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第4話 連れて帰る

Penulis: 暁万里
last update Tanggal publikasi: 2026-05-30 09:25:21

 車のドアが静かに閉まる。外の雨音が遠くなった。

 澪は膝の上で手を握る。

 隣には、先程出会ったばかりの男性が、窓際に頬杖をついて流れる景色を見ている。

 車内は驚くほど静かだった。

 隣に座っているだけなのに緊張する。

 けれど……なぜだろう。不思議と怖くはない。

 むしろ……どこか居心地の良ささえ感じてしまっているような――。

「……寒くないか」

 不意に掛けられた言葉に、澪の肩がびくりと跳ねた。

「は、はいっ」

 思わず声が裏返る。

「全然、寒くないです」

「それならいい」 

「じ……神宮寺さんは、」

 寒くないですか、と言いかけた言葉は、

「綾人」

 と短い声に遮られた。

「え?」

「綾人でいいって言っただろ」

 澪は思わず言葉に詰まる。

「でも……」

「俺も『澪』って呼ぶ」

 ふい、と、また綾人の視線は窓の外へと向けられる。

 澪の返事など待たないと言わんばかりの態度。

 どうやら会話が終わったらしい。

 なんなのだろう、この人は。

 澪は小さく首を傾げた。

     ◇

 三十分ほどして車が止まった。

「着いたぞ」

 綾人が先に降りて、澪に手を差し出す。

 澪は少し悩みながらも、躊躇いがちにその手をありがたく借りることにした。

 そっと車から降りる。そして、思わず固まった。

「……え?」

 目の前に広がっていたのは屋敷だった。

 大きな立派な門の先には、テレビでしか見たことがないような日本庭園が広がっている。

 雨に濡れた石畳。

 そして広大な敷地。庭から建物までの距離が遠い。この庭に、今、澪の実家なんてすっぽりと収まってしまいそうなくらいだ。

「さ、撮影スタジオか何かですか?」

「普通の家だが」

 さらりと返される。

 規模がおかしい。

 どう見ても『普通の家』ではない。

 澪が呆然としていると、玄関から数人の使用人が現れた。

「綾人さま、お帰りなさいませ」

 綺麗に頭が下げられる。

 澪はさらに固まった。

 住む世界が違うどころの話ではない。こんな光景、フィクションの世界だけではなかったのか。

「部屋を一室、準備してくれ」

 綾人が当然のように言う。

「それと、医者も。彼女を診てもらう」

「かしこまりました」

 使用人のひとりが一度、澪に視線をやってから、すぐに淡々と頭を下げた。

「い、医者!?」

 澪は慌てて声を上げた。

「だ、大丈夫です! 私、どこも悪くないので……!」

「濡れている」

「それだけですよ!?」

「熱が出るぞ」

 真顔だった。

 あ、この人、本気で言っている。

 澪は助けを求めるように使用人たちを見る。

 しかし誰一人として綾人に逆らう気配がない。

 むしろ、どこか微笑ましいものを見るような顔をしている。

「綾人さま」

 年配の女性が口を開く。

「その方は?」

 綾人は一瞬だけ澪を見る。その視線は驚くほど優しかった。

 そして、

「大切な人だ」

 その言葉に一瞬、空気が止まった。

「……え?」

 正確には、澪だけが固まった。

 使用人たちは「まぁ」と色めきだっている。

 そして、綾人だけが平然としていた。

「お部屋はどちらにいたしましょうか?」

「客間……いや、俺の部屋の隣でいい」

「かしこまりました」

 年配の女性はすぐに頭を下げて、

「さぁ、みなさん、急いで」

 他の使用人たちに指示を飛ばす。

「はい!」

 みんな、目が輝いている。

 完全に誤解している。

 澪にはそれが分かった。

「あ、あのっ、ち、違います!」

 慌てて否定する。

「私、今日、初めてお会いしたんです!」

「いや、違う」

 綾人はそっと澪の口を閉ざすように、澪の顎に指をかけた。

「今日やっと会えたんだ」

 そう静かに呟いた。

 澪は思わず言葉を失った。

 その声も、その瞳も、まるで長い間、待ち続けていた人のものだったから。

 雨はまだ降り続いていた。

 けれど、澪の人生は少しずつ、確実に変わり始めていた。

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