LOGIN「最悪だな」フッ…と呆れたような嗤いを零しながら呟く怜士に、准も頷いた。理那人たち2人は「こんな国には住みたくない」と切実に思っていた。小さい頃、父親に母の生まれた国のことを話してもらったことがあって、憧れていたのだ。女だからと理由もなく虐げられることがない国。本人の努力が認められる国。それに、誰もが皆平等に、豊かに見えた。もちろんその中での格差はあるだろう。でもそれさえも、努力で覆すチャンスがある国ー。理想郷ではないことくらい分かっていたが、理那人も有紗も、本当にこの国に来たかった。ファミリーは当然豊かすぎるほど豊かだったが、やはり「女」だというだけで有紗は軽く見られていたし、そもそもミックスというだけで2人は〝正妻の子〟であるにも関わらず、余所者扱いをされていた。「たぶん父もミックスで、この気持ちがよくわかっただろうから、きっとこの選択を許してくれたのだろうと思う」理那人はそう言った。彼は成人後も進学して勉強をしながら、父親に付いて事業の勉強もした。そんな彼を〝後継者として鍛えられている〟と勘違いした他の兄弟たちからは散々痛い目に遭わされたが、やっと18才になってこの国でも成人と見なされる年齢となってから、理那人は有紗を連れてさっさとI国を出たのだ…と言うのだった。准とは、父親から怜士のことを聞いていたようで、連絡先をどうやってか手に入れて接触してきた。会ったのはほんの数回。その頃の准もA国での基盤作りに忙しかった為、ほとんどが電話やビデオ通話による接触だった。彼らは不思議と気が合った。准にしても、自分に取り入らずとも立っていられる、いわゆる〝対等な立場の友人〟ができたことが嬉しかった。だから、彼らが藤原家であまり歓迎されていない状況をなんとかしてやりたかった。というか、それは怜士がやることでは?と思ったのだった。「つまりー」「あ〜、わかったわかった。もういい」准の言葉を怜士は遮った。「要するに、俺にその双子と母親の間を取り持てって言いたいんだろ?」どこかうんざりしたような口調に、准は眉を寄せて頷いた。「お願いします」そうして頭を下げる息子に、彼はため息をついた。「今回だけだ」そして今日、彼は架純の元を訪ねたのだった。まぁ、結果的に彼女はまったく彼らと会うことを拒否しておらず、苦労なく准からの頼みを叶えることがで
「お久しぶりね」そう言われて、怜士は薄く笑った。「そうだな。元気そうじゃないか」「ええ、おかげさまで」肩を竦めてそう言ったのは、藤原架純だった。彼女は昔、怜士に入れ込んで絶対に彼の花嫁になるのだと息巻いていたのだが、なんやかんやとあって結局I国の裏社会のボスと結婚し、離婚して、そして今があった。つまり、彼女は理那人と有紗の母親だった。彼女は離婚してこの国に帰って来て、もう結婚はしないと独身宣言をして、父親に付いて会社経営のノウハウを学び始めた。そして今、彼女はこの街の一等地に1階は美容院、2階はネイル、3階はフェイシャルを含めた全身エステ4階はオフィス…という4階建ての美容関連事業が入ったビルのオーナーになっていた。もちろん各階の美容会社も彼女のもので、ビルの周りには高級ブティックなどが建ち並び、いわゆる『ビューティーロード』の一角を占めていた。「大したものだ」「ふふっ、ありがとう」そう言って笑う彼女は、余裕があるせいか気品があり、女としての魅力が溢れ出ていた。「ところで、今日はなんの用なの?」「ああ…」架純は怜士を応接室に案内し、秘書にお茶を用意させて尋ねた。「お前の子供らのことだがー」「ああ、それね」彼女は怜士の意図を汲んで、先に口を開いた。「うちの父が何を言ったのか知らないけど…。私は気にしてないわよ。いつでも会いに来てちょうだい」「本当にいいのか?」探るように尋ねても、架純は実にあっけらかんと答えた。「本当よ。だって、私の子よ?会いたくない訳がないわ」その答えを聞いて、怜士は満足気に笑った。「じゃあ、近いうちに連れて来る」「わかったわ」そう言って、2人は出されたお茶を飲み、あとはなんとなく会話もなく、そのまま解散となった。社長室の窓からビルを出て車に乗り込む怜士を見送り、架純はポツリと呟いた。「相変わらず、無愛想な男ね」「……」側に控えてそれを聞いた秘書は、肯定も否定もできず、ただ気まずそうに笑うだけだった。車中ー。怜士は考えに耽っていた。自分は架純の件を片付けた時、レリーが自分に感じている命の借りを返してもらって、それで彼らとの関係を切ったつもりだった。彼らはどうあってもまともな社会の人間ではなかったし、いつまでも彼らと繋がっているのは決していいことではない。自分はまだいい。どんな形に
*「で?これが混ざってた…という訳か?」「ええ。確認したところ、これだけでした」「……」1週間後。今日は芽衣の受診日で、彼女は母親の尚と病院へ行っていた。准はここに帰って来て、毎日のように仕事の後は彼女の部屋で共に過ごしていた。その時、いつかビデオ通話をしていた時に見た千羽鶴が、まだ芽衣の部屋に飾ってあるのを見て、彼女に言ったのだった。「こういうのは、皆の願いがこもってるから〝ありがとう〟てお焚き上げとかした方がいいんじゃないかな?」「そうなの?」芽衣は「よくわからない」と言い、准に任せるとそれを託してくれた。だが准は、それを自分の部屋に持って行くと、本田に手伝ってもらって全部バラした。実は最初にビデオ通話でそれを見た時から、違和感を持っていたのだ。というのも、殆どの鶴は一色の紙を折ってグラデーションのように繋げてあるのだが、一部、なぜか所々に柄の入った折り鶴が混ざっていたのだ。それが遠目で見ても汚れのように見えて、なぜこんな風に?と思ったのだった。何かしらのアクセント的な感じにした、というのならそれでいい。だが、それにしては…。なぜ柄もの?折り紙にはそれこそ色々な色がある。千羽鶴にはあまり使われないが、金色や銀色もあるのだ。アクセントにするなら、そっちの方が綺麗な気がするし、わざわざ他の物を買う手間も省ける。准は納得がいかなかった。だから、確認をした。そうしたらー。一色で折られた鶴は皆異常はなかった。折り目が捻れていたり、重なってなかったりといろいろあったが、生徒の皆が一生懸命折ってくれたんだろうな…と思えた。だが柄の入った、一見綺麗な折り鶴の方は…。最初、外見だけ見ていた時には気がつかなかった。でも偶然、それを光に翳した時、中に何か書いてあるのがわかった。なんだ…?准は訝しげにそれを眺め、やがてそれを開いてみたのだった。「っ…」見た瞬間、怒りで血の気が引いた。そして、チッ!と舌打ちをして、驚いている本田にそれを見せ、「この鶴を全部開け!」と命じたのだった。本田も怒りにギュッと眉を寄せ、柄ものだけでなく、念の為一色の折り紙で折られた方も開き始めた。その結果。一色の鶴には何もなかった。でも柄の入った方には…。全部ではなかったが、柄物100羽のうち80羽に、はっきりと悪意ある言葉が書かれていたのだ。「呪」「死
芽衣の言葉に、2人は慌てたように振り向いて否定した。「違うよっ。ケンカじゃないよ」「でも…」まだ不安そうに2人を窺う娘に、聖人も尚も、胸を痛めた。この子はいつからこんなにも不安げで、おどおどしたような目を自分たちにまで向けるようになったのだろう…?小さい頃はもっと天真爛漫で、自分たちに愛されていることを当然のように受け止めていたのに…。尚はいつからか、芽衣が人の顔色を窺うようになっていることに気がついていた。でもそれは、周りの状況に自分を合わせることも必要なんだと外で学んだからだと思っていた。だって、その時の芽衣はまだ自分たちに対してこんな顔はしなかったから。だが少し前くらいに怜士から、「どうやら芽衣は誰かに虐められているようだ」と聞かされ、ショックで倒れそうになった。誰がそんなことを!?あの子は誰にでも優しいいい子なのにっ。そんなことをまくし立てた記憶がある。そしてそれに対する怜士の返事は、「優しいから虐められない…なんて誰が決めたんだ?優しいから標的になることもある。原因は様々だし、理由なんか、加害者本人にしか分からないだろう?」というものだった。確かにそうだ。でも、反抗することも反論することも、やり返すこともできない子に向かって意地悪をするなんて…卑怯だわ!尚が歯を食いしばると、怜士はフッ…と冷めた目で嗤った。「心配するな。今、誰がやったのか調べてる。関わった奴ら全員、後悔することになるだろうさ。自分たちがいったい誰に手を出して、誰を怒らせたのか。一生忘れられないようにしてやる」だから、それで気を直せ。そう言われた。尚はできれば自分の手で相手をぶん殴りたい気分だったが、なるほど…それなら納得できる。それでようやく引き下がった。「芽衣…パパとママはね、あなたに幸せになってもらいたいだけなの。その為ならなんだってするわ。だからね、そんなに心配しないで?お互いに違う考えをしてたりした時には、話し合うことが必要でしょ?それは、ケンカじゃないの。わかる?」「……」まだ疑わしそうに2人を見ていた芽衣は、その言葉に頷いた。詳しくはわからなかったけど、「ケンカじゃない」という一言に、安心したのだった。「わかった」そう言って、ニッコリと笑った。信号で止まった時、後ろの車を覗くと、運転席の准がひら…と手を振った。芽衣はそれにふふ
あっという間に時が過ぎ、年末が近付いてきた。その間准は会社の幹部に自分は国に戻り、代わりに今度は怜士が来るということを伝え、引き継ぎの書類などを整えていた。それだけで彼らはグループの代表が変わることを知り、口々に祝いを述べ、そして激励してくれた。それからの会議にはビデオ通話で怜士も参加し、次々に改善するべきことなどを指摘して、次第に会社を自分流の運営方法に変えていった。准も甘い方ではなかったが、これからは更に厳しく管理されることになりそうな予感に、人々は口元を引きつらせるしかなかった。そしてー。「理那人は?」飛行機の中、准が尋ねた。ファーストクラスの座席。座っているのは、自分たちだけだった。プライベートジェットを使わない時、准は、怜士がそうしていたようにファーストクラスの空間に誰も立ち入らないよう、座席を全て購入する。理由は…よくわからない。が、いつだったか怜士に訊いてみたところ、適当に「煩いから」とだけ言っていた。「煩い」…それは視線なのか、存在なのか。とにかくそうしたことに准も慣れてしまって、いつもこうしていたのだった。一度、もったいないかなと思い、そのまま他の乗客と一緒に乗ってみたことがあったのだが…。確かに煩かった。何が、と言われたらよく説明できないのだが、何をするにも人の視線が煩かったのだ。それ以来、父と同じこのやり方を通すことにしていた。今回は准、本田、そして有紗の3人のみだ。准の質問に、有紗が答えた。「あの友梨っていう子と一緒に、I国に戻ってるわ」「へぇ…?」彼女が言うには、友梨はどうやら〝恋人として家族に紹介される〟と思っているようだ…というのだ。「紹介するのか?」「ええ。一番上の兄に」有紗はそう言いながら、人差し指を上に向けて立てた。准はそれを聞いて、フッ…と嗤った。「なんだ?たらい回しにするつもりか?」それには彼女はひょいと肩を竦めた。「選ぶのは、彼女よ」「…まぁ、そうだな」そう言うと、もう准はこの話題に触れなかった。彼は目を瞑って眠ろうとしていた。これから国に帰っても、しばらくは真田邸に戻れない。万が一を考えて、家の者にも感染者などを出さない為、この3人はホテル暮らしをする予定だった。芽衣は今、最後の治療に入っている。これが無事に終わったら身体が回復するまで病院にいて、それから、いよいよ
*この日、友梨は半休を取った。理那人とのデートの為だ。「順調そうだな」「はぁ…そうですね」手元の書類を片付けながら報告に頷くと、本田は気のない返事をした。「どうした?」視線だけ上げて問うと、彼はもう一度ため息をついた。「いえ…。もしかして、このままずっと私も監視に行かないといけないのかなぁ…なんて考えてしまいまして…」「……」珍しく嫌そうに眉を寄せて言う本田に、准は苦笑した。「そう言えばいいんじゃないのか?」その言葉が終わらない内に、彼は緩く首を振り出した。「無理ですよ。彼女ですよ?…社長なら言えますか?」「言えるが?」「……」あぁ…そうか…。この人なら、言えるよな…。そう自嘲気味に嗤い、本田はがっくりと項垂れた。その様子に、准は仕方ないな…とため息をついた。その時ートゥルルルル…トゥルルルル…本田のスマホが鳴りだした。「……」彼はそれをポケットから取り出し、画面に表示された相手の名前を見て眉を顰めた。トゥルルルル…トゥルルルル…やり過ごそうと放っておいても、一向に鳴り止まない。トゥルルルル…トゥルルルル…「出ないなら切れ」とうとう痺れを切らした准がそう言うと、やっと、不承不承、本田が応じた。「もしもー」『ちょっと!遅いわよ!?』「あ〜……すみません」相手の勢いに、つい謝ってしまった。はぁ…こっちは仕事中だってのに…。本田がそっとため息をつくと、准にスピーカーにするよう指示された。「有紗ー」『え?あ、准?』電話の相手は、理那人の妹の有紗だった。彼女には、初めて会った時からやけに視線を感じるなぁ…と思っていた。だが本田は、それを自分のガタイの大きさに驚いているだけのものだろうと思っていた。いつもそうだったから、もうそんな視線には騙されない。そんなに珍しいかな…?いかにもな体育会系の身体つきは、確かに秘書という職場にはあまり見かけないのかもしれない。いないことはないのだろうが、皆シュッとしているのだ。まぁ…本田も、今まで何度も秘書ではなくボディーガードと間違えられたりしてきたので、敢えて文句は言わないが…。内心は複雑だった。なんだよ、体育会系の頭はやっぱり筋肉でできてるとでも言いたいのか?彼は知らず唇を尖らせて、フンッと鼻を鳴らした。その微かな音を捉えたのか、有紗のからかうような