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第66話:赤縄の合図短縮

Author: fuu
last update Last Updated: 2025-11-08 23:00:54

森を抜けた風が冷たくて、香の煙が甘かった。大聖堂の鐘が三度鳴り、石畳は朝露で薄く濡れていた。王子は半歩引き、皇子を前に出した。条約婚の公開儀礼は、聖紋の床と、群青の天蓋と、群衆のざわめきの上に立って始まった。

赤い縄は、二人の手首をゆるく繋いだ。儀礼用は細く柔らかい絹。けれど若い従者が運んできた包みには、妙に太い麻縄が混じっていた。

「それは拘束犯の引き縄だ。儀礼に出すな」

王子が小声で止めた。

「失礼を。色だけ見て……」

従者は青ざめ、慌てて入れ替えた。周囲の緊張が少しほどけ、えくぼ混じりの笑いが起きる。皇子の肩がほんのわずかに落ち、そのまま前へ出た。

堂奥の司祭長が問う。

「公の契約を明らかに」

王子が巻物を開いた。魔紋が淡く浮き、文言が痛いほど鮮明だった。

「可は、手を添える拘束の象徴、片膝の誓い。不可は、痕を残す結び、蔑む語。合図は一段。右手首の一撫でで停止。口の合言葉は『灯』。アフターケアは温湯、蜂蜜の乳、抱擁、背を撫でること。週に一度、主客相替わる日を設ける」

司祭長が頷き、聖油を滴らせる。群衆の中で誰かが囁いた。「週一で逆転、だってさ」。笑いが再び波紋のように広がり、重い儀礼に熱の加減がついた。

皇子は前を向いた。低くはっきりと告げる。

「公では、私が前に」

王子が続ける。

「私室では、私が支える」

二人の声はぴたりと揃い、赤縄が指先で鳴った。魔紋が二人の間で重なり、聖堂の床に淡い輪が走った。契約は結ばれ、条約婚は成立した。

鐘の余韻が消える前、地下街の長が階下から現れた。階段には別の影。納骨堂の守り手が黒布をまとって立つ。

「地底の商路は我らのもの」

「祖の眠る道を踏むな」

双方の声が重なり、場はざわめきに揺れた。大聖堂、地下街、納骨堂。三つ巴が火花を散らす気配。

皇子は一度、王子の手首を見た。赤縄が軽く震え、王子の親指が皇子の脈に触れた。それは新しい合図の予行演習。二段階の余白を捨てた、一段の決断。

皇子が前に出た。

「静まれ。二つ告げる」

声はよく通った。訓練
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