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◇婚約者がいた 81

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-20 06:22:08

81

「魚谷さん、いつから柳井の彼女になったのかな?

 あなた確か、俺の婚約者ではなかったかな?

 俺の誘いを断って柳井たちと会ってたってわけだ。

 柳井には話してるの?

 婚約者がいること……って話してないよね、たぶん」

「洋平さん、黙っててごめんなさい。

 いつか話さなきゃって……」

「柳井、その人俺の婚約者……だった人かな。

 悪いけど帰るわ。また連絡する。

 皆さん楽しいところに水差すような形になってすみません。

 失礼します」

「雨宮、婚約したのいつだ?」

「先月の頭」

「魚谷さん、出会った時付き合ってる人いないって言っ……いたんだ、

参ったな」

 柳井の呟きを聞くや否や雨宮は踵を返していた。

 星野が宮内のほうを見ると首を横に振り小声で

「部屋に行こう」

と囁き、その場から星野を連れ出した。

「星野さん、知ってた?」

「つい最近までっていうか、えっとそうじゃなくてぇ、まず婚約者が

いるって話はレセプションに行く少し前に知ったって感じかな。

 魚谷とは久しく会ってなかったから。

 だいたい柳井さんとのことを知ったのが最近、宮内さんから聞いて

知ったの。

 知ってから私も焦っちゃって……。

 それで柳井さんにはまだ話せてないっていうの聞いて、せめて雨宮さん

には心変わりしたことを伝えた方がいいよって話してたところっていうか……。

 話す前にこんなことになったっていう感じかなぁ~。

 どうしたらいいんだろう、私がレセプションに誘ったばっかりに。

 雨宮さんに申し訳なくて」

「星野さん……」

「はい?」

「星野さんまで他に誰か恋人がいるなんてこと……」

「ありません。いません、いませんよ。信じて下さい」

「分かった、ほっとしたよ。

 あとは柳井の気持ちひとつだな。

 多分もう結論は出てると思うけど」

「えっ、柳井さんの気持ちがそんなに簡単に分かるの?」

「時々聞かされてたからね、雨宮さんのこと。

 彼とは大親友らしい。

 柳井なら親友の婚約者とどうこうはないと思うね。

 例え、魚谷さんが柳井推しでもね。

 今回の場合なら間違いなく男同士の友情を取ると思う。

 すごく魚谷さんのことを気にいってたから辛いだろうけど。

 そこはまだ付き合いも始まったばかりだし、なんとか踏ん張って

気持ちを立て直すんじゃないか
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    109「知りませんよー。 適当に話を合わせただけなので」「酷いなー。 俺との付き合いを適当にするなんて。 雑過ぎて泣けてくるぅ」 ゲッ、付き合ってないし、これからも付き合う予定なんてないんだから適当で充分なんですぅ。「別に雑に接しているわけではなく、分別を持って接しているだけですから。 そう悲観しないで下さい」「掛居さん、俺とは分別持たなくていいから」「相原さん、私、今の仕事失いたくないので誰ともトラブル起こしたくないんです。 特に異性関係は。 ……なのでご理解下さい」「わかった。 理解はしたくないけど、取り敢えずマジしんどくなってきたから寝るわ」 私と父親が話をしていたのにいつの間にか私の隣で凛ちゃんが寝ていた。 私はそっと台所に戻ると流しに溢れている食器を片付けることにした。 それが終わると夕食用に具だくさんのコンソメスープを作り、具材は凛ちゃんが食べやすいように細かく切っておいた。 それから林檎ももう一つ剥いてカットし、タッパウェアーに入れた。 スーパーで買って食べる林檎は皮を剥いて切ってそのまま置いておくと色が変色するけれど、家から持参した無農薬・無肥料・無堆肥の自然栽培された林檎は変色せず味もフレッシュなままで美味しい。 凛ちゃんが喜んでくれるかな。 そしてそこのおじさんも……じゃなかった、相原さんも。 苦手だと思ってたけどクールな見た目とのギャップが激しく、子供っぽいキャラについ噴き出しそうになる。 芦田さんに教えてあげたいけど、変に誤解されてもあれだよねー、止めとこ~っと。  ふたりが寝た後、私は自分用に買っておいた菓子パン《クリームパン》と林檎を少し食べてから持参していた缶コーヒーでコーヒーTime. ふっと時間を調べたら15時を回っていた。 さてと、重くなった腰を上げて再度のシンク周りの片づけをしてと……。 洗い物をしながらこの後どうしようか、ということを考えた。 もうここまででいいような気もするけど相原さんから何時頃までいてほしいという点を聞き損ねてしまった。 あ~あ、私としたことが。 しようがないので彼が起きるまでいて、他に何かしてほしいことがあるかどうか聞いてから帰ることにしようと決めた。

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    106     「そういうことなら相原さんはやっぱり掛居さんにお願いしたいわ。 実は……掛居さんだから話すけど、私はカッコイイ男性《ひと》は緊張しちゃって駄目なのよー。 おばさんが何言ってんだーって笑われそうだけど。 そんなだからこの年になっても未だ独身なんだけどね」「芦田さん、私は笑いません。 私も相手が素敵な男性《ひと》だと同じです。 緊張しますもん」 相手に合わせて?  調子のいいことを言いながら自分自身に問いかけてみる。 私は匠吾だけを見て生きてきたので素敵な男性なんて他の人に対して思ったことがないんだよね~。 多少いたのかもしれないけど、私にとっては普通の男性《ひと》としてしか接してないと思われ、素敵な男性だと緊張するという経験は……なかったわっ。 ただ相原さんの場合は特殊というか、かみ合わなくてあまり接触したくないのよね。 だけど芦田さんの乙女チックな気持ちもよく分かるのでしようがないなぁ~。「ありがと、掛居さん。 私がいい年をしてこんな恥ずかしいこと話したの初めて。 共感してもらえてうれしいっていうか……。 じゃあ、今回の相原さんのお宅訪問の詳細はメールで送らせてもらっていいかしら」「はい、大丈夫です」「メールで説明してある項目以外は本人の意向を聞いてもらってお手伝い進めてもらえばいいです」「はい、分かりました」 電話を切り、メールをチェック。 凛ちゃんのことが気に掛かり、私は大慌てで出掛ける準備をした。 訪問する前に頼まれているモノをどこかで買わなきゃ。 さて、Let’s go.

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ 付き合ってません 105 

    105「お待たせしました、掛居です」「休日でお休みのところ、ごめんなさいね」「いえ、大丈夫です。自宅訪問の件ですが行けます。 伺う時間とサポート内容、場所、それから滞在時間の目安など教えていただけますか」「有難いわ、助かります。 詳細は後からメールで送るわね。 掛居さんに担当してもらうのは相原さんなの。 場所は……」 私は『相原』という名前を聞いた途端、頭やら耳の機能が停止してしまったようで、芦田さんの話してる言葉が何も入ってこなかった。 いゃあ~、人を差別するというか、この場合自分の好き嫌いで選別してはいけないこととは分かっているものの、先月の彼とのエレベーターでの出来事を思えば、どんな顔をしてサポートに入れるというのだ。「もしもし?」「あの、芦田さん、できれば他の人と……つまり芦田さんが訪問する予定のお宅と替わっていただけないでしょうか」「……」「掛居さんは私が受け持つ人とは面識がないし、というのもあるし、ちょっと恥ずかしいんだけど言っちゃうわね。 私、独身でしょ、だから男性のお宅へ伺ってサポートっていうのは恥ずかしくて」 それを言うなら私も独身、しかも花も恥じらう? まだ20代ですってば。「あ、掛居さんも独身だけど相馬さんとも親しくしているって聞いてるし、男性に耐性あるんじゃないかと思って」 そんなこと誰に聞いたんですかぁ~、保育所勤務なのにぃ~、噂って怖いぃ~。「付き合ってるのよね?」「いえ、付き合ってません」 えっ、私ってばそんなことになってるの、知らなかったー。 相馬さんは知ってるのかしら。「でも親しくしてるのはほんとよね?」「個人的に親しくしてないつもりですが……。 そうですね、彼の仕事を手伝ってるので職場では親しくさせてもらってます」

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