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第7話:明かされる過去と深まる信頼

last update Last Updated: 2025-08-06 19:17:20

 レイモンドが自身の過去と、背負うべき重い運命の核心を語ってくれた後、物置小屋の中の空気は、以前よりも温かいものに変わっていた。アメリアは、彼がどれほど過酷な状況で生きてきたのかを知り、彼への尊敬と共感の念を一層深くした。そして、彼の話を聞いたことで、アメリアもまた、自分の心の内を彼に語りたいという衝動に駆られていた。

 ある夜、アメリアがレイモンドの傷の様子を確認している時のことだった。彼は静かにアメリアの顔を見上げた。その瞳には、以前のような警戒心はなく、穏やかな光が宿っている。

「アメリア、お前は……なぜ、この屋敷で侍女を?」

 彼の問いは、アメリアの個人的な領域に踏み込むものだった。しかし、彼の声には、好奇心よりも、純粋な関心と、彼女の過去を知りたいという静かな願いが込められているように感じられた。アメリアは、ためらいつつも、ゆっくりと口を開いた。

「私は……この王都の、ずっと北にある小さな村の出身です。父は木彫り職人で、母は…」

 アメリアは、幼い頃の思い出を語り始めた。両親とのささやかながらも温かい日々。小さな木彫りの鳥を見せて、父がどれほど器用だったかを話した。母の優しさや、故郷の豊かな自然のこと。彼女の声は、語るにつれて、懐かしさと、そして、微かな悲しみを帯びた。

「でも、私が幼い頃に、疫病が流行って……。両親を、一度に亡くしてしまいました」

 その言葉を口にすると、アメリアの目には、薄く涙の膜が張った。レイモンドは、アメリアの言葉を、ただ黙って聞いていた。彼の視線は、アメリアの顔から離れることなく、その感情の変化を、全て見守っているようだった。

「身寄りがなくなり、村にいることも難しくなって……。一人で、この王都まで出てきました。何とか、生きていくために、この屋敷で、侍女として雇ってもらって…」

 アメリアは、自身の孤独な境遇を語り終えた。彼女の人生は、レイモンドのような壮大な使命とは程遠い、ただ生きるための戦いだった。しかし、彼女の言葉には、決して諦めない強さと、ひたむきな努力が滲み出ていた。

 話し終えると、小屋の中に、深い静寂が訪れた。レイモンドは、アメリアに何も言わなかったが、彼の瞳の奥に、深い共感と、そして、どこか優しい光が宿っているのをアメリアは感じた。彼は、アメリアの手を取り、その荒れた指先に、そっと触れた。その温かい感触に、アメリアの胸は締め付けられるような、不思議な感覚に包まれた。

「……アメリア、お前は、強い」

 レイモンドの声は、静かだったが、その言葉には、これまで彼から聞いたことのないほどの、深い感情が込められていた。彼の言葉は、アメリアの心に、温かく染み渡った。これまで誰にも言われたことのない言葉だ。アメリアは、自分が弱い人間だとばかり思っていたから、彼の言葉は、彼女にとって、予想外の光だった。

「私など……」

「違う。本当に弱い者は、諦める。だが、お前は、どんな苦境の中でも、生きることを選び、他者に手を差し伸べた。それは、何よりも強い意志だ」

 レイモンドは、アメリアの目を見て、はっきりとそう言った。彼の言葉は、アメリアのこれまでの人生を、全て肯定してくれるかのようだった。その瞬間、アメリアの心の中に、彼への信頼感が、一層強固なものとして築かれたのを感じた。

 その夜から、二人の間の関係は、目に見えて変化していった。レイモンドは、アメリアに指示を与える際も、以前のような命令口調ではなく、意見を求めるように話すことが増えた。アメリアもまた、彼に対して、自分の感じたことや、考えたことを、以前よりも素直に話せるようになった。

 レイモンドの傷は、順調に回復していた。アメリアの献身的な看病の甲斐あって、彼はもう自力で動けるようになっていた。小屋の外へ出ることもできるようになったが、彼は依然として人目を避けていた。

 アメリアは、日々の任務の中で、レイモンドが身を置く危険の大きさを、改めて実感した。追手の影は依然として彼の周囲に潜み、王宮内の不穏な動きも、彼の言葉通り、複雑に絡み合っているようだった。しかし、レイモンドの隣にいることで、アメリアは不思議と心強さを感じていた。彼が自分を信じてくれているという事実が、アメリアに勇気を与えてくれた。

 レイモンドは、アメリアが任務から戻るたび、その無事を確認する視線を送るようになった。その瞳の奥には、わずかな安堵と、アメリアへの特別な感情が宿っているのが、アメリアには分かるようになった。彼が口にする言葉は相変わらず多くはないが、彼の行動や視線が、アメリアへの気遣いや、心配を雄弁に物語っていた。

 ある日、アメリアが情報収集のために王都の市場へ出かけた際、ひどい人混みに巻き込まれ、転びそうになったことがあった。その時、どこからともなく伸びてきた手が、アメリアの体を支えた。振り返ると、そこには、フードを深く被ったレイモンドの姿があった。彼は、アメリアの任務を密かに見守っていたのだ。

「……大丈夫か」

 彼の声は、市場の喧騒にかき消されそうになるほど小さかったが、アメリアの耳にははっきりと届いた。アメリアは、彼が自分を守るために、危険を冒してまで出てきてくれたことに、胸が熱くなった。

「はい、レイモンド様。ありがとうございます」

 アメリアが答えると、彼は何も言わず、ただアメリアの肩をそっと抱き、人混みから離れた場所へと導いてくれた。その温かい腕の中にいると、アメリアは、彼に守られているという、確かな感覚を覚えた。彼の腕の中は、何よりも安全な場所だと感じられた。

 レイモンドは、アメリアが自分の過去を語ってくれたことで、彼女の素朴な優しさや、逆境の中でもひたむきに生きる健気さに触れ、彼女への特別な感情を自覚し始めていた。言葉にはしないが、彼の行動や視線、そして、アメリアに触れるその指先に、愛情と、そして、深い保護の念が込められているのが、アメリアには伝わっていた。

 アメリアもまた、彼に見守られている、守られているという感覚を覚えるたび、彼への想いがさらに深まっていった。それは、単なる尊敬や共感といった感情だけでは説明できない、温かく、そして胸を締め付けるような、微かな恋心だった。危険な秘密を共有する中で、二人の心は、互いに深く結びつき始めていた。物置小屋の小さな空間は、もはや単なる隠れ家ではなく、二人の秘密と、そして、芽生え始めた愛を育む場所となっていた。王都の夜は静かに更け、二人の絆は、星の光の下で、一層輝きを増していくのだった。

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  • 「この誓いは、秘密のままで」と告げた騎士様が、なぜか私を離してくれません   第5話:契約の始まり

     秘密の契約が結ばれた翌朝、アメリアは再び物置小屋へと向かった。昨夜のことは夢だったのではないかと、現実感が薄い。しかし、手に残るレイモンドの体温と、決意を込めて告げた自身の言葉が、それが紛れもない現実だと告げていた。 小屋の扉を開けると、レイモンドは既に身を起こしていた。彼の顔色は、まだ蒼白いものの、以前のような死人のような色ではなく、微かに生気が戻っているように見えた。彼はアメリアが入ってきたことに気づくと、一瞬、視線を向けたが、すぐに小屋の窓の外へと目を戻した。依然として警戒を怠らない様子だ。「おはようございます、レイモンド様」 アメリアは、昨日よりも少し丁寧に挨拶した。この日から、二人の関係は「救助された者と救助した者」から、「契約者と協力者」へと変わるのだ。その変化を、アメリアはまだ掴みかねていた。 レイモンドは、静かに頷いた。「今日の昼過ぎには、追手の探索隊がこの周辺を再度調べるだろう。用心が必要だ。お前は、いつも通りに振る舞え。不自然な行動は、かえって疑いを招く」 彼の言葉は、簡潔で、感情がこもっていない。まるで、軍の指揮官が部下に命令を下すかのようだった。アメリアは、その冷徹な指示に、一瞬身をすくませた。これが、彼の本性なのだろうか。「かしこまりました」 アメリアは、小さく答えた。彼の言葉に従い、この日もアメリアはいつも通り、屋敷での侍女の仕事に精を出した。洗濯物を中庭に干す際も、庭の手入れをする際も、常に周囲に目を光らせた。普段は気に留めることのなかった、門の向こうの往来や、空を飛ぶ鳥の動きまで、彼女の視界に鋭く捉えられるようになった。 昼過ぎ、レイモンドの言った通り、見慣れない男たちが屋敷の周辺をうろついているのを、アメリアは目にした。彼らは旅人にしては身なりが整いすぎている。鋭い視線で周囲を窺うその姿は、まるで何かを探しているようだった。アメリアは、洗濯物を干す手を止めず、さりげなく彼らを観察した。そして、彼らの視線が物置小屋へと向けられた瞬間、アメリアの心臓が強く跳ねた。(まさか、見つかる?) 恐怖に全身が震えそうになったが、アメリアは表情を変えなかった。洗濯物を抱え

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