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#5

Penulis: 七賀ごふん
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-07 07:25:45

ヴェルムが裏へ入ろうとした時、クリストは目敏く一言付け加えた。

「ランクはこだわらないが余計なものは入れるなよ」

「はは……何ですかね、余計なものって……」

ヴェルムは苦笑してみせたが、それは決して余裕あっての反応ではなかった。今まさに、彼に睡眠薬入りの酒を用意しようとしたところなのに……。

というか、ずいぶん信用されてないみたいだ。当たり前だけど……。

「……まぁ、ここにある物は好きに使って構わない。アンタの回答次第じゃ、所有権は全て譲るんだから」

彼のその言葉に驚いたのは周りだった。皆一様にざわつき始めている。

「ヴェルム、それどういうこと?」

「あぁ、これからは彼が俺に代わってこの店を切り盛りしてくれる。……かもしれないんだ」

ヴェルムが視線を送ると、クリストは苦々しい顔でため息をついた。空気が凍る。

「そういうことで、先に皆と顔合わせしたかったんだよ。ウォルターも……聞いてただろ」

そこで初めて、クリストはヴェルムの後ろに立つ青年の存在に気が付いた。

眼鏡を掛けたダークブロンドの青年。彼は自分とそう歳は変わらないように見える。温厚そうだが、状況が状況だけに怪訝な表情だった。

「また急な話を……どうしてそうなったんだ?」

「俺が決めた」

「だから、何でそう決めたのかを言わないと……第一それは合意の上か?」

幸い彼は話が通じそうだ。

クリストは直感し、密かに胸を撫でおろした。ヴェルムとは理性的な話し合いができない。断るなら彼に間に入ってもらった方がスムーズだろう。

「まだ考え中みたい。だから心の整理ができるのを待ってる」

「なら何で、ここで公言するような真似をしたんだ」

「中々思いきらないからね。ちょっと背中を押してやるぐらいが良いかと思って」

話の途中で、ウォルターの機嫌が悪くなってるのは誰もが分かった。女性達も居心地が悪そうにしている。

「恣意的な行動は昔からだけど、お前、最近はちょっと異常だぞ。独断専行にも限度がある」

「当然だ、俺が決定権を持ってるからな。抗議は受け付けない」

ウォルターは頭が痛そうに椅子に座る。子どもじみた口論でヴェルムに勝てる人間はいないらしい。……だが本当に、ヴェルムがここの管理者であることも証明された。

クリストはため息混じりに肩を竦める。若輩の上、短絡的な彼に代理を任せた前オーナーとやらの顔を見てみたいと思った。

「ヴェルムって見た目によらず横暴でしょ」

隣に座る、レイリーと言う女性がクリストに小さく囁いた。

「貴方はヴェルムとどういうご関係?」

「いやぁ……ただの知り合いですよ」

そう答えるほかなかった。そしてそんな雑談を交わしている間に、ヴェルムとウォルターの口論も終わろうとしている……ように見えたのだが。

「ヴェルム、これ以上客がいるところでこんな話は止めよう。お前は疲れてるんだ。後で、ちょっと話し合おう」

「後でなんて言わずに、良い機会だ。今腹を割って話せばいいだろ」

「だから、それならまず裏にいくぞ。ここでは無理だ」

外野から見てもウォルターが正しい。客の目がある場所で、店の内情を大っぴらに話しているヴェルムは異常の極みと言える。

なのに彼は場所を移ることを了承しない。頭では理解していても、感情が高まりすぎているのだろう。

「俺が話をしようとしても真面目に取り合わないのはそっちだ。責任を押しつけるだけ押しつけて、都合の悪い時だけ頼られても困る!」

ヴェルムはこれまで鬱積したものをぶちまけているように見える。周りの店員も確実にまずいと思ってるんだろうが、誰も口を挟めずにいた。

ウォルターはあくまで冷静に、宥めるような語調で話した。

「文句なら後でいくらでも聞く」

緊迫した空気の中、皆一様に黙って二人のやりとりを見守っている。

「……俺が悪かった。お前ひとりに背負わせて、本当にすまない」

ウォルターは先に折れて謝った。

だがヴェルムは不満そうに眉を寄せ、むしろさっきより激昂して彼に詰め寄る。

「はっ。とりあえず謝ってこの場が収まればいいと思ってんだろうが、俺はまだ……んっ!?」

ヴェルムの言葉は、誰が聞いても不自然な形で途切れた。

「いい加減にしろ」

そう言ったのは、彼の口を手で塞いだクリストだ。

「裏に連れてった方がいいですよね? 私も手伝いますので」

「あ、ありがとうございます」

二人がかりで挑まれたらさすがにヴェルムも抵抗する気が失せたのか、大人しく裏へ連行される運びとなった。

「離せよ、もういいだろ」

ホールを出てすぐに、ヴェルムはクリストの手を振り解いた。しかしすぐに彼から離れようとはせず、その場に留まる。その頬は赤く染まっていた。

ウォルターは密かに眉を顰め、しかし本題を思い出して咳払いした。

「それで、お前の不満は何なんだ?」

「不満じゃなくて、限界なんだ」

ヴェルムはポケットから煙草を取り出した。一瞬、クリストが何か言ってくるかと思いヒヤッとしたが、彼は黙っている。そこまで野暮じゃないようだ。

「限界って……何でそう思うんだ。お前が管理してから、特段問題は起きてないだろ。売り上げもむしろ伸びているし」

そうかもしれない。けどそれを裏付ける根拠があるから卑屈に考えてしまう。以前よりも現場に顔を出すようになったから、そのぶん客に顔を覚えられる。

「俺の顔目当てだよ」

「はは……だとしても、客が離れてないんだから構わないだろ? クリストさんもそう思いますよね」

何故そこで話をふられたのか理解できなかったが、クリストはひとまず同意を選んだ。

「うーん、そうですね。ヴェルムが自意識過剰なだけでしょう。自分の顔目当てなんて、高慢にも程がある」

ヴェルムは不服そうだったが、だいぶ顔つきは和らいできていた。

「あぁ! 分かったよ、俺が悪かった。苛立ってたにしても酷すぎた」

それだけ言い残し、ヴェルムは通路を曲がってどこかへ行ってしまった。

「……自信がないだけだと思うんです」

ウォルターは苦笑しながらクリストの方を向いた。

「文句言いながら結局仕事好きですから、あいつ。口は悪いし、性格も……良くないから敵は多いけど、正直な奴なんです」

「えぇ」

「オーナーになってほしいという話ですが、やっぱり一方的に押し付けられたんですよね。俺からちゃんと理っておくので大丈夫ですよ。貴方には貴方の生活があるんだから、そこに戻らないと」

ウォルターは親切心からそう言ってくれてるんだろう。

感謝しかないが、改めて考えさせられた。

ヴェルムに出会ってから何かが少し変わった。変わったのは生活なのか、それとも自分なのか、いまいち分からない。

戻る。……戻るとしたら、一体どこまで戻ったらいいんだろう。

予想以上に彼らの店は広かった。内装の良さを頭の隅に入れながら、クリストは廊下を歩く。

ウォルターは仕事があるからと、再び表に戻っていった。

忙しい中悪いと思ったものの、帰る前にヴェルムと話がしたいと告げると、彼がいつも居る部屋を快く教えてくれた。今はその道を進んでいる。

裏方だとしても、自分がクラブの経営をする気はさらさらない。そもそも畑が違い過ぎだ。

が、ヴェルムを手放すつもりもなかった。

最初は確かに容姿に惹かれていたけど、今はそうじゃないんだ。

「あれ?」

ふと声が聞こえた方を振り返ると、長身の青年が不思議そうにこちらを見ていた。

ウォルターと似たような黒いスーツを着ているため、ここのスタッフであることはすぐに分かった。少し紫がかった黒髪と、黒い瞳をしている。

「しかしてアンタがクリストさん?」

「えぇ……そうですけど」

何故名前を知ってるのか疑問に思っていると、彼は目を耀かせて近付いてきた。

「へぇ! かっこいいね、モデルかと思ったよ」

とてもフレンドリーに話しかけてくる。というか、距離が近すぎだ。密着している。

「俺はレイグール。ここのボーイをしてんだ。さっきまで、アンタの噂で持ちきりだったんだ。ヴェルムが指名した次のオーナーってさ」

加えて嫌な流れだ。クリストは内心ため息をついた。

「」その件なら断るつもりでいます。お騒がせしてすみません」

「えぇっ。ヴェルムはOKしたわけ?」

「いえ。でも、まだ話自体そこまで進んでいませんでしたから……」

彼はヴェルムよりは断然年上に見えるが、確実に自分よりは年下だろう。その堂々とした様子が良いとも言えるし、場合によっては……。何とも微妙なラインだ。

「ふうん。まぁヴェルムも結構適当だからな。向こう見ずだし、視野が狭いからスカウトもロクにできない」

レイグールは吐き捨てるように呟いた。ウォルターと違い、彼はヴェルムを好いてないようだ。でなければ会ったばかりの人間にこんな話はしてこないだろう。

 話が終わりそうになかったので、どうやって逃げようか考えていた。……矢先、レイグールは急に声を落とし、耳元で囁いた。

「うん、でも納得したよ。アンタ、ヴェルムが慕ってた前のオーナーに似てるもん」

「」前のオーナー?」

レイグールの言葉は単純明解だった。それだけに様座な憶測がクリストの頭の中で交差する。

「もしかして、彼について何も聞いてない? だとしたら……」

「何の話してんだ」

少し高い声が後方から聞こえて、反射的に振り向くと怪訝な表情のヴェルムが立っていた。

「あぁ……お前こそどうしたんだ?」

クリストが尋ねると、彼は珍しく申し訳なさそうに眉を下げた。

「いや、俺が連れてきたのに放ったらかしにして悪かった。そろそろ帰るか」

そう言ってヴェルムは歩き出したが、レイグールは軽やかな動作でその腕を掴んだ。

「なぁヴェルム、この人のどこがいいんだ? やっぱり顔か?」

やはりクリストに対してそうだったように、異常なまでにレイグールはヴェルムに顔を近付ける。

ヴェルムは質問の意味が解らないという風に瞬きを繰り返していた。

「お前も自分の味方をしてくれる人間が欲しくて必死なのはわかるけどさ。顔だけで速攻決めたりすんのは正気じゃないぜ。なんなら俺が代わってもいいんだぞ、オーナー」

「……」

ヴェルムは依然として黙ったままだが、レイグールを見る眼は先程よりもキツく、鋭い。

「お前は情実でこの人をオーナーに仕立てあげようとしてる。違う? 違うなら、納得できるだけの理由を言ってみろよ」

驚くことに、ヴェルムは暗い面持ちで口を閉ざしただけだった。レイグールと目を合わせることもできないぐらいに。

「図星みたいだな。……そうだクリストさん、さっきの続き聞きたいだろ。聞かせてやるよ」

さっきの話……前のオーナーの事か。察してすぐ、クリストはレイグールよりヴェルムを注視した。

「こいつは前のオーナーのお気に入りだったんだ。だから彼がいなくなった時、店の所有権を譲り受けた」

最もそんな事にお構いなく、レイグールは話を始める。

「こいつもオーナーを異常に慕ってたから、顔も雰囲気も似てるアンタを側に置いておきたいんだよ。こいつにとっちゃ選ぶ理由なんてそれで充分なんだ」

彼の話を聞き終えた時、意外なことにクリストは冷静でいられた。

退屈な話だ。

単純で、馬鹿馬鹿しい。───そんな丁寧に説明されなくても、既にカンづいていた事だった。

ヴェルムは想い人と顔が似ている自分に店を任したかった。

予想の範疇だった。会って間もない自分にここまで執着してくる理由なんて、もう外見しか残ってない。むしろそれ以外に思いつくだろうか?

当の本人は、顔面蒼白で立ち尽くしているけど。

「ヴェルム、実際のところお前が一番汚いな。クリストさんも呆れてものも言えないって顔してる」

「違……俺は……っ」

ヴェルムの声は上擦っていた。ちょっとの衝撃で簡単に壊れてしまいそうなほど。……本当に、しょうがない。

「あぁ。確かに呆れたよ」

クリストは乱暴にヴェルムの腕を引いて、自分の方へ引き寄せた。その瞬間ヴェルムはビクッと身体を震わせたが、クリストは何もせずレイグールに向き直る。

「でも、俺もこいつも同じなんです。近付いてくる人間は皆顔が目当てなんだと思って、初めから疑ってしまう。……自惚れた人間で申し訳ない」

笑いを堪えるのに必死だ。芝居がかった台詞だけど、彼に送る逃げ口上としては十分だと感じてしまった。

さっきまでの鬱憤を晴らしてやろうと必死だったからかもしれない。

「でもどんなに顔が良くても、性格の悪さは滲み出るものじゃないですか。俺はヴェルムが極悪人ってことを、初めて会った日から知ってます。ついでに救いようのない馬鹿だってことも」

でもそれでいい、と続けた。

レイグールは頭が追いついていないのか、ぽかんとしている。

「……だって俺も最初はこいつの顔に惹かれたから。お互い一目惚れってどうしようもないけど、付き合う理由としてはありがちなんじゃないですか」

レイグールは理解に苦しみ、口を閉ざしている。しかし反論するつもりはなさそうだった。

「それとさっきお話したように俺はこの店には関わる気はありません。……ということで」

クリストは両手を軽く叩く。

「とりあえず、ヴェルムは俺が頂いていきます。貴方としては彼が居なくなってくれた方が嬉しいでしょ?」

「は!?」

急展開のあまり、レイグールは露骨に狼狽えた。

しかしクリストは態度を崩すことなく、彼……というよりはヴェルムに向かって言い放った。

「問題ないだろ? 最初から言ってるように、これで全部解決だ」

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