Masuk【マクシミリアン視点】
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「美味しいケーキを食べに連れていってください」
エレーナ嬢に呼び出されて、ケーキをねだられた。
レーヴェ様でもレオでもなく、俺でいいのかなって思ったけれど、親戚のおじさんになった気持ちを味わうことにした。
俺は王都で人気がある洋菓子店、『ミシュアの樹』に連れていった。
「どこに」とは言われなかったけれど、ここだと分かっていた。
この『ミシュアの樹』は、アイシャがとても好きだった店だ。
レオともよく来ていたことを知っている。
喧嘩をしたあとはいつも、この店で二人は仲直りをしていたから。
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「おじ様とデートできて嬉しいです」
「デート!?」
エレーナ嬢は無邪気に言ってくれるが、血の気がひいた。
いや、冗談でも『デート』とかいうのはやめて。
今日が俺の命日になっちゃう。
「嫉妬の炎で火葬されるのは嫌だな」
「大丈夫ですよ。
「明日専門家が到着する予定だ」「はい」「彼らが来れば、アイシャを氷から出す方法も決まる」俺の言葉にエレーナは頷き、深呼吸をする。「それじゃあ、おじ父様。ご飯、ちゃんと食べてくださいね。お腹がすいても、良いことは一つもないんですからね」「それ、アイシャがよく言っていたな」「母様の受け売りですから」そう言って笑ったエレーナは、何かに気づいた表情をした。「イヴァン!」……イヴァン?「こっち、こっち」アイシャが手で招くのは、ヒョードルの長男で、ここまで同行したイヴァン。そう、イヴァン。……なぜエレーナは名前を呼んでいる?「エレーナ、ここにいたのか。はい、君の分」「ありがとう」……エレーナ。仲が悪いより、良いほうがいいだろう。イヴァンはエレーナの護衛で、基本的に一緒にいるのだし。それに、イヴァンが来たら、エレーナの表情が明るくなった。年は離れていても同じ子ども。イヴァンがいることでエレーナの気が晴れるならいいだろう。いいはずだ。……なんか複雑だ。.「なに、そのプリン」エレーナが、イヴァンの盆にのっていたプリンを見て首を傾げる。「お爺様、今日のおやつはチョコレートケーキだって言っていたのに」「レーヴェ様に作り方を教わって僕が作ったんだ」「イヴァンが?」「作るの面白かったよ。閣下もよろしければどうぞ」「あ、ありがとう」名前呼びとか、親し気な雰囲気とか。何かモヤッとしたが……いい子だな。後ろをついてきた東の騎士から受け取ったプリンを俺に差し出すイヴァンの、はにかむ笑顔はひたむきな健気さがあって、いい子だと思った。……モヤモヤは消えないが。「お爺様は?」「あっちにいるよ」「……何し
アイシャが凍った池の中にいた。銀色の長い髪を扇のように拡げ、眠るように目を瞑ったアイシャは、絵本の挿絵になりそうなほど綺麗だった。だが。「おやまあ、アイシャ様がこんなところに」見つけたときは幻想的な雰囲気だったが、今ではすっかり観光地化している。行き交う騎士たちの向こうに、この周辺の村の住民たちが集まっているのが見える。「いやあ、この近くまでキノコ狩りに来たが気づかなかった」「お気に入りの温泉がこの先にあってな、毎日のようにここを通ったが気づかなかったなあ」ここから東に10分ほど歩けば、この周辺の者たちが移動に使う道に出るらしい。キノコ狩りに、温泉巡り。それなりに歩く人もいる、他の山道に比べたら広くてしっかりした道だった。おかげで竜を持たない兵たちも次々にここに集まることができた。それにしても。「こんなに将軍がいるなんて……」「せっかくだからサインを……」「いいな、うちの店の家宝にしたい」……そういう問題ではない。北部の将軍が凍った池の中にいるんだぞ?アイシャは北部の唯一の守りだろうが。「おい」男が隣にいた男、サインだなんだと言っていた男の脇腹をどついた。「馬鹿野郎、騎士様の遠征隊だぞ」男の声に、周りはハッとした。「そうだ、炊き出しの準備を」「かかあたちを呼んでこい」「手の空いている者は焚き木を集めろ」これは助かるな。「サインはそのあとだ」「そうだな」……サインはするのか。まあ、いいか。野次馬の会話に気が抜けそうになるが、すすり泣く声が響く悲壮な現場より何百倍もいい気がする。.南の騎士たちの待機所に行くと、俺を見つけたルネが走ってきた。「学者たちは明日中に到着する予定だと連絡がきました」「ずいぶん時間がかかった
恋人になっても、夫婦になっても、俺は南の砦にいて、アイシャは北の砦にいることが多かった。他人から見れば、あれでは夫婦とは言えないと思っていただろう。でも、俺は、そしてきっとアイシャも、ちゃんと夫婦だと思っていた。俺たちは、時間ができれば王都に戻った。そのときアイシャがいるとは限らなかったけれど、いたときの嬉しさといったらなかった。特に、俺より後にアイシャが帰ってきたとき。冷たい空気をまとっていて帰ってきたアイシャが、俺に抱きついてきて。「帰ってきた気がする」と言いながら、甘えるのが可愛くて。俺はアイシャの『家』になれたのだと、嬉しかったんだ。俺が後から家に帰ったときは、いつも汗をかいていた俺に「先にお風呂入ってきてよ」とアイシャは文句を言っていたけれど。そう言いつつも、俺の背に回した腕の力強さに、俺の『家』もアイシャなのだと感じていた。お互いが、お互いの。唯一の『家』だった。……そんなアイシャを突き放した。俺が。何も知らずに、知ろうともせずに、被害者ぶって。アイシャを一人で、この何もない、極寒の地に放り出した。その罪は、俺がこの先一生背負うものだ。でも、北部に来て、少しだけ罪悪感が薄れた。自分勝手なことだと、重々承知しているけれど。「ここが自分たちの家」だと、エレーナは嬉しそうに砦を自慢する。そんなエレーナの姿が、救いだった。アイシャはちゃんとここで幸せだった。……全く。いつまでも過去の男のことでウジウジしていないところが、本当にアイシャらしい。だから……ウジウジと俺を思っていてほしかったというのは、ただの俺の我侭だ。.――女でも、お金が稼げれば結婚なんてしなくていいと思うの。かつてアイシャはそう言った。この国はまだ働き手
北部にきて二週間たつが、アイシャの手がかりが見つからない。春だというのに溶けない雪。全てが真っ白で、上空からでは地上の様子が確認しづらい。マックスなんて、アイシャはどうして銀髪なのかと憤っている。確かに、黒髪や赤髪なら、もう少し探しやすかったかもしれない。白銀の世界に銀髪、完全に溶け込んでいる。.空からの捜索は早々に諦め、今では地上から徒歩で確認している。北部は未踏の地が多く、道が整備されていない。騎士たちの行動範囲を狭く、捜索範囲もろくに広がっていない。氷を溶かそうとアイグナルドと共に火魔法を放ったが、無理やり溶かしたことで崖が崩れたのでやめた。マックスの水魔法では氷を厚くしてしまう。ヒョードルの風魔法でも、進路を阻む枝を払うくらいしかできない。北部ではスフィンランの将軍しか戦えないという意味を実感した気がする。それぞれ信用できる部下の騎士たちを北の砦に集め、人海戦術でアイシャを探す。考え得る中で最良の方法。だからこそ、成果があがらないことに気持ちが滅入る。.今夜もまた眠る気にならず、服を着替え、厚手のコートを羽織って部屋を出る。春になって大分たつというのに北部の空気はキンッと冷たい。懐に入りこんできたアイグナルドたちを湯たんぽ代わりにする。「外出ですか?」「散歩だ」「お気をつけて」砦の門を守る騎士と、軽い挨拶を交わして砦の扉を潜る。エレーナの頼みでマックスが直したようだが、部品が劣化しているので壊れるのも時間の問題らしい。注文して部品を作ってもらっているそうだが、作るのにも、届くのにも時間がかかる。開かなくなったら面倒だから、エレーナは開けっ放しにすることにした。これだけの騎士がいるのだから安全に問題はないという判断のようだが、あの杜撰さはアイシャによく似ていると思う。.夜も更けている
【マクシミリアン視点】北の砦に着き、エレーナ嬢は大きな門の隣にある通用門の鍵を開ける。「こっちの門は開けないの?」「普段使わないので錆びついていると思うんです。おじ様、扉の修理が得意ですか?」「……使えるようにしておくよ」さすが、アイシャの娘。上手に人を扱き使う。.「ただいま、母様! いるー?」どこから出ているのか不思議なくらいの大きな声でエレーナ嬢が叫ぶ。俺だけじゃなく、レーヴェ様以外が全員驚いて言葉を失くしている。木霊するやまびこ。動じないレーヴェ様をすごいと思った。「いないですね」「雑な確認だな」「いつもこんなものです」そう言って笑うと、エレーナ嬢はパンパンッと威勢よく手を叩いた。「この砦は、真ん中の尖った塔が見張り台です」あれ、とエレーナ嬢が指さす。「見張り台を中心に、ここから見えるのは2つですけど、全部で4つの棟があります」エレーナ嬢は両手の人差し指を交差し、十字架を作ってみせる。「棟は北東から時計回りにA棟、B棟、C棟、D棟とする」レーヴェ様が説明を引き継いだ。「B棟はエレーナたちが使っているから、C棟を東、D棟を南、A棟を西で使え。使う前に掃除をすること」B棟以外は使っていないので埃だらけだという。説明の間にレーヴェ様から渡されたモップとバケツに、俺たちは複雑な気分を味わう。まず竜の調査をすることは分かっていた。だから、砦についてすぐに戦闘になるとは思っていなかった。しかし、まずやることが掃除とも思っていなかった。.「父上は俺たちと同じD棟でいいですか?」「気遣いは感謝するが俺はB棟に自分の部屋があるから大丈夫だ」「お爺様の部屋はご自分でリフォームされて温泉付きなの」え、いいな。「お爺
「小父様」広い竜舎に響いたエレーナの声に驚いた。咄嗟に持っていたリンゴを背に隠す。悪戯を見つかった子どもの気分だ。「どうした?」何でもない振りをして、背後に隠したリンゴを探る黒竜を必死に宥める。「明日は出発が早い。早く寝たほうがいいぞ」「それは小父様もでしょう?」「俺は飛ぶのに慣れているから」俺の言葉にエレーナは笑いながら近づいてきて、俺の隣に立つと持っていたリンゴが入った籠を黒竜に見せる。「この子、母様の竜なのに小父様にも懐いているのね」「竜は記憶力がいいし、覚えていなくても、俺から兄弟のにおいがするのだろう」「兄弟?」エレーナが驚いた顔をした。そして、少し離れたところでこちらを見ている俺の銀竜を見る。「似ていないのに?」「色は違うが鱗の形は似ている。2匹は同じ巣にあった卵から産まれたんだ」国から馬は支給されるが、竜に乗りたい騎士は自分で竜を探し、さらに使役契約を自分でするしかない。使役契約と言っても、相手に全くその意志がなければ、知性の高い竜と契約できない。だから竜を探す騎士は、まだ知能が低い幼竜を探す。.「竜の巣を発見したという報告は年に1回あるかどうか。騎士たちはそれを心待ちにして、報告を受けたらすぐに向かう」マックスは、怪我した幼竜を保護し、そのまま使役契約を結んでいた。ヒョードルは、あのときはどうしても取りたいという資格があったらしく、そちらを優先して卵探しに参加しなかった。俺とアイシャは参加した。「1回目の探索で幼竜が見つかるのは運が良い。そして、俺とアイシャは一応は運が良かった」「一応?」「幼竜がいる巣の真横で、2匹の竜が喧嘩していたんだ」「何で?」「さあ、よほど頭にくる何かがあったんだと思う。オスとメスだったし、夫婦喧嘩かな」「竜たちの夫婦喧嘩、激しそう」