪をなぞって、優しくキスをした。
「今日からお前は俺のものだ。逃がしたりしないから、覚悟しておけ」
案の定、ヴェルムの嫌な予感は的中してしまった。「こんばんは。先程はどうも」閉店後、駐車場に向かっていたヴェルムの前に、先程の男性が現れた。一緒にいた眼鏡の男の姿は見えない。どうやら彼一人のようだ。しかし行きずりと言うにはあまりにわざとらしい。仕事以外では(仕事でも)極力関わりたくない人種だと、内心舌を出した。「こちらこそ、ありがとうございました。楽しんでいただけけましたか?」「えぇ、それはもう」彼は笑顔を崩さずにヴェルムに近付く。「それでは、帰りはお気をつけて……」ヴェルムは反対に、自分の車の方へ後ずさろうとしたが、男性はその様子に目敏く、すかさず口を開いた。「クリストさん。ってご存知ですよね?」どんな誘いも断ろうと決めていたが、意外な人物の名を出され、振り返ってしまった。「良かった、その顔は人違いじゃないみたいだ。……ちょっとお付き合いいただけませんか? 大事な話があるんです」「……ここでは駄目なんですか?」「長くなるかもしれないので。立ったままは疲れるでしょう」相手が誰であろうと安易に誘いに乗るべきじゃない。しかしクリストが絡んだ話なら無闇に切ってしまうのも危険に思えた。「……わかりました。どこへ行きます?」ヴェルムは意を決して両手を翳す。「そうですね。こう見えて私も立場があるので、できれば人目につかない場所が良い。私が泊まってるホテルに向かいましょうか」「……」ホテルなんて、嫌にも程がある。絶対に行きたくない場所ナンバーワンだったが、向こうは譲らないだろう。彼の車を追って渋々ついていくことにした。ホテルへ着き、チェックインを済ませ、真っ先に彼が泊まっている部屋へと向かった。「どうぞ、楽にしてください」ヴェルムは適当にすすめられた椅子に腰かけた。「少し飲みましょうか」すると彼は上等なウィスキーを出してきたので、ヴェルムは慌てて断った。「俺は車で帰るつもりなんで」「大丈夫ですよ。帰る時は私の部下を呼んで送らせますから」「そこまでしていただかなくて結構ですよ」正直ありがた迷惑だ。しかし彼は食い下がってくれず、ヴェルムのグラスに注いだ。「まぁまぁ、ちょっとなら大丈夫でしょう」グラスを押し出してくる、鼻につく強引さ。仕方なく一口だけ飲んだ。その後は手をつけないつもりで。「それとお互い敬語はやめないか。プラ
今日も店はいつも通りだ。客と店員の会話を除けば、耳に入るのはBGMぐらいのもの。ヴェルムは軽くホールを覗き、裏へ引っ込んだ。パソコンの電源を入れ、酒や食材等の物品の発注をする。今日はシフトの作成やスタイリストの手配など、事務的なことしかしない。そういえばまた近くに新しい店が出るらしい。場所によるが、それなら挨拶に行かないと。ここは競争社会。近隣にも目を配らないと取り残される。昔から乱れた区域だが、これからも変わることはなさそうだ。売上を見ながらマウスを叩いてると、一人のスタッフがカウンターに入ってきてヴェルムの耳元に囁いた。「ヴェルム、三番テーブルの客が呼んでるよ」「トラブル?」一瞬、鼓動が速まる。しかし彼は首を横に振った。「そういう感じじゃないな。挨拶をしたいんだと。お前を名指しで呼んでるんだ。知り合いじゃないのか?」ヴェルムは奥に入り、監視カメラで確認した。「知らないな。見たこともない」「一見さんだよ。紹介も特になかった」「分からないけど、行くしかないか。さっきホールに出てるから居留守は使えないし」ヴェルムは身なりを整えると、指定された席へと向かった。少しして到着すると、そこには店員の女性が二人、そして客の男性が二人座っていた。態度や様子から、この二人は仕事繋がりだと推察する。眼鏡をかけた男性は姿勢が良い。緊張しているようだ。女性に対してではない。恐らく、もう一人の男に対して。その男は、癖のあるブロンドと非常に整った顔をしており、気品があった。仕事でもプライベートでも相当なやり手だろう。穏やかな笑顔を浮かべているが、相手をよく観察しているような視線が纏わりつく。こういう人間は大抵、自分に絶対的な自信を持っている。自分も似たような類だけど、共感はできても意気投合するとは思えない。ヴェルムは一瞬の間にこのような妄想をするのが楽しくなっていた。「お待たせいたしました。何かお困りでしょうか」「初めまして。わざわざ呼びつけてしまって申し訳ありません」彼は声まで魅力的、女性を虜にしてしまいそうなバリトンボイスをしていた。「ここは居心地のいい店ですね。非常に満足しています。……ですからもう少し寛ぎたくて。時間、閉店まで伸ばせませんか?」「あぁ、問題ありません。ありがとうございます」ウチは時間制だ。確かにこのテーブルの客はそろ
人と繋がるのは、怖い。関係は不安定で老朽化した吊り橋だ。嫌われたり、好かれたり、その繰り返し。嫌だけど、それでも最後は誰かと繋がりたい。「ランディ?」名前を呼ばれた瞬間、暗かった周りが明るくなった。いや、元々周りは明るかった。闇を錯覚したのは、ずっと瞼を閉じていたせいだ。あれ。俺寝てた……。ランディは見覚えのある……店の休憩室で目を覚ました。確か、仕事に戻ったウォルターを待っていて……。「ランディ!」少し強い調子で名前を呼ばれ、ランディは身体を震わせた。目の前には、心配そうにこちらを見つめる恋人の姿。「あ……ウォルター。仕事終わったの?」「だいぶ前にな。でもお前が全然起きそうにないから……」声をかけた、とウォルターはソファに座った。「そっか、ごめん。ねぇ、ところでウォルターは」ランディは瞬きもせずに宙を見た。「何で俺と付き合うのOKしてくれたんだっけ?」「………」その質問の後、沈黙が流れた。「ウォルター、聞いてる?」「聞いてるけど……何だ、唐突に。寝惚けてるのか」ウォルターは少し心配そうにランディの隣へと移動した。「夢見てたんだ。ウォルターとまだ付き合う前の夢」あんな夢を見た原因は分かってる。店の廊下でウォルターと話していた時が、本当に不安で仕方なくって。まるで彼に告白した時のような、胸が押しつぶされそうな心境だったんだ。「思えばウォルターにはたくさん迷惑かけたなぁと思って」「確かにお前は手のかかる奴だよ。現在進行形で」彼は苦笑してから、前に屈んだ。「恋愛沙汰に発展するかどうかは俺自身分からなかったけど、あの時のお前は冗談抜きで消耗してたからな。ほっとけなかったよ」「うん」「ヴェルムを忘れるぐらい、お前のことばっかり考えていたから。俺の役目は、お前を支えることだと思って……って、こんな話、恥ずかしいからやめようか」ウォルターは珍しく顔を赤くして、額に手を当てた。それが逆に面白く、笑ってしまう。「いいじゃん。もっと聞かせてよ」「……」ウォルターは身を乗り出して、ランディの頬にキスをした。「いいけど、後でな。最近は本当に歯止めがきかなくて、俺も困ってるんだ。お前にもっと触りたくて」互いの指が絡まり合う。二人の息が、熱で溶け合った。「こんな場所でやって大丈夫かな。ヴェルムに見つかったら今度こそク
青年が帰ると、案の定気まずい空気になった。「あ、あの……」何から話すのがベストだろう。隠すところだけ布団で隠してるけど、この状況は本当に酷い。自分の今の姿は目も当てられないはずだ。「どういうことか説明してもらおうか」ランディは俯いたまま、顔を上げることができなかった。彼と目を合わせる資格がない。後ろめたさが勝って、唇を噛んだ。「最近、お前が複数の客と関係を持ってるって情報が入っててな。信じたくなかったんだけど」ウォルターは少しずつ歩みを進めて、ランディの前に膝をついた。「……本当だったみたいだな」「……っ」怖い。彼に心の底から失望されたと……わかってしまった。「って、おい? 泣いてるのか」ウォルターは目を見開く。確かに、自分は涙を流し、嗚咽していた。「泣くことないだろ。むしろ泣きたいのはこっちだよ」ウォルターは困ったように頬を掻くと、ランディの頭に手を当てた。「まさかこんな風に男と寝るなんて……襲われそうになったお前を助けた俺の行動は何の意味もなかったわけだ」息が詰まりそうな空間だ。ランディは彼のもっともな言葉に何も返せず、しかし涙も止まることなく流れ続けた。「強引に雇ったヴェルムにも非はあるけど、わかるよな? お前がした事は店の存続に関わる問題だってこと……俺もあいつも、前のオーナーが残してくれたあの店が大事なんだ。店を守るためなら何でもやる」「………」ウォルターの言葉に、静かに頷いた。彼らの大事なものを汚した自分は責任を取らなければいけない。迷惑をかけるだけかけた上での決断を。「ごめん……俺もう、店を辞めるよ。他に償えることがあれば、何でもする」ようやく発した言葉は何とも情けなかった。「本当に……本当にごめんなさい……」どれだけ憎まれても、どんな罰を受けても仕方ないと思った。しかしウォルターは落ち着き払った様子で、ランディを見据える。「……話してくれないんだな」その声には、少しだけど寂しさが漂っていた。「俺はよっぽどのことがなきゃ、お前がこんな事するとは思えないよ」ウォルターはランディの身体を引き寄せた。その温もりを感じて、また辛くなる。思わず彼の優しさにすがりつきたくなってしまいそうで怖かった。「したかった事があるんだ」消え入りそうな声で、ランディは言った。「恋人の真似事みたいな……」「
ランディは店を出て家に帰ると、またシャワーを浴びた。他に何もする気が起きないからかもしれない。来週までにやらなきゃいけない大学の課題も、今はとても手に付ける気分じゃなかった。自分を混乱させている、もっと根本的な問題を解決しないことには。ウォルター。寝ても覚めても、考えるのは彼のことばかりだ。これは異常……なんだろうか。それすら分からないのは、彼が初めての恋人だから。「あら。ランディ、今日は休みじゃないの?」余計なことをグルグルと考えてしまう。少しでも早く解決しようと、休みだというのに店に来てしまっていた。「うん。ま、その……ちょっと暇だったから」ランディがそう返すと、向かいの美女、レイリーは鋭い眼で手を組んだ。「嘘ね。仕事嫌いなアナタが休日に顔を出すわけないもの」「……」図星の為ランディは閉口した。「そういえば最近元気ないわね。なにかあった?」それでもレイリーは心配そうに聞いてきてくれた。彼女とはそれなりの付き合いだから、様子だけですぐ分かるらしい。自分と同じ女の子を取っかえ引っ変えしている。性癖に問題はあるけど、今までもたくさん相談相手になってくれていた。 バレない程度なら話してもいいんだろうか……。「大したことじゃないんだけど……ウォルター、俺のこと何か言ってた?」「え? ウォルターがどうかしたの?」彼女が不思議そうに聞き返した、その時。「ランディ?」背後から聞こえた声に、ランディは冷や汗を浮かべた。振り返った先にいたのは、やはり紛れもない彼。「あら、噂をすれば。どうしたの?」「ちょっ、レイリー……!」慌てふためくランディに、ウォルターは怪訝な表情を浮かべた。「噂? 噂って……何の話してたんだ?」「い、いや」困った様に視線を外すランディを見て、レイリーは明るい口調で話し出す。「貴方のことに決まってるでしょ。最近飲みに行ってないから、久しぶりにどうかと思って」「あぁ……」それを聞くと、ウォルターも納得したように頷く。「わかった。……ちょうどこの前新人も入ったことだし、歓迎会も兼ねてやろうか」「お願いね。こういうの、ヴェルムは全然企画してくれないんだから」「はは、確かにそうだ」ウォルターは肩を揺らし、可笑しそうに笑っている。助かった。上手く誤魔化せたようだと、ランディは安堵する。レイリーが気を利かせ
とにかく、このままじゃ駄目だ。ウォルターの横暴な振る舞いは普通に腹が立つが、彼も自分で自分を制御しきれてないんだろう。ここは、“彼ら”に協力を要請しようと思う。ランディはシャワー室から出ると、携帯を取り出しある人物に電話をかけた。翌朝は前もって予約していたレストランの個室に来ていた。「そんなわけで、ウォルターがおかしくなった原因は貴方達にあると思うんです。どうします?」ウォルターと自分にまつわる話を一通り聞かせた後、呼び出した二人に意見を求める。そこにいたのは、ヴェルムとクリストの二人。ランディが言う“原因”だった。「どうします? ……って言われても。どうしたいんだよ、逆に」ヴェルムは冷ややかな眼と声でランディの問いに返した。「色々あるでしょ。申し訳ないから、俺らの関係を修復するのに協力したいとか」「見事にお前の願望じゃねえか」呆れ気味のヴェルムの隣で、クリストは苦笑しながらワインを口にした。「でも確かに、一ミリも関係ないとは言えないかな。ウォルターさんがヴェルムに好意を持ってるなんて、今初めて知ったけど……お前は前から知ってたのか?」「は、悪いけど初耳。ランディのいつもの思い込みじゃないか?」「それはない! 付き合ってから、ウォルターがそう言ったんだ。でも昔のことだから、忘れてくれって言われたんだけど」忘れられるはずがない。ランディはカットしたステーキにフォークを突き立てた。「結局、ウォルターはまだヴェルムに未練たらたらなんだよ。今は俺と付き合ってるのに……っ」そんな彼を見て、クリストは密かに喉を鳴らした。意外な発見だった。第一印象からもっと爽やかな少年だと思ったけど、ひょっとしたらヴェルムよりも激情的かもしれない。チラッと隣に目をやると、ヴェルムはすぐに反応した。そして小声で呟く。「ロクなことじゃないと思ったけど、案の定。適当に宥めて帰ろう」薄情だとも思ったが、同意した。今の彼は何で起爆するか分からない。それに、現状自分達に協力できることもない。目配せを終了し、ランディの方へと向き直る。確かに美少年だ。彼に夢中になる女性は少なくないと思う。なのに彼も男が好きだと言うんだから、素直に驚きだ。「それはそうと……ランディ君、昨日は寝てないのかい?」クリストは手元の食器を確認しながらランディの顔を眺める。ヴェルムも