LOGIN取材から一週間が経った。
澪の日常は、いつも通りに戻っていた。朝の満員電車、デスクワーク、先輩の指示、夜遅くまでの残業。でも、何かが違った。
蓮に会ったという事実が、澪の心に小さな変化をもたらしていた。
以前は画面越しでしか見たことのなかった彼が、今は現実の人間として澪の記憶に存在している。彼の声の質感、彼の瞳の色、彼の笑顔の温度。全てが、リアルな記憶として澪の中に残っていた。
「澪ちゃん、この記事のレイアウト、もう少し調整してくれる?」
美咲の声で、澪は現実に引き戻された。
「あ、はい。すぐやります」
澪はパソコンの画面に集中した。今週号の特集記事――その中に、Stellarのインタビューも含まれている。澪が撮影現場で受け取ったライブ映像を編集し、記事に添える予定だ。
編集作業をしながら、澪は蓮の表情を何度も見返した。インタビュー中の彼、撮影中の彼、休憩中の彼。どの瞬間も完璧で、隙がない。
でも、やはり気になる部分があった。
インタビューの最後、カメラが別のメンバーに向いた瞬間。蓮が深く息を吐き、目を閉じる一瞬の映像。その表情には、深い疲労が滲んでいた。
澪はその部分を拡大し、じっくりと見つめた。
「大丈夫かな」
また、同じ言葉を呟いていた。
その時、デスクの電話が鳴った。
「はい、編集部です」
「あ、すみません。田中美咲さんはいらっしゃいますか?」
男性の声だった。丁寧で、落ち着いた口調。
「田中は今、外出中です。ご用件をお伺いできますか?」
「実は、先日のStellarの取材の件で、追加の撮影をお願いしたいんです。事務所の者ですが」
「追加の撮影、ですか」
「はい。今回の記事、かなり好評だったらしくて。それで、もう少し詳しい特集を組みたいという話が出てまして」
澪の心臓が高鳴った。追加取材ということは、また蓮に会える可能性がある。
「分かりました。田中が戻りましたら、折り返しご連絡させます」
「お願いします」
電話を切った後、澪は深呼吸をした。落ち着け、と自分に言い聞かせる。でも、心は既に浮き足立っていた。
美咲が戻ってきたのは夕方だった。澪は早速、事務所からの電話を伝えた。
「追加取材? 珍しいわね」
美咲は興味深そうに言った。
「まあ、Stellarは今、勢いがあるからね。もっと深掘りした記事を作るのは悪くないわ」
「では、取材を受けるんですか?」
「もちろん。チャンスだもの」
美咲はすぐに事務所に電話をかけた。澪はその会話を聞きながら、心の中で期待と不安が渦巻いた。
電話が終わり、美咲が振り返った。
「決まったわ。来週の金曜日、今度は彼らのリハーサルスタジオで撮影させてもらえることになった」
「リハーサルスタジオ、ですか」
「そう。普段の練習風景とか、もっとリアルな彼らの姿を撮影したいって」
美咲は満足そうに頷いた。
「澪ちゃんも、また来てくれる?」
「はい、喜んで」
澪の返事に、美咲が少し不思議そうな顔をした。
「なんか、前より積極的ね。もしかして本当にStellarのファンなんじゃない?」
「いえ、そんな……ただ、勉強になるかなと思って」
嘘をつくのが、だんだん辛くなってきた。でも、本当のことは言えない。
その夜、澪は興奮で眠れなかった。また会える。蓮に。今度はリハーサルスタジオという、もっとプライベートな空間で。
一週間が、あっという間に過ぎた。
金曜日の朝、澪はいつもより早く起きた。服装を何度も変え、メイクも少しだけ丁寧にした。でも、やりすぎないように。あくまで仕事として。
午前十時、澪と美咲は代々木にあるリハーサルスタジオに到着した。ビルの三階、防音設備の整った広いスペース。
「おはようございます」
マネージャーが二人を出迎えた。
「今日はありがとうございます。メンバーは既に中で練習しています」
スタジオのドアを開けると、音楽が流れてきた。Stellarの新曲。そして、五人のメンバーが完璧な振り付けで踊っている姿。
澪の視線は、自然と蓮に向かった。
黒いタンクトップに短パン。汗が額に光っている。練習着姿の蓮は、ステージ上の彼とは違った魅力があった。より人間らしく、それでいて圧倒的な存在感。
曲が終わり、メンバーたちが息を整える。
「お疲れ様です」
美咲が声をかけた。メンバーたちが振り返り、笑顔で挨拶する。
「今日はよろしくお願いします」
蓮の声。澪の心臓が跳ねた。
撮影の準備が始まった。カメラマンがアングルを確認し、照明スタッフが機材をセッティングする。澪は音声機器のチェックをしながら、時折蓮を盗み見た。
彼は今、メンバーたちと何か話している。笑い声が聞こえる。リラックスした雰囲気。これが、彼らの普段の姿なのか。
「では、もう一度、最初から踊ってもらえますか? 今度はカメラを回しますので」
カメラマンの指示に、メンバーたちが位置につく。
音楽が再び流れ始めた。
澪は、その瞬間を見逃さなかった。
蓮の表情が変わる瞬間。オフからオンへ。プライベートからパフォーマーへ。まるでスイッチが入ったかのように、彼の全身から圧倒的なオーラが放たれた。
ダンスは完璧だった。一つ一つの動きに無駄がなく、それでいて感情が込められている。蓮の歌声が、スタジオを満たす。
澪は息を呑んだ。
これが、柊蓮。
これが、彼の本当の姿。
いや、違う。これも彼の「作られた姿」なのかもしれない。本当の彼は、まだ見えていない。
撮影は午後まで続いた。ダンスの練習風景、個別インタビュー、メンバー同士の談笑シーン。様々な角度から、Stellarの日常を切り取っていく。
昼休憩になり、メンバーたちが弁当を食べ始めた。澪も美咲も、スタジオの隅で持参したサンドイッチを食べる。
「いい素材が撮れたわね」
美咲が満足そうに言った。
「今回の特集、かなりいいものになりそう」
「そうですね」
澪は相槌を打ちながら、蓮を見た。彼は一人、スタジオの窓際に立っている。他のメンバーは賑やかに談笑しているが、蓮だけは少し離れた場所にいた。
その背中が、どこか寂しげに見えた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
美咲が席を立った。澪は一人残され、サンドイッチを食べながら、再び蓮を見た。
彼が振り返った。
目が合った。
澪は慌てて視線を逸らした。でも、心臓の鼓動が止まらない。
そして――蓮が、こちらに歩いてきた。
澪の思考が停止した。なぜ? なぜこちらに?
「すみません」
蓮が声をかけてきた。
「はい?」
澪は声を震わせながら答えた。
「お水、もらえますか? あちらの自販機、故障中みたいで」
「あ、はい。どうぞ」
澪は自分のペットボトルを差し出した。蓮が受け取り、一口飲む。
「ありがとうございます」
「いえ」
沈黙。
どうすればいい? 何か話すべき? でも何を?
「あの……」
蓮が口を開いた。
「前回の取材の時も、いらっしゃいましたよね」
「あ、はい」
「お名前、聞いてもいいですか?」
澪の心臓が激しく鳴った。彼が、自分の名前を聞いている。
「相沢澪です」
「澪さん」
蓮が澪の名前を口にした。その声が、耳に心地よく響いた。
「僕は柊蓮です。まあ、ご存知だと思いますが」
彼が微笑んだ。完璧な営業スマイルではなく、もっと自然な笑顔。
「はい、存じております」
「澪さんは、編集のお仕事をされているんですか?」
「はい、アシスタントですが」
「アシスタント……じゃあ、前回の映像編集も、澪さんが?」
「はい、少しですが」
蓮が何か言いかけて、躊躇した。そして、小さく息を吐いた。
「実は、前回の編集映像、拝見したんです」
「え?」
「事務所で確認用に送られてきて。それで気づいたんですが……澪さん、あの映像、すごく丁寧に編集してくださってますよね」
澪は驚いた。彼が、自分の編集作業に気づいている?
「いえ、当然のことをしただけです」
「いや、そうじゃなくて」
蓮は真剣な表情になった。
「普通の編集者なら、僕たちが一番良く見える瞬間だけを切り取ります。でも、澪さんの編集は違った。僕たちの……なんというか、
澪の息が止まった。
「例えば、僕が深呼吸している場面とか、メンバーが本当に楽しそうに笑っている場面とか。そういう、作られていない瞬間を、澪さんは残してくれていた」
蓮の瞳が、澪を真っ直ぐ見つめていた。
「だから、もしかしてと思ったんです。澪さんは、僕たちのことを……本当の意味で、見てくれているんじゃないかって」
澪の胸が熱くなった。彼は気づいていた。自分が、彼の「本当の姿」を見ようとしていることに。
「あの……」
澪が何か言おうとした時、美咲が戻ってきた。
「あら、柊さん。澪ちゃんと話してたの?」
「あ、はい。少しだけ」
蓮は再び「パフォーマー」の顔に戻った。完璧な笑顔、完璧な態度。
「それでは、失礼します」
蓮は去っていった。澪はその背中を見送りながら、胸に手を当てた。
心臓が、まだドキドキしている。
彼は気づいている。自分が、三年間彼を見続けてきたことを。画面越しに、彼の疲れた表情も、寂しげな瞬間も、全て見てきたことを。
気づいているのか、気づいていないのか。
でも、一つだけ確かなことがあった。
柊蓮は、相沢澪という人間を、認識した。
午後の撮影も無事に終わり、澪と美咲はスタジオを後にした。帰りの電車の中、美咲が言った。
「柊さん、澪ちゃんと話してたわね。何話してたの?」
「あ、いえ、ちょっと編集の話を」
「ふーん。なんか、柊さん、澪ちゃんのこと気に入ったみたいね」
「え?」
「だって、あんなに長く話すの珍しいもの。普通、アイドルってスタッフとはあまり個人的に話さないでしょ」
美咲の言葉に、澪の心が揺れた。
気に入った? まさか。
でも、確かに蓮は、自分に話しかけてきた。水をもらうためだけなら、他のスタッフでもよかったはず。
なぜ、自分だったのか。
その夜、澪は一人、部屋で考え込んだ。
蓮との会話を何度も思い返す。彼の言葉、彼の表情、彼の声。
「本当の意味で、見てくれているんじゃないかって」
その言葉が、澪の心に残っていた。
彼は、何を求めているのだろう。
完璧なアイドルとして生きる彼が、何を望んでいるのだろう。
澪はスマホを取り出し、蓮の最新の写真を見た。イベントでファンに手を振る蓮。満面の笑顔。でも、その瞳の奥に――。
「寂しいのかな」
澪は呟いた。
誰にも見せない、本当の顔。
誰にも言えない、本当の気持ち。
それを、彼は一人で抱えているのかもしれない。
そして、もしかしたら――。
澪は、その「本当の彼」を見たいと願っている唯一の人間なのかもしれない。
その時、スマホに通知が来た。
仕事用のメールアドレス。送信者は――Stellar事務所。
澪は慌ててメールを開いた。
件名:追加取材のお礼と、今後の協力について
本文: 本日は取材にご協力いただき、ありがとうございました。 柊蓮より、相沢様の編集技術について高い評価をいただきました。 つきましては、今後もStellar関連の映像編集について、相沢様に直接ご協力いただけないかと考えております。 詳細については、改めてご連絡させていただきます。
澪は画面を凝視した。
蓮が、自分を評価した。
そして、また関わることができる。
これは、偶然なのか。
それとも――。
澪の心に、小さな予感が芽生えた。
運命の歯車が、確実に回り始めている。
その音が、澪には聞こえた。
それから一年が経った。 春の陽光が、小さなライブハウスに差し込んでいた。 ステージ上には、一人の青年が立っていた。 柊蓮。 かつてのトップアイドル。今は、インディーズアーティスト。「みなさん、今日は来てくださってありがとうございます」 蓮がマイクに向かって話す。 観客席には、五十人ほどの人々。Stellarの時代と比べれば、圧倒的に少ない。 でも、蓮の顔には、本物の笑顔があった。「今日は、特別な日なんです」 蓮が客席を見渡した。「一年前の今日、僕は大きな決断をしました。そして、ここにいる皆さんは、その決断を支持してくれた人たちです」 客席から、温かい拍手が起こった。「今から歌う曲は、僕が初めて作った恋愛の歌です。タイトルは『輝きの向こう側』」 蓮がギターを手に取った。 そして、歌い始めた。 優しいメロディー。心に染み込む歌詞。「画面越しに君を見ていた頃 僕は孤独に笑っていた でも君は気づいていた 僕の本当の顔を輝きの向こう側で 一人泣いていた僕を 君は見つけてくれた そして愛してくれたもう嘘はつかない もう隠さない 君と生きていく それが僕の輝きだから」 歌が終わると、大きな拍手が起こった。 客席の最前列には、澪が座っていた。 涙を流しながら、拍手している。 ライブが終わり、蓮は澪のもとに駆け寄った。「どうだった?」「最高でした」 澪が微笑んだ。「言葉にできないほど……本当に素晴らしかったです」「澪のおかげだよ」 二人は、ライブハウスを出て、近くのカフェに入った。「最近、どう? 仕事は順調?」 蓮が聞くと、澪が頷いた。「はい。フリーランスの編集者として、少しずつ軌道に乗ってきました」 澪は、会社を辞めた後、独立し
騒動から一週間が経った。 事態は、予想以上に深刻だった。 Stellarの次のライブイベントが中止になった。スポンサーの一部が撤退を発表した。そして、事務所は蓮に対し、最終通告を行った。「相沢さんと別れるか、グループを脱退するか」 蓮は、答えを出せずにいた。 一方、澪は会社を休職することになった。編集長からの勧めだった。「しばらく、落ち着くまで休んだほうがいい」 美咲も心配してくれた。「澪ちゃん、私は味方だから。何があっても」 でも、澪の心は折れかけていた。 自分のせいで、蓮のキャリアが終わろうとしている。 自分のせいで、Stellarのメンバーたちも迷惑を被っている。 自分のせいで――。 その夜、澪は決意した。 蓮に会い、全てに終止符を打とうと。 約束の場所に向かう途中、澪のインスタに一通のメールが届いていた。 送信者:匿名 件名:応援しています 本文: 『相沢澪さんへ私は、Stellarのファンです。 柊蓮くんのファン歴は5年になります。最初、あなたのことを知った時、正直、許せませんでした。 私たちの蓮くんを奪った人だと思いました。でも、蓮くんのSNSの投稿を読んで、考えが変わりました。蓮くん、あんなに真剣に誰かを愛したことがあったんだって。 そして、その相手があなただったんだって。私たちファンは、蓮くんの笑顔が見たいんです。 本当の笑顔が。もし、あなたといることで蓮くんが笑顔になれるなら。 私は、応援したい。だから、負けないでください。 あなたと蓮くんの愛を、貫いてください。一人のファンより』 澪の目から、涙が溢れた。 こんな言葉をかけてくれる人がいる。 自分たちの愛を、認めてくれる人がいる。 澪は涙を拭い、前を向いた。 そして、約束の場所――あの海辺の町に到着した
蓮が事務所に全てを打ち明けたのは、翌日のことだった。 社長室に呼ばれ、社長、マネージメント部長、そして蓮の直属のマネージャーが同席した。「柊、本当なのか」 社長が厳しい声で聞いた。「はい」 蓮は真っ直ぐ社長を見つめた。「相沢澪さんと、交際しています」「なぜ、今まで黙っていた?」「ご迷惑をかけたくなかったからです。でも、もう隠せません」 蓮は深呼吸をした。「そして、隠したくもありません」「柊、君は分かっているのか」 社長が立ち上がった。「これが公になれば、どうなるか」「はい」「Stellarの売り上げは落ちる。スポンサーは離れる。君のキャリアは、大きく傷つく」「分かっています」「それでも、続けるつもりか」「はい」 蓮の声が、揺るがなかった。「僕は、澪を愛しています。そして、その気持ちに嘘をつきたくない」 社長は長い沈黙の後、ため息をついた。「柊、君は我が社の宝だ。できれば、このまま成功の道を歩んでほしい」「ありがとうございます」「だが、君が彼女を選ぶなら……」 社長が真剣な目で蓮を見た。「契約解除も辞さない」 蓮の心臓が止まりそうになった。「それは……」「事務所として、スキャンダルを抱えたアイドルを支えることはできない。特に、相手が元ファンとなれば、ファンダムの反発は計り知れない」 マネージメント部長が続けた。「今なら、まだ引き返せる。相沢さんと別れ、これを『一時の過ち』として処理すれば、傷は最小限で済む」「でも、それは嘘になります」 蓮が反論した。「僕と澪の関係は、過ちなんかじゃない。本物の愛です」「愛?」 社長が冷笑した。
週刊誌の記事が出てから三日後、決定的な瞬間が訪れた。 澪が編集部で仕事をしていると、受付から内線電話がかかってきた。「相沢さん、来客です。Stellar事務所の方が」 澪の心臓が止まりそうになった。「分かりました。すぐ行きます」 会議室に向かうと、スーツを着た中年の男性が二人待っていた。「相沢澪さんですね」 一人が名刺を差し出した。Stellar事務所、マネージメント部長。「はい」「単刀直入にお聞きします。あなたは、柊蓮と交際していますか?」 澪は深呼吸をした。 嘘をつくべきか。でも、もう無理だと分かっていた。「はい」 その言葉が、全てを変えた。「そうですか」 部長が冷たい目で澪を見た。「では、いくつか確認させてください。交際期間は?」「四ヶ月ほどです」「きっかけは?」「取材で知り合って……蓮さんから告白されました」「向こうからですか」 部長がメモを取った。「相沢さん、あなたは元々Stellarのファンだったと聞いていますが」「はい」「それで、意図的に近づいたのではないですか?」 澪は怒りを感じた。「違います。仕事として、真摯に取り組んでいました」「でも、結果的に柊と親密になった」「それは……はい」 部長が立ち上がった。「相沢さん、あなたの行為は、ジャーナリストとしての倫理に反しています。そして、柊のキャリアに深刻な影響を与えています」「分かっています」「分かっているなら、別れてください」 澪の心が引き裂かれそうになった。「今すぐに、柊との関係を断ってください。そうすれば、事務所としても穏便に処理できます」「もし、断ったら?」「法的措置も
それは、交際四ヶ月目のことだった。 ある日、澪が編集部に出社すると、オフィス内が妙にざわついていた。「見た? 今朝のネットニュース」「え、何があったの?」「Stellarの柊蓮、女性とのデート写真が流出したらしいよ」 澪の心臓が凍りついた。 慌ててスマホでニュースサイトを開くと――。 トップページに、見覚えのある写真が掲載されていた。 公園を歩く二人の人物。マスクとサングラスをした男性と、女性。 先週、蓮と散歩した時の写真だ。 記事のタイトル:『Stellar柊蓮、謎の女性と密会!? 交際の可能性も』 澪の手が震えた。 写真は少し遠くから撮られていて、顔は鮮明には写っていない。でも、蓮だと分かる人には分かるだろう。 そして、自分も。「誰なんだろう、この女性」「モデルとか女優じゃない?」「でも、顔が見えないよね」 同僚たちが噂話に花を咲かせている。 澪は席に座り、深呼吸をした。 落ち着け。まだ特定されていない。大丈夫。 その時、スマホが振動した。蓮からのメッセージ。「見た? ごめん。気をつけてたのに」 澪は返信した。「大丈夫です。まだ私だとは特定されていません」「でも、時間の問題だよ。事務所が調査を始めてる」 澪の心臓が激しく鳴った。 昼休み、澪は外に出てカフェで一人考え込んだ。 このままでは、いずれ自分が特定される。 そうなったら、蓮のキャリアに傷がつく。 どうすればいい? 別れる? その選択肢が頭に浮かんだ瞬間、澪の胸が締め付けられた。 嫌だ。蓮と別れるなんて、考えられない。 でも、このままでは――。 午後、澪が編集部に戻ると、美咲が深刻な顔で待っていた。「澪ちゃん、ちょっと話がある」 会議
交際三ヶ月目に入った頃、澪は異変に気づき始めた。 最初は小さな違和感だった。 編集部で、同僚たちがStellarの話をしている時。「柊蓮って、本当にかっこいいよね」「でも、近寄りがたい感じがする。完璧すぎて」「そうそう。でも、そのギャップがまたいいんだよね」 澪は黙って聞いていた。心の中で、違う、と叫びながら。 彼は完璧じゃない。夜、一人で泣くこともある。疲れて、弱音を吐くこともある。 でも、それは誰にも言えない。 二重生活の重さが、少しずつ澪の心に重くのしかかってきた。 そして、ある日のこと。 美咲が澪に声をかけてきた。「澪ちゃん、最近どう? なんか疲れてない?」「いえ、大丈夫です」「本当に? クマできてるわよ」 美咲が心配そうに澪の顔を覗き込んだ。「無理してない? 仕事、大変?」「少し、忙しいだけです」 嘘をついた。仕事が忙しいのは事実だが、本当の理由は別にあった。 蓮との時間を作るため、澪は睡眠時間を削っていた。夜遅くまで蓮の家にいて、帰宅は深夜二時過ぎ。朝は七時に起きなければならない。 慢性的な睡眠不足。 でも、蓮と過ごす時間は、何にも代えがたかった。「ちょっと休んだら?」「大丈夫です」 澪は笑顔を作った。美咲は納得していない様子だったが、それ以上は追求しなかった。 その夜、澪は蓮の家を訪れた。 ドアを開けると、蓮が心配そうな顔で澪を見た。「澪、やつれてない?」「そんなことないです」「嘘。顔色悪いよ」 蓮が澪の頬に手を当てた。「最近、ちゃんと寝てる?」「寝てます」「また嘘」 蓮が優しく言った。「僕のせいだね。無理させてる」「そんなことないです」「でも――」