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第4話

Author: Te Anastasia
帰宅後、絵理は自室に閉じこもったまま、息が詰まるような悲しみの中で何時間も過ごしていた。

「私なんて、瑛司にとっては最初から無意味だったんだわ……結局、昔の恋には勝てないってことなのね」

絵理は自嘲するように、悲痛な声で呟いた。

溢れ出そうになる涙を、絵理は乱暴に手の甲で拭った。こんな惨めな状況にいると、自分を慈しみ育ててくれた祖母と叔母の顔が無性に恋しくなる。しかし、二人は今、遠く離れたW国で暮らしており、おいそれと会える距離ではない。

その時、外から低く響く車のクラクションの音が聞こえた。

「……帰ってきた」

絵理はカーテンを少しだけ開け、窓から下を見下ろした。

予想通り、それは瑛司の車だった。絵理は重い腰を上げ、彼の部屋へと足早に向かった。

ドアノブを引き、部屋に足を踏み入れると、瑛司がちょうど黒のジャケットを脱いでいるところだった。

「おかえりなさい。こんなに遅くなるなんて珍しいわね……」

絵理は瑛司に近づきながら尋ねた。

「どこに行っていたの?」

「外せない用件があった」

瑛司は絵理の方を見向きもせず、ワイシャツの袖のボタンを外しながら素っ気なく答えた。

その心ない返答に、絵理は息が詰まりそうになった。あきらかな嘘。彼は平気で自分を欺いている。元妻と会っていたことを隠すために、ここまで白々しく嘘をつけるなんて!

その場を立ち去ろうとする瑛司の腕を、絵理は思わず掴んだ。そして、酷く傷ついた瞳で、夫の整った横顔を見上げた。

「ねえ……もしかして今日一日、ずっと梨沙さんと一緒にいたの?」

絵理は込み上げてくる悲しみを必死に押し殺しながら、問い詰めた。

瑛司は冷たい目で絵理を数秒見下ろすと、吐き捨てるように言った。

「俺が誰と会おうが、お前には関係ないだろ、絵理」

「……ただ、聞いただけでしょ……」

夫の激しい剣幕に、絵理は怯んだように言葉を濁した。

瑛司は自分の腕を掴む絵理の手を冷酷に振り払った。

「今日は疲れてるんだ。これ以上、俺を苛立たせるな」

「……分かったわ」

絵理は力なく背を向けると、ベッドの端まで歩いていき、そこに腰を下ろした。

ワイシャツを脱ぎ捨て、バスルームに向かおうとした瑛司の足を、突然鳴り出したスマートフォンの着信音が止めた。彼は画面を一瞥すると、ひどく慌てた様子で電話に出た。

「もしもし……なに!?事故だと!?今、どこの病院だ!?すぐに行く、俺が着くまでそこで待ってろ。絶対に動くなよ!」

瑛司の声は、普段の冷静さからは想像もつかないほど焦燥に満ちていた。電話を切るや否や、彼はクローゼットから新しいシャツを引っ張り出し、急いで袖を通し始めた。

その張り詰めた表情から、彼がどれほど相手を案じているかが痛いほど伝わってくる。

尋常ではない様子に、絵理は思わず立ち上がり、夫に近寄った。

「どうしたの?こんな夜中に、どこへ行く気?」

「病院だ」瑛司は短く答えた。

絵理の顔に緊張が走った。「病院?誰か具合でも悪いの?」

「数分前、梨沙が事故に遭った。すぐに向かわないといけない!」

夫の口から飛び出した名前に、絵理は激しく傷つき、その場に縫い止められたように動けなくなった。

また、梨沙さん……どんな状況であれ、自分があの女性に勝てる見込みなど、最初から一ミリもなかったのだと思い知らされる。

「彼女には……他にも頼れる家族がいるんじゃないの?どうして、あなたがわざわざ……」

絵理は崩れ落ちそうな心を必死に繋ぎ止めながら、絞り出すように聞いた。

絵理の言葉に、瑛司は苛立たしげに舌打ちをした。

「おい!こっちは急いでるんだよ!梨沙は向こうで一人なんだ!もし大怪我でもしていたらどうするんだ!?」

絵理は弾かれたように口を噤んだ。指先が白くなるほど、着ているワンピースの裾を強く握りしめる。

瑛司の顔に浮かぶパニックと焦燥感——それは、元妻が事故に遭ったと聞いた彼が、どれほど彼女を大切に思い、案じているかを残酷なまでに物語っていた。

部屋を出て行こうとする瑛司の腕を、絵理はすがるように引き止めた。

「……後で、ちゃんと帰ってくるわよね?」震える声で問いかけた。

「怪我の具合次第だ」

瑛司は絵理の手を冷酷に振り払うと、そのまま背を向けた。

男は一人残された絵理に見向きもせず、怪我をした元妻の待つ病院へと、足早に駆け出して行った。

開け放たれたままの寝室のドアを、絵理はただ虚ろな目で見つめていた。

「私が具合を悪くした時なんて、あんなに慌てたこと一度もなかったのに……梨沙さんが傷つくことを、あんなにも恐れているのね……」

絵理はふらつく足取りでベッドに近づいた。突然、頭の奥でズキズキとした激しい痛みが脈打つ。

彼女は引き出しから薬の小瓶を取り出し、数錠を飲み込んでから、力なくベッドに横たわった。

数分もしないうちに、薬の副作用で激しい睡魔が襲ってきた。このまま深く眠りに落ちてしまえば、すべての苦しみと悲しみを忘れられると願いながら。

途切れゆく意識の淵で、絵理は消え入るような声で呟いた。

「……もし、私の病気のことを知ったら……あなたも少しは、私のことを心配してくれるの……?」

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