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第二話

Auteur: おまゆた
last update Dernière mise à jour: 2025-01-27 02:42:48

「あなたは、領主様の……息子?」

(──まっずい、向こうから話し掛けてキタァァァァァァ! 俺の脳よ、捻り出せ、思い出せ……幼馴染ジャンルのエロ漫画主人公の行動を!)

 ジセルは脳内に──いや、魂に刻まれている数万冊程の漫画知識を呼び起こし、無駄な数式と共に脳裏を駆け巡るそれらの中から、この状況を打開する為の最善手を捻り出す。わざわざエロ漫画である必要などないのだが、彼は”変態”であるため通常ジャンルからの知識を取り入れようという考えは頭に無い。

「う、うん。そうだよ、僕の名前はジセル。ジセル・エリナス。君の名前は何ていうの?」

「私はルー……ルーナ・マリウス!」

 ──あ、この世界……貴族じゃなくてもラストネームがあるんだぁ。 

 などと前世の記憶が戻る以前からこの身体は今まで平民の名を聞いたことが無かったが故、その事を知らなかったジセル。今の所は大して重要にはならないであろうその無駄な情報で脳内が圧迫される。

「ルーナは今何してるの?」

「私はね、今は……魔法の練習をしてるの」

「え? 凄いじゃないか! こんなに小さい頃から魔法の練習なんて……努力家なんだね!」

 ルーナは少し考える様な仕草をして身体を硬直させた後──思考が纏まったのか、続けて話し始めた。

「ううん違うの……家にいても、お母さんが知らない男の人と仲良くしないといけないから、外で遊んできなさいって言うの。それで、一人でもやれることないかなって思ってたらね? できるようになったの!」

 ジセルは──これはもしや、俺の苦手な”|あのジャンル《NTR》”か? という様な、訝しげな表情を浮かべる。

「えっと……お父さんはその事を知ってるの?」

「……お父さんは、ずっと前に死んじゃったんだって」

 ”|あのジャンル《NTR》”では無かった為、ホッと安心したのも束の間──、

(──ただちっちゃい子の事を褒めただけなのに、気付いたらクッソ重い話飛んできてたアァ!)

 と、先程ルーナに初めて話し掛けられた時と同様に心で叫び声をあげるジセル。

「ジセル……様は」

「あ、ジセルでいいよ?」

「ジセルは、今何してるの?」

「僕は……そうだなぁ。友達になってくれる子を探してるんだ。ルーナが良かったらなんだけど、僕と友達にならない?」

「え? ……なる! 私、ジセルと友達になる!」

「やった! これから宜しくね!」

「うん! よろしくね!」

(ふ……俺レベルになると、道端の赤の他人とも友達になる事ができてしまう。……え、これガチ? 相手は子供なのにこの幸福感は何だ!? 暫く友達という友達が居なかったせいで、身体がビックリしているのか!?)

 知り合いと呼べる相手は幾らでも──いや、相手側は彼の事を友達と思っていても、陰の者寄りの考えを持っている彼には『友達になろう!』と明言でもしない限りは分からなかった。前世の幼少期では、まだ思った事を素直に口にできていた為”子供の頃なら友達は居た”と本人は自信を持っている。たった数度だけ経験していたソレを、死後生まれ変わって再びこの幼少期という期間で経験する事となり、多幸感を味わうジセル。

「そう言えば、ルーナは魔法の練習をしてたんだよね。ちょっと見せて貰えたりする?」

「ん、いいよ? みてて!」

 直後、ルーナの掌に空気中の水分が集まる様に水が形成される。正確には、空気中の水分が集まっているという訳ではなく、周囲の魔素がルーナの手に集まると同時に水へと変換されているのだが──それにしても、

「凄いな! これだけの水を一度に生成出来る人は僕でもあまり見たことがないよ!」

「……えへへ、そうかなぁ」

 実際は魔法を使える人間自体との交流がないから、そもそも見る機会が無いというだけである。まぁ、本当の事ではあるので別に問題はないだろう。

 恐らく、このルーナという少女は天才の部類に入るような人間だ。ジセルは故意的に『頑張り屋さん』ではなく『努力家』と言ったり、『作る』ではなく『生成』と言った様に、一般的に見ればこの歳の少女にとっては難しい言葉をちょくちょく使っていた。その証拠に、彼がその様な言葉を使う度に一度思考が長引いているような仕草をする。だが、いざ喋ると──その意味を完全に理解した返答をしてくるのだ。

(この歳で文脈や雰囲気から言葉の意味を察してるなんてしゅごいッ! では突然ですが、そんな凄い君に試練を与えます。文脈も雰囲気も関係なくて、君も知らない言葉を急に教えた時──君はその言葉の意味を理解できるのカナ?)

 そして彼はゲス笑いを浮かべ、問う。

「ルーナは……『べろちゅー』って、知ってる?」

「べろちゅー……? ん〜っと……べろちゅー……」

「クッ……! 幼い女の子が『べろちゅー』なんて言葉を連呼してる事実が……俺の体内の何かをイイ感じに刺激してきやがる!」

 熟考するルーナに背を向けて、人知れず気持ちの悪い事を呟くジセル。

「べろとちゅー……べろ出して、ちゅーする……?」

「……マジか」

 ──『べろちゅー』をしっかり『べろ』と『ちゅー』の二つに分けて謎を解きやがった! 天才や!

 と彼は内心、手放しで褒めまくる。

「大当たりッ! 仲のいい人同士がやる、日々の疲れが解消されるという噂のモノなんだけど……僕には今までそんな事ができる程、仲のいい子は居なかったんだ」

 『べろちゅー』という単語の意味を知らずとも『べろ』と『ちゅー』に分解する程度のことは誰でもできる。ジセルは最初から何を言われても正解にするつもりだったのだろう。

「……ジセルもそうなんだ」

「だけど今日! 僕にも『べろちゅー』ができるくらい仲のいい友達ができた!」

 ──誰のことか分かる……?

 と、ジセルは吐息を混じらせたキショめのイケボカテゴリーボイスで彼女に問いかける。

「……もしかして、私?」

「うん、そうだよ。だからさ、仲良しだっていう証明の為に……僕と『べろちゅー』しない?」

「よく分からないけど……うん、いいよ?」

(キタァァァ! ふぅ、落ち着け……俺。あまりがっつくと恐がられてしまう。……ん? 落ち着くだとッ!? いや、俺はそもそも取り乱してなどいないはずだ! 俺はロリコンではないッ! そう、やらなければ死ぬんだ! だからこれは仕方なくやっている事なんだッ)

 などと自身に言い聞かせて足掻いているが無駄だ。どのような視点から見ていたとしても、間違いなくロリコンであるという事に変わりは無い。

「でも……私、やり方が分からない」

「大丈夫だよ、僕に任せて? 僕の言う通りにすればできるよ!」

「ほんと?」

「うん! 本当だよ! ……じゃあ早速、ちょっとこっちに来て?」

「分かった」

 ジセルに手招きされたルーナは、何故かそのまま木製の椅子に座っている彼の|太ももの上《・・・・・》に|跨《またが》った。当たり前のように自身の目の前に吸い込まれて来るその様子を見て、ジセルは内心にて非常に困惑しながらも気合いでスルーして、彼女のサラサラとした髪を触りながらその耳元で囁く。

「じゃあ……目を閉じて、肩の力を抜いて?」

「……うん」

 ルーナが目を瞑ったのを確認した瞬間──壊れ物を扱うかのように彼女を優しく抱き寄せ、その柔らかい唇にキスをした。

「……んっ」

 キスに反応したルーナは口から漏れるはずだった空気を閉じ込め、鼻腔の方から声をあげさせる。

「ねぇ、ジセル……これ、凄いね?」

「でしょ? ルーナと僕がそれだけ仲良くなれたって事だよ」

(一体どれだけ仲良くなれたんだろうか? 適当に言い過ぎて俺自身も何言ってるか分からん。てか、興奮し過ぎないように抑えるのキツイ!! やはりこれは、修行だったのか……)

 自身に宿る性欲が|これ以上《・・・・》暴走しないよう、必死に抑えるジセル。お互いが子供ではある為、絵面的にはセーフに見えるが──このような幼女に興奮している時点で、ロリコンである事は言い逃れできない事実と化してしまった。

 しかしこれも彼が過ごした二度の人生において、一度も経験したことが無かったコトだ。こうなってしまうのも無理はないのかもしれない。

 ──まぁ、だからと言って実行に移してしまうのは流石にアウトなので、弁解の余地など微塵も存在しないが。一段落したのか、一度ルーナを膝上から降ろそうとするジセル。

「……うん、そうだね。私とジセルはもう、お母さんと知らない男の人と同じくらい仲良し!」

 その途中で──おっと? と何か悪い予感がしたのか、ルーナを膝上に跨らせたまま身体を硬直させる。すると、何故か感じる膝上への少し不思議な柔らかい感触。

「家にいるとき、お母さんとその人が『べろちゅー』してるのを見たことがあるの……いつもどうしてあんなことしてるんだろうって思ってたけど、こんなにポカポカするならしょうがないよね?」

「う、うん……そうだね」

 そんな違和感を気にする暇もなく、かなり気まずくなる話を強制的に聞かされてしまったジセルは苦笑いを浮かべながら肯定するしかない。

「ねぇ……ジセル、もっと……して?」

 何故かたっぷりと溜めて、そう|強請《ねだ》るルーナ。 

 ──と、ここでジセルは当初の予定通り、依存させる為の作戦を開始する。

「……っとストップ!」

 彼はそのままハグを止める気配のないルーナを強引に身体から引き離す。

「……ぁ」

「今日はここまで!」

「え! ……ど、どうして?」

 物欲しそうな表情でジセルに、その吸い込まれるような漆黒の双眸を向けるルーナ。

「僕、そろそろ帰らないといけないんだ」

「……そ、そんなぁ」

「……また明日もここに来るから、そしたr」

「分かった、また明日ここで待ってる……またいっぱい『べろちゅー』しようね?」

 彼女はジセルの声に言葉を被せながら、鼻と鼻が接触する程の距離まで顔を近付ける。

(だ、だいぶ食い気味だなッ! ……ふぅ、びっくりしたぁ、ちびるかとおもったぁ。まぁ、この様子だとかなりハマってくれたみたいで安心安心!)

 どうやら、目的に一歩近付く事が出来たと確信したジセルは……『やる事は終わった』とばかりにルーナを太ももの上から優しく降ろし、立ち上がる。

「じゃあ、また!」

「……うん」

 そんなジセルの態度を見たからか、なにやらルーナが寂しそうに俯いている。その様子に気付いたジセルは”やっちまった感”を覚えると同時に──これは流石に伝説のアレを出さざるを得ないかッ! と、予め思い付いていた"このような状況"を打開する為の対策を講じる。

(初日で出すつもりは無かったんだが、あんな表情をされてしまったら……もう出し渋る訳にはいかないッッ!!)

「……ルーナ、こっち向いて?」

「え? ……んむぅ!」

 ジセルは──何が起こるか分からず、顔を上げたルーナの頭をがっしりとロックする。そして、アニメ漫画小説知識から成せる渾身の『優しさ全開プレッシャーキス』をお見舞いした後、ゆっくりと顔を離して見つめ合う。

「お別れのキスだよ! 明日から毎日しようね!」

 その発言を聞いたルーナは、先程までの暗い表情が無かったかのように満面の笑みを浮かべた。

「……うん!!」

(──ヨシッ! |Mission《ミッション》 |Complete《コンプリート》!)

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    「ごちそうさま」「あら〜? 今日はジセルの大好きな、えーっと……『チキン南蛮?』なのに、もう食べないのぉ〜?」 父リオネルは今、書斎で仕事に没頭している。その為ジセルが食卓のある部屋に戻ると、母ソフィアはひとり静かに夕食を済ませなければならない。そんな状況を憂うように、ソフィアはどこか寂しげな表情でジセルに声をかける。(確かに俺はチキン南蛮が大好きだ。前世の世界で、赤坂の〇ん〇んでんというお店のチキン南蛮を初めて食べた時の事は……今でも忘れられない。あれはまるで、心の奥底から『食ってみな、飛ぶぞ!!』という熱い衝動が溢れ出すほどだった)「ごめん、ちょっと今日は疲れてて……できれば早めに横になりたいんだ」(だが今日は何故か全然食欲が湧かない。母が食べ終わるまでここで座って待っていてもいいが……起きていると脳内に近頃の様子がおかしいレアの映像が浮かび続けるため、早めに寝たい) ジセルは寂しげな表情を浮かべる母と、皿に残されたチキン南蛮に一度だけ視線を向けると──心の中で小さな葛藤を抱えながらも、後ろ髪を引かれる思いで部屋の入口へと向かう。「そうなの〜? ならしっかり休んで、ルーナちゃんが来る時に備えないとねぇ〜」 ソフィアの温かい声がやや物憂げな夕暮れの空気に溶け込む。そしてジセルは──その言葉だけは聞き流すように、静かに足早に歩き始めた。****** 廊下に出ると、ジセルの足音が硬い床材に響く。夕陽が窓から差し込み、長い影を廊下の壁に映し出している。かすかな風が通り抜け、時計の針の音とともに、彼の心のざわめきを映し出すかのようだった。    心の中では昼間の出来事の記憶が静かに渦巻き、未来への不安とともにじわじわと広がっていた。彼の肩は重くどこか疲れた表情を浮かべながらも、先へ進む決意を秘めているのが感じられる。 ジセルは部屋と部屋の間にある広い廊下を通り抜けた。廊下の先には幼い頃から見慣れた自室のドアが控えており、そのドア越しに静かな光と、どこか安心感を呼び覚ます温もりが漏れている。 ドアの前に立つと、ジセルは一度深く息を吸い込んだ。心の中で今日の出来事を整理しようとするかのように、彼は手でドアノブに触れ、そっと開ける。中に入ると、薄暗い照明が部屋全体に柔らかな影を落とし、机の上には散乱した受験参考書やノートが、今にも彼の思考を吸い込

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第九話

     ジセルの部屋は、柔らかな午後の日差しが窓から斜めに差し込み、埃がキラキラと舞う中、どこか懐かしく温もりを感じさせる空間になっている。壁には今より幼い頃の写真や思い出の品々が飾られ、木の温もりを感じる床には、日常の静けさと共に、どこかしら不穏な期待が漂っている。  そんなことはさておき──先程からレアの様子がおかしい。「ふんふふーん♪」 ルーナが来るまでの間、ジセルはこの部屋で静かに待機していた。いつも通りの自室、見慣れた風景──だが、今日の空気は普段とは違っている。何故かレアが、部屋の隅々まで目を輝かせながら鼻歌を奏でつつ掃除を始めたのだ。その姿は、部屋に降り注ぐ柔らかな光と相まって、まるで春風に誘われた花びらのように軽やかだった。「お〜お〜随分とルンルンしてるなぁ、レア。めちゃめちゃ上機嫌じゃないか?」「え〜? そうかな? ふふっ」 ──やべぇ……やべぇよぉ! ジセルの胸の中で、どうしてこんなにも異様な空気が漂うのか理解し難く、不安と苛立ちが渦巻いている。 相手の心の奥に何が潜んでいるのか、全く読めない。こんなにも機嫌が良いレアは、決して慣れ親しんだ姿ではない。(一体何がそんなに楽しいんだよ、こいつは! レアがこんなんになっちまう事なんて、今までに無かっただろうがッ!) ジセルの心臓は不規則なリズムを刻みながら、警戒と戸惑いで大きく膨れ上がっていた。「ル、ルーナが家に来る事がそんなに嬉しいのか?」「へ? ふふっ、なんでルーナが来ることで僕が嬉しくなると思うの? あははっ! ジセルったら、面白いこと言うね! あ〜おかし!」(……おかしいのはお前だよバカっ!!) レアの言葉に、ジセルの心の中では怒りと不安が交錯する。(どう考えても、レアは普段この程度事で笑い転げるような奴じゃない。どこも面白くない事で腹抱えてるお前の方がオモ……いや、もはや冗談でもオモロいなんて言えないわ。正直怖い、非常に怖い!) 部屋の窓からは、木々のざわめきと遠くで聞こえる鳥のさえずりが、平穏な午後のひとときを彩っている。しかしその平穏さとは裏腹に、ジセルは今──自分の内側で荒れ狂う感情を抑えきれずにいた。「そ、それにしてもルーナ遅いなぁ? 別れてからもう数時間は経ってるし。あまりにも時間がかかりすぎだと思わないか?」「う〜ん、確かにそうだね。もしかしたら今日

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