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第16話:指の記憶

Author: fuu
last update Last Updated: 2025-09-19 23:00:12

公開儀礼の前夜、王都の大聖堂へ続く侍楼は、息を潜めていた。高窓のステンドグラスが床に青い帯を落とし、蝋の匂いと薄い冷気が肌の上をすべっていく。

皇子は窓に寄りかかり、王子の指を背で受け止めていた。二人の手首には成人の印。明日、条約婚の刻印が全都市に示される。

「息を、吸う」

王子の囁きが、背骨のいちばん下で止まった指の温度に重なった。

皇子は吸う。胸郭が音もなくのびる。

「一拍、置く」

指が上へ。肩甲骨のあいだで止まる。皇子の視線がゆっくり柱を越えた。

「吐いて」

指が首の付け根でほどける。皇子の肩が、ふっと落ちた。

触れ方の稽古だ。触れられて止まり、触れられて始める。王子は指の腹だけで合図を編み、皇子はその間(ま)で思索を整える。

「指の記憶は、明日、言葉に変わる」

王子が言った。

「変えたい。声の速さを」

皇子は短くうなずく。

「速さは剣。間は盾。盾を持って前に立つのが、お前の役目」

「私室で盾は?」

「私が持つ」

王子は帳の内の卓に紙を広げた。合意契約の文。墨痕がまだ艶を残している。

「確認しよう」

王子は読み上げ、皇子は目で追う。

――可:口づけ、手の導き、衣の上からの触れ。

――不可:露出、噛み、痛みでの合意試験。

――合図:右肩を軽く叩けば中止。左手の握り三回は緩めてほしい。言葉の合図は『琥珀』。どの場でもこれが出ればすべて止める。

――アフターケア:温かい茶と蜂蜜。肩の温罨法。足湯。言葉での確認を翌朝にも一度。

「異論、ある?」

皇子は首を振った。「ない。いまの私に必要なのは、止まり方だ」

王子は笑って、紙の下端に印を落とす。皇子も続いた。契約は二人のあいだに、これ以上なく堅い盾のように置かれた。

扉が軽く叩かれ、若い従者が顔を出した。

「ごめんなさい、果物の皿を——」

王子の指が皇子の首筋で止まった。皇子が条件反射で「琥珀」と言う。従者が皿を落としそうになる。

「違う、練習だ」

王子が手を挙げ、従者に微笑を向けた。「緊張を解きたくてな」

「は、はい。あの……『スイッチ・デー』の件、文官が『鞭市デー』と読み違えて市場に皮革職人を呼んでおりますが」

二人は同時に息を呑み、次の瞬間、王子が肩を震わせた。

「それはやめて。週一回の、役割を入れ替える日。鞭は不要だ」

「伝えます!」

従者は真っ赤になって引き下がっていった。

王子は笑いを収め、皇子の腕輪を指先でなぞる。

「週一回はお前が私を導く。約束だ。公では皇子が前、私室では私が支える。ただし、スイッチ・デーは例外」

「わかった」

皇子は目を伏せ、ふと額を寄せる。皮膚の触れ方は浅いのに、胸の奥に深く落ちていく。

「明日、私は前に立つ。君は後ろから、指で合図を」

「それが契約。盾になる」

夜更け、稽古は細く続いた。王子の指が背で言葉を置き、皇子の肺がそれに応える。止まる。見る。選ぶ。再開する。

重くならないよう、王子は合間に干し葡萄を一粒ずつ渡した。甘さは舌で溶け、間の怖さを薄めていく。

◆◆◆

翌朝。大聖堂の鐘が三度鳴った。石段に人が溢れる。地下街からも、納骨堂の守り人たちも上がってきた。大聖堂の主教は厳しい顔で扉に立ち、地下街の親方は腰に鍵束を下げて腕を組み、納骨堂の女は白い布で髪を覆って沈黙した。

権力の境目が、石の床に目に見えない線を引いている。

公開儀礼は清澄だった。王子と皇子は台上で向かい合い、掌に魔紋の油を受ける。主教が古語を唱え、二人は左腕に同じ紋を描いていく。淡い光が皮膚に沈み、条約婚の術式が互いの脈と紋を束ねた。

「公に誓う。武ではなく言で争うこと。商ではなく飢で争わぬこと。週の一日、役目を交わして互いの負荷を知ること」

王子の声は柔らかく、皇子の声はまっすぐだった。

人々のざわめきが、次の鐘で溶ける。

だが祝福ののち、石段のふもとで小さな揉め事が起きた。大聖堂の法で今日は納骨堂の入口に露店を出すなと主教が告げ、地下街の親方が「儀礼の帰りに湯とパンを売らせろ」と食い下がり、納骨堂の女は「静寂が骨の安息だ」と低く言う。

群衆の気配が尖り、石段に異なる鼓動が埋まっていった。

皇子が一歩、前に出た。王子は半歩、後ろで指を立てる。背には触れない。代わりに空中で、肩の高さで一拍を示した。

皇子は吸い、止まり、吐く。間が石段に広がる。

「話そう」

その一語が、落ち着きの芯になった。

「納骨堂に静寂を。地下街に糧を。大聖堂に秩序を。今日だけは、骨と骨の間を歩く通路を祈りの道と呼び、その道に膝掛けと温かい盃だけを置こう。声は低く、足は静かに。売上は三者で等分する。命日は納骨堂の選ぶ日。祈り税の管理は大聖堂。鍵の保管は地下街」

押し寄せた言葉は少し止まり、最後の「鍵」でまた止まる。止めて、見渡す。王子の指が空気でひとすじ伸びた。

主教が喉を鳴らし、親方が鼻を鳴らし、納骨堂の女が目を閉じる。

「静かなら、許す」

「等分なら、降りる」

「鍵は預かるが、写しは残す」

皇子は頷いた。

「なら、今日の争いは終わりだ」

人のざわめきがほどけ、温かな笑いが洩れた。地下街の少年が木の盃を運び、納骨堂の入口には白布の敷物が静かに置かれる。

王子が微笑んだ。指は空で半円を描き、終わりの合図を送る。

式場に戻る途中、皇子が囁いた。王子の耳にだけ届くように。

「今の間は、君の指だ」

「お前の肺だ」

王子の声は誇らしげだった。

儀礼後の会食には、思わぬ笑いが混ざった。例の従者が小声で「皮革職人にはちゃんと帰ってもらいました」と報告し、王子が「ありがとう、今日は祈りの日だ」と返すと、皇子が「明日は市場の日だろう?」と真顔で言う。従者が一瞬迷って「明日は、はい、『スイッチ・デー』で——」と口走り、卓が静まり、王子が咳払いで場を戻した。

「私室の話は、私室で」

「すまない」

皇子は頬に薄い赤をさす。王子はその赤を愛おしそうに見て、盃を押した。

「蜂蜜水、飲め」

夕暮れ、大聖堂の影が長く伸びた。王子は私室で皇子の肩に温罨法をのせ、足湯の桶に香草を落とす。濡れた熱が足首にまとわり、皇子の眼差しが緩んだ。

「押しすぎたか」

皇子の声は低く、内省の色を帯びる。

「いい押しだった。お前は前に立って、止まれた」

王子は肩を揉みながら続けた。

「ただ、納骨堂は静けさそのものだ。次は彼らの語を先に聞こう」

「聞くための間も、覚える」

皇子はうなずく。

王子は微笑んで、皇子の額に口づけを落とした。

「今日のアフターケアはここまで。明朝、言葉の確認をもう一度する。いいか」

「いい」

「そして、明後日が最初のスイッチ・デー」

「その日、君は前に立つ」

皇子の目が少しいたずらに光った。「私の指で、止まる?」

王子は笑った。「止まる。お前の指でなら」

薄暗がりの中、二人は求め合うかわりに、互いの呼吸を合わせ続けた。契約がすぐ近くにあり、触れ方の稽古は新しい支配ではなく、新しい自立のための道具になっていく。二人とも、それをよく知っている。

王子は内心で、森の匂いを思い出した。旅立ちの朝、森で初めて出会った皇子は、迷いながらも前を見ていた。今、その視線が群衆に向くたび、王子の指は盾を作り、皇子の声は剣になる。

扉がまた叩かれ、小柄な書記官が顔を出した。

「摂政府から文が。明朝、提案があるとか」

王子と皇子は目を合わせる。間がひとつ、部屋に置かれた。

「ほう」

王子が言う。

皇子は深く息を吸い、吐いた。もう、止まり方を知っている顔だった。

次回、第17話:摂政の逆提案

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