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All Chapters of White Shadow: Chapter 1 - Chapter 10

29 Chapters

【1】

「んんっ……や、あ……っ!」青いライトが妖しく光るホテルの一室で、快楽に溺れた声が響いた。きつい薔薇の香水や悪趣味な部屋の造り、かけっぱなしのラジオならもう慣れた。そんなものに構ってられない。慣れざるを得ない環境というものが、どうしてもある。「うっ、あ、あぁ……っ」例えば、“俺”が今抱いている“少年”にも。彼は男に抱かれるのは初めてらしい。でも仮にこれから経験を積んでいったとしても、彼がタチになる姿は想像できない。華奢で抽象的な容姿以上に、柔く脆い心が見え隠れしている。「ああぁっ!!」そんな事を考えてる間に少年は射精した。精液の強い匂いが鼻腔をくすぐる。「はぁ……はぁ……っ」シーツに突っ伏して放心していた彼は、少ししてからため息混じりに呟いた。「すみません……こんなキツいなんて、俺甘かったっていうか、ちょっと耐えられないです。この仕事は断らせて下さい」少年は涙目で訴える。見てるこっちが気の毒に思ってしまうほどの悲壮感を漂わせていた。「……わかった。じゃあ帰りな。部屋代は俺が持つから」「あ、ありがとうございます」彼は身支度を終えると気まずそうに、逃げるように部屋を出て行った。用済みのラジオを止めたものの、今度は静寂が気持ちが悪い。シャワーを浴びる前に一服し、窓際に佇んだ。「ふう……」男でも女でもいいから、今は人手が欲しい。だがそう簡単に欲しい人材は見つからない。 もっとピンとくる人間がいれば、どんな手を使っても手に入れるのに。危険な思考に入りかけていることに気付き、自嘲した。頭の中はグチャグチャなのに、不思議と気持ちはスカッとしてる。さてと。灰皿に煙草を押し付けて、部屋の時計を確認する。あまり行きたくないけど、そろそろ仕事に戻らないと。青年は銀髪を掻き乱し、ハンガーにかかったジャケットを取った。「警察だらけじゃんか。この辺りも物騒になったよなあ」「そうか? 元からじゃないか?」夜の繁華街で、鉛のような会話が交わされる。といっても、弾んでないと勝手に思ってるだけかもしれない。自分の気持ちが急降下しているのは間違いないから。いつもならもっと話を盛り上げたり、穿った展開をしたり、とにかく溌剌とした受け答えができる。しかし今日はそんなことをする気力もない。「気が乗らないって感じだな、クリスト。お前が行ってみたい
last updateLast Updated : 2025-11-27
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#1

ホテルからそう遠くない街角に彼は車を停めた。そして案内されたのは、洒落た外観の建物。三階まであるが、どこまでが店内なんだろうか。ヴェルムがドアを開けた為先に入る。内装から確信したが、ナイトクラブのようだ。入ってすぐの場所にカウンターと、客席が部屋全体に並んでいる。「あ。ヴェルムさん、お帰りなさい」二人の存在に気付いたボーイがすぐに駆け寄ってきた。「ウォルターは?」「今は外出中ですよ」「そう。良かった」ヴェルムは悪戯を仕掛けた子どものように笑った。「こちらお客様ですか?」「あぁ。二階使うから、他は通すなよ」 ヴェルムは店内を軽く見渡した後、クリストに笑いかけた。「じゃ、行きますか」彼はクリストをホールではなく、個別の大部屋へ案内した。そして席に促し、手慣れた仕草で酒の用意をする。「では改めて、乾杯!」グラスがぶつかる小気味いい音。この高価な酒もキスの御礼……なんてはずがない。絶対に裏がある。あえてノコノコついてきたのは、彼の真意を確かめる為だ。その実、まだ彼に対する興味を捨てきれていないわけだけど。「それで、何が目的ですか」「あはは……もう、そんな怖い顔しないで。目的というか、お誘いです」ヴェルムは宥めるように片手を翳した。「クリストさん、この店のオーナーやってみません?」彼の“お誘い”は、またまたぶっ飛んだ“お願い”だった。「困ったことにオーナーが不在なんです。前はいたんですけど色々あって、現状俺が代理をしています」ヴェルムは、いかにも社用の携帯を取り出してテーブルの上へ置いた。「けど俺じゃ毎日何とか回すのも精一杯で。この店を任せられる方を捜していた、という状況なんですが」「いきなりそんな事を言われても困ります。俺達、今日会ったんですよ」からかってるなら不快だし、本気で言ってるなら異常だ。そこはクリストも譲れないし、揺らぐ要素がなかった。雇われなら捜せばいくらでも希望者が集うだろう。そう言ったものの、彼は変わらない調子で話を続けた。「俺、人を見る目はあると思うんです。貴方は大抵のことは受け止める度量がありそうだ。それに、そう……ちょっと一緒に来てください。見せたいものがある」ヴェルムはあくまで態度を崩さず、笑顔で話す。これ以上聞く義理はない。……そう思うが、ここまできたら付き合おう、と腰を上げた。理由はただひ
last updateLast Updated : 2025-12-03
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#2

足元から伝わる、コンクリートのひんやりとした感触が気持ち悪い。この痛みも感覚も慣れることはない。だがこの部屋の空気は馴染みかけてきてるから不思議だ。ヴェルムは白い息を吐いた。────どれぐらいの時間が経ったかは分からないが、体感的には異様に長く感じた。「……抜くぞ」ヴェルムに含んでいた、まだ生暖かい指で、クリストは自身の性器を取り出した。そして緩んだ彼の穴へ押し当てる。「やっ……ホントに無理だって、それはっ」「だから、無理じゃないからお前も他人にやってきたんだろ? ……とはいえ最初だし、加減無しにやられたら痛いじゃ済まないかもな」体重をゆっくりかけるようにして、クリストはヴェルムの開き掛けの扉を貫いた。「あぁあっ!!」その衝撃を言葉に表すことはできなかった。ヴェルムは身体を仰け反らせ、後ろの壁に背をぶつけた。抵抗しようとした両手は、手錠のせいでかえって自身の手首を傷付けてしまう。加えて、下半身の痛み。 「い……あっ」挿入されてから動いてないとはいえ、ヴェルムは苦痛に呻いた。「無理かと思ったけど、案外入るな。お前はこっちの方が性に合ってるんじゃないのか」「そんなわけ……あぁっ!」反論する間も与えず、クリストはヴェルムの腰を緩やかに突いた。男とセックスしたことはある。だが経験のない相手を抱いたのは初めてだ。だから彼の些細な反応もよく見えるし、感じるのかもしれない。声も動きも、表情も。「ふあ……ぁっ」ぐい、と更に腰を押し上げて、きつい体勢をとる。「痛いか」「……っ」クリストの問いにヴェルムは答えず、声を殺して我慢した。「痛い」と答えたところで彼が自分を解放する気がないことは分かっている。それに、彼を批判するのも筋違いだと分かっていた。自分がしてきたことは間違いなく犯罪で、どこでどんな目に遭っても仕方ないことだから。けど、これが罰だとしても……これ以上はとても耐えられそうにない。そういえば……。やはり以前に勧誘した少年をホテルで抱いた時、彼は『耐えられない』と言っていた。その言葉の意味が今さらわかってしまった。「も、もう……!」駄目だ。早く終わってほしい。それしか考えられない。ヴェルムは掠れた声で哀願した。「お願いだから……、もう駄目……もう、イキたい……!」甲高い声、涙で潤んだ瞳。不覚にも心が揺れ動き
last updateLast Updated : 2025-12-04
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#3

─────あの日。あの夜から“俺”の世界は変わった。もちろん、悪い意味でだ。「あ、この発信機付きの首輪はいいな。すごくお前に似合いそうだ」一般人ならドン引きもののマニアックな雑誌を広げながら、彼は微笑んだ。深夜、高級ホテルに男二人で過ごすのは気分が悪い。無駄に機嫌が良いのも薄気味悪い。とにかく、隣に座る青年が嫌で嫌で仕方なかった。「ヴェルム、お前はどれが欲しい? お前が欲しい物も買ってやるから、遠慮なく選びな」「生憎その本に載ってる商品で俺が欲しいもんはない」楽しそうに笑うクリストとは対照的に、ヴェルムの気持ちは最大限まで沈んでいた。その原因は、クリストにある。こんなはずじゃなかったのに、という言葉を何百回唱えただろう。無論、心の中で。ヴェルムは窓際へ寄って、煙草を取り出した。そして過去の記憶を振り返る。三日前、彼……クリストに出会った。穏やかな雰囲気の、見るからに真面目な好青年で、その上肩書きのある完璧な人間だった。彼ならば、安心して店を譲れるかもしれないと淡い期待をした。歩み寄っても今までの人間のように逃げないし、多少なりとも自分に好意を持っている様だったから。……しかし結果は悲惨だった。クリストは鬼畜で、そのせいで自分はかつてない屈辱を味わった。今や彼の奴隷といっても過言じゃない立場まで降格している。「ヴェルム」声掛けに振り返ると、かなり近い位置にクリストが立っていた。「なに……」「煙草」言葉と同時に、ヴェルムは手に持っていた煙草を取り上げられてしまった。「匂いがつくからやめろと言ったろ」「誰のせいで吸う量増えてると」思ってんだ。と、最後まで言い終わらないうちに唇を掠め取られた。「……っ!」両手を掴まれ、窓に背を預ける。逃げられないこの時間が未だに恨めしい。どんなに美形だろうと、好きでもない相手と意味の無いキスはできなかった。「……はぁっ」やっと唇を離され、ヴェルムは呼吸を整える。「なぁ。俺と初めて会ったとき、キスしてきたよな。あれは何でだ」クリストの言葉に、ヴェルムは少し驚いていた。あえてそのことを訊いてくるとは思わなかったから。「あぁ。……はっ、アレね……」しかし吐き捨てるように言って、彼から乱暴に煙草を奪い取った。「何でだったかな。……忘れた。でも結局はビジネスだよ。店を任したかっただけ
last updateLast Updated : 2025-12-05
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#4

「クリスト、せっかくだから出掛けないか」ヴェルムは車のキーをちらつかせ、わずかに声を弾ませた。怒りやら何やらで流されそうになっていたが、切り替えは大事だ。本来の目的を忘れてはいけない。クリストは不審そうに窺っていたが、やがて「あぁ」と言ってついてきた。腹の底では勘ぐっているだろうが、こちらのアクションは何でも嬉しいらしい。彼を連れ出すことに成功し、深夜の街道を運転する。最も車内は沈黙そのもので、とても居心地が良いとは言えない。「……またあの店に行くつもりか」しかしその空気を打ち消すように、クリストは指を鳴らした。「その通り。分かってるじゃんか」ヴェルムは運転に集中しつつ、密かに整理していた話を始める。「もう俺は引退して、適当に生きたいんだ。だからあの店を引き継いでほしい。例え男をレイプする犯罪者でも……絶対、俺が決めた人間に任せたい」「……」クリストもまた彼を見ることはせず、むしろ窓の外を意識して見ていた。「心配しなくても人買いは止めるよ。それも俺が勝手に始めたことで、他に関わってるスタッフはいない。店は本当に関係ないから」時間帯のせいか走ってる車に全く出会わない。この静かさも、落ち着くよりは不気味に思えた。「とりあえず一度話を聞いてくれ。経営リスクについて心配してるなら、そこはちゃんと俺が……」そこで喋るのを止めて、ヴェルムは隣を一瞥する。隣の彼は相も変わらず、興味がなさそうに外を眺めていた。「もう既に聞いてないな?」「聞いてたよ。むしろ俺は俺で提案があるんだけど、お前がその店を辞めればいい話なんじゃないか? 店の方針は今いる人間に任せて、お前は足を洗う。それで円満解決じゃないか。それとも経営不振か? お前が辞めたらすぐに潰れるような状況なのか」クリストの台詞に、ヴェルムはかぶりを振り、そして黙った。真面目に取り合わないから、怒らせてしまっただろうか。クリストが密かに考えていると、意外にも彼は今までで一番明るい声で話した。「……そうだな。ほんとに、そうすれば良いだけなのに」そう言って最後に見せた笑顔はひどく頼りなくて、壊れそうだった。だからなのか、自然と彼の方へ向き直ってしまった。「そんなに店が大事なのか」「うーん。……かもな」そしてまたヴェルムはハンドルを握る。その様子を尻目にして、クリストは大袈裟にため息を
last updateLast Updated : 2025-12-06
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#5

ヴェルムが裏へ入ろうとした時、クリストは目敏く一言付け加えた。「ランクはこだわらないが余計なものは入れるなよ」「はは……何ですかね、余計なものって……」ヴェルムは苦笑してみせたが、それは決して余裕あっての反応ではなかった。今まさに、彼に睡眠薬入りの酒を用意しようとしたところなのに……。というか、ずいぶん信用されてないみたいだ。当たり前だけど……。「……まぁ、ここにある物は好きに使って構わない。アンタの回答次第じゃ、所有権は全て譲るんだから」彼のその言葉に驚いたのは周りだった。皆一様にざわつき始めている。「ヴェルム、それどういうこと?」「あぁ、これからは彼が俺に代わってこの店を切り盛りしてくれる。……かもしれないんだ」ヴェルムが視線を送ると、クリストは苦々しい顔でため息をついた。空気が凍る。「そういうことで、先に皆と顔合わせしたかったんだよ。ウォルターも……聞いてただろ」そこで初めて、クリストはヴェルムの後ろに立つ青年の存在に気が付いた。眼鏡を掛けたダークブロンドの青年。彼は自分とそう歳は変わらないように見える。温厚そうだが、状況が状況だけに怪訝な表情だった。「また急な話を……どうしてそうなったんだ?」「俺が決めた」「だから、何でそう決めたのかを言わないと……第一それは合意の上か?」幸い彼は話が通じそうだ。クリストは直感し、密かに胸を撫でおろした。ヴェルムとは理性的な話し合いができない。断るなら彼に間に入ってもらった方がスムーズだろう。「まだ考え中みたい。だから心の整理ができるのを待ってる」「なら何で、ここで公言するような真似をしたんだ」「中々思いきらないからね。ちょっと背中を押してやるぐらいが良いかと思って」話の途中で、ウォルターの機嫌が悪くなってるのは誰もが分かった。女性達も居心地が悪そうにしている。「恣意的な行動は昔からだけど、お前、最近はちょっと異常だぞ。独断専行にも限度がある」「当然だ、俺が決定権を持ってるからな。抗議は受け付けない」ウォルターは頭が痛そうに椅子に座る。子どもじみた口論でヴェルムに勝てる人間はいないらしい。……だが本当に、ヴェルムがここの管理者であることも証明された。クリストはため息混じりに肩を竦める。若輩の上、短絡的な彼に代理を任せた前オーナーとやらの顔を見てみたいと思った。「ヴェルムっ
last updateLast Updated : 2025-12-07
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#6

「……いや、意外にぶっ飛んでるね。もっとクソ真面目な人種だと思ってたよ」クリストの大胆宣言はだいぶ効いたようだ。レイグールは壁に背をつけて、めんどくさそうに腕を組む。まさかここまで思い切った行動に出るとは思わなかった。人生とは分からない。……いや、自分自身が。「自分でもそう思います。それじゃ、今度こそ失礼しますね」ヴェルムの連れ去り自体は呆気なかった。ある意味夜逃げとも言えるか、と自嘲する。店に入る前は黒かった空が、深い青に変わりかけている。朝が近い。個人的にこの時間帯は好きだ。一日が始まる予兆。でも、単に徹夜で気持ちが上がってるだけかもしれない。クリストはパーキングエリアで気持ちよさそうに外の空気を吸った。停まってる車はわずか数台、人も見かけない。国道に沿ってるのに静かで落ち着く場所だ。隣の彼はまた、静かすぎるけど。「ヴェルム、いつまで黙ってるんだ? いい加減平常心は取り戻してるだろ」クリストはヴェルムの車を挟んだ助手席側にいたが、彼は反対の運転席側に立っていた。ドアに寄りかかり、クリストから背を向けた形で。「ん」ようやく返答があったが、相変わらず彼の顔は生気が感じられなかった。「今はどこらへんで思い悩んでるんだ」店を出てから、彼の頭の中では色々な感情が渦巻いてるように思えて、そんな質問をしてみた。すると、「全部終わった」「ほう」待った甲斐があった、とクリストは安堵する。後は、あの沈黙のドライブを無にするぐらいの結果になれば上出来だ。「……悪かった。今まで振り回して」「いいや。それよりもレイグール……さんだっけ? 彼に大人気ない対応をとっちゃったな。お前の悪口聞いたら、つい。内容自体は事実だと思ったのに、不思議だよな」ヴェルムはなにか言いたそうだったが、再び口を閉ざした。「でも図星だから、お前は何も言い返さなかったんだろ? それで良いんだよ。もしあそこで嘘に嘘を重ねて彼に言い返してたら、俺はまた違った感情をお前に抱いたかもしれない」ヴェルムはハッとした様にクリストを振り返る。そして懐かしむように、小さな声で話し始めた。「……初めて会った日、俺が買った男の子をアンタは逃がしただろ。そういうところ、ちょっとだけ凄いと思ったんだ」「ちょっとだけか」ついツッコんでしまったが、そんな小さなことで言い合ったらキリがない。
last updateLast Updated : 2025-12-08
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#7

ある日、勤務中に一本の内線が掛かった。『クリスト、お前この前無断欠勤したそうだな』胃痛と頭痛が同時にやってくる、物々しい声だ。これほどの圧力を与えられるのは世界で彼だけだろう。「はい、申し訳ありません。仰るとおり休んだ分の仕事がたまってるんで、失礼します」『待て、お前最近弛んでるぞ! 何考えてるんだ!?』クリストは受話器を耳から遠ざけて、耳を劈くような怒声を聞き流した。朝っぱらよくこんな声が出せると逆に尊敬する。今はオフィスで仕事中だったが、父からの電話で否応無しに手を止めていた。出た瞬間、怒声と罵声の嵐。電話を離してても聞こえるから、周りの部下にも聞こえてしまっている。「後で直接伺いますので、一旦切っても宜しいでしょうか」嘘だ。出向く気なんてこれっぽっちもない。今は如何にして、この難敵から逃れるかが重要だった。『……わかった』それだけ聞こえると、電話は切れた。ヒヤッとした。面倒な取引先と同じぐらい厄介だ。しかし親の目が届く場所を選んだのだから、自業自得。今日も定時に帰ろう。仕事がどれだけ忙しくても、プライベートは楽しみたい。そして早く帰って、ヴェルムに会いたい。先週、彼に告白した。彼はイエスとは言わないが、ノーとも言わなかった。だからもうカップル成立と受け取ることにしたのだ。今までならこんな横暴かつ自惚れた考えなどしなかったのに。本当に不思議だ。ふと、隣を横切る女性社員の綺麗な足が目に入った。そういえばヴェルムも男とは思えないほど足が綺麗だったと思い出す。この前も半強制的に全裸にしてカメラで撮りまくった。その後しばらく着信拒否にされたけど、彼は自分の美貌を自覚してるんだから慣れてもいいと思う。「クリストさん、社長に何言われたんだろうな。……すごい考え込んでるぞ」真剣な表情で悩むクリストを、近くの社員達は心配そうに見守っていた。夜を迎え、人で賑わう歓楽街にクリストは来ていた。「よ、ヴェルム」待ち合わせ場所に適した広場で、クリストはヴェルムを見つけた。「悪いな、待ったか?」「いいや、全然」ヴェルムは腕時計を見て、淡々と答える。「よし、じゃあ今からディナーといこうか。部下に良い店を教えてもらったから」「今度はどこの高級レストラン?」二人は雑踏をかき分けるように歩き出した。「なんだ、何か不満か? 心配しなくても
last updateLast Updated : 2025-12-09
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#8

人に見られたら一環の終わりだ。なのに身体は石のように固まって動けない。「ふ……っ」深いキス。水の音が耳に張りつく。息も唇も、全てが甘い。酒のせいか妙な錯覚がした。物足りない。キスだけじゃ収まりがつかない。ヴェルムはクリストを街路灯の裏側へ押し倒した。灯りの真下ではなくなったが、人が近くを通れば気付かれてしまうかもしれない。それでも、もう止められなかった。彼のベルトに手を掛ける。「……っ」ヴェルムはクリストの熱の中心を口に含み、自身のものを扱いた。どうする……。────入れてほしい。自分の中に、彼の……。彼に抱かれた日から、全てがおかしくなってしまった。火照る身体を彼に預け、自分の後ろへも手を伸ばそうとした……そのとき。「ヴェルム」酔いが少し醒めたのか、クリストは心配そうにヴェルムに問いかけた。「そこはやめとけって。まだ痛いんだろ」「……」クリストはヴェルムの腰に手を当て、引き寄せた。「もっとしたいなら家に帰ってから好きなだけ入れてやる。だから今は……」ヴェルムの手を引き離し、クリストは自分と彼の性器を引き出し、一緒に扱き始める。「ぁ……っ!」その瞬間、例えようのない快感がヴェルムを襲った。「これだけでも充分気持ちいいだろ?」……確かに、すごく気持ちいい。この痺れるような快感は簡単に抜け出せそうになかった。手の動きに合わせてやってくる快感の波。何度も攫われ、彼の手の中でイった。クリストも遅れて、手の中に飛沫を放つ。「あっ……」断崖から飛び降りたようだった。快感は一瞬で突き抜けて、理性はわりとすぐに戻ってきた。早く後始末しないと。頭では分かっていても、身体が怠くて動きたくない。クリストは地面に手をついて空を仰いだ。「……帰るか」てきぱきと衣服を整えている。しかしヴェルムはまだ気だるそうに座り込んでいた。「全く、本当に体力ないな。俺より若いんだから頑張れって」「そんなすぐに切り替えられないっての……」大体、先に手を出したのはそっちなんだから責められる筋合いはない。「もうアンタと外で飲みたくない」「どうして?」「どうしても!!」翌、週をまたいで金曜日の夜。「やっ……と終わった」今日も無事に仕事を終え、クリストは椅子に深くもたれた。その直後に着信があった。登録してない番号。疑問に思いつつも、電話に
last updateLast Updated : 2025-12-10
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#9

「ランディ、他に用がないなら出ていきな」ウォルターは呆れた様子で額を押さえた。普段から似たようなやり取りをしているようだ。「待ってよぉ、ヴェルムを店に戻させたいんでしょ? 俺力になるよ! まぁクリストさんも協力してくれればの話だけど」ランディは無邪気な笑顔をクリストに送る。「まず意思確認が大事だよね。クリストは、ヴェルムがこの店で働くのは賛成? それとも反対?」「それは……」ヴェルムのことを考えるのであれば、当然反対だ。真っ当に生きる為には、彼は初めから無茶なステージにいる。けど、同時に思い出す。彼の車の中で交わした質問を。そんなに店が大事なのか? ……と。ヴェルムは寂しそうに答えた。“俺にとっては”。あの時の彼の表情が、鮮明に瞼の裏に焼き付いている。そもそも何故、こういった店で働き出したのか。話してくれないから皆目見当もつかないけど……あれはきっと、偽りの言葉じゃない。「俺の意見はいいんだ。今はただ、あいつの好きなようにさせたい」「はい、決まりだね。呼び戻そう」ランディは楽しそうに指を鳴らした。「ヴェルムもほんとは絶対店に戻りたいって思ってるよ。でも性根が曲がってるし、無責任に逃げ出した自覚があるから余程のことがなきゃ戻って来られないね」「だろうな。で、お前はそれを何とかできるのか。ランディ」ウォルターのもっともな疑問に、彼は半笑いで肩を竦めた。「ウォルターから聞いたけど、二人は付き合ってんでしょ? じゃあ話は簡単。クリストさんをエサにすれば、ヴェルムを誘き出せるよ」エサ。響きがあまり良くないが、確かにそうなる。「ところで……俺とヴェルムが付き合ってることは、まさかこの店の人は皆知ってるんですか?」「いえいえ、私とレイグールと、ここにいるランディしか知りません。レイグールにも口外しないようきつく言っておいたので!」「そうですか……ありがとうございます」今さら過ぎるが、それでもできればこれ以上広まってほしくない。居心地が悪過ぎだ。クリストは安心して胸を撫で下ろした。「よし、じゃあすぐにでも決行しよう。頑張ってね、クリストさん」「うん?」果たして上手くいくのか分からないが、こうしてヴェルムを誘き寄せる作戦が始まった。◇「……!」ダッシュボードに置いたスマホが振動している。画面に表示されている名前は、……クリス
last updateLast Updated : 2025-12-11
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