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第二章:運命の交差

Penulis: 佐薙真琴
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-06 19:28:38

 取材から一週間が経った。

 澪の日常は、いつも通りに戻っていた。朝の満員電車、デスクワーク、先輩の指示、夜遅くまでの残業。でも、何かが違った。

 蓮に会ったという事実が、澪の心に小さな変化をもたらしていた。

 以前は画面越しでしか見たことのなかった彼が、今は現実の人間として澪の記憶に存在している。彼の声の質感、彼の瞳の色、彼の笑顔の温度。全てが、リアルな記憶として澪の中に残っていた。

「澪ちゃん、この記事のレイアウト、もう少し調整してくれる?」

 美咲の声で、澪は現実に引き戻された。

「あ、はい。すぐやります」

 澪はパソコンの画面に集中した。今週号の特集記事――その中に、Stellarのインタビューも含まれている。澪が撮影現場で受け取ったライブ映像を編集し、記事に添える予定だ。

 編集作業をしながら、澪は蓮の表情を何度も見返した。インタビュー中の彼、撮影中の彼、休憩中の彼。どの瞬間も完璧で、隙がない。

 でも、やはり気になる部分があった。

 インタビューの最後、カメラが別のメンバーに向いた瞬間。蓮が深く息を吐き、目を閉じる一瞬の映像。その表情には、深い疲労が滲んでいた。

 澪はその部分を拡大し、じっくりと見つめた。

「大丈夫かな」

 また、同じ言葉を呟いていた。

 その時、デスクの電話が鳴った。

「はい、編集部です」

「あ、すみません。田中美咲さんはいらっしゃいますか?」

 男性の声だった。丁寧で、落ち着いた口調。

「田中は今、外出中です。ご用件をお伺いできますか?」

「実は、先日のStellarの取材の件で、追加の撮影をお願いしたいんです。事務所の者ですが」

「追加の撮影、ですか」

「はい。今回の記事、かなり好評だったらしくて。それで、もう少し詳しい特集を組みたいという話が出てまして」

 澪の心臓が高鳴った。追加取材ということは、また蓮に会える可能性がある。

「分かりました。田中が戻りましたら、折り返しご連絡させます」

「お願いします」

 電話を切った後、澪は深呼吸をした。落ち着け、と自分に言い聞かせる。でも、心は既に浮き足立っていた。

 美咲が戻ってきたのは夕方だった。澪は早速、事務所からの電話を伝えた。

「追加取材? 珍しいわね」

 美咲は興味深そうに言った。

「まあ、Stellarは今、勢いがあるからね。もっと深掘りした記事を作るのは悪くないわ」

「では、取材を受けるんですか?」

「もちろん。チャンスだもの」

 美咲はすぐに事務所に電話をかけた。澪はその会話を聞きながら、心の中で期待と不安が渦巻いた。

 電話が終わり、美咲が振り返った。

「決まったわ。来週の金曜日、今度は彼らのリハーサルスタジオで撮影させてもらえることになった」

「リハーサルスタジオ、ですか」

「そう。普段の練習風景とか、もっとリアルな彼らの姿を撮影したいって」

 美咲は満足そうに頷いた。

「澪ちゃんも、また来てくれる?」

「はい、喜んで」

 澪の返事に、美咲が少し不思議そうな顔をした。

「なんか、前より積極的ね。もしかして本当にStellarのファンなんじゃない?」

「いえ、そんな……ただ、勉強になるかなと思って」

 嘘をつくのが、だんだん辛くなってきた。でも、本当のことは言えない。

 その夜、澪は興奮で眠れなかった。また会える。蓮に。今度はリハーサルスタジオという、もっとプライベートな空間で。

 一週間が、あっという間に過ぎた。

 金曜日の朝、澪はいつもより早く起きた。服装を何度も変え、メイクも少しだけ丁寧にした。でも、やりすぎないように。あくまで仕事として。

 午前十時、澪と美咲は代々木にあるリハーサルスタジオに到着した。ビルの三階、防音設備の整った広いスペース。

「おはようございます」

 マネージャーが二人を出迎えた。

「今日はありがとうございます。メンバーは既に中で練習しています」

 スタジオのドアを開けると、音楽が流れてきた。Stellarの新曲。そして、五人のメンバーが完璧な振り付けで踊っている姿。

 澪の視線は、自然と蓮に向かった。

 黒いタンクトップに短パン。汗が額に光っている。練習着姿の蓮は、ステージ上の彼とは違った魅力があった。より人間らしく、それでいて圧倒的な存在感。

 曲が終わり、メンバーたちが息を整える。

「お疲れ様です」

 美咲が声をかけた。メンバーたちが振り返り、笑顔で挨拶する。

「今日はよろしくお願いします」

 蓮の声。澪の心臓が跳ねた。

 撮影の準備が始まった。カメラマンがアングルを確認し、照明スタッフが機材をセッティングする。澪は音声機器のチェックをしながら、時折蓮を盗み見た。

 彼は今、メンバーたちと何か話している。笑い声が聞こえる。リラックスした雰囲気。これが、彼らの普段の姿なのか。

「では、もう一度、最初から踊ってもらえますか? 今度はカメラを回しますので」

 カメラマンの指示に、メンバーたちが位置につく。

 音楽が再び流れ始めた。

 澪は、その瞬間を見逃さなかった。

 蓮の表情が変わる瞬間。オフからオンへ。プライベートからパフォーマーへ。まるでスイッチが入ったかのように、彼の全身から圧倒的なオーラが放たれた。

 ダンスは完璧だった。一つ一つの動きに無駄がなく、それでいて感情が込められている。蓮の歌声が、スタジオを満たす。

 澪は息を呑んだ。

 これが、柊蓮。

 これが、彼の本当の姿。

 いや、違う。これも彼の「作られた姿」なのかもしれない。本当の彼は、まだ見えていない。

 撮影は午後まで続いた。ダンスの練習風景、個別インタビュー、メンバー同士の談笑シーン。様々な角度から、Stellarの日常を切り取っていく。

 昼休憩になり、メンバーたちが弁当を食べ始めた。澪も美咲も、スタジオの隅で持参したサンドイッチを食べる。

「いい素材が撮れたわね」

 美咲が満足そうに言った。

「今回の特集、かなりいいものになりそう」

「そうですね」

 澪は相槌を打ちながら、蓮を見た。彼は一人、スタジオの窓際に立っている。他のメンバーは賑やかに談笑しているが、蓮だけは少し離れた場所にいた。

 その背中が、どこか寂しげに見えた。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 美咲が席を立った。澪は一人残され、サンドイッチを食べながら、再び蓮を見た。

 彼が振り返った。

 目が合った。

 澪は慌てて視線を逸らした。でも、心臓の鼓動が止まらない。

 そして――蓮が、こちらに歩いてきた。

 澪の思考が停止した。なぜ? なぜこちらに?

「すみません」

 蓮が声をかけてきた。

「はい?」

 澪は声を震わせながら答えた。

「お水、もらえますか? あちらの自販機、故障中みたいで」

「あ、はい。どうぞ」

 澪は自分のペットボトルを差し出した。蓮が受け取り、一口飲む。

「ありがとうございます」

「いえ」

 沈黙。

 どうすればいい? 何か話すべき? でも何を?

「あの……」

 蓮が口を開いた。

「前回の取材の時も、いらっしゃいましたよね」

「あ、はい」

「お名前、聞いてもいいですか?」

 澪の心臓が激しく鳴った。彼が、自分の名前を聞いている。

「相沢澪です」

「澪さん」

 蓮が澪の名前を口にした。その声が、耳に心地よく響いた。

「僕は柊蓮です。まあ、ご存知だと思いますが」

 彼が微笑んだ。完璧な営業スマイルではなく、もっと自然な笑顔。

「はい、存じております」

「澪さんは、編集のお仕事をされているんですか?」

「はい、アシスタントですが」

「アシスタント……じゃあ、前回の映像編集も、澪さんが?」

「はい、少しですが」

 蓮が何か言いかけて、躊躇した。そして、小さく息を吐いた。

「実は、前回の編集映像、拝見したんです」

「え?」

「事務所で確認用に送られてきて。それで気づいたんですが……澪さん、あの映像、すごく丁寧に編集してくださってますよね」

 澪は驚いた。彼が、自分の編集作業に気づいている?

「いえ、当然のことをしただけです」

「いや、そうじゃなくて」

 蓮は真剣な表情になった。

「普通の編集者なら、僕たちが一番良く見える瞬間だけを切り取ります。でも、澪さんの編集は違った。僕たちの……なんというか、················

 澪の息が止まった。

「例えば、僕が深呼吸している場面とか、メンバーが本当に楽しそうに笑っている場面とか。そういう、作られていない瞬間を、澪さんは残してくれていた」

 蓮の瞳が、澪を真っ直ぐ見つめていた。

「だから、もしかしてと思ったんです。澪さんは、僕たちのことを……本当の意味で、見てくれているんじゃないかって」

 澪の胸が熱くなった。彼は気づいていた。自分が、彼の「本当の姿」を見ようとしていることに。

「あの……」

 澪が何か言おうとした時、美咲が戻ってきた。

「あら、柊さん。澪ちゃんと話してたの?」

「あ、はい。少しだけ」

 蓮は再び「パフォーマー」の顔に戻った。完璧な笑顔、完璧な態度。

「それでは、失礼します」

 蓮は去っていった。澪はその背中を見送りながら、胸に手を当てた。

 心臓が、まだドキドキしている。

 彼は気づいている。自分が、三年間彼を見続けてきたことを。画面越しに、彼の疲れた表情も、寂しげな瞬間も、全て見てきたことを。

 気づいているのか、気づいていないのか。

 でも、一つだけ確かなことがあった。

 柊蓮は、相沢澪という人間を、認識した。

 午後の撮影も無事に終わり、澪と美咲はスタジオを後にした。帰りの電車の中、美咲が言った。

「柊さん、澪ちゃんと話してたわね。何話してたの?」

「あ、いえ、ちょっと編集の話を」

「ふーん。なんか、柊さん、澪ちゃんのこと気に入ったみたいね」

「え?」

「だって、あんなに長く話すの珍しいもの。普通、アイドルってスタッフとはあまり個人的に話さないでしょ」

 美咲の言葉に、澪の心が揺れた。

 気に入った? まさか。

 でも、確かに蓮は、自分に話しかけてきた。水をもらうためだけなら、他のスタッフでもよかったはず。

 なぜ、自分だったのか。

 その夜、澪は一人、部屋で考え込んだ。

 蓮との会話を何度も思い返す。彼の言葉、彼の表情、彼の声。

「本当の意味で、見てくれているんじゃないかって」

 その言葉が、澪の心に残っていた。

 彼は、何を求めているのだろう。

 完璧なアイドルとして生きる彼が、何を望んでいるのだろう。

 澪はスマホを取り出し、蓮の最新の写真を見た。イベントでファンに手を振る蓮。満面の笑顔。でも、その瞳の奥に――。

「寂しいのかな」

 澪は呟いた。

 誰にも見せない、本当の顔。

 誰にも言えない、本当の気持ち。

 それを、彼は一人で抱えているのかもしれない。

 そして、もしかしたら――。

 澪は、その「本当の彼」を見たいと願っている唯一の人間なのかもしれない。

 その時、スマホに通知が来た。

 仕事用のメールアドレス。送信者は――Stellar事務所。

 澪は慌ててメールを開いた。

 件名:追加取材のお礼と、今後の協力について

 本文:  本日は取材にご協力いただき、ありがとうございました。  柊蓮より、相沢様の編集技術について高い評価をいただきました。  つきましては、今後もStellar関連の映像編集について、相沢様に直接ご協力いただけないかと考えております。  詳細については、改めてご連絡させていただきます。

 澪は画面を凝視した。

 蓮が、自分を評価した。

 そして、また関わることができる。

 これは、偶然なのか。

 それとも――。

 澪の心に、小さな予感が芽生えた。

 運命の歯車が、確実に回り始めている。

 その音が、澪には聞こえた。

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